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    槙@maki_0

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    タイトルが出オチ。プライベッターに載せたものを微修正してこちらにも。

    #MtP
    #憂国のモリアーティ
    moriarty,TheSorrowful
    #ルイス
    lewis.
    #マイクロフト
    mycroft.

    ルイス君が眼鏡をかけた理由と外した理由 ヴィクトリア女王の御世、大陸ではオーストリア帝国の修道士がエンドウマメの交配実験を行い、『植物雑種に関する実験』を発表したものの、論文はさして注目されず埋もれていった。
     しかし、遺伝などという学問を知らずとも、子が親に似ることは一般的に知られている。
     同じ親から生まれた兄弟姉妹にも、どこか共通点があるものだ。



    (それにしても、厄介かもしれない)

     兄たちに続いてイートン校に入学し、順調に進級しながら、ルイス・ジェームズ・モリアーティは時おり思案した。

     優秀な兄たちが有名人となっているのは当たり前のことだ。
     自分も違う理由で注目されることはわきまえていたから、それが悪い方向にはたらかないよう気をつけ、努力もしているのだが。

     おそらく、長兄アルバートに続いて『次男のウィリアム』が入学したところまではよかった。似ていない兄弟でも、実は片方は父親に、片方は母方の伯父にそっくりだったり、外見はまるで違っていても声や気質、些細な癖が共通していたりする。時には祖父母や遠い係累から何かを受け継ぐこともある。成長とともにそれらが変化することも多い。

     だから顔立ちや瞳や髪の色が異なろうと、よくある事例の範囲だったのだろうし、首席の長男を凌駕する才を次男が見せれば『揃って優秀、さすが兄弟』と目くらましになった。

     だがそこにルイスが加わると、よくない。

     『実の兄』より『養子の弟』の方に、より似ているとなれば、よけいな想像をする者が次々と現れる。

     アルバートが氷のような瞳で
    「僕たちはモリアーティの両親のどちらにも似ていないんだよ」
    と表明したことがあるのだと、新たな詮索者には都度伝えられた。けれど、今後もなにかと懸念の種になりそうだ。

    「兄さんたちのどちらとも違う色に、髪を染めておけばよかったでしょうか……」
    「それを準備しておくなら、ルイスより僕の方だったよ」

     実兄とルイスは、体格差もあまり開かなかった。髪や瞳の色も成長にしたがって変わることがあるというが、食事や身だしなみを整えられたことで、白い肌や金の髪は揃って艶と輝きを増した。
     わざと汚すなど、兄二人の名誉に関わる。短く刈るという思いつきはやはり兄たちに猛反対された。

    (もう少し顔を焼いておけばよかった)

     さすがにそれを口に出したら叱られるか悲しませる気がしたので、飲み込むていどの分別は持っていた。あまり見苦しくしすぎても、兄たちに顔を見るのも嫌にさせてしまうかもしれないし。

     くせのない金髪だけでなく、前髪をあげると瞳の色や、すべらかな額と生え際のかたちまで二人はそっくりだと強く印象づけてしまうので、ウィリアムは幼い頃のまま前髪を梳き流しにして進学していった。
     これは、うっかり眠りに落ちたり、寝過ごしたりしがちな彼が、すぐに整え直せる利点もあった。
     ルイスはすっきりと額を出し、火傷痕もさらけ出すことに躊躇はなかった。人の視線がまず傷跡に吸い寄せられる。気の毒そうに、あるいは不愉快そうにそらされるか、逆にじろじろ見られたりぶしつけに詮索されると、伏し目がちにした表情の奥でうまくいったと思っていた。



    「つまり、変装の一環だったのかね」
     卓上の片隅に置かれた眼鏡の所持理由を新しい、というより初めての上司に問われた新『M』ことルイスは、業務上必要な情報かもしれないと素直に考えて、
    「視力に問題はありません。これは、兄と並んで目撃される時に、少しでも印象を変えられるかと思いまして」
    と答えたところだった。

    「兄——下の兄のウィリアムは、外見だけなら、上のアルバートよりも私の方に少しばかり似ていましたから」

     マイクロフトは三兄弟の秘密を全ては知らない。少なくとも表向きは。だからルイスも言葉を選ぶ。

    「ふむ。確かにプロフェッサーは君とよく似た金髪だったな」
    「顔まではそれほど似ていないと思うのですが、不名誉な噂は回避したかったので」

     養子と実子が入れ替わっているよりも、どちらも外腹の子、不義の子という憶測の方が容易く、囁くにも愉しい。さり気なくそちらの可能性を仄めかす。

    「君がこれを外した時は、兄君たちによく似ていると思ったから、印象を変えるのには成功していたな。——レンズに少し色が入っているのか」

     ひたと、こちらの奥底まで貫く藍色の瞳がルイスに向けられた。そらすタイミングを逃したので諦めて見返す。

    「なるほど、あの図書室ではその瞳の色までは気づかなかった。君もイートン校に通っていたそうだが、その頃から似ていると思う者はいただろうな」
    「似ていない血縁者も、魂までよく似た他人も世には多く在るでしょうに、困ったものでした」
    「それで在学中から? しかしその頃は——」

     記憶にまだ新しい切り裂きジャック事件から遡ること十余年。スウェーデンで甚大な鉄道事故が起こり、原因は鉄道員が信号の色を識別できなかったためである、とされた。
     当の鉄道員は他の多くの乗員乗客と共に死亡しており、証の立てようもないまま鉄道員や船員の色覚検査が強化された。やがてその施策は周辺諸国にも、教職や軍人などの公職にも広まる。
     のみならず、偏見と疎外は眼鏡で矯正可能な視力の不足にまで及んだ。
     兵隊として労働力として期待される若い男性にとって、眼鏡は、不適格あるいは低級品である印となってしまった。
     貴族階級の男子ならば偏見だけで職に困ることはなかったが、女性の場合は別の意味で深刻だった。そのような不適格な子を産むからと、結婚に難色を示されるのだ。ために、いつの間にかフォーマルドレスの場では眼鏡は外すのが嗜みである、ということになってしまった。

    「ええ。その頃の学内で、仕官に差し支えるかもしれないと話題になったことで、眼鏡で印象を変えられる可能性を思いついたのです」
    「プロフェッサーの方に作らせる方が早かったのではないかね? 専門は数学だったそうだから、むしろ箔付けになりそうだが」
    「それが——兄はスキップで早々に卒業していったので、在学中は、兄をよく覚えている方々の記憶と比較されることが多かったのです。私の出自であるアンダークラスにとっては贅沢品でしたし、卒業祝いとして作っていただきました」

     実兄とルイスは、外見に血のつながりを感じさせる共通項が幾つかあっても、全てのパーツの形までひとつ莢のエンドウマメというほどではない。顔つきも人に与える印象も、何より周囲を圧するカリスマ性の有無もまったく違う。と、少なくともルイスは考えていた。

     才能だって違う。

     予定より一年遅れて入学したモリアーティ家の次男は、十六歳で大学入学の資格を得た。

     彼がウィリアム・ジェームズ・モリアーティと名乗る以前から学問や思索、特に数学が大好きであると知っていたから、貪欲なまでに学びスキップしてゆくことにアルバートもルイスも異論はなかった。

     同じ学校に長く通えないのは残念だけれど、まとめて大勢の視界と記憶にとどまる期間が短くなるのも幸いだ。

     計画を成功させるにも時期の見極めは大切だ。命はそう何度も懸けられない。

     その時まで、兄たちにはその才能を有効に使ってほしかった。身分のせいで才能を活かせない人々がいることも、自分たちの怒りの種だったのだ。そして才能を他人のために役立てるだけでなく、自分自身を喜ばせることも有効な使い途だと思う。

     すでにルイスも小さな子供ではなかったのだ。もっと幼い時期だったとしても、弟が淋しがるだろうなんて理由で兄の才能を押し矯めるような口出しは、侮辱でしかなかった。兄自身が淋しがってくれるのは嬉しかったが。

     ルイスが何より避けたいのは厄介ごとそのものではなく、それが兄たちによけいな手間をかけさせることだった。
     そのためなら、兄と共に目撃される機会が減るのは願ったりだ。
     このまま、卒業後は人前に出ない仕事か、計画に役立ちそうな官憲や労働者階級に潜り込んで、兄たちと生活拠点を分けてもいいくらいだと、考えていた。

    「初めから注目されている状態で情報を増やすことはない、か」
    「そうですね。入学前に思いつけていれば、先に用意をしていたのですが」
    「入学前の年齢から眼鏡では、かえって目立ったのではないかな。君が目立たぬようおとなしく振る舞うほど、持ち物を狙うような悪童の格好の的だ」
    「ご賢察です。どなたかそのようなご経験者が?」
    「セオリーというものだよ」

     会話しながらルイスは上司に椅子と紅茶を勧め、用意の書類を差し出し、目を通すマイクロフトの対面に腰を下ろしている。

    「それに、君が兄君たちと一番似ていないのは、その、敢えて人の記憶に残らないよう徹底して振る舞っているところだ。年季が入っているのだな」
    「下の兄と多少共通していたのは外見くらいです。それ以外では元々、目立つようなものは持っておりません」

     特に深刻な報告でも決裁待ちでもない。思い出話から兄たちの姿形を思い浮かべるうち、ふと目の前の上司にその兄弟の姿形が重なった。

     モリアーティ家とは全く違う形だが、ホームズ家の兄も彼なりに弟を大切に思っており、それをルイスたちの責で喪ったのだと、知っている。

     償いのためにすべきは、泣き伏して詫びたり常に苦渋する様子を見せつける事ではないとも、知っている。

     だから言葉を選び、時に探り合いはしても、雑談めいた何の負荷もない時間を差し出すこともしようと思う。

    「入学前に用意していればと思ったのは、髪でしたよ。貴方のような髪でしたら、何の憶測も呼ばずに済んだでしょうね」

     書面に落とされていたマイクロフトの視線が再びルイスに向いた。あの諮問探偵と、表情も話し方も立ち居振る舞いも全く異なるのに、共通項も数多い。それは色彩だけではない。
     仮に実兄か自分がこの色の髪だったとしても、ホームズ家の人間には見えないだろう。

     その確認に、ルイスは心の底から(よかった……!)と快哉を叫び、マイクロフトにだけは少し申し訳なく思った。

     自分にホームズ兄弟、特にマイクロフトほどの能力があれば、兄たちを守れただろうから。そちらは共通点であってほしかった。

    「任務で潜入するわけではないのだ。成長期の六年間を変装し続けるのは負担だぞ」
     ルイスの内心とは全く別の方向に、マイクロフトはマイクロフトで思うことがあったらしい。
    「髪の色だけでなく、癖の強くなさそうなところも、君とプロフェッサーだけが似ているのだな」
    「癖の?」

     マイクロフトの長い指が己の前髪を撫でつけるように上げられ、寸前でまた下ろされる。
     この上司の、計算も演出もされていない苦笑をルイスは初めて見たように思う。

    「弟は、ワトソン先生が小説の登場人物として書いた紳士とはかなり異なっていてね」
     知っている。遺憾ながら。
    「髪も癖が強くて、普段は整えもせず適当に括っている程度で」
    「……私がお会いした時も、そのようでした」
    「私のこの髪も、毎朝念入りに捻じ伏せる必要があるんだ」

     捻じ伏せるのか、と復唱は心のうちに留めた。情報部長官の謹厳さを示すようにぴしりと固められたブルネット。ところどころのほつれ毛のようなゆるいウェーブは、幾筋かの色香を滲ませる効果になっていると感じられる。だがそれはあえての演出ではなく、不本意な敗北なのだろうか。

    「変装にしても、手がかかりすぎるから、止したがいい」
    「……心得ておきます」

     マイクロフトは書類を置いて紅茶のカップを手にする。私的な側面を少しずつ見せてくれるのは、何かの算段か、本当に私情か、ルイスにはまだ図りかねた。

    「眼鏡も、公的な場に出ることもあるだろう。君の若さでは、侮らせるもとになる」

     兄と並んで立つことがなくなったのだからと言わないのは、とても優しい心遣いに感じられた。

    「侮られるのは、むしろ幸いな場合もあると思いますが。『M』としては望ましくありませんか?」

     ルイスも自分のカップに手を伸ばしかけ、上司の視線に気づいて姿勢を戻した。

    「君は実に得難い資質を持っているな」

    「……?」

    「優秀な男ほど、平凡を装い侮らせることに我慢ならない者が多くてね。また自尊心を飼い慣らせない者は、侮られるといちいちそれを傷つけられたと感じて、度を失いかねない」

    「そういう人物も、見かけたことはありますが」
     馬鹿にするんじゃないよ、だとか、舐めやがって、と激昂する人々の姿は知っている。
     ルイスの場合、人が油断してくれる方が万事都合がよかっただけだ。実際に、兄たちのような華々しい才覚がないのも事実で、それ以上でもそれ以下でもない。嘆くでも卑下するでもなく、ただ、そう認識している。

    「目立たないことを劣ったもののように言っていたが、その気になれば君は別人のように印象的に化けることもできるだろう。あえて逆に、人の記憶に残らぬようにも振る舞えるのは、情報部に必須の才能だ」

    「……恐れ入ります」

     マイクロフトはどういうわけか、どこか楽しそうな笑みを浮かべた。

    「眼科医界では、眼鏡を避けたい淑女の要望に応えて、目に直接レンズを入れる研究も進んでいる。それで自在に瞳の色を変えられるようになれば、変装に活かせる」
    「そうなのですか」
    「でなくとも、変装でつくりあげて人の記憶に残した人物像は、作戦後には破棄が望ましい」
    「はい」
    「だから今後は、必要ならば作戦ごとに違う形の眼鏡でも鬘でも誂えれば良い。それは使わず仕舞っておきたまえ」

     目線で、愛用してきた眼鏡を示される。

    「かしこまりました」



     ほどなく用件を終えたマイクロフトは、最後にまた笑みを浮かべた。

    「私にしては本気で評価したのだよ。それで浮き足立たないところも面白い。良い後継者を寄越してくれたものだ」
    「お礼を申し上げるところでしたか?」
    「今後の働きで返してくれれば結構」
    「……心します」

     上司を見送り、卓上を片付ける。
     そして、話題の発端となった眼鏡を手に取った。

     初めてディオゲネスクラブをおとない、長兄の仕事のひとつを継ぐと告げて外した時は、影に徹して控える役割から、守られる立場から脱するのだという認識が自然とそうさせた。一種の仮面か、その立場に踏みとどまるための自制を外したようにも感じた。

     実際に『M』の後任として認められるか、どのような働きを求められるかまではわからず、今後また装着するのかも決めかねて、手元に置いていた。

     それを、もう使わずに仕舞っておけとマイクロフトは言う。その上司命令に否やはない。

     もともと、目が悪くて作ってもらった眼鏡ではないのだ。
     兄たちの供をしたり、代理人として顔を出す時を想定していたが、何となく外しがたく、普段からかけているようになった。
     計画の、実際に武器を振るって戦う時だけは外したが——

     と、そこまで考えてルイスは瞬いた。

     思わず部屋の扉を見、退室した上司が先ほどまで座っていた椅子を見る。

     諜報戦でわざと人目に印象づけた人物像は、存在しないものとした方がいい。正しい教示だ。『小道具』は『破棄』して、二度とその関係者の目のある場所で、ルイス本人として所持していない方がいい。

     荒事になれば、破損や紛失することもあり得る。

     仕舞っておけと言ったマイクロフトはわかっていたのだろうか。わかっていたのだろう。ルイスの何かを評価したとも言っていたから、これは褒賞なのかもしれない。

     手にした眼鏡を捧げてレンズ越しに室内を眺め、また丁寧に畳んだ。

     レンズに自分の顔が反射している。

     アンダークラス出身としては高額で、実用品でもない装飾品。身だしなみを整えるのに必要な衣服にも含まれない。家族や仲間たちと住まう家の設備でもなく、ルイス一人が使うためのもの。
     兄たちを始め、人から贈られた物とも少し違う。

     ルイスが自分から思いつき、欲しいと頼んであつらえてもらって、ずっと身につけていた。結果として、焼け落ちた家に置いてくることなく持ち出した。

     その、ほとんど唯一の物が、この眼鏡なのだった。



    ---


    参考年表
    1865年 メンデルの法則
    1875年 ラゲルルンドの鉄道事故
    1877年 F.ホルムグレーン「色盲とその鉄道及び船舶との関係」出版
    1879年 ドイル処女作発表(憂モリ踊り子事件の墓碑年)
    1881年 ビリーザキッド享年21
    1887年 ホームズ第1作「緋色の研究」出版
    1888年 切り裂きジャック事件
    1897年 ブラム・ストーカー「吸血鬼ドラキュラ」出版

    ※そもそも人間の心臓外科手術に成功したのは20世紀以降なので、ルイス君が元気に存在するためにゆもり時空は全力でふわっとさせておきたい所存です
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