七年越しのタカラモノ「司センパイはタカラモノってありますか?」
いつだったか高校の頃、彰人にそう聞かれた。その時のオレがどう答えたかはあまり覚えていない。だけど、あの時の彰人の顔が何となく嬉しそうだった事は記憶にあった。
とある休日の事だった。仕事も無く、どこかに出掛ける予定も無かったオレは珍しく昼近くまで寝ていた。目覚めた後暫くボーっとしていたら夢を見ていたことを思い出す。
夢の内容は昔の事。昔、彰人から宝物はあるかと問われたことがあった。懐かしい人を見たなと思ったのと同時に、何故か心が苦しくなった。でも考えても考えてもその時の事を鮮明に思い出すことが出来なかった。
『宝物』
今考えると沢山出てくる。
例えば、咲希。咲希はオレにとって誰よりも大切な妹だ。辛く、寂しい想いもしたと思うが、今元気に幼なじみとバンドをしている姿は誰よりも輝いている。
そんな咲希はオレにとって『宝物』だろう。
例えば、ワンダーランズ×ショウタイム。オレ達で作り上げたチームだ。類にえむ、寧々はオレにとって大切な事を教えてくれた。思い出させてくれた人達だ。今のオレ達はバラバラに活動しているが、それでも数ヶ月に一度は集まってショーをしている。
皆で行うショーは楽しくて、嬉しくて、替えのきかないかけがえの無い大切な時間だ。だからこれもきっとオレにとっては『宝物』だった。
多分探したらまだまだあると思うが、とにかくパッと思い付いたのはあの四人の事だった。
だが、ふと考える。そういえば彰人は……あの時なんて言っていたっけ?
質問をしてきた彰人は、オレの問いを聞いてなんと答えていた?なんだか凄く重要だった気がする……のだが、イマイチ思い出せない。
(うーむ……。あれから一度もこの話題はしなかったし……。本人に確認してみるか?いや、でもな……)
高校を卒業してから約七年が経ち、オレは今25歳だ。そしてそれ程オレと彰人は会っていなかった。今更こんな話題、彰人は覚えてなんかいないだろう。
それに……きっと彰人はオレに会いたくないと思う。あの頃のオレたちは特別仲が良かった訳じゃない。会ったら会話もするし、困ったことがあったら手伝ったりはしたが……。
ただ、現在卒業してから一度も会っていないとなると、きっとその程度の関係だったのだろう。連絡を取るような関係でもないし、今何をしているかも全ては分からない。ただ高校の先輩と後輩だった。
じゃあ別に思い出さなくたって良いじゃないか。あの時になんて答えたのか、なんて返されたのか、忘れたままで良かったじゃないか。
なのに何故、オレは今思い出してしまった?
(分からない。分からないが……もしかしたら本当に大切な事だったのかもしれない)
オレはもう少し当時の事を思い出すことにした。こんなにも気になってしまうのは一体何故なのかはオレにも分からない。だけど、思い出した先に何かがある。そんな気がした。
『宝物』
オレにとってその言葉は、誰かに対する言葉だった。みんなに出会えたからオレの人生はずっと幸せに満ちたセカイだった。その皆で作り上げた思い出達は間違いなくオレの人生の『宝物』だ。
でも、何か忘れている気がする。
そう、考えたところでふと言葉が出てきた。
『司センパイは本当にあの人たちが好きなんすね』
……そうだ、あの時彰人は苦笑しながらも確かにそう言っていた。
そしてその後に……
あっ……
(……そうだ、彰人はオレにこう言ったんだ)
オレはそこまで考えてスマホを取り出し、冬弥へとメールを送った。
*
冬弥へメールを送った後、それから三十分程で連絡が返ってきた。急な頼みだったのにどうやらOKだったらしい。
オレは冬弥に彰人の今現在の電話番号を聞いた。冬弥のメールと共に送られてきたメッセージには、『彰人は今日なら十八時以降であれば電話は取れるそうですよ』と添えられていた。
流石冬弥だ。電話番号を貰った後いつ電話するか悩んでいたから、指定されているならばいっその事有難い。
さて、今の時刻は十二時。電話可能な時間まで約六時間はある。それまでは時間があるので、オレはのんびりと待つ。
その間にオレは忘れている昔の記憶を掘り起こす事にした。
その質問をされたのはオレが高三の時の事だった。もうすぐ卒業だという時期にオレは彰人に告白された。
だけどその時オレは返事を返さなかった。いや、返せなかった。
告白された後、上手く返事を返せずに戸惑っていたら彰人から質問をされた。
『司センパイはタカラモノってありますか?』
と聞かれた。
宝物と聞かれて思い浮かんだのは咲希の事。誰よりも大切な最愛の妹。今思えばあの時も今と同じ答えだった気がする。
多分同じように答えたのだろう。彰人は司センパイらしいですねと笑った。
そしてその後に彰人はこう言ったんだ。
『ねぇ司センパイ。この話をいつか思い出した時、まだ大切なタカラモノが無かったら、オレがあげてもいいですか』と。
宝物は咲希や、思い出だと伝えた後にそう言ったからどういうことだと聞くと、彰人はそのままの意味だと答えた。
『タカラモノって確かに思い出もそうかもしれないですけど、"モノ"じゃないじゃないですか』
『確かに……そうかもしれんな?』
『だから、司センパイがこの告白を受けても良いと思った時……。オレからタカラモノを受け取っても良いと思った時が来たら連絡してください』
『彰人……。それでいいのか?もし、オレが彰人を好きにならなきゃ……』
彰人の想いは終わってしまう。
そう言おうとしたら、彰人は大丈夫ですよと告げた。
『元からオレはこの恋が叶うなんて思ってません。そして、この先オレからこの事を話すつもりもありません。司センパイが忘れてくれるならそれはそれで結構です』
『だが……!』
『良いですか司センパイ。"オレから受け取ってもいい"と思うまで、ちゃんと考えてくださいね。情なんて入りませんから』
『わかった……そこまで言うなら』
『ありがとうございます司センパイ』
そこでオレと彰人の話は終わった。
その後オレは卒業し、大学へと向かった。それから皆とショーをしながら経験を積み、劇団に入ったりなんやかんやあって有耶無耶になってしまった。
今思えば本当に申し訳なく思う。今更、聞いたところで意味が無いかもしれない。
彰人にもう恋人が居るかもしれない。
だけど、思い出してしまった。
オレは確かに『東雲彰人』の事が好きだったんだ。
嘘でもなんでもない。あの時に告白された時はまだ気づいてなかった。けれど、大学に入ってからふと思い出すのは彰人のことばかりで、オレは認めてしまった。彰人が好きだって事を。
でも今更伝えたところで……とか、あの言葉は冗談だったかもしれない……とか、ばかり言い訳を作った。その結果、オレは彰人と卒業後一度も会わずに時が過ぎていった。
その間にも忘れてしまった想いが沢山あるかもしれない。
七年の時が経ってしまった。大学の時ならいざ知らず、本当に今更としか言いようがない。
何故今思い出してしまったのだろうか?
何故……。そう考えてふとカレンダーを見た。
そうだ、そろそろ卒業のシーズンだった。今思い出した事に関係あるかどうかは分からないけども、夢に現れたことに何かがあるのだろう。
もう一度考える。
オレは彰人が好きなのかどうかを。
そしてもう一度導き出した答えは、もう好きじゃ手に負えないぐらい大きな気持ちだった。
*
「んっ……あれ?」
オレはいつの間にか眠ってしまったらしい。辺りはすっかり真っ暗で、時計を見たら二十時を過ぎていた。やってしまった感が半端ないが、まだそこまで遅い時間ではない。まだ出てくれるかもしれないと思い、緊張しながらも先程聞いた番号を入力した。
プルルルルというコール音が二、三回かかった後に『はい、東雲ですけど』と言う声が聴こえた。なんだか久しぶりに声を聴くと不思議と落ち着いてしまった。こんなにも落ち着く感じだっただろうか?電話だからか?……なんて考えてたら『あのー』って声をかけられハッとし、慌ててオレは名乗った。
「あの、えっと天馬司だが……」
『あぁ、司センパイだったんすか。本当に掛けてくるとは思いませんでした』
「迷惑だっただろうか?」
『いや、そんなことは無いっすよ。で、突然どうしたんすか?』
やっぱり何となく優しく感じる。
だが、そんなことを考えている暇はない。時間を取らせるのは申し訳ないので手短に要件を話す事にした。
「実は彰人に聞きたいことがあってだな……」
『聞きたいこと?なんすか?』
「彰人が覚えているかはわからんが……。高校の頃の話だ。お前がオレに『宝物』の話をしたこと覚えているか?」
『!?……まさかセンパイがその話題を振ってくるなんて思いませんでしたよ』
「ってことは……」
『オレは、覚えてましたよ。忘れたことなんてありませんでした』
「そうか……」
彰人は覚えていたらしい。
ということはオレは随分と彰人を待たせた挙句、失礼な事をしてしまっていたらしい。
「その、彰人……すまなかった」
『いっすよ別に。そもそもあんな昔の事よく覚えてましたね』
「夢を見たんだ。昔にお前から『宝物』の話をされたことの夢を」
『へぇ……そうなんすね。じゃあ今の宝物はなんですか?』
「今は……」
そういうとオレは咲希や、ワンダーランズ×ショウタイムの事を宝物を答えた。すると彰人は相変わらずですねと酷く優しく笑った。
やっぱり、おかしい。彰人はオレにこんな風に笑う奴じゃなかった。
彰人はもっと……
『司センパイ?どうかしました?』
「いや、なんでもない」
『ふーん、まぁいいですけど。じゃあそろそろ本題に入りましょうか?思い出したんですよね?あの時オレが言ったこと』
「……あぁ。数年越しの答えになるが、それでもいいか?」
『勿論です』
スっとオレは息を吸う。
ドキドキと心臓が鳴るのを無視してオレは答えた。
「『この話をいつか思い出した時、まだ大切なタカラモノが無かったらオレがあげてもいいですか?』と聞いたな彰人」
『言いましたね。……てか、本当よく覚えてますね』
「忘れていたら記憶を引っ張り出してきたからな。で、答えなんだが……オレはまだ『タカラモノ』は持ってない」
『それって……』
「大切な思い出の『宝物』は沢山ある。けれど、彰人の言うモノはまだ持ってないんだ。なぁ彰人?お前はまだオレに『タカラモノ』くれるのか?」
そう聞くと、彰人は電話越しに盛大なため息を吐いた。あぁもう無理かな……なんて思っていたのだが、彰人は少し嬉しそうに『仕方ないですね』と答えた。
『まさか7年経った後に言われるなんて思ってませんでしたけど、司センパイがどーしても欲しいって言うならあげますよ。その代わり、返品は不可なので』
「なんか言い方に含みがあるが……。生憎、返品するつもりは毛頭ない。というか、むしろお前はオレで良いのか?流石にあの頃よりも歳はとっているし何より……」
『歳とってるのはオレも一緒です。というか、あんたは知らねぇけど、オレはアンタのこと知ってましたよ。映画も観ましたし、ショーも観ました。いや……見せられたが正しいか』
「えっそうなのか?それは意外だな」
まさか観てくれていたとは思わなかった。
だが、そう言われてみれば時々オレも見ていた事を思い出す。彰人達は今もあのチームで活動を続けている。段々とネットの方で曲の人気が出てきたようで、テレビ等の活動も活発化していた。だからこそだ。何故彰人がオレを選んだのか分からない。
だが……
「彰人はオレを忘れなかったのか?」
『忘れられたら良かったんですがね』
「なるほど。オレは中々罪な男だな!」
『全くですよ。責任取ってください』
「むしろオレがとって欲しいぐらいだ。あんな呪いを残して行くなんて卑怯じゃないか?」
『なら忘れたままでよかったんですけど』
そういった彰人にちょっとムッとした。
その言い方だとオレが忘れたままの方が良くて、彰人からタカラモノを貰わない方が良いみたいじゃないか。
いや、実際……そうなのかもしれない。
オレが思い出して電話をしまったから、彰人はこの先……。なんてことを考えていた時だった。『司センパイ』と電話越しに呼ばれた。その声は、なんだか呆れも混ざったような声で、今にももう一度ため息を吐かれそうな感じだった。
『あの、言っておきますけど。オレは後悔してませんし、思い出してくれたこと……嬉しいですよ。でも、急なんですよ』
「す、すまない……」
『結構待ったんです。もしかしたら連絡来るかもしれないって期待して、来なくて失望して、忘れようとしたんです。その間に彼女って存在も居たんです。でも忘れられなかったんですよ』
「…………」
『何をしても司センパイを思い出すし、アンタは売れちゃったから色んなメディアで広告に載るから見たくなくても見る羽目になる。でも馬鹿みたいじゃないですか。七年も忘れられないなんて……女々しくて仕方ない』
彰人は淡々と告げる。それをオレは黙って聞くことしか出来なかった。
でも聞いていると段々と顔が熱くなる。今彰人が話しているのは、無意識か意識的なのか知らないが『オレがどれだけ忘れられなかったか』だ。つまり……どれだけ好きなのかって話でもある。まさかこんなに想われているなんて思ってなくて、不意打ちにひたすら耐えている始末。
『ちょっと、司センパイ聞いてるんすか?』
「き、きいてる!聞いてるから……その、なんか恥ずかしいからもう少し抑えて欲しい……」
『はぁ?恥ずかしいって……。別に今恥ずかしい話なんて何もしてな……』
『…………』
「あ、あきと?」
彰人は突然黙ってしまった。
もしかして……無意識だったのか?
そうか無意識で……恥ずかしいな!?
と考えていたら、彰人が焦ったように慌てだした。
『ま、まて!!こんなに話すつもりは……!いや、好きなのは好きなんだが……ってそうじゃなくて!』
「お、おちつけ彰人……」
『と、とにかく!!聞きたいのは、アンタはオレのこと好きなんですか!?』
「だ、だいすきだ!!」
『だ!?……そ、そうですか。好きなら……その、受け取ってくれるってことでいいですか?』
動揺しながらも彰人はそう尋ねてくる。
そんなの、当たり前だろう?
なんの為にオレが電話をしたと思っている。
「無論だ。その為に電話をしたんだからな!彰人のタカラモノがどんなものか分からないが……。オレは、どんなものを貰っても彰人から貰ったモノならタカラモノだろうな」
『……はぁぁぁ、ほんっとアンタは』
「な、何か悪かったか?」
『逆ですよ。……なら、いつかちゃんと渡しますから、受け取ってくださいね』
「あぁ、楽しみにしているぞ!彰人!」
*
それから数ヶ月後の事だった。
横で幸せそうに眠っている金髪の青年の横で、それまた幸せそうに見つめるもう一人の青年が居た。
「ほんっと、未だに信じらんねぇな。この人が横で寝てるなんて。少なくとも数ヶ月前までは全く考えてなかった」
けど、それがとてつもなく嬉しくて、幸せだった。青年は幸せそうに眠っている金髪の青年の手を起こさぬ様に握る。そして、指にそっと何かを通した。よく見ると、そこには静かに輝く指輪が付けられていた。
「タカラモノ、確かに渡しましたから。返品なんて受け付けませんよ」
そうボソリと告げた青年は、眠っている金髪の青年をそっと抱きしめると、幸せそうに眠りについた。
そして、次に目を覚ましたのは指輪に気づいた金髪の青年の叫び声で、真っ赤に染まっている顔を見たもう一人の青年は、作戦成功だと微笑んでキスをしたのであった。
[完]