静かだけれど、どこか賑わいを見せる雨の街。僕がこの街に降り立ったのは両の手で数えられるぐらいしかない。
僕は今日からこの街で暮らす。新たな生活に心を揺らしながらも、街中を歩いた。
角を数回曲がれば、路地に小さな立て看板が出てくる。シンプルなそれには見覚えがある。僕は一度立ち止まってカバンを握り直して、そのドアを開けた。
小さなレストランだった。個人が経営しているその場は幼い頃から変わらない。
「いらっしゃ……ああ、久しぶりだな」
キッチンの奥から顔を覗かせた店主は、僕の顔を見て表情を緩ませた。
店主は両親の知り合いだった。父はよく店主と酒を飲んでいたと言っているし、母も『あの人の作るご飯はどれも美味しい』と嬉しそうに思い出を語っていた。
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