馬に蹴られたくはないもので 最近のボスは機嫌がいい。
それに気付いているのはきっと俺だけではないだろう。すっと通った鼻筋を横切る傷痕、よく通る低めの声。頭も回れば口も回る我らが首領は、常日頃から穏やかさとは離れた場所で立っている。
それが最近、そこはかとなく浮かれているようなのだ。どこがと聞かれれば答えに困るような些細な変化。しかし組の連中は皆、仕事を片しながらも落ち着きがない様子で、誰かがボス本人に尋ねるのを待っている。
「ボス、最近機嫌がいいっすね。なんかいい事ありました?」
──そう、ちょうどこういう風に。
組織の若き首領相手にこんな口が利けるのも、基本的にはよほどの古株か無鉄砲な若者くらいだ。紛うことなき後者である男の問いかけに、ボスはちらりと視線を遣った。
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