重岳はそっと舌を出した。これは博と恋人として触れ合うようになってから覚えたものだった。重岳は長い年月を人々の間で過ごし、兄弟姉妹の中では一番と言っても誰も反対しないくらい人としての生活に馴染んでいた。しかし武を磨くのに重きを置いていたがために人との深い交わりというものには慣れていない。それは重岳だけの問題ではなく、周りの人々が重岳との間にどこか線を引いてしまうところがあったのも関係しているのだろうが。ともかく、重岳はドクターと恋人として付き合うようになって――これもまた紆余曲折あったのだが省略する――初めて、人が恋しい存在に対してどのように振る舞うのかを詳しく知ったのだ。
ドクターの手が重岳に添えられる。座り込んだ重岳を見下ろすドクターが体を曲げて重岳の舌を口内に迎え入れたので、重岳は尾の付け根がむず痒いように感じて尾の先をゆらりと揺らした。
「ン……」
舌同士を擦り合わせるとぞわぞわした電流のような感覚が背筋を走って好ましい。これもドクターの恋人になってから知ったことだ。口内は鍛えることの難しい部分だ。そこに触れられるとなんだかとても……そう、とてもいけないことをしている気分になる。初めて経験した時は、世の人間たちは皆こんなことをしているのかと重岳は驚いたものだ。
唾液の水音が響く中で重岳がうっとりと目を細めていると、
ドクターの歯が重岳の舌を柔く噛んだ。痛みを感じることのない弱さでゆるゆるとドクターの歯が重岳の舌を刺す。すると背筋を走る電流が強まって、重岳は尻尾をうねらせた。ドクターの手が重岳の耳を撫でるので、重岳はその腕を掴んだが、力は全くこもっておらず、それはドクターの動きを阻害したりしなかった。
しばらくしてドクターが身を離した。重岳の口から垂れた唾液を拭ってやる余裕っぷりがある種憎らしいやら何やらで、重岳は上がった息を整えながらジトっとドクターを見やった。
「ふふ、全く怖くないな。息の上がった君が見られるなんて、私は幸運だね。他の人は想像すらできないだろうな」
「ふぅ……そう意地悪を言わないでくれ、ドクター」
「君が舌を喰まれるのが好きなのは本当のことだろう?」
そう言われると重岳は反論できない。頬を撫でる手に擦り寄ってみてもドクターは手加減してはくれないだろう。もともとそんなことをする柄でもないけれど。
まず教え込んだのも自分のくせに、それを覚えた重岳を揶揄うのが好きなのだ、ドクターは。つまりは意地が悪い。重岳の困った顔を見ると喜ぶ。普段から超然としてるのが人らしい顔を見せると興奮する、がドクターの言い分だが、重岳にはあまりピンと来なかった。
「……もう一度。それくらいは意地悪な貴公でも許してくれるだろう?」
「ふふ、それくらいなら私の出来る限りで何度でも」
満足気に笑うドクターがまた身を寄せる。重岳は目を閉じて、そっと舌を差し出した。