ゾアうさと恭理お兄さん「ぴょぴょ!」
「わぁ!なになに?…ウサミミの男の子?」
「ぴょーん!」
「迷子かな?お母さんとかお父さんは?」
「ぴょ!」
「うーん…話が通じてる気がしないなー」
俺は恭理。大学生。いつも通り帰路を変わりなく歩いていたんだけど、突然目の前に跳んできたウサミミの付いた前髪で顔の隠れた男の子に話し掛け…うーん…絡まれた?んだ。
「ぴょ!ぴょぴょぴょん!」
「喋れないのかな…。こんな時期に半袖なんて寒いよ?マフラーだけじゃ駄目。上着貸すよ?」
「ぴょ!」
「あ!今のは分かった。いらない、ね。言葉は分かってるみたい」
変わった男の子。…何故か会った事がある様な気がしたり、この子を尊敬してたりする気持ちが湧いてくる。不思議。こんなにインパクト強いなら絶対に覚えてる筈なのに。
「俺に何か用…なのかな?」
「ぴょーん!」
「更に元気になった。そうなんだ。え?俺の事知ってるの?」
「ぴょぴょぴょ」
「悪い顔してる…筈。見えなくても声色違うから分かるよ。…会った事ある?」
「ぴょー」
「意地悪してるね?ちょっと待ってね思い出すから」
俺は腕を組んで目を瞑る。やはり思い当たりはない。だって俺は平凡で何もない穏やかな退屈さえも感じる程の日常しか送っていないんだから。
「ゴメンね。俺は君の事知らないや」
「ぴょぴょ」
「うー…からかわれてる気がする。」
俺の反応が面白いのか男の子はずっと笑っている。歯がギザギザで兎にしては可愛げがない。本当に変な子。…もしかして兎のヒーローとか流行ってるのかな?マフラーがヒーローっぽいし。疎いからからかわれてたり?うーん。考えれば考える程ドツボに嵌まっていっている気がする。
「あ、そうそう。俺に用があるんだよね?何?」
男の子は頷くと俺の手を掴んで走り始めた。
「ちょ、ちょっと!ねぇ!どこ行くの!?ねぇ!」
男の子は答える事なく疾走する。かなりの走力で手を放されたらきっと付いていけない。それは嫌だと思って少し強く握り返してされるがままヘタれない様に走る。何回路地を曲がったのか分からないしどれだけ走ったのかも分からない。男の子が立ち止まった時には息が上がってろくに呼吸も出来ず口から鉄の味がした。
「ハァ…ハァ…ハァ…ゲホッ…ここ…どこ」
「にひぃ、不思議の国」
俺は呆然としてしまった。喋れたのかというのと驚きと不思議の国という日常とはかけ離れた単語。訳が分からなかった。何から口にすればいい?取り敢えず落ち着く為に辺りを見渡した。先の見えない真っ暗なトンネルの前。周囲は森に近い林でしんと静まり返っている。
「はぁ…?」
言葉を吐き出そうにも溜め息しか出てこない。
「ぴょぴょんぴょ。恭理は"分からない"世界で生きてるからね。いや、分からせない様にしてるかなぁー。ぴょぴょ」
「訳が分からない…よ」
「純粋な君でいてだぴょん」
再び手を掴まれてトンネルへと連れていかれる。闇。光が飲まれる程の闇しか広がっていなかったけど恐怖は感じなかった。暫く歩くと視界が真っ白になった。まばゆさで目が開けられない。
「そろそろ着くよん。目を開けてぴょん」
声の言う通りにするとそこには不思議の国のイメージ通りだけども全てが年季が入ってくすんでいる古寂れた世界に来た。まあ、夢とか言ってないから嘘ではないと思うけど少しガッカリした気分と物寂しさが心を支配した。
「こんな…あ…えっと…。ここに俺を連れてきて何がしたいの?」
「話ぴょん。座るといいぴょーん」
すぐ近くにあったペンキの剥がれたベンチに腰掛ける。座った事で疲労がどっと押し寄せてきた。意識が遠退きそうになった所で男の子が俺の膝に座ってきた。重さで意識が戻る。
「重い…」
「しっつれいな男だぴょーん!俺はリンゴ何とか分だぴょん」
「嘘つき…そんな重さじゃないよ…」
俺に兄弟はいないから具体的には分からないけどこの年頃の男の子らしいしっかりとした体重が乗っている。疲労と相まって動けない。
「じゃあ、最初は質問するぴょん。 恭理、蛇は好き?」
「別に嫌いでも好きでもないけど」
「そう。ならいいぴょーん。次、昼間眠くない?」
「ないよ。健康そのもの」
「ぴょんぴょん。次、鉄の匂いで吐きそうになった事は?」
「うーん?ないよ。鉄の匂い?どういう?」
「無垢でいてぴょーん」
「…何が言いたいの?」
「さぁてね。深い意味はないぴょん。子供の好奇心だぴょん」
「…。」
空気感が変わった気がする。ふわふわした掴みがたい空気からふざけていながらも心臓を掴まれた様な苦しい空気。物理的にも重くて苦しいけどそういうのじゃない。
「お前と話すのは初めてだけどよく分かったぴょんぴょん」
「一人で納得しないでよ。説明して」
「嫌だぴょぴょ」
「むぅ」
嘲笑われている。でも、湧いてくるのは怒りではなく悲しみ。何でだろう。
「君って何なの?」
「ウサギさんだぴょん」
「そういうのを聞きたい訳じ…」
「知ってるぴょーん。だからこそ嘲笑うんだぴょん」
言葉を遮られる。大きく開かれた口はとても意地悪く。ギザギザの歯は凶悪で食い千切られそうな恐ろしさを感じる。前髪で見えない目は何を考えているのか分からない。脳内に声がする。俺はその声を言葉として吐き出した。
「『何がしたいのか理解に苦しむね』」
「深入りしないスタンスでやってるぴょんよ。忘れたぴょんか?悲しいぴょーん」
「『食えない男だね。ゾア師匠らしきお子様』」
「抑えるぴょんよー恭理。じゃないと"恭理"と呼べなくなるぴょーん」
「『意地が悪いね』」
そこで声が消える。俺が二重になった気がしたけれども頭が痛くてそれどころじゃない。俺は…恭理だよね?何思ってるの?あれ?
「ぴょんぴょん。大丈夫かぴょん?」
「頭が痛いけど平気」
「ふふふん。更に理解が深まったぴょん」
「また一人で納得してる」
「チェシャ猫風味のウサギさんだからだぴょん」
「あー…成る程。言い得て妙かも。そこは納得した。俺はアリスじゃないけど」
「お前みたいなアリスは入場拒否だぴょん」
「酷い言い様。何もしてないのに」
「お前は何もしてないぴょんね。お前は」
「は?」
「ぴょーん。ぴょんぴょぴょん」
「誤魔化さないでよ」
「そうねー。俺から言えるのは狡猾な蛇だぴょんなーぐらいぴょん」
「輪をかけて意味が分からないよ」
「知らなくていいぴょん」
自然と眉間に皺が寄って男の子を睨んでいた。静かな怒りがふつふつと湧いてくる。
「ぴょんぴょん。怖いぴょーん。食べないでぴょん」
「…何だか疲れちゃった。ゴメンね」
「じゃあ、俺も謝るぴょん。からかい過ぎたぴょんよ。ゴメンぴょ。恭理」
「はぁ…」
そこで俺の意識は途絶えた。
―
目が覚めると家の近くの公園のベンチで斜陽に照らされていた。男の子はいない。夢だったのかもしれないけども無駄にリアリティがあったし身体が疲れきっている。固いベンチで寝ていたせいで更に身体が痛い。
「帰ろう。それが最善だよね」
俺はそう呟いて立ち上がり公園を後にした。