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    hiwanoura

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    hiwanoura

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    パティシエなタルタリヤと大学の先生な鍾離先生の話。これにてこの騒動は終結。収まるところに収まりました。

    ##パティシエパロ
    #鍾タル
    zhongchi

    パティシエなタルタリヤと大学の先生な鍾離先生の話⑤の3「先生、朝のあれは聞かなかったことにして!」

    店のドアを潜り、振り返った深海色の目がパチリ、と瞬いた次の瞬間。聞こえた声に咄嗟に「は、」という酷く間抜けな返事しか返せなかった。
    仕事を終え。いつもよりほんの少し早足で辿り着いた店は、薄暗い冬の夜の中でぽっかりと暖かな光を灯していた。硝子窓越しに店内に客が居ないことを確認して。そっと、開き慣れた扉へ手をかける。

    「いらっしゃいませー」
    「あぁ、こんばんは公子殿」

    いつも通りに迎えてくれた彼に、思わず口元が笑みを描く。一日で二度会えた事がなんとなく嬉しくて。早く、返事をしなければと急く心を落ち着かせ、こつん、と板張りの床を革靴で進んだ。

    「先生」

    いつも通りの呼び声。しかし、それが何故か僅かに緊張を含んでいるのに気がつく。そういえば。出迎えと共にいつもは向けてくれる満面の笑みはなかったな、と。普段の様子とは明らかに違う彼に、何かあったかと、声をかけようとした、その瞬間。聞こえたのが『今朝のあれ、聞かなかったことにして』である。

    「…なかったのことに」

    突然の言葉に驚き、数秒。理解するよう何度か頭の中で繰り返して。ようやっと飲み込めたそれを思わず呟くと、気まずけにウロウロと目をさ迷わせた彼が、うん…と常の彼からは考えられぬほど弱々しい声で頷き、伺うように俺を見た。

    「先生も迷惑でしょ…?」
    「迷惑…?」
    「うん、突然あんなこと言われて」

    いや、そんなことは断じてない、と。答える前に、だから聞かなかったことにして!と繰り返した彼に、返せたのは呆然としたこえだった。

    「…なかったことに、なるのか?」
    「え?」
    「共に暮らすのは、なしなのか?」

    どうにも彼の言葉を信じたくなくて。未練たらしいと分かりながらも、もう一度、重ねて問うてしまう。

    「共に暮らしたら、毎日公子殿の菓子が食べられるというのに」
    「いや、今も食べてるじゃん…」
    「公子殿が毎日でも食べたいと言った腌篤鮮もまた作れるというのに」
    「う゛…それは食べたい…」
    「なんなら、朝食も作ろう。公子殿はどうやら朝食を食べていないようだからな」
    「忙しい時だけだよ!食べる時も…たまにはあるし」
    「それでもやはり、聞かなかったことにしなくてはダメか?」

    じ、とその二つの青色を見つめる。どうにも情けない顔をしている自覚はあるが、今は外面を気にする余裕はなくて。公子殿…と、小さく呼ぶと、何故か彼は顔を覆い、なにそれ嘘でしょ…と小さく呻いた。

    「…先生、オレと一緒に暮らしたいの?」
    「あぁ、不束者だが、よろしく頼む、と言うつもりでここに来た」
    「ふつ…って、嫁じゃないんだから」
    「…だめか?」

    執拗いと分かりながらも眉を下げる俺に、公子殿は困ったように笑いながら、溜息を一つ。そうして、

    「もー、そんな顔しないでよ。先生がいいなら、いいよ」

    一緒に暮らそう、と、ようやっと頷いてくれたのだった。

    「あーあ、珍しく悩んだのに損した」
    「公子殿は何か悩んでいたのか?」
    「はは、なんでもないよ」

    すっかりいつも通りの様子に、あぁやはり、好ましい…と、ふと脳裏に浮かび、思わずピタリと動きを止める。好ましい?誰が?なにを…?と。己の思考だと言うのに理解ができず、首を傾げ目の前の公子殿を凝視していると、彼は視線に気がつくことも無く、徐によっこいせ、とガラスケースの上に何かの塊を取り出した。

    「じゃあ、これは一緒に食べようか」

    考え事しながら作ってたらでっかく作りすぎちゃった。
    そう、少し照れたようにはにかみ、包まれた表面を撫でる手に、さっきまで頭を占めていた疑問は消しとび、完全に興味はそちらに向く。

    「これは?」

    真っ白な表面の…例えるならばラグビーボールを半分に切ったような形の、それ。パンだろうか、フランスパンにしては丸いし、表面が白いな…そう、観察していると、くすくすという笑い声が耳に届く。

    「これはね、シュトーレン。ドイツのお菓子…というよりパンかな?十一月の半ば位に毎年仕込んでるんだ」
    「ほう」
    「お店に出すようじゃなくて、これは先生にもあげようと思ってた特別なやつ。中に前貰った栗で作った甘露煮が入ってるの」
    「あの、栗がか」
    「そ、」

    他にもナッツとかラム酒に漬けたドライフルーツとかいっぱい入ってんだよ。そう、ラップに包まれた滑らかな表面を撫でる手は、まるで我が子に触れるように優しい。

    「まるで宝石箱なようだな」
    「あはは。そうかも!まぁこの宝石箱、食べ頃は二週間後なんだけどね」
    「なん…だと?」

    すぐには食べられないのか…。思わぬ落とし穴に、肩から力が抜ける。まさに目の前のご馳走をお預けされた状況に眉を下げると、「そんな残念な顔しないの」と、伸びてきた指が眉間を突いた。

    「楽しみは取っておくものだよ。二週間たったら一緒に食べよう」

    スリスリと眉の間を撫でて。すぐに離れてしまった指がなんだか寂しくて、もう少し触れていてくれてもいいだが…むしろ、さっきそのシュトーレンとやらを撫でていたように、撫でて欲しい、なんて。一瞬過った欲は、しかし二週間後に一緒に食べようと彼が笑いながら言った約束の方に意識が向き霧散する。二週間後、ならばこちらに居を移せるだろう。ならば、

    「同棲記念に食べられるな」

    楽しみだ、と。頷きながら言うと、ゲフンゲフンと咳き込んだ公子殿が、いやいやいや、と声をあげた。

    「ど、どどど同棲じゃなくて!ルームシェアね!!」

    そう叫んだ声が狭い店内に響く。どうやら、楽しい二人暮しになりそうだ。

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