なんてことない特別な日カチッ
白い蒸気とともに沸騰を知らせるケトル。それを持って、テーブルに置いたカップに中のお湯を注ぐと香ってくる芳ばしい香り。
どこかの兄貴は、豆から挽いたもんしか飲まんとか贅沢なことを口にしてたけど、インスタントでも充分満たせる。
きっとそう思えるようになったのはこの生活を始めたからだろうとジョウは思う。
テーブルに並べられたふたつのプレート。その上にはトースト、目玉焼き、ウィンナーと昨晩作っておいたコールスロー。プレートの横のカップにはコンソメスープ。また、片方にだけ置かれた丼に山盛りに盛られた白ご飯。そして、インスタントコーヒー
「準備完了っちゃ」
エプロンを外し、椅子の背もたれに引っ掛ける。この流れだと、某番組のように寝ている最愛の人を、おはようのキスで起こしに行くのが王道だろう。しかし、最愛の人は今、家には居ない。日課であるランニングに出かけている為だ。そして、見計らったかのようにタイミング良くガチャりとドアが開く音が聞こえた。……なんて、本当はウソ。相手が帰ってくるタイミングに合わせて、ジョウが朝ごはんを作るようにしている。大好きな人に、1番美味しいタイミングで、1番お腹がすいているタイミングで食べて欲しいから。
「ただいま」
帰ってきた!
ドアが開く音の直後に、声が聞こえる。
ジョウは、音と声がした玄関の方を向き、駆け出した。相手は玄関先で、たって靴を脱いでいる。そこに目掛けてダイブする。
「おかえりっちゃ!!」
「うおっ!ジョウ!お前少し加減しろよ」
相手は自分より背が低い。それでも勢いを弱めなかったのは、相手がしっかり受け止めてくれると知っているから。受け止めた際に、一切のふらつきがなかったのが、なによりの証拠だ。
「余裕なくせに。タツミにしかやらんっちゃ」
目と目を合わせてそう言うと、相手の唇にキスを落とす。口を離したと同時に、ぐうぅっと、間の抜けた音。どうやらタツミの腹の虫のようだ。
「朝食出来とるっちゃよ」
「お!ありがとう!超腹減った!!」
脱ぎかけていた靴を脱ぎ、スリッパに履き替える。
「なあ、ジョウ」
「ん?」
「今日、何の日か知ってる?」
「もちろんっちゃ!!」
考えなくても、今日は朝起きた時、いや、昨晩から特別な気持ちで過ごしてきた。
11月22日。忘れることの無い、2人で、この家でこの生活を始めた日。お互いの左手の薬指には、同じシルバーと宝の光。この日の記念にと、二人で決めて買った指輪だ。
今日で5年目。あっという間の様な気がするけど、過ごしている間は、充実感で溢れ、時がゆっくり進んでいるようだった。
「今日で5年目。やっと揃ったな。2人の休み」
タツミが頭の後ろで手を組みながら廊下を進む
「そうっちゃね。同じ職場なのにな」
彼に合わせて隣を歩きながら、ジョウはクスクスと、小さく笑いながら話す。
「ジョウ!飯食ってシャワー浴びたら出かけるぞ!」
「え?!」
「せっかくの記念日で2人とも休みなんだ。出掛けるっきゃねーだろ!」
「!確かに」
「決まりだな。そうと決まれば早く食おうぜ!うまそー!!」
そんなに急がなくてもと、ジョウは困ったように微笑みながらタツミの後に続く。まだ時刻は午前7時前。
2人の1日は始まったばかりだ