春を待つ 桜も咲こうかという頃、柔らかな雪が薄く雲のかかった米沢に舞った。冬の忘れ形見はいかにも頼りなく、衣に落ちると染みだけを残して消えた。
「名残の雪だねえ」
こんな時季に、と笑い、慶次が縁から手を伸ばした。冷えた粒が指先で音もなく溶ける。傍らの兼続は僅かに口元を綻ばせ、風で揺れる髪を押さえた。
伏せた睫毛が横顔に影を落とす。――嗚呼。彼らのことを考えているのだろう。先の戦を終えてから、兼続はよくこのような顔をするようになった。気付かないふりをしながら、慶次は俯く肩に触れる。
弾かれたように上がったおもてには、もう微笑みが貼り付いていた。
「寒くないかい」
「私は慣れているからな、大丈夫だ」
かつてはよく通る明朗な声で、危ういほど真摯に得意の演説を行っていた唇からは、今は穏やかな言葉しかこぼれない。そして少しだけ、彼は無口になった。
口を開かぬまま、慶次は幾分痩せた肩を引き寄せる。大人しく倒れかかった兼続は白い指を派手好みの羽織に伸ばし、緩慢に握り締めた。見上げた視線がぶつかり、太い指がおとがいを捉える。ごく自然な接吻だった。
彼に死を許さなかったのは他ならぬ己だ。思い返し、今までも、そしてこれからも傍に在りながら傍観者であり続けることしかできない自分を求めるたおやかな指を絡め取る。兼続に救いを与えられる筈だった者は皆、居なくなってしまった。謙信も。三成も。幸村も。結局彼は何時も、ただ一人だった。
「風邪を引くと不可ない、中へ入ろう」
慶次はそっと白い頬に触れる。振り向いて曖昧に頷いた兼続はしかし、再びちらつく雪に顔を向けた。
「……いや、もう少し、見て居ても良いか」
体温を失った掌が頬に留まった慶次の大きな手を包んだ。僅かな皺が刻まれた目尻を下げ、兼続はまたわらう。
「感傷だよ。歳かな」
言葉少なになった代わりに、兼続は、よく笑うようになった。
眦に諦めを浮かべて、微笑むことが多くなった。