おわりと始まり所用で出掛ける兄の脚にとてとてと転がるようにしがみ付く。
「いってらっしゃい…はやくかえってきて…」
健気にも門まで見送りに来る幼い彼の頭を撫で、必ず帰るから良い子で待っているんだぞ、と伝えると、花が咲くようにふわりと笑って手を振ってくれた。
そんな事があった。確かにあったのだ。この頃のお前の笑顔は、余だけが知っている。例えお前自身が成長し、記憶に残す価値も無いと忘れても、余だけは覚えているから、この先も、ずっと。
はてどうして天井を見ているんだったか。静謐な白亜の城は隅々まで手入れが行き届いているのがよくわかる。例え平素はこのように凝視されることが無くともだ。
ハデスが自身の身を振り返ると、冷たい床に背と手を任せ、持参した荷物は周囲に散り散りばらばらになっていた。最後に尻餅をついたのはどのくらい昔だったか。きっともう思い出せないくらい、ずっとずっと過去のことだ。
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