恭理の夜「こんばんは」
挨拶をして入るやいなや、訝しげに俺の側を彷徨く濃いピンクのツインテール黒キャスケット黒眼帯ガールことネニィーク。それを窓を背にした、いわゆる事務所の所長机から眺めているだけで何も言わないメカクレミステリアス男のリムニゾア。ギザ歯がニンマリと笑う口から見えている。
「ゾア師匠。何とかしてくれないかな」
「やぁだ。本人から聞いたらいいじゃなぁい?ね、ネニィークたん」
「次にたん付けしたらミンチにしてやるからなちゃらんぽらん前髪。この男からメスの匂いがする。恭理の癖に生意気だ」
何それと思うが流石の観察眼というか嗅覚というか。少し煽ってみる。
「何?嫉妬?好きなの?俺の事」
イカれてんのかこのナルシストキモ男とでも言いたげな蔑んだ目でネニィークは見てくる。
「あらぁ、かわゆ☆甘酸っぱい。きゃー!」
「はしゃぐな!クソ前髪!丸刈りにすんぞ!」
「それは困るからやめてねウィンク☆」
「見えねぇよカス」
いつものやり取りでネニィークの関心がゾア師匠に移った所で距離をとって事務所のソファーに座る。
「成人してるだんすぃはいずれ女の子とキャッキャウフフフのフをするものだよん」
「お前は童貞の癖に?」
ネニィークはゲタゲタと下品に笑う。下ネタ好きな子だったかな?そういう時期なのかもね。十四歳位だったかな。もうちょい上だったかな。いや、下かも。思春期なのは間違いないけど年齢知らないんだよね。
「俺は無機物に発情する癖でね…フフフッ…このライフルたんをスリスリしてると…あんっ♥️」
「きっっっっっっ!」
あまりにも気持ち悪いゾア師匠の行動に罵詈雑言すら吐けずに俺の後ろに隠れてくる。それ演技だよ。流石に。気持ち悪い事には変わりないし、成人男性のそういう声は俺でも引く。
「ゾア師匠。刺激が強いよ。教育に宜しくない。俺の精神衛生にも宜しくない」
「ハァハァ、可愛いね…ライフルたん…♥️」
「殺せ!殺して!恭理!金やるから!依頼!」
まるで害虫駆除依頼の様な言い草。無理だよ。この人、俺より強いし。死ぬビジョンが見えない。どうしたら死ぬんだろうね?この人。
「ジョーク☆流石に致しませんよん。うーん、そうだねん。興味ない?って感じぃ」
「キモいわ!キモキモキモキモっ!!!!!」
ロッカーから金属バットを取り出して、ゾア師匠に振りかぶる。ゾア師匠はというとそれを微塵も怯む事なく片手で掴んでいた。
「おっと、スイカ割りの時期はもうちょい先かなぁー。俺はスイカじゃないけどねん」
飄々とした態度とは裏腹に圧倒的な力で掴まれているのか渾身の力を入れてバットを取り返そうと引っ張ったり、上下に振ったりしているネニィークだが暫くすると嫌気が差したのか手放して、ソファーにドカッと座った。
「ウザァ…死ねばいいのに…」
「お子ちゃまの力で成人男性に勝てる訳なぁい。まぁ、普通の男なら頭かち割られてたけど。ネニィークは強いからねぇ」
「ウザ…」
そもそも深夜二時に集まっている俺達は何者なのか。簡単に言えば何でも屋。汚れ仕事もいとわないけど性的なのは娼館にでも行ってくれというもの。それは流石に受けたくないね。未成年もいるし。何でもじゃないじゃない?分かりやすい名称なだけ。ゾア師匠がやけに銃火器集めてるけど殺し専門という訳でもないし。昨日は子猫探してた位には幅広くやってる。
「ゾア師匠、今日の仕事は?」
「要人警護。要人と書いてマフィアのボスと読みまぁす☆」
「はぁ、またそんなの?裏社会のダニなんて勝手に死ねばいい」
「ネニィークちゃあん。俺達も表の人間からしたらダニでーす」
「ケッ!」
「まさか重要なポジション任されたりしてないよね」
「ないない。傭兵よりお安い何でも屋。数にしてるだけだよん。マフィアって警護にまで外面気にするのねん。俺だったら少数精鋭で固めるけど」
ゾア師匠が口を大きく開けて笑う。
「数揃えると裏切り者が入りやすくてねぇ。死にやすくなるのご存知なぁいのかしら」
「まるで属してた様な口ぶりで」
「いやん、あんなガチガチ実力世界に俺がいられる訳ないじゃないの。上も下もしばき倒さないと舐められるのよん☆面倒くさーい。平和主義者の俺にはそんな事出来ないわよん」
「平和主義者ぁ?寝言は寝て言え」
ネニィークがゾア師匠を鋭く睨みつける。
「あれぇ?俺が素行不良者にでも見える?ネニィークっちたら意地悪ちゃんちゃん」
「…ぶち殺してぇ」
呆れ返り顔を覆うネニィーク。本当に読めない上に食えないんだよねこの人。
「さぁ、雑談を楽しむのはここまで。お仕事行くよーん」
「はいはい」
「ちーがーうー、もっと真剣になるのだー」
「テメェが真剣になれや。クソ前髪」
馴れ合いを見ながら、ゾア師匠が素知らぬ顔で投げてきたタブレット端末を操作する。本当にオマケみたいな場所に配属されてる。この組織は無駄金を使える程に裕福らしい。タブレット端末をリュックにしまってから、手持ちの仕事用スマホでマフィアの情報を調べる。女衒から薬物販売…へぇ、人身売買に臓器売買。多額の賄賂で警察と仲良し。これはこれは。それはそれは肥えた豚だ。と、笑みを浮かべる。実際に太ったちょび髭の中年男。豚呼びしてもバチは当たらないさ。
―
「位置についたかなー?」
「ついた」
此方も準備万端と返答する。
「双眼鏡で辺りを見るだけのお仕事。言っておくけど戦闘始まっても出ていっちゃ駄目よ」
「業務と矛盾してんだろ」
「ああいうのは面子なの。助太刀したら邪魔しやがってって文句不平不満の嵐でぇす。嫌でしょーそんなの」
「本当にお飾りかよ…」
「組織の人間が全滅したら不届き者をコロコロしようね。ネニィーク殿はいつも通りね」
「はん!誰か殺しなんてするか!腐ったマフィアも刺客も両方死ね!」
殺しを良しとしないネニィークが何故、何でも屋(ここ)にいるのか。それは祓いという特殊能力持ちだから。魔物や悪霊の類はネニィーク専門。欠けてもらっては困る人員。それに対人でも体調不良にさせる札などでサポートしてくれる頼りになる強い娘。前までは対人札すら使う以前に作るのを嫌がって近接の不意打ち要員としてかつそれがまかり通らないのならば警棒持って殴り込んでた武闘派という凄い娘。個人的には武力よりもメンタルお化けでよく驚かされる。
「おー。派手にドンパチパチ!やれやれー!共倒れしろー!」
「やる気あんのか?」
「両方死ねって言ってたネニィークぴゃんに言われたくないかなぁ」
「チッ!」
ここまで銃声が聞こえてくる。爆発音が聞こえた位置に双眼鏡を向けるが下っ端の死体が転がっているだけだ。視野を広げるとまだ、下っ端達はまばらに残っている。出番はまだ遠いとたかをくくっていると背後から気配がする。
「恭理ー」
言われなくてもと振り返った勢いで太刀を抜いて斬る。あまりにも早い太刀捌きに死を認識出来ずに袈裟斬りにされ驚いたままの顔で倒れる武装した戦闘員がいた。ぞろぞろと屋上に集まる戦闘員。装備が明らかにマフィアを襲う様なものではなく、軍の特殊部隊に近しい格好をしている。
「何、コイツら?資料に載ってなかったぞ。ちゃらんぽらん」
ゾア師匠は振り向かず、双眼鏡を覗いている。
「不測か仕組まれたか。分かんなーい。だからこそ冷静に俺は監視業務続けるから。頑張れー☆」
「カス!」
ネニィークは札を構える。俺は手頃な奴から斬り伏せていく。太刀持ちとは思えない身軽さに驚いている奴らを斬る。武装の割に素人の動きで斬っていても面白みがない。向こうの攻撃がろくに飛んてこないのはネニィークの札による支援のお陰だ。
―
全員を斬り伏せた。あまりにも呆気ないと悪態をつく前に死体を漁って、所属を調べる。
「あん?コイツら要人(カスマフィア)の飼い犬共だぞ?」
「ははーん。面白いじゃぁん♥」
ゾア師匠は背負っていた縦長のケースから手慣れた手つきでスナイパーライフルを取り出すとどこかに向かって撃った。置いていた双眼鏡で目標を確認するとマフィアのボスの頭を撃ち抜いていた。
「一同に報告しまーす」
ゾア師匠が高らかに楽しげに宣言する。
「殲滅☆。一匹残らず殺せ。宣戦布告して来たのはそっち。売られた喧嘩は買いまーす」
「うっわ!最悪なんですけど」
俺はほくそ笑む。久々に楽しめる殺し。雑魚狩りだろうと殲滅戦は大好きだ。虐殺はいつだって楽しい。ネニィークの歪んだ顔さえも愉悦に変えて俺は屋上から飛び降りた。
「クソがっ!」
俺に続いてネニィークもキャスケットを押さえて飛び降りる。
「俺はここでいもいもするからねー。がんばー☆」
車の上に着地する前に受け身をとって勢いを殺す。一回転してから立ち上がり、銃を向けて来た下っ端を斬る。ネニィークは札を巨大化させて、トランポリンの様にして勢いを殺していた。無防備が続くネニィークを守る為に更に斬るスピードと突撃の勢いを早めて殺る前に殺っていく。
「最悪っ!最悪っ!」
札を投げナイフの様に投げていく。途中からヤケになったのか乱暴に投げつけ始めた。投石でもしているかの様なその姿は実に滑稽だがエイムは正確でどんどんと無力化されていく。数十分で制圧完了し、敵のマフィアに声を掛けられる。
「武器を納めたまえ」
「そっちが武装解除しろ!信じねえからなゴ…」
暴言を吐く口を手で塞いで、太刀を地面に置く。ネニィークの札も奪い取り、まとめてから地面に投げる。口を塞いでいない手を上げて敵対心はない事を見せる。
「リーダーの男はどこだ」
「要件を。承ります」
「チッ…停戦だ。此方はサビアファミリーのドン、ヴェナンツィオの死を確認出来ればそれでいい。裏はない!」
控えていた男が雑にスーツケースを投げてくる。
「金だ!それで退け!」
ネニィークを押さえながら、スーツケースを開ける。中にはざっと見した限り、一千万は入っている様だ。敵対組織のボスの命って安いね。それとも俺達が買い叩かれてるのか。どうでもいいけどね。インカムに通信が入る。
「退いてあげなー。ソイツらに用はありませんので」
ネニィークを解放して、スーツケースを持つように指示する。文句を言いたげな顔をしていたが黙ってスーツケースを持ち、駆けていった。俺は武器を全部回収してからそれを追い掛ける。
―
「ボス…アイツら」
「関わるな。奴らは…ヤバい」
交渉人の後ろにいた下っ端の格好をしたボスは葉巻を取り出しながら言う。すぐにライター持ちが駆け寄って、葉巻に火を点ける。
「ヴェナンツィオはどういう計画で?」
「腕利きの何でも屋を俺達に使われる前に潰そうという魂胆。掃除屋のアダムにはバレたが何でも屋のリムニゾアは…分かりきりながら受けた」
「なっ…!」
「対面した狙撃手(スナイパー)が見たそうだ…」
ハンカチを取り出して、冷や汗を拭く。
「『オタクらは死に急ぐのかな?』と書かれた紙を咥えつつ、二人いた狙撃手(スナイパー)の片方のスコープを的確に撃ち抜いたそうだ。…700メートル離れていたのにだぞ?しかも…」
震えた声で言う。
「スコープを覗く事なく、片手でだ」
その場の全員が黙り込む。
「奴らには関わるな。イカれた狙撃手(スナイパー)と妙な術を使う小娘、ほぼ身長と同じ長さの刀を振るう男…あんなのを相手にしてたら即全滅だ。行くぞ、こんな場所にいたくない」
黒の高級車がやって来てボスを乗せる。
―
「お疲れちゃーん☆大変だったね」
労うゾア師匠を無視して、上着とキャスケットを脱ぎ捨てたネニィーク。
「血!不快!シャワー!」
バン!という激しい勢いで浴室のドアを閉める。脱ぎ捨てられたキャスケットと黄色のスノーボードウェアには血がベッタリだ。
「返り血浴びた程度のネニィークちゃまより全身血まみれの恭理の方がシャワー浴びる権利あると思うけどねん」
「レディーファーストで」
「あら!恭理って紳士!やっぱりエッチなことしたんですね?男になってきたのね。キャッ」
そういえば、今日はネニィークにメスの匂いがすると絡まれた所から始まったなと思う。外は既に少し明るい。俺は機密事項でと口に指を立てた。
「ウフフフっ。立派になっちゃって♥」
満足げに口を大きく開けて、頬に手を当てて笑うゾア師匠。俺が本当に何をしたかは皆様の想像にお任せしましょう。そんなくだらない事はいいんだ。
「ゾア師匠。あの特殊部隊の正体知ってたでしょ」
「はてぇ?わざわざ死ぬ様な真似を?大切な仲間がいるのに?受けるの?俺の人望ナッシングでぴぇちゃん」
俺は詰める。
「受けた?危険だと知ってた様な発言だね」
「言葉の綾ってご存知ですかぁ?」
安いオマケ扱いされたのに?と詰めても笑うだけで答えない。
「これだけは信じてよぉ、意地悪な恭理たそ」
俺は首を傾げる。
「ネニィークお嬢と恭理の事は心から信用してるよん☆実力がない子はお断りー」
間を開けてから言葉を紡ぐ。
「悲しきかな人望ナッシングだからー。個々でも生きれる賢くて強い子しか俺には扱えないのん」
じゃあ、アンタはなんなんだと口にする前に答えられた。
「受け皿。都合の良いちゃらんぽらん☆恭理、訳ありなのは自分がよーく知ってるでしょん。こんなに便利なちゃらんぽらんはそうそういないよぉー」
図星を突かれて何も言えない。この人はこういう事をしてくるから油断も隙もない。
「薄汚い恭理!メスの匂いと血を落とせ!」
シャワーを浴びて、綺麗になったネニィーク。髪を下ろした姿と眼帯のない姿はレアだ。
「何をジロジロ見てんだよ。ロリコンかぁー?」
替えの服持ってたんだと思っただけと言うと返答が素早く返ってくる。
「寝泊まりしてる時もある。それにこんな仕事もあるんだ。隙を作るとでも?侮るなよ恭理の分際で」
相変わらずのこき下ろし。偉いですねと適当に褒めてから浴室に入る。後ろから嘆きの声が聞こえる。
「オキニをこの時間から手洗いとは…しんどい!先に寝てやる!」
意外と美意識高いんだなと俺はネニィークと色違いの白のスノーボードウェアを洗濯機に投げ込む。こんなもの洗濯機でいいだろうに。
―
「ネニィーク閣下、タオルケットをお持ちしました☆」
ちゃらんぽらんからタオルケットを受け取って被る。あー!恥ずかしい!野郎共の前だとしても崩れた格好見せるだなんて!
「思春期の乙女を脱がせてゴメンねー。お仕事だもの。行きたくなかった?」
アホ面キザ歯に問い掛けられるが一切答えずにクッションに顔を埋めて寝る。
「おやすみ、ネニィーク様」
どこまでもムカつく前髪男だとイライラしていたが疲れからいつの間にか意識を手放していた。
―
シャワーを浴び終わり、ゾア師匠に目配せしてネニィークが眠っている事を確認しているとゾア師匠からお揃いの緑のスノーボードウェアと迷彩柄のズボンを投げ渡される。
「恭理。魔法使いたかったら使ってもいいのよん。妖術使う娘がいるんだから驚きすらしないよーん」
要はネニィークの様子を伺いながら腰にタオル巻いただけの姿で出てくるのではなく、家から服を転送する魔法でも使えという意味だろう。
「魔法?よく分からないね」
「すっとぼけー。自由にして」
ゾア師匠の上着を着る。背丈は似通っている為、難なく着られた。ズボンも問題ない。
「洗濯しても落ちない硝煙の香りが…。直球に言おうかにゃ。血の香りがするでしょ。普段の業務量と見合わない血のフレグランス。おかしいねぇー」
顔に出してないのにバレた。本気でこの男はどこまで見抜いているのやら。それと同時に自身の手札を切る。やり手だ。
「明るくなったね。おネムちゃんが起きる頃かなー」
俺はまだ起きないよ、と答えた。
「大学はお休みだったっけか。あらー"恭理"は休みで寝る時間変える子なのねん。ちょびっと意外」
癖で太刀に手を伸ばすがその前に突っ込まれた。
「着たばっかりの俺の服なのに太刀背負ってるの?面白いねぇ。もしくは…」
含みのある間を設けてから口を開ける。
「召喚出来る。太刀使いの達人だもんねぇ」
大きく笑った口からキザ歯が光る。サメか?見えはしなくとも鋭い視線が向けられているのも察する。
「俺の名は?」
「恭理!」
即答されて手を下ろす。そうだろう?と首を傾げる動作がわざとらしい。
「恭理で"いて欲しい"の方がいいのかにゃあん?」
俺は何も答えない。
「そろそろ帰んなさいなー。お洗濯はしておくから。またね」
手を振られる。本当は痕跡を残したくないけども
ゾア師匠を信じて服を託した。事務所を背にする俺に呟くような声量の声が聞こえた。
「ご機嫌よう。曲神様」
サッと振り向くも扉は閉まっていた。もう一度入るのも躊躇われた為、真っ直ぐ帰った。そして、自宅の前で呟く。
「この服どこに隠そうかね」
自身の痕跡は消せても、ゾア師匠の存在が消せないと色んな意味で思った。