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    itokuzu_maki2

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    夏に出る魔物の話。
    アズ監

    ##アズ監

    夏の魔物 汗で髪が張り付いている。
     それを拭いもせずに木陰で見据える先には、本来空を飛ぶために作られてなどいないものに跨って「飛べ、飛べ!」と、根拠のない命令を下している人がいた。
     根拠がない。とはいったが、この世界において必要なものはイマジネーションと少しの魔力だ。
     持たざる者である少女からしたら、摩訶不思議で理解の及ぶことのない事象である。
     どれだけ説明されようと、目の前で奇跡と呼べる当然が爆ぜようと、慣れ親しむことなどできはしない。
     汗が顎の先からポトリと落ちた。
    「休憩しませんか?」
    「……いえ」
     ぶっきらぼうに断る様は年相応だ。
     人一倍弱さを見せることを嫌う彼だからこそ、恥を晒すことに抵抗があるのだろう。
     しかし少女にとって彼の恥はさして気になるものではないのだ。
     少女にとって不可能であることを、彼は可能に変える力がある。
     それは奇跡でもなんでもなく、彼が起こす努力の結果なのだ。
     それは賞賛に値する。
    「開始した時より五センチ高く飛べてましたよ」
    「……当然でしょう。進歩がなければやる意味がない」
    「私はどれだけやっても進歩しませんよ」
     こくりと思いの外せり出している喉仏が上下したのを見届けていたのに、彼はペットボトルから口を離して、澄み渡る空色の瞳でじっと少女を見つめた。
     目的、計算、そんなものが少女にないことはわかっていても、警戒心の塊を抱えているような彼は信じられる要素を探す。
     そしてしばらくしてそれがなんとも無駄な時間であると瞼を閉ざしてから、ぽつりと問うた。
    「あなたは空を飛びたいですか?」
     少女は少し悩み、空を見上げた。
    「飛びたい……かもしれないです」
    「なんですそれ」
    「うーん……怖いなっていうのもあって」
    「ほう。あなたに恐怖心というものがあったんですね」
    「ありますよ。当たり前じゃないですか」
     普段あまりに自然とこの世界に順応しているものだから、どこかしらおかしいのだろうなと彼は思っていた。
     でなければ、異世界に来て目の前で起こる事柄に圧倒されて気が触れてしまってもおかしくないだろうから。
     どうにかなる、ケ・セラ・セラの精神とは聞こえがいが、恐怖心の欠如は自然界では生き残れやしない。
     炎は熱い。それを知らない無知なまま生きられるほど、優しい世界ではないのだ。
     だから少女から「恐い」という言葉が聞けて、少しだけ安堵していた。
     と、同時に違和感も覚えた。
    「ならなぜあなたは僕に近づくんですか」
     恐い思いを散々させた相手でしょう?
     あなたの知らない異世界の生き物だというのに、なぜ恐怖を抱かないのだろう。
     純粋な興味と期待が混じっていた。
     やけに今日は暑い。
     首筋をなぞるように汗が滴っている。陸の夏は立っているだけでも気が滅入る。
     今度は少女が彼、アズールの瞳をじっと見つめた。
    「なんでだと思いますか」
     じれったい問いかけだ。それだというのに、答える隙など与えてもくれない。
     アズールはわずか数センチの距離に惑う。この空にさえ手が届かないというのに、この夏の魔物は恐ろしいほど狡猾だった。
     小賢しさには相応のものを返さなければ気が済まない。
     偏屈さがまわり道をさせる。
    「僕が誠実で優しいからでしょうか」
     少女はきょとんと目を丸めた後、ぷはと吹き出して目元に滲んだ涙を拭う。
    「冗談でしょう?」
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    MAIKINGアズ監🌸「戻れない日々の続きを歩いて行く」
    前作の「星が降る夜に」の続き。
    その日は、本当にいつもと変わらなかった。
    四年生になり、いつもと同じように研修先からグリムと帰宅し
    「グリムーっ!ちゃんと外から帰ったんだから、手を洗いなよーっ!」
    なんて言いながら、自分の部屋で制服を脱いでいた。外は、すっかり暗くなり秋らしく鈴虫か何かの虫が鳴いている。
     そして、ふと鏡に目をやると首元のネックレスが光った。そこには、恋人が学生時代に使用していた魔法石───を再錬成して作った少し小ぶりの魔法石がついていた。監督生の頬が思わず緩む。
     これをプレゼントされたのは、ほんの数日前のことだ。

    「監督生さん、これをどうぞ」
    いきなり差し出された小さな箱を見て、監督生は首を傾げた。目の前は、明らかにプレゼントとわかるラッピングに、少し緊張した表情のアズールがいた。
     監督生は、何か記念日であっただろうかと記憶を辿り───思い当たる事もなく、思い出せない事に内心焦った。当然、自分は何も準備していない。
     しかし、このまま何も言わずプレゼントに手をつけなければ、きっとアズールは傷つく。いつも余裕綽々とした態度で、若年だと侮られながらも学生起業家として大人たちと渡り合う深海の商人── 2244