ファーストデート大作戦【計画編】
「現役のメンバーだからといって依頼人になっちゃいけないなんて団則はなかったはずよね。というわけで、今日は『美観のマユミ』としてではなく、指環学園中等部二年B組に在籍する瞳島眉美として美少年探偵団に依頼を持ち込ませてもらうわ」
よろしいわね―と続けるわたしの声は、問いかけるというよりも押し切ろうとしているふうに響いたことだろう。
突飛な申し出だということは重々承知。そもそも依頼を受けてもらえるかどうかさえ定かではない。だけど、行動に移さなきゃ八方塞がりなのもまた事実。わたしは一か八かの賭けに出た。
いきなり何を言い出すんだとそろって眉をひそめる団員達の中で、ただひとりリーダーだけが、陶磁器のような頬を期待でほころばせながら大きく頷いた。
「よかろう! 君の頼み事に僕達はよろこんで応じるとも! さあさあ眉美くん、遠慮は無用だ。君が僕達に何を依頼したいのか、その内容を、詳しく話して聞かせてくれたまえ!」
リーダーの許可を得た。わたしは賭けに勝った。それはつまり、この先何があっても(リーダーが撤回しない限り)誰もわたしの依頼を断れなくなったということだ。
それじゃ遠慮なく……と、わたしはみんなを見渡して、ひと息に告げた。
「長縄さんとデートすることになりました。女の子とデートするのは初めてです。わたしにデートのコツを教えてください」
**
ゆっくりカウントしてもたっぷり三十秒を超える沈黙が美術室内に立ち込める。
おかしいな、一言一句間違えないようにとカンペまで用意して練習してきたというのに、聞こえていなかったのだろうか(みんな、ちゃんと耳のお掃除してる?)。
こほんと咳払いをして、もう一度同じ台詞を繰り返そうとした時、生足くんがおもむろに片脚を上げた。
「――男の子とならデートしたことあるような口ぶりだけど、ぼっちだクズだと自称してるわりには、眉美ちゃんも意外と隅に置けないんだね」
引っかかるところがそこかよ。
「そいつは買いかぶりすぎってもんだろ、ヒョータ」
わたしのカップへおかわりの紅茶をなみなみと注ぎながら、不良くんがせせら笑う。
「眉美だぜ?」
「そうですね。今更解説するまでもないですが、デートとは即ち、親密なふたりが何かしらの行動を共にすることで互いの愛情を確かめ合ったり親交を深めたりすることを目的としています。眉美さんの日頃の言動を鑑みますと、そのような行為とは無縁の人生を過ごしてこられたことは火を見るより明らかですしね」
「ちょっと不良くんも先輩くんも! 言いがかりは止してちょうだい! そりゃあ生まれてこのかた、男の子とも女の子とも誰ともデートなんてしたことないけど!」
「言いがかりってのが言いがかりだろ。図星だってのに胸を張ってんじゃねえよ」
「ぐうっ」
図星で悪かったわね――そろって鼻で笑うな、いい子組! その顔むかつく!
「もうっ! 天才児くんまで『なるほど』って顔して頷かないでよ~」
「眉美くん、眉美くん」
ゆったりとソファにもたれかかり、ここにいる誰よりも探偵の目をしたリーダーが、好奇心を抑えきれないという様子でわたしに呼びかける。
「話が逸れてしまったが、どうしてそんなことになったのか、僕は非常に気になっている。事情を教えてくれないかね?」
はっ。
そうだった、そうだった。せっかくリーダーが依頼を受けると言ってくれたんだもの、脱線している場合じゃなかった。軌道修正、軌道修正。
「もちろんよ、リーダー。むしろ聞いてちょうだい」
居住まいを正して、わたしは、ことの経緯を話し始めた。
**
「あの、瞳島会長。少しお時間よろしいでしょうか? 折り入ってご相談したいことがありまして……。
「ありがとうございます!
「会長もご存知かと思いますが、私、長縄和菜は週に三日、学習塾に通っています。
「一昨日も塾の日だったので、学校から帰ると、いつもと同じように塾へ行きました。
「そうしたら、授業が終わった後に同じクラスの男子生徒から話があると呼び出されまして……。
「――いいえ、指環学園の生徒ではないです、別の中学の子です。
「私が通っている塾では、学力テストの度に生徒の習熟度に合わせてクラス分けが行われます。その子とは、二年生に進級した頃から何度か同じクラスになりました。
「でも、今までほとんど会話らしい会話をしたことはありません。挨拶程度の言葉を交わしたこともないのです。
「――はい、名前は知っています。学力テストの順位が前後になって、塾の掲示板に張り出された順位表で、私とその子と名前が隣り合うこともありましたから。
「個人情報に関わることなので、その子の本名をお伝えすることははばかられるのですが、呼び名がないと不便ですよね、仮にタロウくんとしましょうか。
「実は、私……。
「その…………。
「タロウくんから告白されたんです……、『好きです。僕とつき合ってください』って……
(中略)
★その二――図書館
「図書館って、本がいっぱいある、あの図書館?」
「その図書館の他にどの図書館があるってんだよ」
「だって、デートで図書館へ行って何するの? オセロ? トランプ?」
「何処かのカジノと一緒にするな。カードゲームなんてしてみろ、速攻で追い出されるぞ。図書館デートって俺でも聞いたことがあるぜ。本を読んだり勉強したりするんだよ」
不良くんが説明してくれたけど、ますますわけが分からない。というか、理解が追いつかない。
「デートなのに勉強するの? どうして? バカなの?」
「おまえに『バカ』呼ばわりされるカップルが気の毒に思えてくるぜ……。解けない問題を教え合ったり参考書のページをめくる時に手と手がぶつかって『きゃっ、今手が触れた!』とかときめいたりするんじゃねえの?」
「番長の口から少女漫画みたいな具体例が上がるとは思わなかったわ……。そういえばいつぞやの浜辺で、不良くんは間接キスにときめくとか何とか言ってたような……」
「俺がときめいたわけじゃねえよ、ほざくな」
「ミチルはさー、おねーさんか妹ちゃんか忘れちゃったけど女の子のきょーだいがいるんでしょ? だから少女漫画に詳しいのかもしれないよ。少女漫画といえば漫画専門の図書館とか雑誌専門の図書館とかもあるんだって。ボクも前から行ってみたいなあって思っている会員制の資料館があるんだけど、未成年だから入館制限に引っかかっちゃうんだよね、ざんねーん」
「成人指定の会員制の資料館……。何の資料館かは分からないけれど、響きがニッチでわたしもちょっと気になっちゃうわ……」
サブカルチャー専門の図書館なら、長縄さんの趣味に合うかもしれない。