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    さなこ

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    さなこ

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    百合灰七。もう続きが書けないので供養。

    おとこのひとはきらい 小学校に上がって初めて迎えた夏の終わりに、母親が再婚した。彼は外資系の企業に勤める普通の男性で、私にも優しく接してくれた。宿題を見てくれたり、夏休みの自由研究を手伝ってくれたり。学校の行事にも比較的参加をしてくれて、周りから見れば完璧な父親だったと思う。
     でも、なんだろうな。馬が合わなかったって言うのかな。
     いつもヘラヘラと笑っている顔が苦手だった。それならいっそ、その奥にある本性を見せてほしかった。
     でもお母さんに嫌われたくない。迷惑をかけたくない。そんな思いで生きてきた私は、今日十八回目の誕生日を迎えた。高校生活最後の夏。行こうと思っている大学はそんなにレベルの高いところじゃない。必死こいて勉強するなんて性に合わない、でも底辺の大学にも行きたくない。そこそこの生活ができればいい。普通に生活して、普通に暮らしていければそれでいい。高校を卒業したら一人暮らしを始めよう。
     そう思っていたのに。

    「ねえ、七海は誕生日なにが欲しい?」
     梅雨の時期だった。一年生の頃からずっと一緒に過ごしているゆうが頬杖をついて私の欲しいものを聞いてきた。
    「……うーん」
    「本とか言わないでよ?」
    「言ってないでしょ」
     お昼休み。前の席の男子はいつも部室に行くから、この時間はゆうが堂々と座っている。私の机とくっつけて向かい合って食べる生活はあと半年ほどで終わってしまうのだと思うと、ちょっぴり寂しかった。
     まあ、同じ大学に行くつもりなんだけど。
    「去年は本がいいって言われたから」
    「欲しいのなかったんだもん」
    「じゃあ今年は?」
    「…………本」
    「もー!」
     わざとらしく目を細めて私を睨む顔に口元が緩む。ゆうはいつだって、大袈裟だ。声も大きいし、男子顔負けの運動神経で大活躍するし、生徒だけでなく先生とだって仲が良い。クラスの中心的人物。
     なんでゆうのお気に入りになったんだろうって、今でも思う。
    「ゆう、宿題やった?」
     突然掛けられる男子生徒の声に視線を移す。自動販売機で買ったコーラを飲みながらゆうが頷いた。
    「数学でしょ」
    「そう! 教えてくんない?」
     ちら、とこちらを見た男子生徒の瞳に思わず視線を逸らす。
     私は海外の血が入っているから悪い意味で目立つ外見をしている。綺麗だとか美人だとか、中学生の頃から言われてきたけど、そういう声が疎ましくて大嫌いだった。もっと言えば、そうやって褒める時の目が。
     どうしてだろう、こういう時いつも、あの父親を思い出すのは。優しくておっとりしている、普通のお父さんなのに。どこか似たような狂気を感じていつも怖くなる。
    「やだよ、今七海と話してるんだから他当たって」
    「え~頼むって! 七海も良いよね?」
     急に呼び捨てにされて心臓が跳ねた。私、貴方と仲良くないんですけど。前は苗字にさん付けだったじゃん。なんでそんな距離詰めてくるの。
     なんて、言えるはずない。ぎこちなく頷いて了承するしかなかった。
    「ぁ……う、うん――」
    「やだって言ってるじゃん! も~ナンパしないでよ!!」
     わざとらしい明るい声に、教室にいたみんなが振り向く。すぐに笑い声に包まれて、ノリのいい男子が数人こちらに来た。
    「おいおい高嶺の花に手出すのは掟破りだぞ~!」
    「ハイハイ連行~!」
     邪魔してごめんね、と輪の中心に彼を引き摺っていった。周りにいた女子のグループもその机に集まって「強引すぎでしょ」「昼休みは絶対無理だよ」と笑顔を浮かべている。
     たまにあるんだ、こういうの。男の子が話しかけてきて、ゆうが断ると私に許可を求めてくるの。そしてゆうが「ナンパしないで!」って叫ぶとみんなが連行してくれる光景。
     恋愛事情に疎い私でも分かる。
     男の子たちは好きなんだ、ゆうのことが。
    「そうだ、今日遊び行かない? お店見て回ったら欲しいの見つかるかも」
    「クレープ食べたいだけでしょ」
    「えへ」
     あらゆる運動部に助っ人として馳せ参じてきたゆうも、最近はめっきり私と一緒にいる。真っ直ぐ家に帰る日だって一緒。駅まで歩いて、反対側のホームなのに電車に乗り込むところまでついてくる。
     犬のようについてくるゆうに私は完全に心を許していた。他の誰にも相談したことのない家庭の悩みもゆうには伝えていた。

     誕生日は土曜日だった。当然のように午前中からゆうと遊んで、帰ってきたのは二十時前だったかな。ちなみに門限は十八時。「夕食は家で食べなさい」が基本。だけど年に一度の誕生日だけは許されている。あ、違う。ゆうの誕生日も例外。家に何度も連れてきているから、お母さんもゆうのことは認識している。私たちがとっても仲が良いことも理解してくれている。
    「おかえり七海。どこ行ってきたの?」
     帰った時、お母さんはお風呂に入っていた。リビングでお酒を飲むお父さんがにこやかに笑って聞いてくる。
     門限制度を決めたのはこの人。どこに行ってたか逐一聞いてくるのも、本当はすごく嫌。
    「映画見てきた……あと、買い物」
    「なに買ったの?」
    「……服、とか」
     尋問みたい。なんで全部話さなきゃいけないの?
     でも顔だけは優しく笑っている。だから、束縛するために聞いてるわけじゃないと思う。ただその、親として子どもを守るために聞いてるだけで……私が勝手に嫌悪感を抱いているだけ。
     丁度お風呂の扉が開く音がした。お母さんがお風呂から上がったようでホッと息を吐く。大丈夫、来年の春にはこの男の元を離れるんだから。それまでの辛抱なんだから。
     お母さんと入れ替わるように入浴を済ませる。湯船に浸かって今日のことを思い出すとふんわりと暖かい気持ちになった。
    『ねえ、これどう?』
     カフェに入って注文を終えた瞬間にゆうがテーブルの上に何かを置いた。小さな箱を開けてみるとノンホールピアスが入っていて思わず感嘆の声が漏れる。
    『七海ギラギラしたの嫌いでしょ』
    『うん』
    『あと揺れるやつも嫌い』
    『うん』
     耳朶からじゃらじゃらつけるのが好きじゃなくて、指輪やネックレスも含めて何か身につけるものは欲しいとさえ思わなかった。
     小ぶりな真珠の真下にくっつくように緑色の小粒がキラキラと光る。揺れるタイプではないのも控えめで可愛い。
    『七海はさ、顔が完成しているから。あんまり派手なの似合わないと思って』
    『顔が完成……?』
     片方のノンホールピアスを手に取ると、私に手を伸ばしてきた。意図に気付いて左耳を差し出す。丁度良い位置に差し込むとゆうは満足そうに笑った。
    『私、緑色のイメージある?』
    『ん? ああ、これ僕の誕生石。ペリドットっていうの』
     箱に残った片方を見つめる。白く柔らかく存在感を放つパールの下、枠に埋め込まれた宝石を見つめる。数ミリの大きさしかないものの、しっかりとその色を主張している。
     今度は右耳ね、と睫毛を伏せるゆうを見つめて私は首を横に振った。
    『ゆうがつけてよ』
    『えっ……』
    『あ、そういう意味じゃなくて。半分こ。しよ』
     ぱち、と瞬きをして固まるゆうに微笑みかける。手からノンホールピアスを奪って、ゆうの耳に手を伸ばした。
    『おそろい』
     右耳についたそれを見ると、じわじわと体の奥から喜びが湧いてくる。暗い髪から覗く白いパールと鮮やかなペリドット。なんだかちょっとお姉さんみたいになっちゃったかな。似合っているけど誰にも見せたくない。
    『いいの?』
    『うん。ゆうの誕生日も、なにかおそろいにできるものにしようかな?』
    『わっ、それ嬉しい!』
     頼んでいたドリンクが届いて、二人でニコニコ笑う。夏服もおそろいの買っちゃおうなんて言って、でも私たちそんな可愛い服が似合わないから黒いワンピースで落ち着いた。上がシャツみたいに襟が詰まっているから胸元も開かないし、これなら着ていても文句を言われないだろうと踏んだから。誰に文句を言われるかって、そりゃ、もちろんお父さんに。
    「はぁ…………」
     浴室で溜息を吐く。小学生の頃は「なんとなく嫌」程度だったのに、最近じゃ「気持ち悪い」という感覚もある。自分が大人になって機敏になったからだと思っているけど、やっぱりお母さんにそんなこと言えるわけないから耐えるしかないんだ。

     おやすみ、と文字を打ち込んでスマートフォンを置く。たくさん歩いて疲れたのかな、いつもより早い時間に眠気を覚えて私は部屋の電気を消した。タオル生地のパジャマは半袖のワンピースの形をしていて寝汗をよく吸収してくれる。淡い水色のそれはゆうと買い物に出かけた時に買ったものだった。これはおそろいじゃない。
     ゆうの誕生日、どうしようかな。あと一ヶ月ぐらい、きっとあっという間。だってもう数週間したら夏休みなんだもの。一緒に勉強をする約束をしているけど、早めに考えておかないと。

    「誕生日おめでとう七海。気に入ってもらえると嬉しいんだけど」
     七月四日。日曜日の今日、急に夏油さんに呼び出された。一年生の時に痴漢から助けてくれて、それ以降なにかとお世話になっている先輩。
    「デパコスってやつだ!!」
     知ってるブランドの知ってるリップ。薄く色付くタイプで、唇をケアしながら血色感も出て人気なんだって。あんまり興味なかったから名前ぐらいしか知らなかった。
     はむっとパンにかぶりついたゆうがニコニコした目でこちらを見てくる。よかったね、なんて言いたげな瞳にじんわりと胸が温かくなった。昨日も会ったのに今日また会えるのが嬉しい。また明日から学校でも会うのに。
    「んぐ……夏油さんはセンスがいいですね」
    「そう?」
    「うん、夏油さんはありがたいですよ。なんで五条さんにプレゼントはこういうのでいいんだよって、教えてあげなかったんですか?」
     高校生二人ではあまり訪れない、ちょっとだけいいお店。夏油さんからありがたくリップを貰った私は、テーブルの隅に置かれたショッパーの数々にうんざりとした目を向けた。
    「なに? 一個じゃなきゃだめなルールあんの?」
    「プレゼントはね、金額じゃないから」
    「女が好きそうなの買っただけだけど?」
    「だからそうじゃなくてね悟」
    「本物のボンボンだ~」
     ぺろっとパスタを食べ終えたゆうがピザに手を伸ばす。とろぉ、とチーズとはちみつが伸びてゆうの目がキラキラ光った。
     小さなバッグ、財布、コスメ、化粧水、香水。高校三年生相手に買い与えるものではないと思う。
    「ごめんね、悟って常識ないから」
    「は?」
    「五条さん、七海相手でこれなんて。彼女さんにはどれだけプレゼントするつもりですか?」
     ピザの耳を折って、はむっと大きな一口。ゆうが笑顔を浮かべながら煽るようなことを言う。
     五条さんの実家がそういうお家だっていうのは知っていた。これくらいの数、確かになんともないのかもしれないけど、受け取る私は一般家庭の子どもなんだから。遠慮のほうが勝って当然でしょう。
    「彼女いねーもん俺」
    「綺麗な顔面してるのにもったいないですね」
    「いいなって思った子がいてもさ、傑が『ああいう子はパパ活してるからダメだよ』っつーから」
     へ~、と納得したゆうの隣で夏油さんを盗み見る。涼しい顔をしてアイスコーヒーを飲んでいるけど、私はその見えない独占欲に呆れた。
     夏油さんも五条さんも、よくモテた。二年間同じ学校にいたんだもの、それぐらいよく分かっている。なのに二人に彼女ができたなんてことはなくて、きっと遊ぶ相手ならたくさんいるんだとか、本命は年上らしいよとか、いろんな噂が飛び回った。私は二人の恋愛模様なんて毛ほども気にならなかったけど、ひょんなことから夏油さんが五条さんに対してバカでかい感情を抱いていることを知ってしまった。けど五条さんは見ての通り、夏油さんを純粋に信用しているだけで自分が置かれている状況に気付きやしない。もう既に、夏油さんの手中にあるのに。
    「ゆうの誕生日は来月でしょ。欲しいものとかある?」
    「う~ん、これと言って特に」
    「おまえにはブランド米何袋か贈ろうと思ったんだけど、数で勝負するなって怒られたから辞めるわ」
    「え!? いや! お米は別です! 欲しい! 欲しいですお米!」
     各地のブランド米をイケメンが届けに来る図を想像してなんとも言えない気持ちになる。五条さんは変なところで常識があるから、お米みたいな重さのあるものはきっと家に直接届けに行くだろう。だって去年のゆうの誕生日も高級肉が冷蔵で届いてたもん。あれにはゆうのお母さんも甲高い声を出して喜んでたなぁ。親子揃って大食いなんだから。

     ん、と唇を閉じてじっとする。夏油さんに貰ったリップを手に、ゆうがゆっくり笑った。慎重に、丁寧に、私の唇にリップを塗っていく。
    「やっぱりこの色七海に似合ってるよね。さすが夏油さん」
    「そう、かな」
     これぐらい淡い発色なら誰にでも似合う気がするけど。たとえばゆうだって。
    「……」
     考えてみたらゆうってあんまり唇荒れてるイメージないな。私は冬場特にひどく乾燥しちゃうから薬用リップが手放せないけど。
     夏休み中の商業施設のトイレは思ったより混んでない。端っこのほうだからかな。鏡を前にした私たちはいつか買った黒いワンピースに身を包んで片耳にはお揃いの耳飾りをつけていた。ゆうは元気で明るいのに、暗い服も似合うから不思議。
    「ね、ね、早く指輪買お! それでさ、早めにランチしよ! パン食べ放題のとこ行こう!」
    「分かってるって」
     七海は日焼けして肌が赤くなっちゃうから屋内がいいな。そう言ったのはゆう。自分の誕生日に私のこと気遣うのはやめてって言ったのに、誕生日なんだから僕のお願い聞いてくれるでしょって受け流された。そう、今日はゆうの誕生日で、同じクラスの友達が彼氏に貰った指輪を自慢してたのが始まり。年上の彼氏から貰った指輪を右手の薬指につけて幸せそうに笑ってたから、素直にいいなって思った。ノンホールピアスをお揃いにしたんだし、もう一個ぐらいお揃いがあってもいいじゃない。
    「(でも、でも、指輪……指輪って)」
     重くない?
     そもそも友達同士でペアリングってどうなんだろう。うーん、と悩んでみるけど、ゆうが他の男の子とお揃いの指輪をつけることを想像したら苦しくて息ができなくなったから牽制のためにも指輪を買うことにした。さすがに薬指にじゃ、ないけど。
    「意外とあるねえ」
     ピンキーリング。小指につけるサイズのもので、右手の小指につければ幸運を引き寄せ、左手の小指につければ入ってきた幸運を引き止める。そんな効果があるらしい。
    「シンプルなのがいいな」
    「うん」
     そもそも何色? シルバーとゴールドはもちろん、ピンクゴールドのものもある。可愛い色だけど、ゆうは何が好きかな。
    「ねえ、二人で遊んでるの?」
     突然降ってきた知らない声。ぴったりと私にくっついてニヤニヤと見下してきた顔に当然見覚えはなかった。
    「……そう、です」
     なので邪魔しないでください、そんな空気を全力で出して顔を背ける。これナンパってやつ? こんなお店の中でしてくるなんて度胸のある人たちだな……。
    「俺らも二人なんだよね。ちょうどいいし四人で遊ばない? なんか買いたいのあるの?」
     これとかいいんじゃない、なんて勝手にオススメされて睨みそうになった。ぐっと拳を握って耐えたのは、五条さんに前怒られたからだ。おまえが思ってるより男は力強いし、おまえは弱いよ。だから逆撫でするようなことは絶対すんな。その教えを律儀に守ってただ黙る。
     ちらりと店内を見渡しても私たちに気付いてる人なんていなかった。みんな目の前のアクセサリーに夢中だし、レジも数人並んでいて忙しそう。ここは一旦引いて出直せば良い。そう思ってゆうに顔を向ければ「あはっ」と太陽みたいに笑う彼女がいた。
    「ごめんなさい、今日は独り占めしたいので!」
     ぐっと私の腕を掴んで抱きついてくる。街中のカップルがよくしている、男性の腕に抱きつく彼女みたいな、そんな仕草をしてゆうは目を細めた。
    「は……え、え?」
    「あ~~~ハイハイ、オッケー」
    「あ~~~そういう感じね、オッケー」
     混乱する私をよそに男の人たちがグッと親指を立てて背中を向けた。
    「ぁ、う、あ」
     待って、本当に待って。ゆうってこんなに胸……うわ、いやいや、私にもあるでしょう。でも、えっ、こんな、こんなに柔らかいもの? もしかしてノーブラとか言わないよね。それなら真剣に怒るけど。
    「良かった~優しい人たちで! ね、ね、どれがいい? あんまり派手なの好きじゃないよね。あと七海は肌が白いからなんでも似合いそうだよね!」
    「あ、う、うん?」
    「七海の柔らかい雰囲気にはこれが似合うと思うんだ~」
     自分の誕生日なんだから自分のこと考えなさい、なんて言えずにドキドキした心臓を必死に落ち着かせる。そのままの流れで私の腕をぎゅっと抱きしめたまま指輪を選び出したから動揺して片言の返事しか口に出せない。そんな私に気付いているのかいないのか、結局ゆうは少しウェーブがかった指輪を手に取った。そうして私の小指にはめて「どう?」なんて聞いてくる。
    「か、可愛い」
    「ね! これ可愛い! 僕シルバーにしよっかな。同じ色がいいかな~?」
    「お、同じ! 同じにしよう!」
     シルバーリングつけるゆうも好きだけど、なんとなくお揃いがいい。デザインだけじゃなくて色味もお揃いがいい。
     僕ピンクゴールド似合うかな。ちょっと不安そうなゆうを放ってそそくさとレジに向かう。大丈夫、だって貴女イエベだから似合うはず。そんなことをレジに並びながら伝えても「伊江部ってだれ?」と首を傾げられるだけだった。

     お昼はゆうが言った通りパン食べ放題のパスタ屋さんに入って、二人で全種類食べた。美味しかった。指輪は買ったときに「つけて行きますか?」って店員さんが声を掛けてくれたから二人でお揃いのものをつけている。やっぱり可愛くて目に入るたびに心臓がむずむずした。
     ゆうに独り占めしたいなんて言われて、お揃いのノンホールピアスとワンピースを着て、またお揃いの指輪を買う。こんなに幸せで楽しい日がずっと続けばいいのに。そんな我儘を願ったから、こんなことになったんでしょうか、神様。
    「エ~超綺麗。友達と二人で来たって? 今トイレなん? 戻ってきたらさ、俺らとカラオケ行かない?」
    「……行きません」
    「え~行こうよ~!」
     ああなんたる失態。フードコートのソファー席に座って平和にお茶していたはずだったのに、ゆうがトイレに立った瞬間これだ。
     さっきの男の人たちと比べて品がない。威圧感もあって声が大きい。チャラチャラしたアクセサリー、どうにかならないの? なんでショッピングモール来ておいてカラオケ行こうって言うの? 最初からカラオケ行けば?
     馴れ馴れしく私の隣に座った男が顔を近づけて来る。男の人の顔の良し悪しなんて分からないけど、五条さんと夏油さんに比べたらアリにしか見えない。
     さっきまでゆうが座っていた場所にはもう一人の男性が我が物顔で陣取っている。ウザい。
    「もしかして彼氏いる系? いや大丈夫だよ、ちょっと遊ぶだけじゃん」
    「変なことしないって」
    「今日は彼氏と来てないんでしょ? ちょうどいいじゃ~ん。まあ一緒に来てても攫いたいぐらい可愛いからな~!」
    「ねえ、名前なんていうの?」
     誰が言うかカス。勝手に会話進めてるのなに? 日本語喋れないワケ?
     そんなこと言おうものなら五条さんだけでなく夏油さんにも「煽るようなことをするな」と怒られるので何も言わない。すみません、と小さく謝って……謝って、なに?
     冷静になった頭で次の展開を考えてみる。このタイプの人たちはゆうの朗らかなスルー術にも動じないだろう。小さい頃から空手をやってたゆうだって私と同じ女で───無理に手を引っ張られたら反抗できないんじゃ。
    「あ……」
     どうしよう、逃げなきゃ。女子トイレに駆け込めばこっちの勝ちだし、ゆうとも合流できる。大人しく解放してくれるわけないけど、私が逃げなきゃゆうまで危ない。
     ぐっと手を握る。ゆうと一緒に買ったピンキーリングが小さく光った気がした。
    「あれ~? 誰ですか!?」
    「あ、えっ」
     無理矢理にでも押し除けようと思った瞬間、ゆうが帰ってきた。両手にクレープを持った姿はどこから見てもフードコートを満喫しているもので気が抜ける。
    「ア~……お友達? なんかタイプ違うね」
    「こっち座りなよ。そんでさ、クレープ食べ終わったらカラオケ行かない?」
     ぱちぱちと瞬きをしたゆうが私を見る。そっと顔を横に振って「早くここから離れよう」と目で訴えた。
    「ん~カラオケかあ」
     てっきり断ると思ったのにゆうが悩み始める。立ったまま宙を見つめる姿に、とりあえず俺の隣座ってよ、と私の真向かいに座る男が口を開いた。隣に座ってよだって? アナタみたいな下品な男の隣にゆうが座ると思ったわけ?
    「ね、四人で行こうよ四人で。彼氏いるの? ちょっと遊ぶぐらいならいいっしょ?」
    「彼氏はいないですけど……」
    「じゃあいいじゃん? 決まりな?」
    「先輩がいます」
     突然出てきた「先輩」というワードに時が止まる。ナンパの躱し方なんて知らないけど、予定があるので、とか、彼氏がいるので、とか、そういう嘘をつくものなんじゃないのかな。先輩がいます、って、それお断り文章として正しいのゆう。
    「先輩ってなに? え? あ、女の子の先輩? 俺らは人数増えても平気よ?」
    「へえ……君が私の後輩に手出した奴?」
    「アッ」
     男の人たちが短い悲鳴をあげる。ぬっとゆうの隣から現れて影を落としたのは蛇のような目をした夏油さんだった。

     いちごチーズケーキのクレープをはむはむと食べながら夏油さんのお小言を聞き流す。私の真向かいにはトッピングを乗せたクレープを楽しむ五条さんもいて、結局いつもの四人になった。
    「なんでお二人はここに?」
    「悟が庶民の買い物を見たいって言うからね」
    「言ってねーけど?」
     ちらちらと女性からの視線を感じる。顔のいい男は何をしても許されるらしい。クレープを貪り食っている様はどことなく可愛らしかった。
    「にしてもお揃いの服着て買い物なんて、随分仲が良いね。ゆうの誕生日プレゼントは買えた?」
    「はい! 指輪買いました!」
    「なんでもお揃いにするね」
     チョコバナナのクレープを文字通りぺろりと平らげたゆうが笑う。トイレから戻ってクレープに目を惹かれたところで二人に声を掛けられたらしい。なんてベストタイミング。
    「またナンパされちゃ困るでしょ、家まで送るよ」
    「え、ありがとうございます!」
    「明日米持っておまえん家行っていい?」
    「やったあ! ありがとうございます!!」
     米持った美丈夫がゆうの家に来るのを想像してなんとも言えない気持ちになる。五条さんって、こういうときは配達じゃなくて自分で持っていくんだよね。よく分からないけど、五条さんなりのものさしで測った〝常識〟があるのだと思う。
     ───二人のことは、好きだ。変な意味じゃなくて、さっきの男の人たちとか、クラスメイトの男の子とか、お父さんに抱くような嫌悪感が湧いてこないから。だからいつも甘えてしまう。
    「七海の最寄駅はどこだっけ?」
     五条さんが食べたクレープのゴミを手のひらでがさりと取って夏油さんが立ち上がる。そこまで着いて来なくていいです、と言おうとした口からは、家の近くの駅名が零れ落ちた。


    『七海ちゃん、今日ゆうと買い物してた?
     五条先輩と夏油先輩といたよね!? もしかしてダブルデート?』
     クラスの中でも比較的仲良しな子からのメッセージにドキンと心臓が跳ねた。
     あの有名な二人のどちらかと付き合ってる。そんな噂を流されたら敵が何人になるか分からない……そんな恐怖と、私とゆうがデートして、先輩たちもデートで、だからそういう意味でのダブルデートだったら、って考えたらドキドキしてきてしまった。
    『今日はゆうと買い物行ったよ。ゆうの誕生日だったから。先輩たちとは偶然』
     うーん、言い訳してる文章のようにも見える。でも仕方ない、だって本当のことだもん。
     夜でも空調が必要なぐらい暑い。この熱帯夜はいつまで続くのかなって嫌になるけど、気付いたらきっと秋だし、その頃には学校も始まってる。ああ、ゆうと花火しようって約束したのいつだっけ。ごろんとベッドに横になって、夏休みの予定ほとんどゆうと過ごすイベントだと思うと笑っちゃう。同じ大学行けたらいいな……そのためにも勉強疎かにするわけにはいかないな……。
     うとうとしてきた耳にバイブ音が届く。あの子からの返信だと思って気怠げにスマートフォンに手を伸ばした。
    『そうなの? てっきり付き合ってるのかと思ってた〜。ゆうめっちゃボディタッチしてたよね』
     は? 誰に?
     思わず低い声が出そうになって思い出す。フードコート出たあたりで夏油さんが何か話しかけてたな。周りがうるさくて聞こえなかったけど、耳打ちされたゆうが嬉しそうに笑って夏油さんの腕をバンバン叩いてた……そう、叩いてた。楽しすぎて、笑いすぎて、興奮したときみたいに、たぶん無意識に。
     そういえば夏油さんも笑っていた気がする。
    『そうかも?』
     なんて適当な返事をして電源を落とす。もやもや、ざわざわしたものが胸を覆って息苦しくなった。
     もしかして私が知らないだけで、ゆうは夏油さんのことが好きなのかもしれない。そんな考えたくもない説が浮上して頭が痛くなる。
     いつから? いやいや、そんなわけないでしょ? 本当に? ゆうのこと全部知った気になってるだけじゃない? あんな女の敵みたいな男好きになるわけないでしょ? でも夏油さんゆうには優しいよね? そもそも夏油さんは五条さんのことが───
     本当に?
    「…………ぇ……」
     本人から聞いたっけ。私が勘違いしてるだけかもしれない。もしかして本当は、夏油さんもゆうもちゃんと男女らしい気持ちを抱えて、でも私と五条さんに気を遣ってなにも言わないのかも。なんなら付き合ってるのかも。
     目の奥がズキズキする。急に寒気がしてきて、エアコンを止めた。
     夏の夜らしい、じっとりとした汗が滲んだ。


     大きめのトートバッグに一泊分の荷物を詰め込んで家を出る。うるさいお父さんはお母さんがなんとかしてくれた。
     暑い暑い日差しの中を日傘をさして歩く。ゆうの家は駅から近い方だけど、それでも熱気が身を包んだ。
    「七海ー!」
     駅を出たときに連絡したからか、ゆうが道路に出て私を迎える。ブンブンと大きく手を振る様が夏休み中の小学生みたいでつい笑った。
    「今日も暑いね! ごめんね今日急に」
    「いいよ、元々遊びに来る予定だったでしょ」
    「……お父さんよく許したね」
    「お母さんが、まあ、なんとか」
     今日親いないから泊まりにきてもいいよ、なんて突然言われて返答に困ったのが今朝のこと。一緒に勉強して、五条さん(米)を受け取って、夕方帰ろうと思っていたのに。私としては一日中一緒にいられるから嬉しいことに変わりないんだけど。
     当然苦い顔をしたお父さんにピシャリと一言叩きつけたのはお母さん。もう十八歳の娘にあれこれ制限しないで、って鋭く言い放ったもんだから私もお父さんと一緒に目を丸くした。普段怒鳴るようなこと絶対しない人だから。
     でもそうだった。お母さんって、そういう人だった。いつもは柔らかい雰囲気なのに大事なところでしゃんとして真っ直ぐ立つ姿が好きだった。私が泣いてるとき、「大丈夫だよ」ってぎゅっと抱き締めて守ってくれるところが好きだった。
    「───……」
     誰から守ってもらってたんだっけ?
    「ね! 七海! お昼そうめんでいい!? 美味しそうなレシピ見つけてさ! 夜はさあ、なんか一緒に作ろ!」
    「あっ、う、うん」
    「この時期ナス美味しいよね!」
    「ナス?」
     ぼんやりした記憶の波が引いていく。蝉の声がまた耳に響き出して暑い夏が私を覆った。
     ひょいとトートバッグを奪い取ったゆうが玄関を開ける。お邪魔します、と声をかけてからローヒールのサンダルを脱いだ。
    「まぁまぁ、とりあえず冷たいジュースでも」
    「アイスティーがいい」
    「え!? も〜!」
     ちょっとワガママを言っても怒らない。ゆうは本当にいつも優しくて、心が広い。仕方ないなあ、なんてお姉さんぶって私のお世話をしてくれるからいつまで経っても私は子どものままなのだ。それでも彼女に甘えていたいし、これからも甘やかされていきたい。ゆうの仲良しは私だけでいたい。
     ───もしかしてダブルデート?
     昨日読んだメッセージが、なぜか友人の声で再生される。頭に響いたその言葉にずくんと胸が重くなって、氷の入った綺麗なアイスティーが遠い世界のものに見えた。
    「そうだ、夏油さんと五条さん、お昼前に来るみたい」
     だからゆうの口からその名前が溢れ落ちた時、私の中の糸がプツンと切れた。多分、理性の糸。
    「ゆうって夏油さんのこと好きだよね」
    「んっ?」
     冷蔵庫にジュースをしまったゆうが振り返る。コップに注がれた真っ白い液体に口をつけて首を軽く傾げた。
    「まあ、大人びててかっこいいよね夏油さん」
    「…………」
    「でも五条さんも意外と優しいところあるし、話してて面白いよ」
    「……そうなんだ」
    「七海だって好きでしょ?」
     先輩たちのこと。
     そう聞かれて、はたと考えが止まる。誕生日の翌日、リップを渡してにっこり笑う夏油さんと、ショッパーに囲まれて得意げに笑う五条さんが頭に浮かんだ。
     好きか嫌いかと言われれば、好き、だと思う。お父さんにもクラスメイトの男の子たちにも抱かない、安心感が確実にあるから。でも私が聞いている〝好き〟ってそういう意味じゃないんだよ。
    「人としてはね」
    「どういう意味?」
    「だから、その、恋愛的な意味じゃないってこと」
    「えっ? 恋愛的な意味で好きな人いるの!?」
     目を丸くしたゆうが身を乗り出す。ずいっと顔を近付けられて心臓が跳ねた。
     意外と睫毛長い。目、おっきい。リップ塗ってないだろうに唇は荒れてないし、ふわっと揺れた髪さえ可愛い。香水の香りもヘアオイルの匂いもしないけどなんだかお日様みたいな匂いがする。
     恋愛的な意味。ライクじゃなくてラブかって話だ。ゆうのことはもちろん好きだけど、誰にも取られたくないって思うけど、これ、そういう意味? 分かんない。だって経験がない。
    「ん〜好きだけど」
    「え、い、いるの、そういう人」
    「う〜ん、好きだよ。好きだけど、そういう意味……なのかなぁ」
    「い、いるの!? いることは確定なの!?」
     わたわた慌てるゆうに首を捻ってみる。自分のほっぺに手を当てて考えてみたけど、そもそも友達と恋人の違いも分かんない。
    「も、もしかして、夏油さん?」
    「いやだから夏油さんも五条さんもそういう目で見てないって」
    「そ、そっか」
    「私が夏油さんのこと好きだったら、嫌?」
    「え、や、やだよ……。あ、いや、七海が好きなら応援するけど!」
    「やなんだ。なんで?」
    「え!? だ、だって」
     だって? オウム返しでゆうの目を覗き込む。
     むぐっと口を閉じたゆうが、追い詰められた犯人みたく焦った顔をした。
    「だって、だって……七海が取られちゃうの、やだよ」
     普段の大きい声からは想像できない小さな声にトクンと胸が鳴る。自分だけしか抱いていないと思っていた独占欲がゆうからも滲み出ていて、ああもしかしてゆうもずっとそう思っていたのかなってじわじわ悦びが湧き起こってきた。
    「ほんと?」
    「う、うん」
    「私も。一緒」
    「へ……え、ほんと?」
    「うん」
     ほんとにほんと?
     ほんとにほんと。
     何度もほんとって確かめて、二人で頷きあう。
    「さっきの好きな人いるっていうのは……?」
    「あれはゆうのこと」
    「えぇ!?」
    「でも、分かんない。ゆうのこと取られたくないけど、これ、恋愛感情なのかな」
     本人に相談してどうするのって感じだけど、分からないことは聞くしかない。ほっぺがちょっと赤くなったゆうが「ん〜」と難しい顔をした。
    「僕そういうの深く考えたりしないから分かんないけど、僕も七海もお互い誰にも取られたくないって思ってるなら、今はそれだけでいいんじゃないかな」
     照れくさそうに笑って、ねっ、って同意を求めてくる。ゆうにそう言われたら「そうだね」と頷くしかなかった。恋は盲目ってよくいうけど、私は割とゆうの考えが好きだ。私自身いろいろ考えすぎちゃうところがあるから、ゆうのこういう明確な答えを求めない緩さがすっと心に入ってくる。そうして「ゆうがそう言うならいいや」って気を楽にできる。
    「同じ大学、行こうね」
     そう言うなら今すぐにでも勉強しろって感じだけど。今はもう少し、ゆうと二人でゆっくりしたかった。
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