信頼は儚い人間のために 好意とは形を変えた硬貨だろうか。無償で手渡されるそれを無邪気に受け取ることが出来るのは幼さの特権だ。何故なら私達は骨身に染みて知っているから。ただより高いものはないと。いつか対価を要求されることを。見返りを求めない好意なんて不安なだけだ、という彼女の言葉を思い出す。それは全くその通りで、私はこうして目の前に置かれた茶の一杯に手を出すことすら恐ろしい。
「今日は珈琲の気分でしたか?」
まだ湯気を上げている茶は、彼が手づから淹れたもので、それがどれほど美味しいかを私は知っている。私が飲もうとしないことを不思議がっているのだろう。こちらを見つめる鬱金色は訝しげな色を宿している。
「……ねえ、リー」
私は、ベルトから下げている玉佩に手を伸ばした。つるりと冷ややかな手触りが、身体から余計な熱を奪っていく。昇進式の日に、彼が勲章と引き換えにくれたものだ。私が手渡した勲章には、どんな意味があっただろうか。彼の能力に対する期待、これからも重用していくという意思表示。であれば、彼が差し出したこれにはどんな意味があるのだろう。信じてくれますかい、と言った言葉の真意を。
「私は、君に何も応えてやれないよ」
例えば。仕事終わりに彼と飲む酒の味わい。残業をしている時に持ってきてくれる夜食の温かさ。こうして淹れてくれる茶の香り。そういったものを、私は飲み下すばかりで、きっと何も返すことが出来ない。戦場でろくでもない死に方をすることが予め決定づけられているような人生だ。彼が言うような、平凡な日々を送ることは――私には、贅沢すぎる願いだった。彼の願いを叶えることも、彼の気持ちに応えることも、私にはできない。
「……良いんですよ、それで」
おれはもう、十分すぎるほど受け取っていますからね、と。彼は陽光の眩しさに目がくらんだように、瞳を細めて笑う。
冷めちまいますよ、と促されるままに、私は茶に口づける。胸にまた一つ、硬貨の落ちる音がした。この重みはきっと、死して尚、私を夜の底へと沈めるだろう。
リー、と私は彼を呼ぶ。近づく頬に、そっと唇を落とした。雄弁は銀、沈黙は金ならば、これが私から差し出せる、最大限の対価だった。
胸に降り積もるこの重さを、手放さなくても済むように、どうか――どうか。
触れた肌は玉佩よりも冷たく、月光めいて滑らかで、泣き出したい程に美しかった。
何を差し出しても、手に入れたいと願ってしまいたくなるほどに。