蛍火 高瀬川で蛍を見た。
つまらない捕物の帰り道に、橋の上から偶然見つけたに過ぎないが、そういえば昔はもっとあちらこちらに蛍が飛んでいたように思う。
屯所が壬生から不動堂村に移る前、何度か近くの川へ蛍を見に行った。
ほんの四半時ほど、じっと小川の岸を覗きこんでいた彼が、ある時一匹の蛍を捕まえてきた。自分の目の前で開かれた掌から小さく光るものがふわりと飛び上がり、彼の単衣に止まってまたゆっくりと川辺に戻っていった。水草のあわいからチラチラと明滅していたかと思えば、いつの間にかそれも見えなくなった。
「綺麗ですね」
「そうだな」
交わした言葉は珍しくそれだけで、彼はその後も静かに川辺を見ていた。
何を思っていたのか今では知る由もないが、あの時蛍の光にぼんやり浮かび上がった彼のぎこちない微笑みを、自分は今でも忘れることが出来ずに居る。
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