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    ahonokorabyu

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    ahonokorabyu

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    おためし。至万。

    声が出ない話「声が出ない?」

    突然103号室に来たと思ったら身振り手振りで何かを伝えようとする万里にそう問うとこくん、と首が縦に振られた。
    割と大事な気もするがその表情は平坦で焦燥も落胆も見当たらない。大したことないのだろうか。

    「風邪?」
    ちょっと首を傾げてから、首が縦に振られる。

    「熱は?」
    首が横に振られた。

    「ダルいとか、頭痛いとか……喉痛いとか?他の体調不良は?」
    首が横に振られた。

    「なんで声出ないの?」
    困ったように斜め上を見上げて少し考えた後に首が横に振られた。
    意味は読み取れない。

    「治りそう?」
    首は縦に振られる。

    まぁ、治る見込みがあって本人が呑気に構えられるのならいいのかもしれない。
    そう思ったらこっちも力が抜ける。知らず知らずのうちに緊張をしていたようだ。
    俺が身構えてもできることは少ない。精々病院に行くための足になるくらいだ。落ち着け、と万里に気づかれないように手をグーパーと動かした。

    「んで?」
    「?」
    「? わざわざ言いに来たから他に伝えたいことあるんじゃないの?」
    ふるふるとまた首が横に振られる。

    そう? と相槌を打つが本当にそうなのかは半信半疑である。
    じゃあゲームする?と聞くとこくん、と素直に頷いた。
    なんだろう。
    ちょっと、かわいい。
    言葉がない分こっちに伝えようと少し大袈裟にする仕草とか。
    イエスとノーしか無いせいで極端な素直さとか。
    平気そうな顔してる癖に節々に見える不安感とか。
    そう、庇護欲に駆られるような可愛さ。

    ぽん

    気づいたらいつもの定位置に座った万里の頭を撫でていた。
    いい年した大人が、年下とはいえ成人した男に、だ。
    いつも余裕そうに細められる目が丸く見開かれてこちらを仰ぎみる。そこで漸く自分が何をしたのか自覚して咄嗟に手を離す。

    「ごっ、めん! いや、なんか、撫でたくなっ、て……?」

    苦しすぎる言い訳に阿呆か自分はと盛大に自虐する。今なら椋語録を出せる気がする。俺は米粒以下の分際で若者を汚しました。ごめんなさい。
    怒るだろうか? 流石にこんなことで怒りはしないだろうけど気まずそうにされたらそれはそれで居た堪れないな。いっそ笑ってくれるのが1番いいのに。
    そんなことをぐるぐる考えながら万里を見た。

    「……え」

    こっちを見たまま止まった顔は、真っ赤であった。

    「………え?」

    吊られるように、カッと自分の体温が上がるのがわかる。多分俺も赤くなってる。耳熱い。
    ねぇ、それ、どういう反応なの?



    *******

    じゃあ今日一日はなるべく声出さないようにね。
    そうあっさりと告げた医師は机に置かれたタブレットに何かを書き込む。
    ここ連日痛む喉を無視してる稽古をしていたら段々と酷くなっていった。声が枯れるほどではないが舞台に上がる身としては声は命のようなもの。これ以上悪化する前に病院にいこう、となったのが今日。
    その検診結果がこれだ。
    あっちょっと腫れてるね〜でもこれなら安静にすれば直ぐ引くと思うから今日は喉いたわってあげた方がいいかな〜?
    なんて。子供か老人にでも言うようなハッキリとし言葉が強くならないように間延びした喋り方をする医師はなんとでもなく言う。
    とりあえず今日の稽古は休もう。
    監督ちゃんと秋組のグループにLIMEを送って許可をとる。気づいたらヤツから順に心配する声とお大事にと言う言葉が送られてきて大丈夫と返してスマホを閉じた。

    薬を貰って、いつもよりゆっくりとした足取りで部屋まで戻ってきて一息つく。
    (……ヒマだ)
    安静にするように言われたのは喉だけだが外に行く気にも慣れず、スマホを弄り続けるのにも早々に限界はつく。
    いつもべらべら喋る方では無いのに制限されると途端に声を出さない違和感に苛まれる。

    「……」

    寂しい、気がする。
    今は部屋で1人で。でもそれは珍しいことじゃないのに、人の気配を探してしまう。
    立ち上がり、部屋を出た。
    こういう時隣の部屋は便利だなと思う。今自分がどんな表情をしているのかイマイチ自信が無い。
    103号室のノックした。はぁいと気の抜けた返事がして少し待つと扉が開いた。至さんだ。
    万里? と意外そうな顔で名前を呼ばれた。ま、最近はLIMEを1本入れたらノックもせずに入ることが多かったからそうなるか。事情を話そうと思ったらスマホを部屋に置いてきたことに気づく。勢いだけで来るのも考えものだ。
    仕方ないので身振り手振りで声が出せないことを伝える。至さんの目に心配の色が灯り、大したことないと分かるように努めてなんでもない様な顔を作った。
    大したことは無い。
    出そうと思えば出るのだ。喉が痛いだけで。
    何度か問答してから納得したのかほっと至さんが力を抜いたのが分かった。

    「んで?」
    「?」
    「? わざわざ言いに来たから他に伝えたいことあるんじゃないの?」

    そう、言われて会いたかったから、というとんでもない理由が頭を掠めて咄嗟に頭を振った。否定と言うよりも自分の考えを頭から追い出すための行為だったが至さんには否定と取られたようでそう?と不思議そうにしながらも相槌を打たれる。

    「……じゃあ、ゲームする?」

    部屋で安静にしてな、と言われたらどうしようと一瞬頭をよぎったが俺の心配を裏切って至さんはいつものようにゲームに誘ってくれた。
    殆ど反射で頷いて肯定した。
    心の中がふわりと浮き足立つのがわかる。
    たかがゲームでいつも以上に喜んでいるのがバレるのが嫌で足取りが軽くなりすぎないように慎重に部屋に入っていつもの定位置に座った。
    それでも急く気持ちは押さえきれずまだ自分が座っていた場所に戻りきらない至さんになんのゲームをするか聞こうと思い振り向こうとした所でぽん、と頭に重みが乗る。
    ぱっと至さんの方を見るとこちらに伸ばされた手。
    するりと乗せられた重みは髪の流れに合わせて移動してまた元の位置に戻った。
    目と目があって、ぱっと手を離された。

    「ごっ、めん! いや、なんか、撫でたくなっ、て……?」

    慌てて出された言い訳にならない言い訳。
    撫でた。
    至さんの言った言葉を頭の中で繰り返してようやく何をされたのか理解した。
    撫でられた。

    自分でも驚くほど体温が上がるのがわかった。
    どうすればいいのか分からなくて動けない。汗がでる。

    真っ赤であろう俺の顔を見て赤くなる至さん。


    俺は、どうしてこんなにも……嬉しいのだろうか?
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