ミッドナイトハント 真夜中、初秋の森は肌寒い風がゆるやかに木々の間を流れていた。
空は闇に覆われ、鎌のような月だけが心細そうに、だがはっきりと冷たい光を放っている。
森を抜けた不動はゆっくりと、広い草原の合間に作られた馬車道を踏みしめていた。
すぐ脇の茂みの中から、唸り声をあげて魔物が飛びかかる。通行人を待ち伏せしていたらしい。
「ハッ、シュミ悪ィ」
素早く身をかがめてかわすと、転がった勢いで起き上がり、振り向きざまに銃の引き金を引いた。連続で撃ち込んだ銀弾は、魔物を一撃で塵に変えていく。
三体の叫び声が硝煙と共に溶けていき、周囲には静寂が戻る。
そのおかげで、じゃり、と背後に現れた足音に気付いた。
「ッ!」
振り向いて胸元を掴むと、相手は一瞬驚いたようだった。吸血鬼の瞬間移動は、何度感じても慣れない。
「相変わらず、手際が良いな」
闇の中だけで輝く赤い目が、ゴーグルの中で愉しげに弧を描く。不動は小さく舌を打ち、マントを掴んだ手に更に力を込めて睨みつけた。会うのは三度目。毎回、こうして急に現れる。
「テメェの眷属じゃねェのかよ」
「言い掛かりはやめてもらおうか」
口調こそ柔らかいが、いい加減に離せとばかりに、手首を掴まれた。ため息と共に手を振り払い、代わりに腰を抱き寄せる。先ほどよりも近付いた距離に、吸血鬼は少し表情を変えた。先ほどまでとは違う、妖艶な笑み。
「何が目的だ」
「……特に何も?」
薄く笑んだ唇の隙間から、鋭い牙が見える。気に入らない。この森の外れにある館のあるじ、鬼道有人というこの吸血鬼が何を企んでいるのか知らないが、周囲の魔物を一掃しに来た自分に手を出さず、こうしてただ様子を見に来る。
不動の狙いは、その胸に銀弾を撃ち込み、残るであろう石化した心臓とゴーグルを持ち帰って証明すること。そうすれば、国からの賞金で一生遊んで暮らせる。
だがこれまでずっと、それを達成できた者はいない。当たり前だ。会って分かった。こうして目の前にいるだけで、足が竦むほどの冷気に襲われる。
「強いて言えば、おれは退屈しているんだ」
冷たい暗闇の中で、危険信号のように光る赤い目。不動は恐怖を飼い慣らしていたが、興奮の手綱はまだ取りきれていなかった。
勢いのまま寄せようとした唇を、冷たい指先が止める。
「遊ぶ気があるなら、また館へ案内しよう」
そのまま、鬼道は不動の顎を撫で、指先に少し力を入れて離した。そしてマントをひるがえし、ゆっくりと館へ向かう姿を見せつける。
先日のように、鬼道の寝室へ招かれるらしい。
その時も同じ事を考えた。このまま術中にハマるのも癪だが、誘いに乗らず逃げたと思われるのも気に入らない。それに、思い通りになったと捉えられても構わないほど、この人間くさい不器用な吸血鬼に惹かれている。
「いいねェ。オレも遊びたい気分」
後を追うと、小さく鼻で笑うのが聞こえた。それすら魅力的に思えてくるから、真夜中の恋はやめたほうがいい。
分かっているのに、危険な道を選ぶ。