イルミネーションよりもずっと……学校の帰り道。
今日はバイトも練習もたまたま無く、暇だったからたまたまいつもと違う道を通って帰っていたら、たまたま司センパイとばったり出会った。
ゲッ…っと思ったのも束の間、司センパイはオレだと認識した途端に笑顔で駆け寄ってくる。
あーこれは逃げられそうもないな……。
なんて考えていたらいつの間にか目の前に司センパイは来ていた。コートとマフラーまで巻いていて完全にもう冬だなとオレは全く関係の無いことを頭に過ぎっていた。でも何故か手袋だけはしてなくて、何故だろうか?と考える前に司センパイはオレに話しかけた。
「彰人、奇遇だな!彰人も今帰りか?」
「あーはいそっすね。司センパイは今日バイトは無いんすか?」
「ショーは今日休みなんだ!だから放課後に時間が出来てしまってな。なので今日はついこの間駅前に設置されたと聞いたイルミネーションを見に……」
「司センパイ?」
司センパイは突然口を閉じるとオレの事をジッと見てきた。あっなんだか嫌な予感がする……。
そう思い、オレは逃げようとした瞬間ガッ!と手を掴まれた。
「彰人!このあと暇なら一緒に見に行かないか?」
「いえ、結構です。じゃオレ忙しいんで」
「む、そうか……残念だな。なら一人で見に行くとしよう。悪かったな忙しいのに。じゃあ彰人、気をつけて帰るんだぞ!」
司センパイは少し残念そうな顔をして、手を振った。正直イルミネーションなんか興味無いし、よりにもよってセンパイと見るなんて正直有り得ない。だけど、あんな顔を見せられたら……オレが悪いみたいじゃねぇか!
クッソ!と悪態付けると、オレは少し先に進んでいた司センパイの元まで走り出した。
「司センパイ!!」
「!?彰人……?どうしたんだ?」
「やっぱり、オレも見に行きます」
「そ、そうか!でも突然どうしてだ……?彰人は忙しいんじゃ……」
「あー用事はもう大丈夫なんで早く行きましょ」
「あ、おい!!」
オレはさっさと見てさっさとセンパイと分かれるために例のイルミネーションとやらを見に歩き出した。
*
「ほら、見てみろ彰人!イルミネーションだぞ!」
「あーそっすねぇー」
色とりどりに飾られた街は辺り一面煌びやかな光に包まれていた。イルミネーションなんてここ数年まともに見ようともしていなかったが、改めて見ると中々凄いと思った。
周りを見渡すと女性達が写真を撮ったり、カップル達が綺麗だとか何とか話しているのを見かける。だが、やはり男二人で見ているというのはあまり居ないようで、居たとしても会社帰りのサラリーマンや、イルミネーションなんかに興味のない友人達同士が歩いているだけだった。
やっぱり、帰ればよかったと一つため息を吐く。
すると、隣に居た司センパイが笑顔で話しかけてきて、そんな司センパイにオレは目を奪われた。
「彰人!やっぱりイルミネーションというのは綺麗だな!!」
「……はい」
「どうした彰人?興味無いのか?」
「あーえっと……」
司センパイは首を傾げ、オレに聞く。
だが、オレは今それどころではなかった。
『綺麗』だと言った司センパイは誰よりもキラキラと光って居て、イルミネーションなんかよりも余っ程眩しいと一瞬でも感じてしまった。
そんなの有り得ないのに、綺麗なんて、絶対無いのに……どうして!!
(どうして今、オレは司センパイが綺麗だと思った!?)
「おい、彰人大丈夫か……?もしかして体調が悪いとか…」
「だいじょうぶです、だいじょうぶなんでこっちみないでください」
「いや、全然大丈夫じゃないな!?」
こんなの、こんなのは絶対に認めない。
絶対、違うそう思っているのに……。
「彰人……?」
「……っ!!あーもう!あんたが笑ったせいですからね!」
「はっ?えっと、彰人?てか、顔が赤いが…やっぱり風邪では!?」
「赤くないです!!イルミネーションのせいです!だから近寄らないでください!!」
「いやなんかさっきから酷くないか!?まぁ、そうだな。そんだけ元気なら大丈夫だろう!」
そう言って司センパイは普段とは違い、ニコリと綺麗に嬉しそうに笑った。
あぁ、やっぱり綺麗だ……。
それと同時にどこか違和感を覚えた。
認めたくないけど、分かってしまった。
司センパイは綺麗だ。イルミネーションなんかよりもよっぽど綺麗で、キラキラしてて、眩しかった。そんなセンパイはオレを見て嬉しそうに笑っている。そして、その笑顔を見てオレはギュッと心臓を掴まれたように痛かった。
まさか、オレはセンパイのこと……?
いやそんなわけは無い。それは有り得ない。
だけど、綺麗だと認めてしまったから。
「司センパイ、きれい…ですね」
「ん?あぁ、そうだろう!やっぱりこの季節は良いな!イルミネーションも煌びやかで綺麗だし、行事も沢山ある。……まぁ、少々寒すぎるのはどうにかして欲しいがな」
よく見るとコートの裾から晒し出されている司センパイ手はなんだか寒そうだった。
オレは何故か自然と自分の手と司センパイの手を交互に見る。
そんな行動を不審に思ったのか、司センパイはオレに寒いのか?と問いかけてきた。
「まぁ、今日は今年一番の冷え込みと言っていたからな。手袋無しじゃ寒いだろう」
「確かに寒いっすけど……じゃあなんでセンパイはしてないんっすか?」
「えっ…あぁ、今日は家に忘れてきてしまってな」
「ふーん……。センパイは寒くないんですか?」
「そりゃ寒いが…どうしようもないだろう?」
確かに、どうしようもないだろう。
だけどこれなら、多分寒くなくなる。
オレは司センパイのさらけ出された右手を取った。司センパイは驚いてオレの顔を見て、慌てて離れようとした。
「あ、彰人なんで手を!?」
「なんか……寒そうだったんで」
「だ、だからって……。その、ここ外だし…誰かに見られでもしたら……」
司センパイは周りをチラチラと気にしながら狼狽えていた。だが、握った手は振りほどこうとはせずそのままになっている。
あぁ、この人嫌じゃないんだなとわかった瞬間オレはニヤッと笑みが浮かんだ。
「…どうせ、皆イルミネーションを見ててオレらの事なんか見てませんよ。それより、司センパイ顔赤くないっすか?」
「……っ!!い、イルミネーションのせいじゃないか?」
「そうですかー?それよりは赤く見えるんすけど……風邪ですか?」
「風邪じゃない!!というか、誰のせいだと…!」
「そっすか。で、どうですか?少しは暖かくなりました?」
ニコリと笑って司センパイに問いかけると、センパイは更に赤くなって俯いた。
そんなセンパイの顔を見て更にドキリと心臓が跳ねる。
あぁ……オレは……
「センパイ、そろそろ帰りましょうか」
「彰人は、その…まさか、オレのこと……」
「……さて、どうでしょうかね」
うるさいのも、鬱陶しいのも、オレは苦手だった。話していたのも冬弥のセンパイだから無下には出来ないと思ってたからだ。
でも、いつの間にか冬弥が居なくても話しかけてしまっていたし、イタズラをする為に探したりもした。
逃げられそうもない…なんて、馬鹿らしい。
オレが、この人から逃げれるわけなかったのだから。
オレは赤くなって俯いているセンパイの手を引いて歩き出した。司センパイはオレの方を見て慌てて首を振る。
「彰人、ダメだ…!こんなの……!」
「どうしてですか?……それとも、嫌でした?」
「いやじゃ……ないけど。なんで、彰人はオレのこと…きらいだっただろう?」
「あーそうっすね。嫌いだったかもしれませんね」
嫌いだった“かも”しれない。
でも、今は違う。それとは別の感情が生まれてしまった。捨てることも閉じ込めることも、今は出来そうもない。
なら、今日だけ……今だけは渡してしまおう。
「嫌いでしたよ。苦手でした。でも、今日だけは違うみたいです」
「今日……だけ?」
「好きですよ司センパイ」
「……っ!!ズルいな、彰人は……」
泣きそうに、でも嬉しそうに笑う司センパイはやっぱり綺麗で、誰よりもどこよりも、イルミネーションよりも輝いて見えた。
「でも今日、だけしか好きになってくれないのか…?」
「それは、どうでしょうね。それはセンパイ次第なんじゃないっすか?」
「本当ズルい奴だな彰人は……」
「で、センパイは?」
「えっ?」
司センパイは目を丸くして驚いたあと、「オレ、は……その……」とまた頬を赤くする。思っていたよりもずっとセンパイは照れ屋なようだ。オレ的にはカッコイイポーズとやらで歩き回ってる方が恥ずかしい気もするけど。
だが、司センパイは答える気になったのか、握っていた手をギュッと握り返した後、オレの目を見つめてきた。
「オレも、彰人が好きだ。……今日、だけな」
「そうですか。司センパイも今日だけなんですね」
「あぁ。そもそも彰人がオレのことを好きと想ってくれるなんて思ってなかったからな。……今日だけで良い。今日一緒にイルミネーションが見れただけでも嬉しいのに、好きだなんて言われたらどうしていいか分からないから」
「なら、今日だけ…恋人になってもいいですよ」
「こい、びとか……。わかった。なら、今日だけ…恋人になって欲しい」
司センパイはオレにそう答えた。
今、この瞬間だけオレはこの人の恋人になった。
この先どうなるかは知らない。
けれど、今だけはこの人を好きだと言っていい。
好きだと思っていて良かった。
明日になればまたいつもの日常が始まるだろう。だからどうか今だけは……。
「好きです、好きでしたよ司センパイ」
「オレも好きで、好きだったよ彰人」
キラキラと輝くイルミネーションは、まるでオレたちを見守っているかの如く暖かく、そしてこの先を導いてくれる光のようだった。
この後オレと司センパイがどうなったのかは、オレたちだけの秘密…ということにしておこうと思う。
fin