たらればに妬く慌ただしく舞い込んできた依頼をこなして夜も更けてきた頃。ここ数日の仕事は郊外のものばかりで滞在中はブレイズウッドの宿を借りていた。
けして広くはない部屋の簡素なベッドひとつを男ふたりで使っているだなんて、この集落の人たちは想定しているだろうか?
ましてやそのひとりは郊外を拠点にしているカリュドーンの子、当代のチャンピオンである赤いマフラーその人だ。他愛のない雑談をしながらベッドの上で彼に抱き締められている。見回りも済ませてから彼はここに来たから時分は深夜もいいところ、疲れていて寝てしまいたいだろうに会話に付き合ってくれている。狭いベッドの中で交わされる他愛のない雑談は次第に彼の──ライトさんの過去の話になっていく。根掘り葉掘り聞いたりしているわけではない。当たり障りの無いところだけだ、若い時はどんなだった?その程度。
話していくうちに自然とライトさんが率いていた傭兵団にも、ほんの少しだけ触れた。
「──まあ確かに、あの頃にあんたみたいなプロキシを雇えていたら………。」
「…ライトさん?」
「いや、たらればの話はよそう。過ぎたことだ」
抱きしめる腕の力が少し強くなった。
もし。その頃に出会えていたら、僕らはこうやって抱き締め合って眠りについていただろうか。
「仮に、ライトさんとその頃に出会っていたとして…僕はライトさんと、…恋人になれていたのかな」
「…あー」
ふと思ったことだ。今、それぞれの経験を踏まえたからこそ惹かれ合ったのかもしれない。だとすれば過去に出会っていたとして、こんな一緒にベッドに入るような仲になんてなるわけもなく、仕事のやり取りしかしないまま『事故があって解散した』とだけ後に知らされたのだろう。
「…わからん。まず、男が趣味なわけじゃないからな。ただ…」
「ただ?」
「今よりは、がっついてた。こんなふうに一緒にベッドにいるならもう手を出してたさ」
するり、とライトさんの手が腰に触れていく。シャツの中に指先を入れて肌をそっと撫でてくる。ぴく、と身体を震わせると撫でる手を止めて、もう一度ぎゅうと抱き締められた。
「…前の俺だったらこういう時あんたに寂しい思いはさせなかったろうな。あんたがそうしてくれと言う前に、抱いてたかもしれん」
ライトさんはまだ僕を抱いてくれていない。
先を進めることに慎重になっているようだ。僕のほうはというと準備は既にしてある。心も、体も。
受け入れたことなんて無いけれど、ライトさんになら構わない。だから伝えている。いつでもいいと。そんなことを考えているうちに気づけばライトさんはひどくしかめ面をしていた。
「どうしたんだい?」
「考えてたら妬けてきた、俺に」
「ぷっ…」
「笑いたきゃ笑え」
たらればの話はよそうと言ったのはあなただというのに。前の自分ならもっと積極的だったかも、なんて考えて自分に妬いているなんておかしな話だ。
「それじゃあ、今するかい?」
「…悪いがもう少し待ってくれ」
「ふふ、わかった」
代わりに、と言わんばかりに顎を持ち上げられ唇を奪われる。ちゅ、ちゅ、と小さく音を立てて啄むように唇を当ててから、甘く噛まれ舌先で舐めてくる。口を開いて舌を出すと、ライトさんの舌がそっと絡みついてきた。
「ん…」
吐息を漏らして、応えるように返す。思考がふわりと溶けていく。今でさえベッドの中でこんなキスをするのに、その時になったら一体どうなってしまうのだろうか。
やわりと舐められた舌を優しく絡め取られて時折ちゅう、と音を立てて吸われ口の中を丁寧に舐められていく。ねちっこく互いの舌を絡みつかせて甘やかすみたいに撫でられてから、上顎に舌のざらりとした感触を当てられるとぴくりと身体が跳ねた。
「はぁ…ん、ぁ…」
息継ぎをしようと口元を緩めると、とろりと唾液が口の端を溢れ伝う。熱い吐息で口内を擽られながら上顎を彼の舌で擦られるとぞわぞわと背筋に寒気のようなものが走ってまた身体がびく、びくと跳ねてしまう。行き場を無くしていた手で思わずライトさんのシャツを掴むと、彼は口を離そうとして身動いだ。
「すまん、やりすぎ…ん、む」
「らいとさん…まだ…ぅ、ん…」
せっかくしてくれたのに、こんなに中途半端なのにもう離れるなんて。距離を離そうとする口を今度はこちらから塞いで舌で突つく。シャツを掴む手を伸ばし背中まで腕を回してさっきよりもずっと近くに身体を寄せる。息継ぎする呼吸音と絡み合うキスの音がいやらしくて、気持ち良くて夢中になった。
差し入れた舌で歯茎をなぞり舌をねっとりと舐め合いながら甘く痺れてしまったかのような感覚のままこれ以上を求めたがる思考を懸命に押し留める。
どれくらいこうしていたのだろうか、口を離した時には二人して息があがってしまっていて半開きになった口許からはだらりと唾液が落ちた。
「はぁ…っ…はふ…」
「アキラ…はぁ、あんたな…」
呼吸を整えながら、熱の籠る視線を向けられてどきりと心臓が跳ねた。しかしそんな表情までしているのに、彼の理性はまだ崩させきれていないようだ。
「…ここまでしているのに?」
「勘弁してくれ。俺だってやりたくないわけじゃない」
困ったように眉を下げられてしまったので意地悪なことはよそう。きっと本当にこの先に進む機会を窺っているのだろう、その気はあるのだと困った瞳が訴えてくる様はなんとなく子犬のそれに見えて可愛いとさえ思えてくる。
「さすがにここじゃあな。狭いし何より筒抜けだ」
「ここじゃなければいいと?」
「見栄くらい張らせろ」
ああ、そういえばこの人は格好つけたがりだった。自分も男なのでそういった気持ちは理解ができる。それならば急かしてもこれ以上なにもしてはくれないだろう。はぁ、と溜息を吐き出して気恥ずかしそうに目を逸らされてしまう。その様にふふ、と笑い声を漏らしながらライトさんの腕の中に収まり直した。それと同時に胸元に揺れる彼の仲間のタグが視界に入る。やはりもう過ぎてしまった事のたらればの話なんて、するべきではなかっただろう。
「ライトさん、その」
「…あんたじゃなきゃこんな話することもない。変な話、こんなポジティブに昔を顧みることもないだろうさ。だから、…まあその、待っててくれ」
見つめている物への察しが良くて困る。何かを言う前に先に言われてしまった。それこそ、こんな話をしてすまなかったと口から出そうになっていたのだ。優しく抱き締められて彼の少し高めの体温を一身に感じて、つられるように自分の体温もなんだか上がっていくようだった。すり、と頬を撫でられて視線が絡み合う。自然な動作で今度は触れるだけのキスを交わした。
「…おやすみ、アキラ」
「ああ、おやすみ。ライトさん」
寝静まる郊外の夜の中でただ語り合い抱き締め合いながら眠る。穏やかな時間を、もう少しだけ堪能する。