本日中にお召し上がり下さい「……勢いで買っちまったけど……」
ありがとうございました〜!という店員の明るい声を背に受けながら店を出たオレは、たった今受け取った袋の中の箱をもう一度覗き込んだ。『本日中にお召し上がり下さい 6/5』と印字された簡素な白いシール、そのすぐ横にもう一枚貼られたシールは大きな♡の形をしており、中には『Happy Birthday!』とカラフルな文字が踊っていた。
(なんかなぁ〜……ちょっと恥ずいような)
◇ ◇ ◇
「まんなかバースデー……? ってなんですか?」
「ん?」
バイト先での出来事だった。
誕生日のお客さんにサービスするサプライズケーキ。いつもならば、チョコレートで書くように指示される文字はほとんどが『ハッピーバースデー』や『おたんじょうびおめでとう』なのだが、今日は違っていた。
指示が書かれたメモには『まんなかバースデー』と書いてある。
「あぁ、それか。最近、恋人同士だか友達同士だかで、誕生日の間を祝うってのが流行ってるらしい」
「誕生日のあいだ??」
ピンと来ない様子のオレに、先輩はさらに説明を続けた。
「例えば、お前が6月1日生まれで、お前のあの同居人が6月10日生まれなら、6月5日が二人の誕生日の真ん中……そういうのを祝う、らしい」
「あ、なるほど? へぇ〜、そうなんですね!」
そんなのがあるのか〜と思いながら、今しがた知ったばかりの"♡まんなかバースデー♡"という言葉を、バランスに気をつけながらチョコレートで丁寧に書いていく。
仕上がったケーキにスパークキャンドルを点け、二人組のお客さんのテーブルに運ぶと、二人は「わ〜っ!」と嬉しそうな歓声をあげ笑顔をみせた。
『うわぁ……!! これ、僕に……?』
──厨房に戻って皿を洗っていると、ふと、先月のアイツの誕生日のことが脳裏によぎる。オレが用意したケーキとプレゼントに、『すごく嬉しいよ、ありがとう』『君に出会えて本当に良かった』と、瞳を潤ませてそれはもう大袈裟なくらいに感動していたアイツの、心からの笑顔……。
……アイツとオレの真ん中バースデーっていつだろう? アイツが5/3でオレが7/7だから……
……あれ?
「今日ぅ!?!?」
「……どうした?」
「へ? あ、いや、なんでもないです!あはは……」
◇ ◇ ◇
……そんなこんなで、バイトの帰りについケーキ屋に立ち寄ってしまった。人のよさそうな店員に『お誕生日ですか?』と笑顔で聞かれ、つい『あ、そんな感じです!』と答えてしまったがために、こんなハート型のシールまで貼ってもらってしまったのだった。
先月も誕生日祝いしたのに、なんかスゲ〜浮かれすぎてるみたいで恥ずかしい気もするけど、買ってしまったものは仕方ない、よな。うん。オレもアイツもケーキは好きだし? そうだ、ちょうどケーキが食べたかったからってことにしよう。それなら自然に渡せる気がする!
普段なら長く感じることもある帰路も、あれこれ考えながら歩いているとあっという間だ。上京を期に、アイツと──幼馴染と二人で住み始めたマンションの部屋。ドアの前で、ごそごそとポケットの中の鍵を探っていると、かちゃんと中から鍵の開く音がし続けてそっとドアが開いた。
「おかえりなさい。お疲れ様」
「お、おう、ただいま」
この嬉しそうな顔で、おかえりなさい、と面と向かって言われるのはまだ少し照れくさい。
「開けてくれてさんきゅー。よくわかったな〜?」
「え? あぁ、音はしたのになかなか開かないから、鍵が見つからないのかなと思って」
「そっか、すげーな」
確かに、ケーキの袋で片手が塞がっていたのでいつもよりは少し手間取っていたかもしれないが、それにしても世話焼きというかなんというか。
「え、それ何?」
「おっ、これな! へへへ、いや〜実はさぁ」
「えっ、ケーキ!? その箱、ケーキだよね!?
もしかして君も!?」
「え、どゆこと?」
予想以上の食いつきに、考えていた言い訳を話す間もなかった。幼馴染は「ちょっと待って」と言うと、冷蔵庫を開け、ごそごそと何かを取り出している。これはまさか……。
「……僕も買っちゃったんだ……」
「え、マジかぁ!?」
◇ ◇ ◇
テーブルに白い箱が2つ。両方に貼られた♡の形のHappy Birthdayのシールが、寄り添うように並んでいた。唯一違っていたのは大きさだった。幼馴染が冷蔵庫から出した箱のほうが、一回りほど大きい。
「いや〜、まさか被っちゃうとはなぁ〜……」
「うん、今日は僕と君の誕生日のちょうど真ん中の日だから、ささやかだけどお祝いしたいなと思って。引っ越しにもお金使っちゃったから、ケーキくらいしか用意できなかったんだけどね。ほら、先月僕の誕生日を祝ってくれたお礼もしたかったから、それも兼ねてさ。来月には君の誕生日もあるのに、お祝いしすぎかなって少し思ったんだけど……でも、僕たち"前"に一緒にいたときは誕生日とか無かったから、それを思ったらこういうのもいいかなって思って。あ、こういうのは真ん中バースデーっていうらしいんだけどね」
「それ! 真ん中バースデーって、オレ今日初めて知ったんだけど! そんな有名なもんなの?」
「いや、僕もこの前知って……」
そこまで話して、ふたりとも何となしに2つ並んだ箱へと目線が下りていく。
「……ありがとうな。嬉しいよ。でも、お前が用意してくれてるんなら、オレのはいらなかったよなぁ……なんかわりぃな、はは」
並んだ2つの箱。自分の買ってきた一回り小さい箱が、なんだかテーブルの上で肩身が狭そうに見えて、つい口に出てしまった。
「え、何言ってるの!? すごく嬉しいよ!」
「や、でもお前のケーキのが大きいみたいだし? こんなに食べ切れないだろ〜」
「そんなこと……!」
「!」
バツの悪さから無意識に後頭部を掻いていた手を、がしっと力強く掴まれ、ぎゅっと両方の手のひらで握られる。
「僕は、君が僕と同じ気持ちでいてくれたことが本当に嬉しいよ。僕と君の誕生日の間を数えてくれたっでしょ?僕のことを……その、想って買ってきてくれたってことだよね?」
──う……。
「……そ、そりゃぁ、そうだけど」
「ありがとう!」
ぎゅ、と抱きしめられると、握られていた手のひらへと伝わっていた温かい体温が、今度は身体全部へと伝わってきた。
いつもこうだ。この真っ直ぐな瞳に見つめられると、どうにも色んな気持ちを誤魔化せなくなる。逃げられなくなってしまう……。
ちゅ、と優しく唇を合わせられ、目を開けたときには、大袈裟なくらいに嬉しそうな心からの笑顔がそこにあった。
「へへ……喜んでくれたんならまぁ……良かった」
「当たり前じゃないか」
「……けどさ、食べきれないのは本当のことじゃね?」
「……う〜ん……そうかな」
大きい方の箱を開けてみると、四、五人分はありそうなホールケーキが入っていた。オレの買ってきたのも合わせると、とても食べ切れそうにない。
「う〜ん……あ、そうだ! 先輩とか呼んでみねー? 急だから無理かもしんねーけど」
「は?」
「お前も後輩とかに聞いてみたら? せっかく買ったのに、無理して二人で食べるの勿体ねーじゃん」
「……それ、本気で言ってる?」
それまでと全く違う声色で放たれた言葉に、あ、しまったと思ったときにはもう遅かった。
「僕と君のために買ったものなのに、何で先輩とか後輩とか、関係ない人の名前が出てくるの? おかしくないか?」
「そ、そーだよな、わりぃ……」
「ケーキ好きだし、このくらいなら全然食べられるよ。君も好きでしょ? あ、チョコケーキにしてくれたんだね。ありがとう」
「おう…………お前チョコも好きだろ?」
「うん。じゃあ切り分けて食べようか。二人で」
あぁ……変なことを言ってしまった。これは後でまた言われそうだな……と、ケーキを食べ終わった『あと』のことを思うとほんの少しばかり怖い気持ちが過ぎったが、二人であれこれと話しながらとびきり甘いケーキを食べているうちに、そんな気持ちはすっかり何処かへと消えていったのであった。
結局、ケーキは2日に分けて食べた。
おわり