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    SALVA.

    一次創作、低頻度稼働中。
    小説、メモ、その他二次創作など。
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    SALVA.

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    DEAR DEVIL サテライト編AFTER

    DEAR DEVIL サテライト編AFTER薄暗い人罰堂。
    外には聞こえない魂の悲鳴と悪魔の歌。

    今日も地獄では、多くの人間の魂が生前の過ちを償うため、罰を受けている。
    切られ、煮られ、歩かされ、刺され。
    そして死んでるが故死ぬ事の無い魂たちが、その痛みに耐え、救いを待つ。

    俺もその1人だった。
    ただひとつ周りと違うのは、自分の過ちを知っているということ。
    自分がなぜ地獄に落ちたのか、よく理解しているということ。


    俺は1匹の悪魔の命を奪った。
    正しく言えば、命が奪われるきっかけを作ってしまったのだ。

    生前、奈落の底にいた俺の前に突然現れ、俺を死ぬ気で守ろうとしてくれた悪魔だった。
    何時も俺の事を気遣い、俺の事をいたわってくれる、優しくて、穏やかな悪魔だったのを覚えている。

    そう。
    何も無ければそう思えていた。

    俺は溜まりきった世間への怨念や憎悪を全て彼にぶつけた。
    体を傷つけ、体を犯し、罵詈雑言を繰り返し、何度も何度も何度も自分を正当化しようと彼を否定し続けた。
    彼から意志を奪い、自分の奴隷として飼い殺していたも同然だ。
    あんなに優しくて、俺の事を考えてくれているやつなんて、人間の中にすら居なかったのに。
    それなのになぜ俺は、彼のことを異常な程に傷つけてしまったのだろう。
    彼に罪は何もないのに、こんなことは間違っていると分かっていながら、感情が抑えられない。
    抑えようとしても、制御ができなかった。

    そう、まるで操られてるかのように。

    嫌で嫌で仕方が無いのに。
    彼を見ると、彼を傷つけたくて仕方なかった。


    だから俺は、日記に書き留めていた。
    俺の本当の気持ちを。
    素直になれなくて、隠れて謝ることしか出来ない俺の気持ちを、そこに綴っていた。
    そうやっておかなくては、俺はなにか大事なことを忘れてしまうような気がしたからだ。


    でもある時、俺は唐突に素直になることができた。

    家に着いていつものように彼に出迎えられても、体を傷つける気にならなかった。ただ謝りたいのにどうしても言葉が出なくて、魚みたいに口をパクパクと動かすことしか出来なくて。
    いや、実際は俺が怖かっただけなんだと思う。
    彼に今更謝ったところで、許してもらえるか。
    許して貰えなかったらと、そう考えるのが怖かった。

    だって俺には彼しかいなかった。
    もう俺のことを思ってくれるやつも、俺がすがれるものも、ずっと前になくなってしまったから。
    そんな彼に嫌われたら。
    嫌われることをしてきたくせにそれが怖くて。

    そして既に時も遅いに近かった。
    俺が強制したせいで、テライは自分の意思を失っていたのだ。
    俺が俺の事だけ考えろと、初めて会った時に言ったせいで。

    彼はもう、自分がどうしたいかが分からないと嘆いた。

    それでも。



    ・・・それでも。



    あいつは、俺が好きだと答えた。



    痛みと苦しみしか与えてこなかった俺を。
    彼にとって明らかに害悪極まりない俺を。
    恨まれて当然だったはずのこの俺を。


    彼は「愛している」と答えたのだ。

    忘れ去られた意志の中から、唯一それだけしか引き出せなかったというのだ。

    そうして固まった俺を抱きしめさえして。

    俺の事を全身で受け入れてくれていた。

    まるで呪いにでもかかっていたかのように彼のことを傷つけたことを悔やんだ。死にたくなるほど悔しかった。
    謝りたいのに謝れない自分が、憎かった。

    そしてそれも一時で、俺はまた彼のことを傷つけたい日々に戻ろうとすらしていた。

    そのバチがあったったのだろう。

    俺は翌朝、死ぬことになった。


    仕事に行く道で、信号を無視して横断歩道に飛び込んできたトラックに撥ねられたのだ。
    タイヤに巻き込まれた体は跡形もなくバラバラになり、唯一自分の取り柄と思っていた顔面すら、潰れたトマトのようにぐしゃぐしゃになった。

    自分の死体を覚えている。
    無機質な人間たちが黙々と俺の体を回収する様も全て覚えている。思い出したくない、おぞましい光景だった。

    でもその時、何が起きたのか分からなくて混乱していた俺に、突然話しかけてきた奴がいた。

    異様な奴だった。
    ただ、透き通るように綺麗な金白色の髪を持ち、頭の横に眩しいほど金色に輝く輪を浮かせて、優しくて寂しい顔をしていた奴だ。
    そいつは俺が死んでしまったことを教えてくれて、俺の死を酷く悲しんでくれた。
    そして、今までよく頑張ったと慰めてくれた。

    その時に手を握られて、その温かさに俺は涙を流した。
    ただ悲しくて、悲しくて仕方なかったからだ。

    そいつに手を引かれて冥界とやらに連れていかれる。
    閻魔の裁きとやらが本当に存在していたことには驚いたが、閻魔は呆気なく俺を地獄行きにした。
    相手が悪魔であろうと、強姦や暴力を奮った罪は大きいという。
    俺は納得して三途の川を渡る船に乗った。

    地獄の門を通ると、記憶が消えるらしい。
    そして人罰堂と呼ばれる場所へ連れていかれ、罪の重さだけ長いこと罰を受けることになるのだった。
    刑務所のように檻に入れられ、時間が来ると罰を受けるため外へ出る。
    針山を登らされ、血の池に沈められ、煮えた湯と火に炙られる。
    でも痛いだけで体が傷つくことはなくて。
    死んでいるせいで、痛みから逃げることが出来ないのだ。

    今となっちゃもう、何年ここにいるのかなんて分からない。
    ただ少なくとも、気が遠くなるほど長いこと、ここにいるのは確かだ。



    地獄に来て1年とかそこらの時、1匹の悪魔が檻の中にいた俺に駆け寄ってきて、俺を「サト様」と呼んできた。

    見知らぬ悪魔だった。

    誰か聞けば、何かを酷く驚いたような顔をして、そうかと思えばそれはそれは悲しい顔をして、人違いだと俺に謝罪した。
    記憶のひとつもない、知らない悪魔。
    そのはずなのに、何故か、彼を見ていたら胸が痛くなって。
    どこかで会った気がしてたまらなくて。

    彼は「テライ」と名乗った。優しい顔をしているのに、どこか寂しげで虚ろで、そして、とても美しい顔立ちだったのを覚えてる。

    彼は俺に、ここで会った記念にと、ネックレスを渡してきた。
    十字にエメラルドの宝石装飾が施された、高価そうなネックレス。
    見覚えなんてなかったが、ないはずなのだが、俺はそれが俺の大切なものだと感じていて。

    俺が礼を言うと、彼は少し微笑んだ。
    微笑んだというか、ただ口角を上げただけのようにも見えたが。

    そして彼は去っていった。
    悲しげな背中を俺に向けて、振り返らずに。
    会ったことないはずなのに、俺は彼を引き止めた。
    どこかで会ったことがあるのなら教えて欲しかった。
    何故か、何故か漠然と、俺は彼に謝らなきゃいけないような気がしていたからだ。
    でなきゃあの悲しい目を、俺に向けるわけが無い。
    やはりなにか大事なことを忘れている気がして、むず痒くて、もどかしくて、俺はどうしても教えて欲しかった。

    そして、俺から離れないで欲しかった。

    俺は寂しかった。


    人罰堂の悪魔たちは俺の事を足蹴にしながら罵っていた。俺だけじゃない。地獄に落ちた人間は皆酷い扱いを受けている。

    俺もその時記憶はなくなっていたから、なんで俺がこんな目に、なんて思ったりもしたが。

    でも

    あんな優しい目を向けられたのは、久しぶりな感じがした。
    あんなふうに俺と話してくれるやつなんていない。
    他の人間たちだって自分が地獄にいることに不服そうだったり、もう全てを諦めていたりで、口なんてとても効けない。そもそも会話すること自体が本当に久々な気がした。

    だから彼ともっと話していたかった。


    でも彼は「できない」と否定して、去っていった。
    ただひとつ、ネックレスを俺に残して。


    そこから本当に長い月日が流れたと思う。
    慣れるのことない痛みに耐えて、檻で休んでいた時に、また悪魔が俺の前に現れた。

    実際には「この中にサト・アイニバルという魂はいるか」と大声で問いかけられたのだ。

    自分の名前はみんな忘れている。俺だって分からない。

    でもそういえば昔俺の所へ来たあのテライとかいう悪魔は、たしか俺の事を「サト様」と呼んでいた。
    たったそれだけだったけど。
    それが間違ってないなら。

    俺が檻から返事をすると、悪魔が寄ってきた。

    テライではなかった。

    赤い角に赤い目をした、また知らない若い悪魔だった。
    青白い顔をしたそいつは、俺を見て、そしてその少し下、恐らく俺が首から掛けているネックレスを見て(取り上げられたくなかったから罰を受けてる時は外していた)、まるで確信したかのように小さく感嘆の声を漏らした。

    なんの用か聞いてみれば、彼は俺に問った。

    ─────テライ・オディバイカという悪魔を知っていますか。




    俺は驚き、何度も頷いた。何度も肯定した。
    あの日俺に会いに来たあの悪魔。
    俺にこのネックレスをくれた悪魔。

    どこかで会ったような、懐かしい悪魔。

    虚ろな目をした、悲しい顔の。



    赤い悪魔は、俺に手記を手渡してきた。
    くすんだ緑色の表紙はボロボロで、真ん中辺りに大きな亀裂が入ってる他、なにやら赤黒いものがついていた。

    不潔に感じながらも、渡された手記を読む。


    それが、俺が生前に書いていた日記だった。



    汚い字で書かれた日記を読み、俺は全て思い出した。


    テライ。



    俺を守ってくれた悪魔。


    最後まで俺を好きと言ってくれた悪魔。



    俺の、大切な。




    大切な大切な、テライ。






    俺は赤い悪魔に頼んだ。
    今すぐにテライをここへ連れてきて欲しいと。
    全て思い出した。全て俺が間違っていた。
    だから謝りたかったのだ。
    だから記憶が消えてもなお本能的にどことなく覚えていたのだ。

    そうだ。忘れるわけない。
    忘れられるわけがなかったのだ。


    謝らなくては。
    謝って、謝って。
    俺の気持ちを伝えなくては。




    ところが、赤い悪魔は何も言わなかった。
    頷きも動きもせず固まっていて。
    俺が服の裾を引っ張って頼んでも彼は何も言わず。


    揺さぶりをかけた時。

    彼は言った。



    できない。

    テライはもう、ここには来れない。

    テライは死んだ。

    ついさっき、数分前に。


    テライは、殺されてしまったと。











    信じられなかった。
    信じたくなかった。

    俺が嘘だと否定すれば、悪魔は言う。
    「嘘ならその手記がそんなに血で汚れることもなかった」と。


    手元の手記は赤黒いもので染まっていた。
    まさか、これが。






    テライは、これを死ぬ間際まで持っていたと言う。
    懐にしまっていて、刺された時にこうして亀裂が入ってしまったと。

    そして、俺の首からかかっているネックレスを。

    テライは、この赤い悪魔に「宝物」と話していたという。

    いつかあの人に返したいと、そう言っていたという。





    全て、取り返しがつかなかった。

    全てが遅すぎたのだ。


    俺はテライに誤解されたままだろう。
    俺がテライを忘れてしまったと。

    あんなに俺の事を愛してくれたのに。

    あんなに、俺を守ろうとしてくれたのに。

    もう、謝ることすら許されないなんて。



    俺はテライに許しては貰えないだろう。

    1度でもお前を忘れた俺を。

    絶対に忘れてはいけなかったことを、忘れていた俺を。

    テライを、裏切った俺を。





    「・・・テライは、あなたを許していると思います」


    ふと、赤い悪魔がそう言った。
    なぜそう言えるのか聞けば、手記の最後のページを見たかという。

    日記は使い切るほどまでは書いてなかったので、白紙だと思って飛ばしていた。


    最後のページをめくる。



    そこには、たどたどしい文字で綴られた文があった。
    確かに俺が読める文字だが、まるで書きなれていないかのように、震えた文字だった。


    それでも俺には読むことが出来た。



    「サト・アイニバル様


    これから先、何があっても。いつまでも。
    あなたが僕を忘れてしまっても。

    僕はあなたを愛しています。


    愛をこめて。

    テライ・オディバイカ」





    俺は、泣き崩れることしか出来なかった。

    檻の隙間から伸びてきた白い手が俺の震える背中を撫でてくれても、涙は止まらなかった。
    ただひたすらにどうしようもないこの不幸を悲しむことしかできなかった。

    ごめん。

    ごめん、テライ。

    本当にごめんな。










    だから俺は誓った。
    これから何年続こうと、この地獄での償いを全うすると。

    テライの心を殺した俺の罪を。


    朽ちるまで償い続けると誓った。






    何度罰を受けても、どれほど時が経っても変わらないこと。

    いつも俺の頭の中にはテライの笑う顔があって、
    確かにそこにいるのに触れないもどかしさが
    触りたいと願い、虚空を撫でる手が
    ずっと空っぽのままだった。

    「テライ」


    何度も呟く。

    返事は無い。


    「テライ」

    大きな声で呼んでみる。


    返事は、無い。



    こうして呼んでいたら突然
    また返事をしてくれるのではないかと。
    ありもしない期待に縋ってばかりだ。







    お前に会いたいよ、テライ。


    会って。

    今度こそ、壊れないよう優しく触れて



    それで、たくさん、謝りたいよ。









    そして今日。

    規則により、俺の罪は許されることになった。



    どれほど時間が経ったのか知らないが、刑務所で言う刑期を終えた、というようなもの。
    これから断魂台に登り、この魂の首が切り落とされる。
    そして、存在が消えるのだ。

    消え去って無になるか。
    はたまた生まれ変わるか。

    どちらになるかは分からないという。

    地獄から開放されると聞いても、俺は納得がいってなかった。

    俺にとっては、この罪はいくら償っても足りないものだった。

    どんなに痛く苦しい目にあっても、テライの笑う顔が頭をよぎる度に、テライがどれだけ辛かったか、どれほど俺のせいで苦しんだかを実感して、何もかもが足りないように感じた。

    そんな俺が、許される日なんて絶対に来ないのだ。






    手を縛られ、悪魔に断魂台の階段を登らされる。
    物凄い段数の階段だ。下からでは登りきったところがあまり見えない。
    断頭台に似てるが、ギロチンは無い。

    ただ悪魔が数匹立っていて、なにか不思議なものを祀った大きな装飾台が目の前にある。

    その前につくと後ろに2人の悪魔が立ち、槍のようなもので階段の登り口を✕を作るように塞いだ。

    俺は両膝を床につかれ、膝立ちになった。


    すると、真ん中に立っていた、やや背の低い悪魔が俺に近寄ってくる。

    黄土色の角を生やし、小柄だが筋肉のついた逞しい上半身を露わにして、額に目がもう一つ付いている三つ目の、下駄を履いた不思議な姿。

    何故かストラップのついた背よりも大きい鎌を持ち、長い髪を逆立てていた。


    ああ。

    俺はこいつに首を切られるのだろう。

    この大きな鎌が多分、命殺しとか言う特別なもので・・・




    俺は目を瞑る。
    首を切られることに恐怖は無い。
    経験してきた地獄の罰に比べれば、首を切られるなんて1番優しいだろうに。



    やるなら、早くしてくれ。
    切られたって俺は楽にならないのだろうが。






    「あー・・・まだ目、瞑らなくていいぜ?」

    場違いとすら思える明るく陽気な口調。


    思わず目を開けると、その三目の悪魔は俺の目線に合わせてしゃがみ込み、無邪気に笑って見せた。

    「俺さ、なんかこう、硬っ苦しいの苦手で。
    せっかくならちょっと話さねえ?
    ただあっさり死ぬんじゃちょっと勿体無えだろ?」

    その言葉に俺はぽかんとする。

    これから死ぬ相手に言う言葉じゃねえだろ。

    ちら、と周りを見ると、他の悪魔達は少し呆れたような顔で、なんというか、見て見ぬふりをするような顔で突っ立っている。


    なるほど。こいつは少し変わり者なのか。


    「俺もお前のこと少し知りてえし!な?」


    少し押し気味で言われて、俺は有無を言えずにいた。

    この状況で和気あいあいと話す気にもなれないし。

    「え、てか」

    ふと、突然顔に衝撃が走る。
    見ると、そいつが俺の前髪を額を撫でるように片手でかきあげた。
    手に分厚く巻かれた包帯は鎌を握ってるせいか少し荒くなってて、擦れると少し痛い。

    「お前超イケメンじゃね!?」

    ・・・久々に言われた気がする。
    昔は・・・生きてた時、ホストにいた頃からよく言われてたな。
    顔が整ってることはもう謙遜しないし、そこそこ自分でもわかってる。

    でも久々に言われたのでなんとも言えない気持ちになった。


    「くぁーーー…こんなイケメン殺すの気が引けんすけど…
    勿体ねぇー…しんどー…」

    優しい声でそう言われても、俺は何も反応できない。
    そうは言っても殺すのだろうし。


    「んでまそれはともか、く」

    額から手を離し、少し姿勢を整えて悪魔は言う。

    「まずは、お疲れさんだったな。
    相当しんどかったろうによく耐えたよほんと。
    話は聞いてるぜ?周りのヤツらがピーチクパーチク文句言ってる中でずっと黙って罰を受けてたってさ。
    根性あるよなぁお前。かっけえ。」

    そんなの当然だ。文句を言える立場じゃないし、こうあるのは当然の報いだと思っていたから。
    それに、ここで地獄を耐えようと思える理由があったから。


    「こんなさ、薄暗いとこ閉じ込められてさ。
    わけも分からずズッタズタにされてさ。
    意味わかんねえもんな。痛えししんどいしで。
    本当はめっちゃ文句言いたかったんじゃねえの?
    なんで黙ってたのか教えてくんね?」


    「…当然の報いだからだ」


    久々に声を出してみると自分の声は思ったより低かった。
    こんなに低かったっけ。


    悪魔はぽかんとしていたが、俺は続けた。

    「本当ならこんなんじゃ足りねえはずなんだ。
    もっともっと償わなきゃいけない。
    この地獄すら生ぬるいほどに俺は酷いことをしたんだ」


    「お前、生前のこと覚えてんの?」

    普通人の魂は獄門を通る時に記憶を消される。
    覚えてないのが普通なのだ。

    罪に問われるだろうか。
    過去を思い出した俺は。


    「思い出した。全部ではねえけど。
    なぜ俺が地獄に落ちたのかは、理解してる。

    俺には悪魔がついてた。
    守ってくれる優しい悪魔だ。

    俺はそいつを殺した。
    正式には、心を。

    それを償うために、ここまで耐えた。
    でも足りないくらいだってのは、そういうことだ。」


    周りの悪魔がヒソヒソ話している。
    やはり、問題があるのかもしれない。
    でも、知ったことで俺は真正面から罰を受けることが出来た。
    決して、それを悔やんではいない。


    「…

    まあ、なんつーの?

    どっちにしろ罰期はちゃんと全うしたし、さっき言ったようにめっちゃお利口にしてたから今さらそれがどうこう、とは言わねえんだけど…


    そっか、そうなんだなぁ…」



    悪魔は突然鎌を石造りのこの床に置き、俺をガバッと抱きしめた。

    ふわっと、嗅いだことのあるような、スパイスのような香りがする。


    「おん前…すげえやぁ…
    そんだけのために頑張って耐えてきたのかよ……
    普通そんな微妙な罪思い出したって反省するどころか反発したいだろうにさぁ…殺したのが人ならまだしも悪魔の心って…おま…
    お前は自分が悪かったとちゃぁんと認めてここまで来れてんだなぁ…しかも一言も口に出さねえでさ…死ぬ間際までそれ隠してるとか…もうカッコよすぎるぜほんとに!

    えらい、えらい…!ほんとよくやったよお前…!」


    強く、強く背中をトントンと叩かれる。

    人の目線で見れば納得できないような罪で地獄に落とされたら、みんなが不服に思う。
    それを知っていたら、地獄で大人しく罰を受けるわけもない。

    だから記憶は消される。
    ただ自分は悪い事をしたから地獄にいるということだけしかわからない。

    それを思い出した時、俺はそれに納得した。

    立派な殺害の罪だと思う。

    少しもえらくない。俺は愚かだった。

    それなのにこいつ、俺の事を。


    こんなの、償いとして不十分だ。

    こんなふうに俺が報われて死んでいいわけがない。


    テライは?

    報われなかったテライはどうなるんだ?

    俺だけこんな死に方で。

    苦しんで死んだテライは、どうなるんだ。



    「よく頑張った!もう大丈夫だ!
    お前の罪はもうとっくに許されてっからな!」


    「・・・許されてない、俺は」


    「許されてんだよっ!
    悪魔ってのは人に優しい生き物なんだぜ?
    なんでかってな、それがすげえ簡単なんだ!

    人間って可愛いんだよ!
    悪魔はみんな大好きだ!

    一生懸命生きてて偉いって思うんだよ!

    だから助けてやりてえの!
    頑張ってっから手伝ってやりてえの!」


    俺は黙ることしか出来なかった。
    体を離して、肩に手を置いた彼の額の目に見つめられて、ただ元気な声で諭される。
    その目には、涙が溜まっていた。


    「そんな人間のお前が
    悪魔のためにこんなに頑張ったんだからさ!

    その悪魔だってお前のこと許してくれてるさ!
    俺が保証するぜ!」


    「なぜ、お前が保証できる?確証もねえのに」

    「確証なんてねーよな確かに!
    でもよ、俺の本能が分かんだよ!

    お前すげえ良い奴だってさ!」



    は?





    良い奴?





    そんなわけない。俺は。


    テライを苦しめて、挙句裏切ったクズなのに。



    なんの償いも出来てないのに。



    「・・・わからない、俺はそんな」


    「お前みたいな良い奴が地獄に来るのには、必ずタネがある。


    嫉妬に負けた人間のせいさ。

    それかドMの物好きか。
    もっとマイノリティなのもあるけど。


    人間は欲望に正直だからな。

    欲望に殺された善人は、死体を見つけて貰えにくい。
    バレないよう巧みに隠されちまう。
    そのせいで気づいて貰えないこと多くて辛いもんさ。
    それが辛いから、罪を犯して、結局地獄に落ちちまう。

    お前も同じ道をたどったんじゃねえかって思ってるよ。

    そう思えるほどお前良い奴だよ。


    大丈夫だ。
    閻魔様はそれを分かってる。

    いつか必ず報われるからな。


    安心しろ。お前は報われていいんだ。」


    彼はまた鎌を持ち、立ち上がる。


    待ってくれ。俺は本当に・・・


    「さて、お別れだ。
    寂しいけどよ、俺はお前のことずっと覚えてるからな。

    本当に、よく頑張ったぜ。」



    本当に、許されているのか・・・?




    ────汝、そのいたはりき命よ

    如何でか善しき麗しき其の心報はるべく

    これより朽ち果つる

    やむごとなきこの魂救ひたまへ






    そう彼は呟き、鎌を振りかぶる。
    その目に溜まった涙をこぼして。









    痛みもなく、真っ暗になる。

















    気がつくと、自分は暗闇の中にいた。

    水中のようだ。重低音のくぐもった空間。

    ただ沈む自分の仰向けの体に

    遥か上の方から差す光を浴びて。


    深海のような場所だ。
    下を見れば真っ暗で、上にだけは光がある。


    ああ、心地がいい。

    このまま沈んでしまいたい。
    この暗闇の中に落ちて、永遠の眠りにつきたい。


    テライ。
    お前もここにいるのか。


    お前は俺の事を恨んでいるだろうか。
    それでも、お前はまだ俺の事を好きでいてくれてるだろうか。

    このまま無となり消えていく俺の事を

    お前は恨みはしないだろうか。



    俺は償った気がしていない。
    少なくとも俺はそう思ってる。

    でもあの悪魔が言ったことが正しいなら。

    俺はもう、眠ってもいいだろうか。



    お前はどこにいるのだろう。

    ここに来て、沈んでいってしまったのか。

    俺が沈めば

    またお前に会えるだろうか。


    …でも、下は本当に暗いな。

    きっと落ちたら何も見えないだろう。


    そんな中でお前のことを見つけられるだろうか。

    お前の愛を信じなかった俺に

    そんなことが出来るんだろうか。




    せめてもう一度だけ会いたかった。

    せめてお前に触れて、謝ることが出来たらどんなに…










    意識が遠くなる。


    暗闇に背中が吸い込まれていく。


    光がどんどん離れて、見えなくなる。




    俺は、目を閉じようとした。
































    「サト様」





    誰かが、名前を呼んでいる。










    「サト様」






    儚い、小さな声。









    「もし、もし叶うなら」









    聞き覚えのある、優しい声。








    「まだ、眠らないでいてくれませんか」












    手を掴まれる。



    俺の手より大きくて包容力のある、温かな手。
    たしかに強く込められているのに、優しい力。



    沈んでいた体が止まる。

    もう僅かだが、まだ光は見える。



    俺は、瞑りかけた目を開けた。




    逆光で顔が見えないが、誰かが俺の手を掴んでいる。


    もう片手で、俺の腰を抱き寄せて。



    そして、優しく抱きしめられる。




    鼻が触れた服から匂ったのは。




    ─────雨上がりの、紫陽花の香り。







    俺は、無意識に名前を呼んだ。






    「──────テライ?」














    「はい」







    「テライ?」









    「はい、サト様」







    何度呼んでも返事が返ってくる。
    あれほど望んだ、あれほど待っていた返事。




    懐かしい、優しい匂い。



    顔は見えなくたってわかる。
    この匂いは、この声は。

    こんなふうに。


    優しく俺を抱きしめてくれるのは。







    テライしか居ないのだから。















    「やっと、やっと会えました」

    俺を抱きしめるテライがそう言った。
    そして俺の頭に、頬を擦り付けてきた。

    「お前、なん、なんで」


    どうしてテライがここにいるんだろう。
    とっくに沈んでしまったと思っていたのに。

    テライは答えた。

    「ずっとここで待ってました」

    「え?」
    気の抜けた返事が出てしまう。


    「あなたがここに来るのを、ずっと待ってました」

    いや、そんな。
    だって、テライが死んだ時からもう何年経った?
    数え切れないほど経っているだろう?
    そんな何年間も、この誰もいない死の空間に漂っているなんて、そんな寂しくて辛いことを?
    テライは、自分が死んでから俺がここに来るまでずっと、ここで1人で待っていたのか?



    「…どうして…どうしてそんなこと…」



    震える声で尋ねる。


    テライは、俺の耳元でふふ、と笑った。




    「あなたを愛しているからです。」








    虚空ばかり掴んでいた手。
    無いものばかり触れようとした手。

    「…ご」


    今ならもう、言えるだろう。


    何も、怖くないだろう。



    だってやはりテライは。




    「ごめん…!」





    俺の事を、死んでも好きでいてくれたじゃないか。








    「ごめん、ごめんなテライ…

    ずっと、お前のこと傷つけてごめん…

    お前のこと忘れてごめん…

    何もかも、全部俺のせいだ…

    ごめんな、本当にごめんな、ごめん……!」



    空っぽだった手で、テライの背を掴む。
    そこには確かに掴めるものがあって、決して幻じゃない。

    テライはそれに答えるように俺を強く抱き締め返した。

    「いいんです…謝らないで、サト様。

    謝るべきなのは、僕の方だ。



    あなたを守るはずだったのに。

    あなたを守らなきゃいけなかったのに。

    あなたを守りたかったのに。



    守れなくてごめんなさい。

    あなたを死なせてごめんなさい。」




    俺は首を横に振った。
    「そんなこと気にしちゃいねぇ!
    元はと言えば俺がお前のことを考えずに…!」


    「僕だってそんなの気にしていないですよ。
    最初から、僕は全くあなたを恨んでなかった。

    あなたがまた僕とこうして話してくれてるだけでもう


    何も、もう苦しくないですから」


    背中をなぞる。
    一本だけ残った羽が、美しくなびいている。


    「…俺、愚かだなぁ…

    こんなに愛してくれるやつ…きっと来世でも居ねえのに…」


    テライは言う。

    「ええ…愚かですよ…僕も、あなたも…きっと同罪だ。
    お互いの愛に気づけなかった。
    ここまでしなきゃ分かり合えなかったんですから…

    でも本当に良かった。

    150年間、待った甲斐がありました。」


    そうか。

    そんなに待たせてしまったのか。

    寂しかったろうに。

    苦しかったろうになぁ…

    本当に、俺は愚かだなぁ……


    そんでさ、そんなに待ってたお前も…

    ある意味、愚かなんだろうなぁ…












    「サト様、1つお願いをしても…?」


    テライがふとそう言う。

    「なんだ?」

    体を起こして聞く。
    そういえば、テライは俺にお願いをしてくることなんてなかったな…俺が全て抑え込むように言ったせいで…

    もちろんだ。なんでも聞こう。

    償いとしては足りなすぎるけど、少しでも恩を返せるなら…



    「もう一度やり直しませんか?」





    「・・・え?」


    俺は息をとめた。
    遠のいたはずの光が、いつの間にか自分の背側に来ていた。

    暗闇に落ちていたはずなのに、気がつけば自分は、光に向かって落ちていた。

    そして、背に光を抱き、その光が俺に覆いかぶさったテライの顔を照らしていた。


    綺麗な、虚ろじゃない目。

    今まで見たことのない、優しい微笑み。



    「もしも、僕の望みが叶うなら…


    このまま終わりにしたくないんです。


    あなたとの関係を、ここで終わりにはしたくない。


    今度こそ、お互い少しでも幸せになれたら。

    今度こそふたりで幸せになれたら。


    きっと素敵だなって、そう思ったんです。」






    …そうか。



    この光は転生への入口なんだ。
    この光へ落ちていけばまた俺たちは生まれ変わるんだろう。


    ふと、不安になり問う。

    「…でも、生まれ変わったところで俺たちが会えるとは」



    「会えますよ。必ず。

    会えると信じていれば必ず。

    悪魔、天使、人間。どれになるかは分かりませんが。

    姿形は変わってしまって、前世の記憶が無いとしても。

    必ず、僕達は出会えます。


    そして会えたら、2人で笑い合いたいんです。
    おかしなこと話して、また触れ合いたいんです。」



    信じていれば、また会える。

    会えたら、今度こそ幸せに…。


    本当に…本当に?












    …いや、疑う必要は無いな。
    テライを信じよう。俺はテライを信じたいんだ。

    今まで、信じてやれなかったもんな。



    「……わかったよ。


    もし俺が迷ってたら、また助けてくれるか?」


    「もちろんです。


    今度こそ、お守りしますから」





    光で周りが見えなくなる。
    音が消えていく。

    ただ手を取り、抱き合って、光に消えていく。


    生まれ変わり、再び出会うため。





    「…てかお前、スラスラ喋るようになったな」


    「練習しましたからね、ここでたくさん」


    「150年間もあったんだもんな」


    「違和感ないですか?」


    「…ああ。全く。


    お前の言葉は、人間より聞き取りやすいよ。」





































    そうしてまた、この世界で誰かが泣く。

    生まれてしまった悲しみを咽び泣く。



    輪廻を紡ぎ、永遠に回る。



    失われた幸せを、取り戻すために。










    DEAR DEVIL サテライト編AFTER ~完~
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