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    つわものどもがゆめのさき

     夢ノ咲。あなたもご存知でしょう、この辺の土地はずっとそう呼ばれてきました。ずっとと言っても、私の知るこの最近のことですから、実際その由来を詳しく知るわけではありませんが……ああ、気になるんですか。それなら先祖の手記でもあたってみておきましょうか。そこまでしなくていい?ふふ、お優しいかたなんですね。私はそういういたいけな人のこと、結構いいなと思ったり……。
     すみません、少し興奮しすぎてしまったやも知れませんね。いいんですよ。私が勝手に言い出したことですからね。
     そう、だから夢ノ咲のことです。このへんは海も山もそれなりにある豊かな土地です。都内の要所からそう離れてもいないのに、どこかノスタルジックな印象さえ与えるでしょう。そこに私立夢ノ咲学院という高校がありますけれど……かくいう私も、あそこの学生には知り合いも多いのですが、そんな高校としても、こういう風土は教育に悪いものでもないと思っているのでしょうね。実際私も健康な青少年が、学び、または芸を磨くうえで、生身に海の風を浴びることも易い場所というのはそんなに悪いことと思えないですし。え?……そう、あなたは越してきたばかりだから行ったことがないんでしょう。いつか私が案内して差し上げましょう。ほら、私は少しばっかりこの辺には詳しいのです。ずっとずっと、ここに棲んできましたからね。生まれも育ちも夢ノ咲なのですよ。
     私をなんて呼べばいいか、ですか……。私もどう呼んでほしいとかいうのがないもので、少々思案してしまいます。適当でかまいません。おいとか、それとか、お好きなように。もう、名無しのようなものなのですからね。だから今、あなたとお話しできて嬉しいのです。なかなかおともだちの増えない性分でして、私の退屈な話などみんな聞きたがらないのですよ。こうしてあなたに訪ねられて、水を得た魚みたいな心地なわけです。いいえ、もともと私はお喋りが得意なわけではないし、ちょっとあまりに粗雑な喩えかも知れないですが。
     あなたが聞いてきたのは、この夢ノ咲という土地についてでしょう。私の名前なんてどうでもいいんではないですか。……ふふ、むやみやたらに優しくされては、私みたいなものに好かれてしまいますよ。まあもしかしたら、私に好かれたほうがあなたは幸せでいられるかもしれませんね。あなたはあんまり、このへんのヒトっぽくないですから。
     ここは昔から海の美しい土地で──それを昔から愛してきたひとびとが住まう土地です。あの揺れる鏡面に太陽が吸い込まれ、そしてまた太陽を産む。そんな海を愛したひとびとが住まう土地に、あるときちょっぴり厄介な病気が流行したのですよ。
     病の名称ですか?私とて、あれを聞いたのは昔のことすぎて名前など忘れてしまいました。よくこどもたちに教えるときは便宜上『わるいもの』とお教えするのですが、しかしそんな曖昧なものではなかった。そのわるいものは、確かに人々を蝕み、巣食い、滅ぼしていきました。あなたもこれくらいならご存知ではないのですか?……ああ、文献は読めなかった……そうですか。ひとつくらい、読める状態のものがあってもいいと思うんですが、そうでもなかったのですね。それは残念。それで私のところに。なるほど。
     それで、そのわるいものが蔓延したのを、なんやかんやで止めたのがあそこの──、深海さんちのかただったということなんです。ひどく簡単にいえばですけれど。お医者さんだったのかって?かわいいひと。あれはあなたから見たらうんと昔のことなのですよ。あの頃、そんなことができるのは神様しかいなかった。神様だけが、神様とお話ししてそのものたちの運命を決めることができたのです。馬鹿らしいと言われても、それは本当のこと。まあ、強いて言うなら深海さんは『お医者さん』というより『おくすり』でした。そのわるいものの、特効薬。私なんかはきっと一生なれない代物です。どういうことかって?……好奇心があることはいいことです。それこそが人の原動力となりうるものですしね。しかし私は深海さんちから見ればよそのものですから、あんまり偉そうに語りすぎるのもよろしくないのですよ。
     それで、その『わるいもの』を鎮めるためにふたつ、ひとびとは策を講じることにしたのです。
     まずは、深海さんちを守ろうとした。おくすりを失ってはまたいつその病にこの美しい土地が染められてしまうかわかりませんでしょう。だから、それを讃えることにしたんです。そんな簡単にいくのかって?……そりゃあ一筋縄ではいかなかったんでしょうが、しかしあれを蔑ろにしたひとびとがみんな『わるいもの』に苦しみ喘ぐのですから、結局深海さんちの神様たちは神様らしく、この地に平穏をもたらすものとして信じられるようになりました。これが定着するのにどれほどかかったか知りませんけれど。私もまだ生まれていない頃ですし。
     それから、神様をもてなすこどもたちを育てることにしたわけです。この神様は、深海さんちのことではなく、もっと漠然とした──この地に『わるいもの』を以て罰を下すような、もっと大きい──神様のことなのですが、その神様のご機嫌こそを損ねないために、もてなしの芸事を継承していこう、となったのですよ。いわば、おくすりの工場を作ろうというわけです。……ふふ、あなたが多神教に理解があってよかった。ここは、全てのものに神を見出すようなクニですからね。それでそのおくすり工場で、唄とか、舞とか、お芝居とか、そんなものをこどもたちは覚えて、自然と『わるいもの』と出会うことも少なくなっていった。少なくとも、芸事との付き合い方が上手な子らは、そんなものの存在すら知らなかったりもしたようなんです。そしてあなたもお気づきでしょうが、これがあの学院の前身というわけになります。
     この国が文明開花を経て、人の言う近代化をしてもなお、そういった形の芸能教育は無くならなかった。夢ノ咲は東京からそんなに離れていませんから、別にざんぎりで洋装の殿方とか、袴姿でマガレイトに髪を結った女性とかが珍しくないような華やかな土地でした。というか、夢ノ咲のすぐ隣町は港を有していましたから、それなりにモダンな風の吹いていた街になっていたのです。その名残でしょうか、今はだいぶ変わってきていますが、繁華街もレンガ基調だったりと、当時にしては異国情緒に満ちたところへと変わっていきます。そしてすぐに学制がどうとかなんとか叫ばれるようになって、あれはいわゆる寺子屋のようだった形を改めて、あのへんでそこそこに財を成していたひとたち……ごめんなさい、具体的な名前は忘れてしまったんですが、その人らによって夢ノ咲中学として名を改めることになります。あのへんはなんだかんだで名家の方がおおいですから、それはいつか、あなたが文献かなんかをあたって調べてくださいね。……ふふ、できますよ。私を探し当てたんですからね。
     これ以降の話は特に面白いものでもないんですが、学校制度の変化に伴ってそれが私立夢ノ咲学院と名を改めると、演劇科、舞踊科、声楽科が設立され、そしてそれから少し遅れて──ほんの、四十年くらいでしょうか──いわゆるアイドル科ができる、という流れになるわけです。
     結局あれが入れものを変えたとて、行われていることは同じなはずでした。こどもたちに芸事を身につけさせる、という場所だった。けれども、入れものを変えたことでその元来の目的……ご名答、神様のご機嫌取り、とかそういうのは忘れ去られていくことになります。形骸化した深海さんちの信仰だけがそこに残って、いろんな呼び方をされるようになっていましたね。八尾比丘尼、とか呼んでいたひともいたみたいなんです。ふふふ。  
     ずいぶん様相が変わったのは、あの深海さんちの奏汰さんの代の頃でしょうか。いやはや、あのかたのお名前を呼ぶのも少々憚られますけれど。時代としては、人がみんなスマートフォンを持っていたくらいの……ほら、あなたも教科書かなんかで見たことがあるでしょう。ちょっとした板みたいな通信機器で、それなりに便利だったらしい、あれのことですよ。
     でも、彼──奏汰さん──が生まれて何人めかの『かみさま』になってしばらくして、一度神様をやめるとかなんとか、そういう騒動になったらしくって。海神の彼を、その場所から降ろそうとしたものがたくさんいて、彼もまた、それに逆らおうとしなかった。そうして深海家の皆さんが少しごたごたしている頃に、あのアンサンブルスクエアっていう……ああ、それはあなたも知ってるんですね。あれができたんです。あれは厳密に言えば夢ノ咲のはずれですけれど、でもそれを天祥院のお家が買い取って、大きなアイドル養成の組織を作り上げてしまいました。正直なところ深海さんの関連の土地やらなんやらを買い占めていく天祥院さんにはその──勇気があるな、と思ったものです。なんというか、あの人たちの精神のよすがはきっと、夢ノ咲という土地にあるものではないのだと──そう思わされたのですよ。……ふふふ、失礼。私はどうしても、全てを見てきたように話す癖があって。ほら、昔話が好きな老人はみな、そういうところがあるでしょう?
    「繝槭Κ繧、縺輔s縲√Ξ繝せ繝ウ縺悟ァ九∪繧九h∵掠縺剰。後%縺シ」
    ああ、これは──、知り合いが呼びにきてしまったみたいです。……縺斐a繧薙↑縺輔>縺斐a繧薙↑縺輔>縲ゆサ願。後″縺セ縺吶°繧会シ。ふふ、彼はわかってくれたでしょうかね。……ああ、ああ、こちらにくる。タイムリミットです。時間とのイタチゴッコは苦手なんですけど。縺ゅ↑縺溘b縺阪▲縺ィ縲∫ァ√r蜿悶j谿九☆縲。

     ごめんなさい、もう行かなくちゃ。あなたが知りたいことが早くわかるといいですね。あなたが探している怪人『礼瀬マヨイ』も、その実きっと、あなたみたいな人に知って欲しかったと思いますから。ではまた、いつか近いうちに。あなたのシワが、増えないうちに。
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    __jugent_

    DOODLE
    こいびとのつくりかた「またそんなところで寝て。身体を壊しても俺は知らないからな」
    「んん……、心配してくれておるのかえ」
    「まさか。忠告してやってるんだ」
     薄く瞼を開くと、夕焼けの差し込むラボにせかせかと生真面目な同居人──名を、蓮巳敬人という──が立ち入ってきているらしいことがなんとなくわかる。まだ自分の目は日差しに慣れないのであらかた光と影がぼんやり認知できるくらいのものだったけれど、この屋敷に住まうものは自分と敬人しかいないのだから、まあそれで正解と言ってよかった。いや、泥棒なんかが侵入していたら話は別だが。目覚め早々にくだらないことばかり考えてしまうのは、自分の悪い癖と言って良かろう。
     知らぬうちに床に伸びていたらしい自分の胴体の上を堂々と跨いで、敬人はラボの奥にあるキッチンもどきに向かった。もどき、というのは、単にバーナーやら何やらが並ぶ、調理ができる空間だ、というだけで、調理のための空間ではないことに所以する。ほら、我輩別にお料理に精を出すタイプでもないし。一日のうち、だいたい自分の最初の食事はそこで敬人が準備してくれるものだった。まあ本格的なキッチンでもなし、用意してくれるのは簡単なスクランブルエッグとトースト、コーヒーのセットといういかにもシンプルなものだったが、しかし目覚めには十分すぎると言っていい。きょうもどうやら、いつものメニューらしい──インスタントコーヒーの香りが強く立っていよいよ自分を目覚めさせようとしてくる。なるほど、もう一日を始めるべきらしい。
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