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    undo_desuyo

    長谷部中心に刀剣男士に狂い続けているオタク。
    よければ感想箱もお待ちしてます。

    https://odaibako.net/u/undo_desuyo

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    undo_desuyo

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    タイトル通り未完成になりそうな気配がしているので、ケツたたきのために上げます

    【主へし】未完成の肖像「主は、人物画を描きませんよね」
     長谷部の問いに、男は絵筆を動かしていた手を止めた。長谷部の眼下、イーゼルに置かれたP6号のキャンバスに描かれているのは、男の視線の先にある、本丸の畑をそのまま切り取ったような風景画だ。但し、男の視界に入っているはずの、内番に勤しむ男士らの姿はひとりすらも描かれていない。男が描く絵はいつもそうだった。見たものそのものをリアルに写し取るときでも、或いは視界に入れたものを解釈して再構築するときであっても、はたまた頭の中の空想を現実に落とし込むときであっても、描くための手法や表現は変われど、そこに生き物が描かれることがない、という点だけは共通していた。
    「長谷部、あそこに植えられている野菜、全部何か分かるかい」
     男は長谷部の問いかけに、問いかけで返してきた。まだほとんど植え付けしたばかりで苗や種の状態であり、野菜として食卓に並ぶ形とは紐づかないものが殆どだ。
    「ええと、……確か端が大根、次がトマトにミニトマト、ピーマン……後、あそこのポットは……すみません、把握していません」
    「獅子唐だよ。品種は伏見唐辛子……京都の伏見区付近で栽培されていた唐辛子で、絡みが薄く、独特な甘みがあるから伏見甘長とも呼ばれてる」
     畑仕事に直接関わっていたわけでもないはずなのに、男の回答は淀みなかった。それを吟じているのが桑名であるならいつものことだが、この男は彼の刀のように、畑仕事や植物に興味があるわけではない。男が惹かれることは、絵を描く、それだけだと長谷部は知っている。未だ男の視線はキャンバスに向けられたままで、長谷部の方を見ようともしない。
    「僕は何かを描くとき、対象について詳しく知らなければ気が済まない。視界に映る構成要素だけじゃない、成り立ちや経歴……どんな過去を経てそのような形になって、今此処にあるのか……。絵に直接要素として描くわけじゃないにしろ、知らないのと、知っていて描かないのとじゃ、表現の深みが違うと思っている。勿論、多少の妥協は必要だとは分かっているけどね」
     男のそのような性質は、長谷部にも覚えがあった。歴史修正の任務に着く際にも、起点となりうる事象だけでなく、その歴史に関わる人物たちのそれぞれの過去、土地についての歴史的経緯、と掘り下げればキリがない内容を延々と調べ続けているのだ。事前の調査を熱心にしている間に、出陣してきた部隊によって任務は解決とされた、なんてこともままあるくらいだった。
    「それが、人を描かないことに繋がるのですか?」
    「大アリだよ。資料を読むだけならば、誰かに迷惑を掛けるわけじゃない。根掘り葉掘り調べたところで、変わり者で済む話だ。だが、人を描こうとするなら、僕だけの問題じゃあないからね」
     男は億劫そうに肩を竦めた。面倒臭そうに振る舞いはしているものの、己の心の内側を晒すことを決して拒んでいない。もう少し踏み込んでも大丈夫だろう、と長谷部は続きを促した。
    「それはどういう意味ですか?」
    「人間を描くなら、人間の心中を慮らなければいけないということだよ。どこで生まれ、どんな家族の中で育ち、どのような人間に囲まれて幼少期をすごし、何に関心があって、何を嫌って、誰に初恋をして、どういったセックスを好むか……ただ絵を描くだけの男に、そうやってすべてを暴かれることを、望む人間はいないからね」
     長谷部は絵を生業にする人間を男以外に知らないが、初対面の相手の中身を根こそぎ掘り返すのが芸術家であるというならば、関わりたくないと思うのも致し方ないことのように思った。
    「その点、風景画なら……植物の種類や建物の構造、そういったものなら、誰かに迷惑をかけずに調べられる、ということですか」
    「まあ、端的に言うとそうなるね」
    「ひとの形をしたものを描くこと自体が、嫌なわけではない、と」
    「石膏像なら予備校時代、散々描いたしね」
    「では、俺を描いてくれませんか」
     男は絵筆を置いて、呆れたように一際大きい溜息を吐き捨てた。
    「話、聞いてたかな。僕に描かせる、ということは、僕は君を暴いてしまう、ということだけれど」
    「そうしてください、と言っているのです」
     ここで漸く、男は長谷部の方を振り返った。表情を見て、思いつきによる考えなしの提案などではないと理解したのだろう。へえ、と短い反応を返しただけの男は、何かをじっと堪えるように唇を噛んでいる。もう一押し。長谷部の偽物の心の臓は、だくだくと煩いくらいに高鳴っていた。
    「――俺は、あなたに暴かれたいんですよ、主」




     この本丸の審神者は、画家であった。富や名声を得たいわけでも、絵で表現したい強い何かがあるわけでもなかったが、絵を描かなければ生きられない、そういう男だった。さりとて、何もせずとも人を惹きつけるような、突出した才能を持つわけでもなく、かといってキャラクターや話術で、付加価値をつけて自分を売り込めるような技術も、器用さもなかった。
     幸いにも、そんな男にもひとつの才能があった。審神者の才であった。興味は一切なかったが、霊力さえ注いでいればそれだけで役目を果たせる、というスカウトマンの説明に、これ幸いと男は就活をかなぐり捨てた。使い慣れた数多の画材と、ワンルームの自宅には収まらなくなっていた大量の作品だけ持って、一本丸の主となった。多少の審神者としての責務は勿論あったが、不適合であることが分かりきっている社会に属するよりは、些細なことである。やる気が伴わなくとも最低限度の役目は果たしていたし、物である彼らは本質的に主に従うものだ、男がそういう人間であると理解すれば、余計な口出しはしなくなった。
     長谷部が近侍の任を任されることになったのも、男が審神者の役目へのやる気が薄かった故に、率先して仕事をする姿勢が都合良かったからであろう。仕組んだと言えば外聞が悪いが、長谷部自身、そうすればより使われると分かった上で、そうと振る舞っていたところがある。
     長谷部の立ち位置は一番審神者に近く、共にいる時間も他の男士らと比べて圧倒的に長い。それでも長谷部は、審神者の心の近いところにいると、実感出来ることはなかった。話しかければ返っては来るし、仕事をこなせば褒めの言葉は貰えたが、長谷部を見る瞳はいつも淡白な色だった。いや、正確に言えば、長谷部だけでなく、すべての物事に対してそうである。男の瞳に熱が宿るのは、何かを絵として表現している、そのときだけなのだから。
     長谷部は己が主の一番になりたいと切望していたが――男から絵を奪いたいわけではなかった。絵で表現することが、男のすべてなのだと分かっていたし、それを喪った男は、最早長谷部の慕う主とは別人、抜け殻のようなものだろう。理屈の上ではそう理解していても、飢えた心が渇望に疼くのを誤魔化せはしないまま、長谷部は男が絵を描くのを、いつも傍らで見ていた。キャンバスに向けられている強い熱情の篭った視線を、もしも己に向けてくれるのならばと、想像するだけで身悶えしてしまうほどに、希っていた。
     ――では、俺を描いてくれませんか。
     そうして男に己への興味を向かせるための手段として、長谷部が思いついたのは、絵のモデルになることだった。芸術に特段関心はないし、男の絵が欲しかったわけでも、仮初の肉体の肖像画に興味があるわけでもない。ただ、絵を通じてならば、男が己を見てくれるのではないか、という打算、ただそれだけの浅ましい願いである。
     男は長谷部の提案に逡巡していたが――最終的に、男はとあるひとつの条件と共に、長谷部を描くことを受け入れた。


    「今夜から毎日、夕餉が終わったあと、僕の部屋に来るように」
     夕食後から、夜の日が変わるまでの数時間。刀剣男士たちの休息及び自由時間として当てられているその時間が、絵を描くための時間と取り決められた。
     男自身は暇さえあれば昼夜を問わず絵筆を握っているし、書類仕事の片手間にも落描きを量産しているが、そもそもこの本丸は、歴史を守るという大義の元に成り立っている場所だ。実質の本丸の取り仕切りを行っている近侍であり、最大の戦力たる長谷部を、真っ昼間からモデルなどとして扱い、占有しておくわけにはいかないのだった。内心は待ち遠しさでいっぱいだったが、そわそわと落ち着かない心を無理矢理に誤魔化しながら、長谷部は日中の職務をこなした。
     そうして夕餉を終えた後、衣服と髪を心持ち丁寧に整えてから、長谷部は男の私室である離れへと向かった。表情はどうにか取り繕ってはいたが、内心はこれからデートにでも出向くような浮かれ具合った。
     男が配属された際に、私室用として割り当てられていた離れを改築して作られたアトリエは、広々とした大きな木張りの部屋である。極限まで絵のためのスペースを広く割り当てたために、寝室が削られ、ソファが寝る場所となっているのは、男にとっては些細なことのようだった。昼白色の照明で照らされた部屋は、夜であることを意識させないほどに明るい。
    「じゃあ、脱いでくれるかな」
     開口一番、男は長谷部へとそう言った。まるで手篭めにでもしようとしているかのような言い様だったが、男がそういう人間だったならば、長谷部も困っていない。男の思考回路は、常に美術を基準にしていて、つまるところその言葉も、これから行う絵のために必要な行為というわけだ。
    「……ヌードデッサン、ということでしょうか」
    「君を暴くと言っただろ。装飾を剥いだ君を見たいんだ」
     はじめの一歩にしては随分と重い提案だったが、むしろこれが男なりの誠実さのつもりなのだろう。生半可な気持ちで描かれたいと言い出したなら、ここで引けと言っているのだ。今更引くつもりもない長谷部は、上着から順に脱ぎ捨てていった。元より鋼の身が本性の長谷部からすれば、仮初の肉の身体をいくら見られたところで、構いはしない。
    「へえ、下はそうなってたんだ。ソックスガーターだっけ」
    「靴下がずれると煩わしいので」
    「ふうん」
     衣服を脱ぎ捨てる間、男は決して長谷部から目を逸らすことはなかった。普段他者に関心を抱くこともなく、目を合わせることも殆どないような男が、このアトリエに足を踏み入れた瞬間からは、一瞬も見逃さぬといったようにじっとりと検分するように見つめている。長谷部はその視線を意識せぬよう足元を見つめながら、下着まですべて脱いで、丁寧に畳んで横に置いた。寒くはないが、風呂場でもなく、広々とした部屋の中で裸体で立つことは、何処か心細さにも似た気まずさを覚える。
    「手入れのときに見てはいたけど、こう全身見ると、やっぱり人間と変わらない見た目をしているんだね。機能も人間と同じなのかな」
    「さて、どうでしょう。少なくとも人間の筋肉では、屋根の上まで跳躍することはできないと思いますが」
    「なるほどねえ。つまりは見かけ上だけ、と」
    「とはいえ、殆どの機能は人間に寄せられていると思いますよ。人間より無理は利きますが、食事も睡眠も必要です」
    「性欲は?」
    「は、……」
     あっけらかんと投げかけられた問いに、長谷部は思わず口篭る。
    「食欲と睡眠欲と来たら、性欲もどうなのか気になるだろう? 君のその立派な逸物は、生殖を行える機能があるのか、それともただの飾りなのか」
     男の言葉は下卑た内容であるが、その声色に一切浅ましさはない。ただ知りたい、知って創作の糧にしたいという欲求だけが男を突き動かしている。長谷部は戸惑いながらも、恐る恐る答える。
    「……生殖機能は分かりませんが、興奮すれば勃起しますし、擦れば精は出ます。処理の仕方は顕現した辺りで、当時の近侍に資料を渡されました」
    「へえ、僕の知らないところで上手いことやってくれてたんだな。ひとり遊びの相手には、何を使ってるの?」
     言い淀んだ長谷部の心を追うように、じい、と男は見つめてくる。
    「答え難い?」
    「……いえ、答えます」
     男がこの関係を始めるにあたって条件として上げた内容、それは、男の問いにはすべて答える、というシンプルなものだった。答えないことを選んだ時点で、この関係は終わりとなる。
    「……ほかのモデルにもこのような質問をしているのなら、確かに人は描かなくて正解だと思いますよ」
    「自覚があるから人を描かないようにしているのに、描けと言い出したのは君だろう、長谷部」
     羞恥が煽られるのを、誤魔化すように皮肉を言えば、あっさりと返されてしまう。男の言う通り、選んだのは長谷部であり、故にいくら気恥ずかしく思ったところで、答えるという結論には変わりない。
    「……あなたです。あなたに触れられる、想像を」
    「ふうん、触れられる、ということは受け手の想像? どんな妄想が、君を燃え上がらせるんだ?」
     長谷部が決死の想いで曝け出しても、自分を妄想の相手に使われていると言われても、男は欠片も動じている態度を見せない。反応としては予想した通りであるが、本当に男が長谷部への興味がないのだと思い知らされているようで、溜め息が零れる。
    「抱かれる想像を……しています。あなたがキャンバスに向けるような目を、俺に向けてくれたのならば、と」
    「目、ねえ。僕はそんなに、キャンバスに変な視線を向けている?」
    「自覚ないのですね。あれだけ熱の篭った視線を向けておきながら」
    「だから僕に描けと言ったわけだ」
     男は唇を釣り上げて笑うと、鉛筆を置いて、長谷部の方へと歩み寄った。
    「確かに僕は絵にしか興味がないが、モデルとしての君ならば、関心を持てる。君の目論見は正しいよ」
     不意に男の指先が素肌に触れて、びくりと長谷部の肩が跳ねる。男の手は氷を思わせるくらいに冷たかったが、冷えきった体温に反して、長谷部を見る目は、いつの間にか熱が篭っていた。先程までの検分するようなものとは違う、多少の好奇心を孕んだ視線が、肌の上を滑る指先と共に、体表を撫ぜていく。
    「身体というものは、言葉より雄弁に本人の生活を露わにする。筋肉の付き方で運動量や生活習慣が見えるし、姿勢や顔色からは本人の精神状態も見える。……とはいえ、刀剣男士たる君は、顕現した時点でそのかたちを持っていたのだろうから、関係のないことかもしれないけど」
     筋肉の形をなぞるように、つう、と冷えた指先が肌の上を走っていく。冷たさとくすぐったさに耐えるように、長谷部は身体を強ばらせた。
    「美しい身体だね。広背筋や三角筋が発達した、逆三角形の体形……贅肉のない細い腰周りに、張りのある脚……」
     ああ、今、己は主に見られている。己の身体に主が触れているのだ。そう思うとふつふつと、男に煽られるようにして、長谷部の身体の芯からも熱が湧き上がってくるかのようだった。
    「顔も端正に整っている。人間の顔は、少なからず左右不均等なものだが……、君の顔は左右均等に整っているから、比較的男士らの中でも人に寄った容姿をしているにも関わらず、人外めいた美しさに見えるね」
     不意に男の両の手が伸びてきて、長谷部の頬を抑える形で顔を固定した。瞳の奥を覗き込むように、じいと覗き込んでくる。男の瞳には長谷部の姿が、長谷部だけが映っている。
    「ああ、だけどこの藤色の瞳は、一般的とは呼ぶには綺麗過ぎるかな」
     吐息がぶつかるほど近く、口付けでもするような距離で、男は長谷部を見つめていた。ごくん、と唾を飲み込むだけの動作が、やけに難しかった。
    「付喪神というものは、人間たちの与えた物語から姿を得るものなのだろう。君は、へし切長谷部は、人間たちに、綺麗な刀だと思われ、そう望まれたから、このように美しい姿を取ったのだろうね」
     賛美の言葉は、浮かされた長谷部の頭には入ってこない。ただ、今長谷部の心にあるのは、男がこの瞬間、確かに己しか見ていないという事実。それは、ひとり遊びの夜に妄想した光景なんかより、よっぽど長谷部を興奮させた。
    「見られることは興奮する?」
    「え、……っ」
    「勃ってるよ」
     男の視線が下半身へと降りる。指摘されるまで自覚はなかったが、いつの間にか長谷部の肉棒は天井へとしかと向いていた。男に触れられている両の頬が、炎で熱されたように一気に熱を帯びる。
     所詮仮初の身体、裸体を幾ら見られたところで、羞恥心など覚えるはずもないと思っていた。だが、実際はどうだ。長谷部の心は確かな羞恥心を、そして羞恥を燃料にした欲情を感じている。
    「……見られること、ではなく、見ているのがあなたであること、そして興奮していることをあなたに指摘されるこの状況に、興奮しているのだと思います」
     逡巡しながらも、長谷部は男の問いへの答えを口にする。事実を認め、口にすることもまた、恥を煽る行為であったが、男が望んだことであると思えば、曝け出すことへの抵抗は薄れた。
    「……正直言えば、僕は絵を描くと約束するまで君のことを、大して見たことなかったけれど」
    「知ってますよ」
     視界には入っていても、街中を歩く人混みにわざわざ意識を割かないのと同じだ。いくら言葉を交わそうと、主命を果たそうと、男にとっての長谷部はこれまで、思考を割く対象にはなりえなかった。だからこそ、長谷部は一番近くにいても、心に澱を積み上げ続けることになったのだから。
    「君、僕のこと好きなんだね」
    「それも、質問ですか」
    「否定しないのなら、それで問いに答えたということにしてあげるよ。こんな形で暴露する気のなかった感情だろう、それは」
     男は、他者を踏みにじることに、痛みを感じない人間ではない。他者を思いやる心も、相手の心中を考えられる想像力もある。ただ、他の何よりも、絵を描くことが優先されるだけだ。僅かに発揮された男の情に、長谷部は頭を振る。長谷部が欲しいのは、そんなちっぽけな気遣いではない。
    「いいえ、気遣いは不要です。俺は、あなたの想像通り、あなたをお慕いしています。絵にしか向けられていない熱情を、俺に向けて欲しいと、夢見るくらいに」
     衣服を纏うこともなく、露わにされた身体は興奮を隠せておらず、思慕を想い人に指摘される形で暴かれる。みっともなくて、無様としか言いようのない姿だ。
    「そのためなら、何でもします」
     それでも、男の心に近づくための手段と思えば、すべては些事だった。男にとって絵がすべてであるように、長谷部にとってのすべては、主の一番でありたい、という渇望にあった。
    「……健気なフリをして、全然健気じゃないんだな君は。抱かれたい、とか恋人ごっこをしたい、とかそんな願い如きじゃ足りなかったわけだ」
     男にとって絵というものの価値は、何より重い。恋人という唯一の関係性も、性交という多くの人間が重視する行為も、男が天秤に乗せれば容易に宙に浮かぶ側だ。想いを遂げられないのなら絵に描いてほしい――第三者が聞けば、きっと「それくらい応えてやれ」で切り捨てられる話であるが、男にとっては「それがすべて」である。そして長谷部は――男にとっての価値観を、他の誰よりも熟知した上で欲しているのだから、殊勝などとは程遠い。それを理解した男は、耐えきれなくなったように声を上げて笑った。
    「ははっ……忠臣ぶった皮の下にあるのは、強い独占欲……見返りを求めるのは、人の体に引きずられているのかな。それとも、もともと刀であった頃から無意識下で抱いていた望みが、肉体を得たからこそ噴出した?」
    「……わかりません、は答えていないことになりますか」
    「いいや。君が理解していないことまで回答は求めないよ。勝手に考察するのも、表現の醍醐味だ」
     男は長谷部に触れていた手を離して、微笑みを浮かべた。普段浮かべられている何の意味もない愛想笑いではなく、まるで子供を思わせるような純粋無垢な、心の底から無意識に出力されたような笑顔だった。
    「いいね、君。僕は君を描きたいと思ったよ」
     それは男にとって、他者に向ける最高の賛辞であろう。この瞬間まで男は、長谷部が押しかけ希ったが故に筆を執ろうとしていた。だがこの瞬間、男は自らの意思で、長谷部をモデルとして扱うことに決めた。
    「ただし、覚悟はしてくれよ長谷部。僕が納得する作品ができあがるまでは、僕は君を逃さないから」
    「望むところです。主」
     男はくつくつと笑うと、長谷部に背を向けた。間近での観察は終わりということらしい。イーゼルへと紙をセットして、木炭の入ったケースを取り出す。それ以降、夜が更けるまで、男は長谷部に言葉を投げかけることはしなかった。
     終了予定の時間に見せてもらった描き上がった木炭デッサン画は、長谷部が言葉にしたことより余程雄弁に、心の内を形にしていた。己はこのような顔で主を求めていたのか、と気付いてしまえば頬が熱くなるほどに、描かれた長谷部の表情は甘く、陶酔したように蕩けていた。シャワーを浴びて、部屋に戻ったあとも、長谷部は思い出すだけで悶々として、なかなか眠れなかった。
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