ツンデレ悪役令息🥞と、異世界転移ヒロイン🌟の話 2異世界に来てから早三日程経った。相も変わらずこの世界は回り続けており、戻る為には恋愛をしなければならないのだと改めて実感する。
そんなオレ、天馬司だが学園へ転入して早々貴族の方々から遠巻きに見られている。
理由は、オレが庶民だと思われているから……も、正しいのだが、もう一つ大きな理由がある。
それは……
「司くん。東雲くん達が影でキミのことを見てるけど、そろそろ振り向いてあげたらどうだい?」
「いいか、類?彰人をわざわざ茨の道へ招かなくても良いと思うのだ。あと、アイツらと関わると周りが嫉妬の目で見てくるから怖い……。貴族社会怖い……」
「この数日で大分洗礼を受けたからねぇ……」
そう、オレはあの日に彰人達へ声をかけてから何故か三人に跡を付けられている。特に直接関わってくることはなく、ただ後ろから見られるだけで実害というのは無い。……が、その様子を見ている周りの貴族達の視線は痛かった。
教室内ではただ椅子に座っているだけで突っかかってくる奴もいたし、庶民だとバカにする奴もいた。
正直に言うと、結構怖い。
だって相手は金持ちも金持ち。大金持ちだ。この庶民(という設定)のオレなど金の力ですぐに殺せるだろう。いくら何でも知ってる攻略本が横に居るとはいえ、流石に貴族様に捕まればオレはきっとタダでは済まされないだろう。この調子で恋愛フラグなど立ててしまえば命がいくつあっても足りない気がする。
特に、この世界の公爵家だというアキト・シノノメは周りの貴族達がこぞってアピールし、羨まれる人種だ。当たり前だが庶民のオレとは雲泥の差、月とすっぽんである。類が設定を言わなかったのと、オレが軽率な行動をしてしまったせいでアキト達から妙な執着を得てしまった。現実世界では可愛い後輩で片付くのだが、この世界ではこれ以上は大変めんど……不味いので、オレはここの三人には出来る限り関わりたく無かったのだが……。
「類、彰人達の好感度はまだあのままなのか?」
「うん。東雲くんと青柳くんの好感度は未だにMAXだね。あっ瑞希もちょっと上がってるみたいだ」
「オレはこの三日、あの三人とは一度も話してないのに何故下がらないんだ……?」
「ふふっ何故だろうねぇ……」
困った……。振り向かず無視してればいつか好感度は下がるだろうと思っていたのに、下がるどころか上がっているなんて思いもしなかった。
「……もうこのまま見なかったことにして、他の攻略対象でも探すか」
「おや、東雲くん相手が一番早いと思うんだけど良いのかい?」
「こんなのオレの身がもたん。とりあえず、他の攻略対象を教えてくれ」
「そうだねぇ……と、アレは」
類が何かを発見したのか、少し目を見張りながら呟いた。何だ?と思いながらオレも同じ方を見てみると、そこにはえむと寧々らしき人達がベンチに座って楽しそうに話していた。
まさかこの二人もここに居るとは思わず驚いていると、類はなるほど……と言ってオレへ向いた。
「司くん。えむくんと寧々があそこにいるけど、あの二人は……」
「記憶は無いんだろう?もう軽率に飛び込んだりはしないさ」
「うん、それもあるんだけど……。それとは別に、あの二人はキミの攻略対象だ」
「ほう、攻略対象……。何だと!?」
えむと寧々がオレの攻略対象だと!?
いやまぁ……可能性としてはある、のか?彰人よりかは現実味は確かにありそうな気もするが……。
しかし……
「オレは、えむも寧々もそんなふうに思った事が無いのだが……。それに、仮にそのような関係になった際、現代に戻った時に気まずくなりそうで出来れば避けたいな」
「確かにねぇ……。まぁ、でもフラグは作っておくに限るし、話しかけてみたらどうだい?転入生で迷子になって場所を探しているって感じで聞いたら案外行けると思うよ」
「なるほど、確かにそうだな!それに、もしかしたらこの世界でも仲良くなれるかもしれないしな!」
「ふふっそうだね」
恋愛が絡まなくても、仲良くなれるのならばそれに越したことはない。なら、話してみる価値は存分にある。
……が、その前に。
「とりあえずあの二人の情報をくれ。また面倒なことになっても困るからな」
「はいはい。えっと、寧々はクサナギ伯爵家で、えむくんはオオトリ公爵家だねぇ」
「……オオトリ、こうしゃくけ?……どっちだ」
「シノノメ公爵家と位は同じだねぇ」
「…………類、やっぱりやめ……」
「まぁまぁ、司くんなら大丈夫さ!」
「うわー!待て、類ー!!」
オレは、類にずるずると引きずられながらえむ達の元へと向かっていったのだった。
*
「す、すみません……少し良いでしょうか?」
そう声をかけると、えむに良く似た人物と、寧々に良く似た人物はオレ達の方へ向いた。寧々はジトリと睨みつけてきて警戒をしているが、えむに関してはパァ!と笑顔になり「うん!大丈夫だよ!」と答えた。やっぱりどこの世界のえむもこんな感じなんだなと思いホッと息を吐くとオレは口を開いた。
「私はつい先日この学園に転入してきたツカサ・テンマと申します。こちらは同じく私と共に転入して来たルイ・カミシロです」
「ツカサくんと、ルイくんだね!よろしくね!あたし、エム・オオトリ!こっちはネネちゃん!」
「あっ、えっと……ネネ・クサナギ、です。よろしく……」
「オオトリ様と、クサナギ様ですねよろしくお願いします」
そう言ってオレはにこりと微笑むと、寧々は少し警戒を解いたのか睨みつけることはやめた。良し、このままなら上手く行けそうだ。
この調子で人の良い人物を演じる為に、笑みは崩さずオレは話しかける。
「それで、お二人に少々お聞きしたいのですが、実は私達迷ってしまいまして……」
「えっ?ツカサくんとルイくん迷子さんなの?」
「はい、お恥ずかしながらこの学園には入ったばかりで全てを把握出来ておらず……。もしよろしければ場所を教えていただけないかと思いまして……」
「あぁ……ここ、広いもんね。わたしも入った時は迷ったな。って、それよりもしかして貴方達が噂の……」
「あたしも!ぐるぐるー!って学園内の探検してたら迷子になっちゃったことあるからわかるな〜!もちろん!あたしにわかることがあったらどこでも教えるよ!」
寧々は何かを言いかけたが、えむはそれに気付かず嬉しそうにそう告げた。少し気にはなるが、ここはスルーしておこう。
しかし、公爵家だと言うからめんどくさいかと思いきや、中身はえむだからあまりそんな感じはしない。寧々も口調が少し砕けて来たので、若干心を許しに来ているみたいだ。
……よしよし、引き続きこのままやっていこう。
「ありがとうございますオオトリ様」
「あたしの事はエムでいいよ!ネネちゃんは?」
「わ、わたしも……ネネでも別に……」
「では、エム様とネネ様でよろしいでしょうか?」
「ツカサくーんお願い!様何て付けないで、エムって呼んで欲しいな!あのね、なんでか分からないけど、心がぎゅぎゅって悲しくなるの……」
「わたしも。なんでか知らないけど、あんたに様付けされると、何か気持ち悪い……」
「何故だ!?あっ、失礼しました。ではお言葉にあまえて、エム、ネネと呼ばせていただき……」
ます。……と、言おうとした時だった。
「こんなところで、アンタ何やってんだ?」
と、後ろから声がした。振り返ってみたらそこには何処か不機嫌そうな彰人と、何故か呆れている冬弥と、何処か楽しそうな暁山が立っていた。ずっと見られていたのは知っていたのだが、まさか声をかけて来るとは思わず固まっていると、彰人はえむへ話しかけた。
「オオトリ、この庶民がお前に何の用だ?まさかお前にも取り入ろうとしてないだろうな?」
「ツカサくん達のこと?ううん、そんなことしてないよ!ツカサくん達はこの学園が広いから迷子になっちゃったから道を聞きに来ただけだよ!」
「迷子?」
と呟き彰人はオレを見ると、ニヤリと笑みを浮かべた。
「この歳になって迷子とは、田舎者は地図も読めないのか?」
「……すみません。まだここに転入したばかりですので全て把握出来ていなくて……。ですので、近くにいたお二人に声をかけさせていただいたんです」
「お前、その口調……」
彰人はムッと眉間に皺を寄せ何かを言いかけたその時だった。
オレと彰人のやり取りを見ていたえむが、首を傾げながら彰人へ話しかけた。
「ねぇねぇ!アキトくんと、ツカサくんはお友達なの?」
「友達?まさか、このオレが庶民なんかと友人関係になる訳ないだろ?アンタも、オレが無理ならあっさり別のヤツに行くなんて、本当に庶民はずる賢くて意地汚ねぇヤツだな」
「取り入ろうなんてそんなこと……」
してはいたが、別に彰人にしてないんだから別に良いじゃないか……。とは、言える訳もなく黙っていると、今度はネネがアキトへと話しかけた。
「あの……シノノメ様は何故ここにいらっしゃるのですか?もし、ツカサがわたし達に取り入ろうとしていたとしても、貴方方には何も関係は無いと思うのですが……?」
「はぁ?別にオレがいつ、どこに居ようが関係ねぇだろ?」
「そうですけど……。わざわざツカサの方に来て突っかかってくるなんて、シノノメ様は何だか……」
「クサナギ、気付いてしまったのならばこれ以上はやめておいた方がいい。面倒事に巻き込まれるぞ」
冬弥が寧々に諦めたように首を振って伝えると、寧々はとてつもなくめんどくさそうな顔をしてため息を吐いた。
そして寧々はえむの腕を掴むと、グイッと引っ張りベンチから立たせた。
「うわぁ!ネネちゃん?どうしたの?」
「この人達に関わると面倒そうだからもう行こうエム。……ツカサとルイには悪いけど、わたしはこれ以上面倒事は嫌だから」
「え?でもあたしもっとツカサくん達と一緒に話したかったな……。ツカサくん!また今度時間があったらお話してくれる?」
「えぇ、お時間があればまた」
「良かった〜!じゃあまたねツカサくん!ルイくん!」
そう言ってエムはネネに引きずられるようにしてこの場を去っていった。ついでにオレも連れて行って欲しかった。
だって……後ろに居る奴の視線がものすごく痛い。
「あ、の……シノノメ様一体どうされましたか……?」
「……アンタも、そう呼ぶのかよ」
「つい先日は公爵家のご令息だとつゆ知らず、呼び捨てやタメ口で話して申し訳ございませんでした。あの時はシノノメ様の広い心でお許しを頂きましたが、今後はあのようなことがないよう、気を付けて参りますので……」
そう言ってオレは頭を下げる。
ふっ……こう言っておけば彰人も機嫌を良くしてくれるだろう。大抵の貴族は敬語、そして腰を低くして謝れば割と許してくれるからな……って思っていたのだが、彰人の顔を見ると先程よりも更に不機嫌そうに顔を顰めていた。
な、何故だ?おかしい……だって、この前は無礼とか言って怒っていたでは無いか!!なんだ?何か怒らせることでもしたか?いや、しているな……したわ……。凄いしました。
「あのー……その、シノノメ様……?」
「……アキトだ」
「へ?」
「この間みたいにアキトって呼べ。あと、敬語もなんかムカつくからやめろ」
「で、でも……。この間はそれで怒って……」
「はぁ?アンタ、庶民の分際でオレの言う事が聞けねぇって言うのか?」
「い、いえそんなことは……」
と、返すと彰人にジトリと睨まれたのでバレないように小さくため息を吐き「じゃあ、アキトと呼ばせてもらう。これでいいか?」と尋ねた。すると彰人は何処か嬉しそうにそれでいいと小さく笑みを浮かべた。
……しかし、彰人はオレに対して結構横暴な態度だが本当に好感度はMAXになっているのか?この感じだとMAXどころの話ではなくほぼゼロに近い気がするが……。
オレはちらりと類の顔を見ると、類はとても良い顔でバチンとウインクをしてサムズアップしてきた。なんだそのウインクは。
「類、お前オレが見た意味をわかっているのか?」
「いや、全く分からないからとりあえずわかったフリをしただけさ」
「紛らわしい事をするな!!」
どうやら無意味だったらしい。わかったフリはものすごく紛らわしいので後で叱ろう。
すると、このやり取りを見ていた暁山がオレたちを見てこう尋ねてきた。
「あの、ツカサさん?と横の人ってーその、お付き合い……なんかしてる?」
「はぁ?オレと類が……ですか?」
「あっ、ボクらにも敬語はいいよ。アキト様が良いって言ったからね〜。で、お付き合いしてるの?」
「いや……していない、が?」
「じゃあどのぐらい仲が良い?どういう関係?ただの友人にしては距離近いよね?あと名前教えて欲しいなー?ルイって言うの?」
そう言って暁山はオレと類にグイグイと質問攻めにしてくる。そんな暁山に類は笑みを浮かべてオレの代わりに質問へ答えて言った。
「そういえば前回は僕は名乗らなかったね。僕の名前はルイ・カミシロ。司くんとは……そうだな、友人でもあり、一蓮托生の仲でもあるかな?切っても切り離せない縁(攻略本)って感じさ。でも僕は司くんとは付き合っていないよ。僕は対象では無いからね」
「一蓮托生か〜中々深いねぇ。あっボクミズキ・アキヤマ!隣の子はトウヤ・アオヤギくんね!あと、知ってると思うけどアキト・シノノメ様。ボクとトウヤくんの家は、シノノメ家と昔から交友関係のある貴族なんだ〜」
「勿論知っているよ。キミの事も、トウヤくんの家の事も色々と、ね?」
「おや〜中々情報通なんだねぇ、ルイは」
「ふふっ僕は文字通り何でも知っているよ。だから、嘘は言わない方が得策さ」
「これは結構手強いなー」
「お褒めに預かり光栄だよ」
にこにこと会話していく二人に、何だか凄い謎のオーラを感じるなと思いながらみていると、今度は冬弥がおずおずとオレへ話しかけてきた。
「あの、ツカサ……さん」
「どうかしたか?」
「えっと、ツカサさんは……カミシロさんとお付き合いはされていないとお聞きしましたが、好きな人はいらっしゃいますか?」
「好きな人……?」
「はい。好きな人、です」
好きな人……。正直に言えばいない。だが、素直に答えて良いのだろうか?だってこのあとオレはどうにかして攻略対象と恋愛関係を結ばなくてはならないのだ。誰が居るのか全員は把握出来ていないが、間違いなくこの後『好き』にならざるを得ない展開に向かうはずだ。
だが、現状のことを聞かれているのなら答えは間違いなくNOだ。
なら、冬弥に対する答えは……
「現状は、居ないが正解だな」
「現状は……ですか?」
「あぁ、実はオレはここに『婚約者』を探しに来たのだ。だが、周りは貴族だらけで庶民のオレには全く振り向いても貰えない。でも、庶民だとしてもいつか必ず結婚をしなければならないのなら、オレはせめて好ましいと思った方としてみたい。そう、思っているのだが……おかしいだろうか?」
オレは冬弥にそう言った。
嘘はついてはいない。まぁ、正しくは婚約者ではなく、攻略対象なのだが……細かいことは置いておこう。
そんな冬弥はオレの話を聞いたあと、突然オレの手をガっと掴みきらきらとした笑みを浮かべてオレへ告げた。
「いえ、全くおかしくありません。素敵な考え方で尊敬します!!」
「おい、トウヤ……?」
「そうか……トウヤはオレにそう言ってくれるんだな。ありがとう」
「勿体ないお言葉です……!貴方の為ならばいくらでも協力を惜しみません!困ったことがあればいつでもお申し付けください!!」
「トウヤ!?急にどうした!?」
彰人が冬弥に何かを問い詰め始めた。だが、冬弥はきょとんとしながら、どうもしていないが?と首を傾げる。その様子に彰人はなんとも言えぬ表情を浮かべながらチラリとオレの顔を見た。その後に、彰人はオレと冬弥の顔を交互に見たあとため息を吐いてオレへ向いた。
「アンタ、トウヤまでたぶらかそうとしてんのか?」
「いや、今の会話を聞いていて何故そうなったんだ……」
「だってトウヤのこんな姿を見るのは初めてだし。それよりも、その……アンタは、本当に『婚約者』を探してるのか?」
「ん?あぁ、まぁ……帰るためにはその方法しか無いからな」
「それは、誰でも良い……のか?」
「……条件が合えば、だな」
「そうか……」
そう呟くと彰人は何かを考え込む。その横で類との会話が終わった暁山が面白そうにこちらを覗き込んでいた。どうやら随分と向こうは盛り上がったらしい。横に居る類もにこにこと笑みを浮かべている。
「類、何を話していたんだ?」
「ふふっ有益な情報交換さ」
「類はなんでも知っているんじゃないのか?」
「知っているけど……感情の詳しいところまでは僕にも分からないからねぇ。好感度もMAXとは出るけど、どのぐらい想っているのかは具体的には分からないんだよ」
「なるほど、そういうのもあるのだな」
「それよりも、司くんは結構覚悟しておいた方が良いかもね」
「覚悟?」
何の覚悟だ?と思いながら首を傾げていると、「おい」と彰人から声をかけられた。彰人の方を振り向くと、彰人は少し顔を赤く染めならがオレを見て告げた。
「ツカサ・テンマ……お前が望むなら、オレがアンタの婚約者になってやる!」
「……はぁ?」
その言葉に、オレ……だけではなく、彰人の横に居た冬弥も驚きで目を見張りその場から動くことが出来なかった。
動けていたのは、横でおやおやと笑みを浮かべて呟いている類と、「あっはははははは弟くんめっちゃ大胆wwwwwwwwwひぃwww」と膝から崩れ落ちて大爆笑をしている暁山と、大胆告白してきた彰人張本人だけだった。
どう答える?どう返すのが正解だ?ここで断っても良いのか?きっと、ここで断らないで受け入れた方が早く帰れるのだろう。
……でも、本当に待って欲しい。
急には無理だ!!!!!!!!
「か、考えさせてくれ……!!!!!!」
そう言ってオレはこの場から逃げるように走り去ったのだった。
END
*
「……に、逃げられた?オレが……?」
まさか逃げられるとは思わず、アキトは司が逃げ出した方向を見つめて呆然と立ち尽くしていた。その横でミズキは大爆笑を起こし、ゲホゲホと噎せている。その様子を見ていたトウヤは呆れるようにため息を吐き、類は何処か楽しそうな笑みを浮かべて黙っていた。
「お、おなかいたいwwwwwwだれか、だれかたすけ、ゲッホゲッホ」
「ミズキ流石に笑い過ぎだと僕は思うよ。シノノメくんがかわいそ……いや、なんでもないよ」
「ハァ……。だからあれほど慎重に行こうって言ったのに……。アキト、大丈夫か?」
そう言ってトウヤがアキトへ声をかけるがアキトからの返事が無かった。逃げられたショックで立ったまま気絶でもしているのかと思い、トウヤはアキトの顔を覗くと目を見開いた。
そう、何故ならアキトは……かつてないほど悪い笑みを浮かべていたからだ。
「なるほどな……。へぇ、ほんっとおもしれぇ奴だな。このオレの提案を断り逃げるとはいい度胸だ」
「ヤバいぞアキヤマ。アキトがかつてないほど悪い笑みを浮かべている」
「笑い過ぎて顔面が痛い……。いやぁ、まさかこうなるとは予想外だね!」
面白くなってきた〜!!とミズキがはしゃいでいる横で類は考える。
この世界にいる限り、類は司を第一に考えサポートに徹していた。攻略本として、司に情報を与え、司に誰かを攻略させて一刻も早く元の世界に戻るために尽力は惜しまないつもりだ。
……だが、司的には不幸なのか分からないが、今一番好感度が高いのはここに居るトウヤとアキトである。元々攻略対象では無く、そもそも司を虐める為の悪役であったはずなのにいつの間にか逆に司を攻略しようと奮闘しているようだ。……まぁ、本人は認めていないのだが。
とにかく、この世界のアキト・シノノメはヒロインであるツカサ・テンマに好意を持っている。逃げられても怒ることはなく、今でさえ好感度がMAXなのに更に上がろうとしている。限界突破だ。
だから、類は考えた。
早く帰りたいのならば、司が誰かを攻略しに行くのではなく、アキトに司を落として貰えば良いのでは……?と。
「ふふっ……ふふふ。そうか、その手があったね……」
「おい……薄気味悪く笑ってんじゃねぇよ……。てかアンタ、アイツ追いかけなくていいのか?」
「まぁ司くんだからね。きっと大丈夫だろう。彼はコミュニケーションが高いから迷子になっても誰かが助けてくれるさ」
「ふぅん……」
類の返答にアキトは少し面白くなさそうな顔をしながら素っ気なく答える。その態度は一見すると興味がなさそうにみえるが、実際は『誰か』の部分が気になっているのだろう。
あぁ、本当に彼は司へ堕ちてしまったらしい。だからこそ、協力したいと思ったのだ。
不幸だったヒロインが、悪役のご令息を恋に落としてしまったこの喜劇を、最高のハッピーエンドにする為に、類は台本を『書き直す』ことにした。
「ふふっ……悪役がヒロインを落としに行くのも、また面白いと思わないかい?」
「はぁ……?アンタ何言って……」
アキトは意味が分からず訝しげな目で類を見ると、類は怪しげな笑みを浮かべて楽しそうに告げた。
「アキト・シノノメくん。僕は司くんの幸せの為に、君の恋路を手伝おうじゃないか!」
「…………は?」
「今なら司くんの好きな食べ物から好きなことまで何でも教えてあげるよ?今なら出血大サービス!!」
「ぐっ……!す、すきな……。いや、そんな手にはオレは乗らねぇからな!!」
手を一瞬伸ばしかけたアキトだったが、すぐさま自らの手で押さえつけ踏みとどまる。いや、まだだ。まだ、認めていない。認めたくない。
……だが、横にいる友人達は別である。
己の中で葛藤しているアキトを他所に、ミズキは手を上げた。
「ルイ!!それって、つまり……見込みはあるって事でいいのかな?」
「あぁ、十二分にあるさ。君の友人が頑張れば、だけどね」
「よっし、やるか」
「そうだな、やろう」
「おいコラお前ら!!勝手に……!!」
「ふふっ君たちならそう言ってくれると思ったよ。……では、手始めに司くん情報でも渡そうか」
「話聞けよ!!」
横でツッコんでいるアキトを他所に、類は淡々と話す。
そう、全ては『天馬司』の幸せのため。そして元の世界へ帰るためである。出来ることはやるべきなのだ。そう、これこそが類が考える元の世界へ戻る為の最短ルートだ。
類は心の中で司へ謝罪をした後、三人へ告げた。
「いいかい?……司くんはね、兄属性なんだ」
「あに、属性……?どういう意味ですか?」
「なるほどねぇ……ぽいかも!あっ、じゃあ甘えたらもしかしたら……」
「あぁ、きっと考えている通りさ。……司くんは、無条件に甘やかしてくる」
「アキト、明日はツカサさんへ甘えてみろ。そしたら振り向いてくれるかもしれないぞ」
「いやいやいや、待て。おかしいだろ!?」
何故そんなやる気になっているんだ!?とアキトは戸惑うが、周りは止まらぬまま話は進んでいく。ツカサの為と言っているくせにツカサの事は全く無視して決められていく事にアキトは少し同情した。まぁ、同情したところでどうしようも無いのだが。
「はぁ……」
楽しそうに盛り上がっているトウヤ達を他所に、アキトは小さくため息を吐く。
認めたくはない。だけど、認めざるを得ないのだ。こんな感情は今まで生きてきた中で初めてで、どうしたらいいのかわからない。拒否されて逃げられたのも初めてだ。
普通ならばそれまでで、もう二度会うことは無いだろう。
なのに、次こそは……と考えている時点でもう潔く認めるべきなのだろう。
「弟くん!明日は~って、どうしたの!?」
「……正直ムカつくから認めたくねぇ。けど……逃げられたまんまなのはオレとして許せねぇ」
「……ならシノノメくん。キミは、司くんを落としに行くかい?」
類に問いかけられたアキトは小さく頷いた。
あぁ、ならば決まりだ。ニヤリと笑みを浮かべた類はアキトへ告げた。
「ならば、今後キミのために司くんを攻略する手伝いをしよう。それでも僕はあくまで手伝いだ。その他のことは全てキミの努力次第だよ」
「あぁ……勿論だ」
「ふふっそれがわかっているなら問題ないね。それじゃあ、これからよろしくねシノノメくん」
類はアキトへ手を差し出すと、アキトはその手を取り握手を交わした。その横で見ていたミズキとトウヤは何処か嬉しそうだった。
「これでアキトの婚約者が決まったな……。きっと楽しい結婚生活が待っているだろうな」
「おい、気が早すぎだトウヤ。まだ何もしてねぇからな!?」
「ツカサさんか……。毎日弄りがいがあって面白そうだなぁ〜。あっいつ結婚式する?」
「お前もか……。だから、まだそんな話じゃ……!!」
「あっシノノメくん!とりあえず今日は司くんのスリーサイズから提供しようか?」
「スリー……っ!?何でアンタがアイツのそんなこと知ってんだ!?」
アキトは顔を少し赤く染めながらルイに聞くと、ルイは楽しそうに笑いながら三人へ告げる。
「だって僕は、この世界の全てを知る『攻略本』だからさ!」
その笑みを見た瞬間、アキトは思った。
大分頭がイカれたやべぇ奴を仲間にしてしまったのでは無いかと思ったのは、心の内に秘めておくことにしたのだった。
END