運命の人 私の名はジョン・ワトソン、36歳の医者だ。
自分で言うのもなんだが容姿はかなり良い方の部類で、人生でモテなかった瞬間はない(私に惚れない女などいないに違いないのでは?とさえ思ってしまう)。
物心ついた時から常に女性がそばにいたし、一人の女性と別れてから次の女性と付き合うまでの日数は数日間しかなかった。常に"恋人いない歴数日"であった。
そんな私なのになぜか──どの女性とも長続きしなかった。と、いうよりこれはもはや巡り合わせの問題なのかもしれない。
これまで様々な女性と出逢い、もしくは紹介を受けてそれぞれと楽しいひとときを過ごしてきたものの、困った事にすぐに違和感を感じてしまうのだ。一度違う、と悟ってしまうとすぐに冷めて飽きてしまうのだ。最低か?と思うがどういうわけか私のところへ寄ってくるのは従順で大人しい女性ばかりで、初めのうちこそ楽しいものの、すぐにマンネリを感じてしまって退屈になるのが毎度お決まりのパターンだった。
聡明で美しい女性達に飽きてしまうなど、とんでもない話だ。
そこで私は気が付いた。そもそも私という人間は自分から出会いを求めて動いたことがなかったということに。向こうから言い寄られるばかりでは駄目だ。たまには自らすすんで行かねばならない。人生は航海だぞ、進んだ先にこそ出会いがあるのかも。そうだ、私に欠けているのは冒険心と刺激に違いない!そう思ったら行動は早かった。
すぐにマッチングアプリというものに登録し(人生で初めての経験だ!)、そこで何度かやり取りを交わした女性と今日、初めて会うことになった。
恋人がいない期間の非番の日は朝からカジノに入り浸って夜まで酒を飲むのが好きだったが、今日は酒もギャンブルもお預けだ。私はやるぞ!
約束をしていたホテルのラウンジへ到着し、周囲を見渡すと何やらガタイの良いブロンド巻き毛の女性がカウンターに一人で座っていた。恐ろしいほど目立つ体格だ。露出した肩がゴツイし背中も盛り上がっている。身体にピッタリ密着したパーティドレスに筋肉が透けている。まさかコレが?いや、そんな訳はない、という気持ちであたりを探してみるが、それっぽい女は他にはいなかった。周りの人々はそれぞれが友人や恋人であろう人間と酒を飲んで過ごしている。違ってくれと言う気持ちでそっと顔を覗き込む。オペの時よりも心拍数が上昇してきた。
「もしや──違ったら失礼、君がシャーリーだったりす……ウッ!」
ヤバイ──この女──顔が妙な程に濃い……!なんだこの顔は……?目の周りが真っ青だ!水色のアイシャドウに真っ赤なリップだと……?睫毛なんかも……付け睫毛をおそらく三重くらいに重ねている……!チークも相当濃いピンクだ。なんなんだこいつは……?ちんどん屋ってやつか?何かのパフォーマーか?そうだよな?しかしなぜこんなところに?静かなラウンジなのにこんなピエロが居ていいのか?場違いでは?一体なにが?客寄せ?逆効果だぞ!思わず感情がバグってしまう!
「いかにも私がシャーリーだ。宜しくなジョン・ワトソン君」
「っ声、低いな!?えっ……いやその君、失礼だが──」
「見ての通り女性だが、何か問題でも?」
「いや、いやそんな──ことは何もないが、とは言え……ヒッ!」
これは本当に女なのか?と目を細める私に化け物のような女は口を窄めてウインクとキスを飛ばした。ゾッとする。全身の毛という毛が逆立った。なんて恐ろしい奴なんだ……!女装をしている男にしか見えないが、しかし店員も他の客もこちらをジロジロ見る様子はない。存在に気付いてないようにも思える。コレは私にだけ見える幻か幽霊か何かなのか?それともフラッシュモブとやらが始まるのか?いや、馬鹿な……まあいい、とりあえず落ち着こう。私はテーブルをコンコンと二回ノックしてウェイターを呼んだ。
「……ペリエを頼むよ」
「かしこまりました」と頭を下げるウェイターも涼しい顔だ。仕事の疲れが相当溜まっているのか?私にだけ化け物に見えて実は綺麗な女性だったりしてな?疲れ過ぎだろそれは!
「ワトソン君、きみ、酒は飲まないのかね?」
「いや──飲めるが今日は休肝日にしようと思っていてね」
「つまらん男だな」
「なんて……?」
「酒も愉しめないとは、つまらない男だと言ったのだよ、ワトソン君」
「なんだって……?」
この野郎……と思ったものの相手は一応女性()だ、落ち着け、落ち着くのだ私。というかマッチングアプリというものはこんなものなのか?こいつはもしやサクラでは?やり取り上はいかにも普通の女性だったはず──ああ、会う前に写真を見せてもらえば良かった!見てたら絶対に会わなかったぞ!クソ、時間を無駄にした!
「……酒くらい飲めるさ。それより君、職業に探偵と書いていたが──それは本当の職業かな?」
「嘘をつく必要が?」
いちいち腹の立つ言い方をする女だな……!?なんなのだコイツは?過去の知り合いやオペに失敗してしまった患者の家族ではないよな?いやいやこんな奴は知らないぞ、大体にして顔にインパクトがあり過ぎる。化粧は濃いが、落としても彫りは深い方だ。目があまりにもでかい。一度見たら忘れられない顔付きだ。
「私は探偵だ。ゆえに医者を探していたのだよ、ワトソン君」
「は……何を言ってるんだ……!?」
ウェイターが銀のトレイに細長いグラスを乗せて運んできた。受け取って一気に飲み干すと、喉がビリビリと痛んだが気にしない。探偵が医者を探す……?なんて?なぜ?何を言っているんだ?こいつ、ヤクでもしてるのか?
「普通の医者ではつまらない。君のようにマッチングアプリに登録してノコノコやってくるような飢えた医者が欲しかった」
「なんだと……!?この私が飢えてるだと?決めつけるな、誰が女に困っているって──」
「女だけじゃないさ、君は退屈な日常から抜け出したくてここに来たんだろ?つまらない日常に飽きて刺激を求めたかった。違う?」
「なっ!?貴様に私の何がわかる!」
つい貴様呼ばわりをしてしまい自分の口を抑えたが、女──シャーリーの奴はしたり顔で笑うだけだった。なんてムカつく表情!喉仏が隆起してないか?こいつ、やはり男なんじゃないか!?
「まあまあ、酒でも飲みたまえ──ここは私が奢ってやろう。それとも酒は苦くて君には無理かな?」
「そんな訳あるか!クソ!いいだろう、今日は紳士に行こうと思ったがどうだっていい!やけ酒だ!」
シャーリー(おそらく偽名を使っているクソ野郎)は愉快そうに口元を吊り上げてウェイターを呼ぶとウイスキーやワイン、テキーラなどを次々に注文した。おい、安い居酒屋の飲み放題じゃないんだぞ!
「さてきみに飲めるかな──?」
「飲めるに決まってる!」
そして数時間後、酒をチャンポンした私の頭は完全に混濁を極めていた。重い両足を引き摺るようにしてテムズ川のほとりをよたよたとおぼつかない足取りで歩くとシャーリーが肩を貸してくれた。この女、深い会話をするとなかなか悪くはない奴で、そこそこに愉しめた。会話のテンポもちょうどいい気がする。アルコールも入ってるせいかもしれないが、私の前で悪態をついてはしゃぐ女はかなり珍しい。視界にベールがかかってきたからなのか、段々と綺麗な顔にすら見えてきた。
「なあシャーリー、今日はもうかえるのか?」
「もっと私と過ごしたいなら私の助手になってくれ」
「じょしゅ……?ってなんの話だっけ……?」
「探偵の助手だ──検視も出来る医者が相方に欲しかった。私の言ってる意味がわかるかな?」
「ンェ……?」
「やれやれ、飲ませ過ぎたな。酒が入れば君の心を剥けると思ったが──剥き過ぎてしまったようだ。重いし」
「むく……?いいとも、むいてみろシャーリー!わたしはぬいでもすごいぞ!」
「いや……まあそりゃ愉しみだ。だが今日は──」
「わたしにだかれたくないおんななどこの世にいない!だんげんできる!」
「結構面倒臭いな君──家はどこ?送ってやろう」
「なんならホテルでもいいぞ、人をだくのは久しぶりだ……はやくわたしの──」
「わかったわかった、ひとまずタクシーを拾おう」
シャーリーがタクシーを呼んだあと、いつの間にか私は知らない建物のベッドの上にいた。薬品の匂いがする散らかった部屋だったが、もはやどうだっていい。ボタンを外す手が滑ってうまく外せずにいたら、シャーリーがブロンドの髪を頭からむしり取って服を脱ぎ出した。やはりゴツイし胸も平らだ。腹筋もあってボクサーパンツを穿いていた。男……?男か、だがもうなんだっていい。しかし男を抱くのは初めてだ。果たして私のものは使い物になるだろうか?
「寝ても良いが君、最中に吐かない?まあ吐いたら吐いたで仕方がないが──とりあえず私のパートナーになる話は明日にした方が良さそうだな」
「パートナーでもなんでもなってやるからボタンをはずしてくれ、ふくがうまく脱げない」
「全く──面白い医者だ……君のようなどうしようもない人間を求めていたんだ、私は。今夜のこと、忘れさせないからな」
シャーリーの手が私のボタンを外し、ベルトを抜いた。パンツが下げられて下着姿にされると下着越しに大事なところを握られる。ふにゃふにゃしてるが何とかなるだろう、こいつに何とかしてもらえばいい。しかし肛門に入れるのは人生で初だな……。手を伸ばしてシャーリーの下着をずり下げると、そこには毛のない物体があった。つるんつるんのペニスだ。なぜ?
「剃って……いるのか?」
「ああこれ──?とある実験中に燃えてしまってね。縮れてしまったから剃ったんだ」
「もえる……なぜ……?裸で実験とやらをおこなっていたのか……?」
「?そうだが?」
つるんつるんのそこはわずかに芯を持ちはじめているようで、見ていたら目と目が合った。全裸での実験中?に陰毛燃えた?そんなことが?怖いな、怖いというか──狂ってるな、この男大丈夫か?いや、明らかに変人の類だ。やばい、急速に酔いが醒めてきた。
「さて、私を抱くなら抱いて契約だ。まさか初対面でこんな事になるとは思わなかったが愉しいから良しとしよう。君のようなぶっ飛んだやつこそ私のパートナーにピッタリだからな、会えて良かったよワトソン君」
「いや、まて、よくわからなくなってきた……パートナー……?」
「さあ抱くがいい!毛がないとすべすべさらさらで気持ちが良いぞ!ほら!抱きたまえワトソン!」
「うう、まて、そんな──おい、そんなぐいぐい迫ってくるな──まて、まて!犬だって待てるぞ!おい!」
「私は犬じゃないからな。待つのは苦手だ」
「ちょっ、とまっ、さわるな──……!」
朝、目が覚めたら私は素っ裸で身体中に口紅の痕があった。下半身が気だるいが妙にすっきりしている。頭が痛過ぎて昨日の記憶が曖昧だが、まさか私は──。
「やあワトソン君おはよう。昨日は良い夜だった」
誰だコイツは!?昨日はあまりよく見えていなかったがシャーリーの正体はくたくたのシャツを着た栗毛の男だった。変なメイクをしていないこいつは目鼻立ちがはっきりとしていて付け睫毛を付けなくてもいいくらい長い睫毛を持っている。いや、そんなことはどうだっていい!問題はそこじゃない!私は昨日、抱いたのか?こいつを……!?
「嘘だと言ってくれ……」
「さあ、今日から君は私の助手だ──これから事件を解決しに行こうじゃないか!」
「な、なんだと……?」
何を言ってるのかわからない。記憶が断片的だ。助手?事件だと?ちくしょう、混乱してるはずなのにやけに下半身が晴れ晴れしている!まさか?いや、悪夢だ!そんな馬鹿なことがあってたまるか!
「君となら激しい捜査が期待できそうだよ、ワトソン君──」
あとからホームズ(本名はシャーロック・ホームズということだった)に聞いたところ、女装で引っかかる奇特な医者なら人生におけるパートナーになり得る、とかなんとかで(言ってることがメチャクチャだ!)──その辺の話はもう面倒臭いから聞き飛ばしたが、──ともかくそんなわけで私の退屈すぎる日常は昨日唐突に終わりを迎え、代わりに刺激的すぎる毎日が始まってしまったのだった。
(そうだ、私はまんまと釣られてしまったのだ──この変人に!)