夢見るたまご11風に砂の匂いが強く混じり始める冬と春の境目、まだまだ寒いがほころび始めた小さな花が庭の芝生の隙間に覗き始めていた。
草花の動きを真似て窓際でゆらゆら揺れている、手のりサイズの可愛い小さな二人組はチマとチキ。
訳あって親のいないポケモンの卵に、オレと、パートナーのマクワそれぞれの遺伝子が融合して生まれたドラゴンポケモンと人間のハーフ。
ポケモンの研究機関にサポートを受けながら育てている。
マクワに似ている方が、ドラパルトのハーフで名前はチマ。
オレ様に似ている方がオンバーンのハーフでチキ。
“ち”いさい“マ”クワのチマと、“ち”いさい“キ”バナのチキ。
どちらもオレが名付けた。
今日もチマとチキのささやかな日常を綴っていこう。
2月25日
お風呂ではしゃぐ2人を眺めていた時、チマの角がほんの少し大きくなっていた事に気付く。
お風呂上がりに「チマの角、大きくなってきたな」と伝えると、チマは嬉しそうに自分の頭を鏡で見ながら「やったぁ!ちまきょだいまっくすできる?」と目をキラキラさせてオレを見てくる。
「キョダイマックス出来るかは分からないなぁ」と返すと、
一瞬しょんぼりした後「おどります」と呟いて不思議な動きを始めた。
聞けばチマ流の進化の踊りらしい。
適当な所で「風邪をひくから体拭くぞ〜」と声をかけながらバスタオルでチマとチキの体を包むとジタバタしながら「むきー」と言うチマ。
チキは「もっふもふ」と言いながらタオルで包まれてされるがままだ。
2月26日
チマとチキはポケモンバトルが大好きで、今日は昨年トーナメント予選の再放送をテレビで見ている。
「がんばれ!がんばれ!」と一生懸命応援する姿は微笑ましい。
画面の中の選手がダイマックスボールを宙に投げるのに合わせてチマがビニールボールを投げると、チキがギャウーと鳴きながら両手両足をオタチのように広げだす。
ダイマックスしたポケモンの真似をしているんだろう。
スポンサーへのメールを打っているマクワがPC画面から目を離す事なく、落ちていくボールをキャッチしてそっとテーブルの上に置いた。
「チマも!」
と言ってチマも手足をのびのびと広げだす。
そのままテレビに近付きすぎてテーブルから落ちそうになったので慌てて抱き抱えた。
2月27日
研究所の敷地内にあるアスレチックに皆で行ってみた。
秘密基地みたいな遊具はチマとチキには大迷路のよう。
小さな足でたどたどしく進んでいく2人は、突然動きを止めたかと思ったら壁面に設置されたドーム型の窓に興味津々だ。
窓の向かいからいないいないばあをしてあげたら、2人ともきゃっきゃと嬉しそうにしている。
突き当たりにある小屋状のスペースには、遊びに来た子供向けのメッセージノートがあった。
「何か書いてみるか?」と二人に鉛筆を渡すと、チマとチキは小さな体で鉛筆を抱きしめて、せっせと何かを綴り始める。
「たのしかった!ぼうけん!」
「ここはたまごのしろみ」
二人の小さな文字がノートに刻まれた。
「......チキはなんで卵の白身なんだ?」
チキが指差した方を見ると、小屋の壁にはメタモンのシルエットのような窓があり、窓の向こうには白い床のスペースと黄色いモンスターボール型のオブジェが見えて上手い具合に目玉焼きに見える。
「なるほどなぁ」
感心していると二人のお腹が鳴った。
「帰ってご飯にするか」
「わーい!」
「ごはん!」
お腹ペコペコの二人はアスレチックの出口でもぴょんぴょん跳ねながら「ごはん!」と声をあげた。
2月28日
今日は2月最後の日。
カレンダーをめくって「終わりだなぁ」とオレが呟くと、チキが「つきはどうしておわるの?」と聞いてきた。
オレが答えに迷っていると、今度はチマが「おわったつきはしんじゃうの?」と聞きながら、まん丸のクッキーをパクリと口に入れる。
なんだか妙に哲学的な事を聞かれているようでいよいよオレは答えに詰まる。
すると、側で聞いていたマクワが「終わった月はまた生まれてくるのですよ」とチマとチキに優しく語りかけた。
2人はよく分からないような顔をしているが、マクワの言葉にはしっかりと耳を傾けている。
「いくつかの月が順番に交代していく......そのしばらくの間に、今終わった月はまた生まれなおして、いつかまた交代しに帰ってくるんです」
とマクワは続けた。
そう言ってマクワはニコリと笑い2人の頭を撫でる。
2人は分かったような分からないような顔で「ふーん」と呟いた。
子供向けの優しいはぐらかしと言えばそうなのだが、なんとなく本質を突いているような気もする。
月の満ち欠けのように、何事も再び始まっていくのかもしれない。
丸いクッキーを口にする。
バターの匂いがふわっと立ち上り、やがて朝焼けのように掴みどころなく過ぎ去っていった。
3月1日
今日の晩ごはんは、白菜とお肉のミルフィーユ鍋にした。
「おだししみしみ」
「ミルちゃんつよい!」
チマもチキも大変気に入っている様子だ。
「うまいな」と呟くとチマもチキもこくこくと頷きながら夢中で食べている。
海外の料理で、オレンに似た実が使われているらしい「ポン酢」というソースもまた乙だ。
ポン酢の名前を二人に教えると、食後にポン、ポン、ポポンと歌いながら何やら盛り上がっていた。
3月2日
いつぞやに居間に作られた「謎のポケモンの通り道」をしばらく掃除の度にずらして戻してをやっていたが「いごのもくげきじょーほーがないのでおわりにします」と昨日お片付けされた。
そんな日だった、その通り道が置かれていた辺りの床を透き通った緑色に体内の赤が洒落ている小さな生き物......ポケモン?がちょろちょろと移動していた。
「なんだコイツは......」
オレは呟きながらロトムのポケモン図鑑アプリを起動して翳すと、ジガルデというポケモンの項目が表示された。
この姿についての記述は簡素で専用のページは見当たらない。
どうやら別の姿がいくつかあるようだ......?
「あっ!なぞのぽけもん!」
「もちもちのみどり!!」
チマとチキがジガルデに駆け寄り、チマがぎゅっと抱きつくように捕まえた。
ジガルデ......ええと、コア?は手掴みされたドジョッチみたいにブルンブルン暴れて、チマも連動してもみくちゃになっている。
「あわわわわわわ」
「はわわわわわわ」
なぜかそばにいるチキも激しく揺れ始めた。
「あー、落ち着け、落ち着け」
チマにジガルデを床に下ろすように促して、ダンスフロアと化した居間の隅っこをチルアウトさせる。
「ホントにいたなぁ謎のポケモン」
キョロキョロしているジガルデを眺めていると、チマがツンツンとつついた後ジガルデの顔を覗き込み「ちーずたべる?」と聞いていた。
本当に食べるのか興味が湧いたので冷蔵庫からチーズを出して二人と一匹にあげてみるとジガルデ・コアはニコニコしながらチーズを食べ始めた。
3月3日
ひょんな事から発見された緑のもちもちことジガルデ・コアはチマとチキの二人と仲良く
やっている。
今日は朝からずっと二人と一匹で会話が弾んでいるようで、ふんふん、そーなんだ、と楽しそうな声が響き渡っていた。
「何してるんだ?」
「えっとね、いまはもちもちしてるだけだって」
「確かにそうだな……?」
オレが見る分には常時もちもちしているように見えるが、はて。
「おれもそーだんしてもいい?」
チキの問いかけにジガルデ・コアは体を持ち上げてこくこくと頷いた。
本当に意思疎通できているのだろうか?
まあ楽しそうだからいいか。
3月4日
なんだかこのまま棲みつきそうな雰囲気なのでジガルデ・コアに愛称でもつけてみようかと、マクワに相談する。
「とりあえず彼......彼?に名前を聞けませんかね」
とマクワが言うので、オレはチマとチキにジガルデ・コアに名前を教えてもらえないか聞いてみた。
しばらく話し込んでいる二人と一匹......
ジガルデとチマと何かをぶつぶつ暗唱しているチキがこっちに来て「おなまえはっぴょします」と宣言した。
「なんて名前なんだ?」
「ちきおねがい」
チキがスッと息を吸い込み、では......と神妙な顔をする。
「じょるじゅ・がえたん・るい・でぃおーる・こくりこ・あれくさ......」
「待て待て待て、本当にそんな名前なのか?」
「じがるでのなかのえらいじがるでだそうです、キュルン」
「なまえもっとながい」
ジガルデ・コアは自慢げにふんぞり返る。
そんな事あるのだろうか?オレはマクワと顔を見合わせる。
「ええと、フルネームだと呼ぶ時大変なので、愛称......あだ名を考えましょう?」
細かい事を考えるのをやめたらしいマクワが二人と一匹に提案する。
「もちたろう」
すかさずチマが呟いた。
ジガルデがオマエ本気か?という顔をチマに向けた。
「ちーざえもん」
チキが呟く。
ジガルデは目をぱちくりさせた。
「ぷにぷにのぷにじろう」
さらにチキが呟いた瞬間、ジガルデ・コアはプルプルとツイストしだした。
「おなまえいやだって」
「うーむ」
......しばらく議論の末、なんだかんだで愛称はもち太郎に決定した。
3月5日
今日は天気が良いので皆日向ぼっこをしている。
窓際に置いたソファーの上でチマとチキともち太郎がサイコロを転がして遊んでいる。
出た目で寝っ転がる時のポーズが変わる日向ぼっこゲームらしい。
しばらくして様子を見に行くとチマとチキはエクササイズみたいに
体を伸ばしている。
もち太郎はプルプルしながら全身を伸ばしていた。
3月6日
今日はチマとチキのナックルジムデビューだ。
といっても以前マクワに連れられてキルクスジムで過ごした事があるので特に心配ごとはない。
事務室でお絵描きをしながら大人しく過ごしている。
一緒に連れてきたもち太郎は窓際で外をじっと眺めていた。
「もちたろはせかいをみはっているの」
とチマがオレに言う。
図鑑に載っていた幾つかの項目にも似たような事が書かれていたような気がするが......ミステリアスなやつだな。
3月7日
チマとチキがおやつの時間にホットケーキを食べたいと言うので作ってやる。
「わーい」
「もちたろ、これほっとけーき」
もち太郎もホットケーキが気になるのか、テーブルに置いたホットケーキの皿の周りをぐるりと回って偵察している。
バターを乗せてシロップを垂らすとチマとチキが歓声をあげた。
「いただきまーす」
もち太郎にもバターとシロップが染みたところを差し出してみると、パクリと一口食べてムギュッと固まった。
「おいしい?」
チマが聞くともち太郎はプルプルと震えている。
「しみいるおあじだそうです」
どうやら気に入ったようだ。
3月8日
今日はジムリーダー定例会だ。
オレ達をはじめ、各ジムのジムリーダー達が一堂に会する。
定例会は滞りなく終わり、皆が談笑している。
そんな時、リーグスタッフがオレ達ジムリーダーに資料を配布し始めた。
「ん?なんだこれ?」
「『ジガルデ』の資料だそうです。最近目撃報告が増え、カロスの研究機関から各地方へ調査の協力要請が出ています」
「カロスの研究機関?」
「はい、カロス地方のミアレシティにあるプラターヌポケモン研究所です。その機関からジガルデに関する報告が上がってきましたので、各ジムリーダーに共有を……という流れだそうです」
「へぇー......」
資料によるとジガルデ・セルという個体の目撃数が増える時は地方、国家規模で環境等に変化が生じている可能性が高いらしい。
「......」
オレとマクワは思わず目線を合わせた。
シュートの研究所に預けていたチマとチキを連れて帰宅すると、家のソファーで微睡んでいたもち太郎がオレ達に気付いてニコっと笑った。
3月9日
今日はいつものドールハウスのキッチンでチマとチキがまた何かを作ろうとしている。
側にあるクッションの上でもち太郎がそれを眺めていた。
「えーおほん、きょうはねんどでくっきーをつくってみようとおもいます」
今回はチマが先生役?のようだ。
「まずくっきのきじをゆびをつかってこねてください」
チキはチマの説明をふむふむと聞いている。
「ではさっそく……」
チマが粘土を捏ね始めた。
「むにゅっとしてきました」
「うにょーん」
チキも真似をする。
「もっとまるめて、きじとおはなししましょう」
「もしもし......さいきんどうですか?」
チキが粘土にヒソヒソと語りかける。
そんな世間話みたいな対話で良いんだろうか......?
しばらくしてまた様子を見ると、生地の準備も終わり焼き上がったようだ。
「できました!もちたろくっきー!」
「おつかれさまでした」
もち太郎を模したクッキーを粘土で作ったようだがその形は中々に独創的だ。
二人のすぐ側まで見に来たもち太郎が一瞬考え込んだ後、粘土クッキーの形を真似するように体をクネクネさせた。
面倒見のいいヤツだな。
3月10日
チマとチキがテレビでシュールリッシュというカロスにあるホテルの特集を見て以来、ホテルスタッフが口ずさんでいた歌にハマったようで度々歌っている。
「しゅっしゅっ♪しゅーるりっしゅ♪しゅっしゅっ♪しゅーるりっしゅ♪」
「おねだんじゅうまんえん♪しゅっしゅ♪」
「ようこそおきゃくさま〜」
ソファーで昼寝していたもち太郎が歌で目を覚ましたところをホテルごっこに巻き込まれた。
二人の部屋にあるベッドの枕の上に乗せられたもち太郎がぽふりとうつ伏せで枕に頭を預ける。
「いまからべっどめーきんぐします」
「おきゃくさまそこでみてて」
ベッドのシーツや布団を整えだす二人、出来上がると整った布団の上に並んで立った。
「しゅーるりっしゅ♪しゅーるりっしゅ♪」
そして踊り出した......
一連を見守っていたもち太郎がもういいやとばかりに寝ようとすると、チマとチキが枕をよじ登りもち太郎を挟むように川の字に寝そべり「おきゃくさま、おだいはじゅうまんえんです......」ともち太郎に囁く。
もち太郎は目を閉じたまま顔を顰めた。
しばらくしてまた様子を見ると、先程の川の字のまま皆スヤスヤ眠っていた。
3月11日
もち太郎が窓を開けて欲しそうにぴょこぴょこ跳ねるので少しだけ開けてやる。
するとキョロキョロとした後瞑想でもしているかのように目を閉じて、しばらくしてその場に伏せて眠るようにじっとしている。
日向ぼっこかな。
「もち太郎は昼寝をよくするんだな」
「キュン、あれはたいようのぱわー」
チマがオレのパーカーの裾を引っ張ってそう言ってきた。
「太陽のパワー?」
「えいようがあるって」
チキも話に加わる。
太陽と栄養......なんだか韻を踏んでいるがなるほど光合成が出来るって事なんだろう。
「あとおはなし」
「お話?」
「いっぱいのなかまたち」
「うえきばちからもでてくる」
植木鉢はよく分からんがテレパシー能力があるという事だろうか?
3月12日
チマとチキが自分達のソファーの上でハンカチをシートにして「おみせ」という手書きの看板を置いて並んで座って、もち太郎はやや後ろで寝そべっている。
だが商品らしきものは置いてなかった。
「何を売っているお店なんだ?」
「いらっしゃいませ」
「ここはてつがくのおみせ」
「おきゃくさんにてつがくをおとどけいたします」
また随分特殊なごっこ遊びだな......最近のブームなのか?
「よしじゃあ哲学の話を聞かせてくれ」
「えっとね、おほしさまがいつもそらにうかんでいるのはね」
「おそらにころっけのいいにおいがするから」
「そうそう、ころっけ......ちがうもん」
「おほしさまとおそらはいつもとなりあわせで、だからいつもいっしょにいるんだぜ」
どこから出てきたか謎なコロッケの話から急に真面目に語り出したチキをチマが二度見する。
「ままならないこともまたじんせーです」
「そうだなぁ」
「ギャウ、ころっけおいしいよ」
「それもそうだなぁ」
もち太郎はやれやれという顔で眺めていた。
3月13日
今日は天気が良いので皆でピクニックに来ている。
「もちたろ、おべんとうだよ」
チマとチキがバスケットからサンドイッチを出して、もち太郎はそれをムシャムシャ食べている。
「うまいか?」
オレが聞くと、もち太郎はコクコクと頷いた後またモグモグし始めた。
「おいしいって」
チキは嬉しそうに報告してくる。
「よかったなぁ」
オレはそう言ってチキともち太郎の頭を撫でた。
「あっ、ころっけ!」
チマがお弁当のバスケットの中のコロッケを見つけて指差し、二人と一匹はコロッケをパクリと頬張る。
「てつがくてきなおあじ......」
「おそらのめぐみです」
空を見上げてチマとチキが意味深な食レポをしだす......
昨日の哲学屋のくだりを知らないマクワが不思議そうに首を傾げていた。
3月14日
今日もいい天気だ。
オレは家で事務作業、もち太郎は窓際で日向ぼっこしながら微睡んでいる。
マクワがセキタンザンのメンテナンスをしていると、チマとチキが真似っこしている。
チキがスポンジでチマの角をコシコシと洗うと、チマはくすぐったそうにしている。
「はわわわわ」
余程くすぐったかったらしく交代して今度はチマがチキの翼を磨いている。
「おふふふふ」
お互いくすぐったそうにしていた。
メンテが完了して出来栄えを確認しているマクワとセキタンザンの側に行き、いかがですかとアピールするチマとチキ。
「花丸ですよ、よく出来ました」
マクワがそう言うと、二人はやったーと喜びの舞を踊っていた。
3月15日
チマとチキがナデナデしてと甘えてくるので順番こに撫でてやる。
それをもち太郎がじっと眺めてくるので、オマエもナデナデされたいか〜?ともち太郎の頭を撫でてみると、しばらく不思議そうな顔をした後「ふむ......良かろう」みたいな顔をしてオレの手を受け入れた。
何だか誰かさんに似ている気がして、二人と一匹をしばらく構った後、ソファーでウトウトしている“誰かさん”の頭も撫でてみた。
「......なんですか、キバナさん」
「いや、なんとなく」
「……そうですか」
やっぱり、こっちも満更ではなさそうだ。
3月16日
今日はマクワに甘えたい日らしく、チマとチキは朝からマクワの側にべったりだ。
「かまって〜」
「なでなでして」
「はいはい」
そんな三人をオレは微笑ましく眺めていると……
「キバナさんもされたいですか?」
マクワがオレをジッと見つめて言った。
「……え?あ、いや」
「遠慮しなくて良いですよ」
なぜかチキとチマまで期待に満ちた目でオレを見る。
「……じゃあ……」
オレはマクワに促されるまま頭をナデナデされると、マクワは嬉しそうに笑った。
「ふふ」
される側になると照れ臭いもんで視線のやり場に困っていると、もち太郎が「フッ......」とでも言いたげな顔をするのが見えたので捕まえて撫でくりまわしてやった。
3月17日
夕飯の仕込みでサヤマメの筋を取る。
チマとチキもお手伝いしたいというので、筋を取る練習をさせた。
「ここをにゅーっととるのがおりょうりじょうずのみせかた」
チマが器用に筋を引っ張りながら言った。
今度はチキがやってみたが……上手く取れないらしい。
「……むずかしい」
落ち込むチキを見て、見かねたマクワが手を添える。
「こうですよ、こうやってゆっくり」
「うん!」
コツを掴んだようで、チキは筋を取るのが上手になっていた。
「できたー!」
すっかり筋が取れたサヤマメの身の山を見て、マクワは拍手し、オレも感心した。
「上手にできましたね」
「えへへ」
「へへへ〜」
サヤマメの入ったボウルの横の皿にまとめた筋を興味本位かもち太郎がひと齧りしてペッと吐いた。
それを見て顔を見合わせたチマとチキも筋を味見しようとするがマクワに「やめなさい」と止められていた。
3月18日
いつもより早く目を覚ましたのでまだ寝静まっている家の中を忍び足で居間に向かうと、居間のソファーにいたもち太郎がオレを見るなりぴょこぴょこ跳ねた。
「オマエも早起きしたのか〜」と話しかけると、もち太郎は窓の前に行き、オレに窓を開けるように目線で促してくるので開けてやる。
ひんやりした朝の空気が室内に流れ込んできた。
するともち太郎はしばらく空を眺めた後、瞑想するように目を閉じた。
「......?」
何か地面や木などにチラチラと緑色の光が見えた気がしたがよく分からない内に収まってしまった。
もち太郎が窓に背を向けピョコピョコと戻っていく。
「何だったんだ今の……?」
もち太郎は何事も無かったかのようにソファーに乗っかった。
もういいのか?と聞くとコクリと頷く。
窓を閉めて居間の時計を見ると5時を指していた。
水でも飲むかと思い台所に行こうとしたところ、チマとチキが起きてきた。
「おふぁよんよんよ」
「ふにゃー」
「フフッ、おはよう」
二人の寝起きのぼんやりした様子に思わず苦笑する。
3月19日
今日はチマとチキの健康診断の日なので研究所に連れていく。
馴染みの研究員さんがもしかしたらそろそろ二人はポケモンのわざが使えるようになるかもしれないと話してきたので、チマとチキがソワソワしだした。
「ちまなんかわざつかってよ」
「じゃあ“あまえる”します」
チキが研究員さんの手に頭をすりすりしながらそう言った。
確かに甘えている......
「それわざじゃないぜ」とチキがいうとチマはむぅ、と呟いた後机の真ん中に立ちクネクネし始めた。
「りゅうのまい!」
「うそだぁ」
「なってるもん!いまちからがめきめきぐんぐんのびてるから!」
「ホント?」
研究員さんがチマの顔を覗き込み、問いかける。
「ほんとだよぉ」
チキが研究員さんの手に抱きつく。
しばらく研究員さんの撫でる手が止まらない。
診断結果は健康そのものだった。
3月20日
夕食後に皆でダラダラ眺めていたテレビで旅番組が始まった。
カロス地方のミアレシティという都市の特集だ。
近年再開発に力を入れている都市らしく、カフェやブティックなど様々な店が建ち並び常に人で溢れているという。
今回の旅人であるベテラン俳優が立派なホテルの紹介を始めた途端、チマとチキが歌い出した。
「しゅっしゅっ♪しゅーるりっしゅ♪しゅっしゅっ♪しゅーるりっしゅ♪」
......そういえばカロスのホテル特集って番組で見たなここ。
よほどその歌が好きなのか、場面が変わっても二人の歌は止まらない。
そんな中、ミアレシティのシンボルらしき塔が映ったところで、もち太郎がじっとテレビを見たまま動かなくなった。
「どうしたもち太郎」
声を掛けても、まったく聞こえてない様子だ。
「……?」
番組が終わってしばらくしても、物思いに耽っているかのような様子だった。
3月21日
今日はオレ一人でマクロコスモス研究所に来ている。
定例会で「ジガルデ」の資料が配られた日、マクワと二人でリーグに情報提供はしていたが、もち太郎について専門家の意見を聞いてみたかったのだ。
「なるほど、そのジガルデはキバナさんとマクワさんのお宅で発見されたのですね」
「はい」
「そうですか……」
研究員さんはしばし考えた後、「生物的な部分に関してはまだ未知の部分が多いのですが……」と言い、一度口を閉ざした後に続けた。
「基本的にはジガルデの行動に人間が介入する事は難しいでしょう」
「やはりそうですよね……」
「はい、そしてこれは通説なのですが、ジガルデは世界の秩序を守る為に行動していると言われています」
「世界の秩序?」
「はい、危機的状況に呼応して然るべき場所にジガルデが姿を現すそうです。故に彼らは根無し草の旅人です、ある日忽然と姿を消してもおかしくはありません」
「......」
話を聞いてもらったお礼を告げて研究所を後にする。
家に帰るともち太郎がチマとチキとくっついてうたた寝をしていた。
「こうしていると普通のポケモンと変わらないのにな」
もち太郎の頭を撫でながら呟いた。
3月22日
マクワがスマホロトムで写真を撮っている。
「珍しいな」
「最近写真って撮っていなかったでしょう?」
「確かに」
「おしゃしんとるの?」
「ええ。ほら皆並んで」
マクワが促すと、皆嬉しそうにマクワの側に寄る。
「はい、チーズ」
オレとマクワの相棒達が集合して、その中央にもち太郎を抱っこしたチマとチキがいる写真が撮れた。
「......良い写真が撮れたな」
しみじみと眺めていると横からシャッター音がした。
見るとデジタルカメラを手に悪戯っぽく笑うマクワがいた。
「次はぼくらとロトム達も一緒に撮りましょう」
「おっ、いいな!」
デジカメを三脚にセットし、今度はオレ達も混じって写真を撮った。
3月23日
以前泊りに行った事のある水辺のバンガローにまた泊まろうという話になり、皆で荷造りをしてやってきた。
「よわしさんこんにちは」
「あっちのぎゃらどすかっこいい!」
水辺に住むポケモン達を眺めながら散策し、バンガローに荷物を置いて一息つく。
皆思い思いに遊んだ後夕食を食べ終え、昼間はしゃいで疲れたのかチマとチキは早々に寝てしまった。
小屋の窓際に椅子を並べてマクワと二人で星空を眺めていると、もち太郎がマクワの膝にぴょい、と飛び乗った。
「一緒に眺めますか?」
マクワがそう聞くともち太郎はコクリと頷いたので、また窓の外の星空を眺めた。
何だか心が温かくなった気がした。
3月24日
霧がかった水辺の空気でヌメルゴンが朝からいきいきとしている。
今日は一日フィールドワークに興じてみる事にした。
小さな植物図鑑を手に湖周辺の植物を見て回る、図鑑と見比べて草の効能を調べてみたりなどした。
「……キバナさん」
「ん?どうした」
「この花って……」
マクワが指差した先には小さな白い花があった。
「ああ、“スノードロップ”だな」
「スノードロップ……」
「別名『春の妖精』だそうだぜ、春になると花が咲くんだ」
「……そうなんですね」
マクワが皆を呼んでスノードロップを見せると、皆好き好きに匂いを嗅いだりつん、と指先で触ったりして観察していた。
3月25日
今日はお泊まり最終日だ、帰る時に慌てないように予め荷物をまとめておく。
小屋のベッドの上でチマとチキともち太郎がスマホロトムに昨日撮った草花の写真を見せてもらっている。
「おにわのはなとはちがうのいっぱいだねぇ」
「くさもかたちがちがうぜ」
草原で見つけた、キャンプ場の経営者が設置したらしい不思議なオブジェの写真も見ていた。
「へんなかたちー」
「これよこからみるんじゃない?」
チキがそう言って首を傾げると、チマともち太郎も真似をした。
そんな様子を見てマクワはクスクスと笑っていた。
3月26日
チマがわざマシンのディスクをじっと眺めている。
そしてディスクケースの両端を掴み、ディスクをゆらゆら振りながら踊り出した。
「わざを〜おぼえるの〜ららら〜♪」
「その歌は?」と尋ねると「わざましんのうた!」と答えていた。
ディスクを落とさないように見守っていたら気が済んだのか元あったテーブルの上にそっと下ろした。
「何を覚えたんだ?」
「はかいこうせん!つよい!」
チマが得意げに胸を張る。
ずっと横で見ていたチキがディスクケースに貼られたわざ名の書かれたシールを指差した。
「いびきってかいてある」
見つめ合う二人。
しばらくして、チマがか細い声で「ンー......」と言って自室のベッドに潜っていった。
布団の端からちょっとだけ覗くつま先がささやかにパタパタとしている、かわいい。
3月27日
チマとチキがハンバーガーが食べたいというので仕事帰りにテイクアウトして夕飯にした。
食べやすいように小分けにして皿に並べると二人がピクルスを一枚抜き出して一口ずつ齧り、酸っぱそうに顔をキュッとする。
チマが「もちたろ、もちたろ」と、机に並ぶバーガーセットをキョロキョロと珍しそうに眺めているもち太郎にもピクルスを齧らせると、もち太郎も顔をキュッとさせた。
二人は何故か満足気だ......?
ハンバーガーはもち太郎の口にも合ったらしく沢山食べていた。
オレはオレで仕事疲れのぼんやりした様子でハンバーガーに齧り付くマクワの無防備な姿を愛でていたら途中でバレてしまった。
3月28日
今日はチマとチキともち太郎が庭に居たウールーと遊んでいる。
以前マクワに聞いた話だと、どうやら近所に住んでる誰かが育てているらしく、ウチの庭が彼の縄張りの一部になっているらしい。
二人と一匹はウールーの背に乗せられてはしゃいでいる。
ひとしきり庭の中をツアーした後、ウールーは別の場所に行くらしく皆はお見送りしていた。
「遊んでもらって良かったな」
「うん!」
「おやぶんともちたろもなかよしになった」
「親分?」
「うーるちゃんはまちにくわしいからみんなにおやぶんってよばれてるんだって」
「へぇ」
遠くからめぇ、と一鳴きする声が聞こえた。
......と、新たな仲間を交えた日々を当たり前のようにオレ達は過ごして来た。
その日も何でもないようなよく晴れた朝で、早起きなもち太郎が窓を見つめているので開けてやった。
するともち太郎はあちこちから集まってきた無数の光に包まれて、図鑑で見た事のある別の姿に変わっていた。
「もちたろ、がんばってくるって」
「ここからとおいとこにみんなでいく」
いつの間にか起きていたチマとチキがマクワに抱っこされた腕の中でオレにもち太郎の言葉を伝えてくる......
「そうか、行くんだなオマエ」
こちらを振り向いたもち太郎が一度頷くと、また無数の光となって空を駆け抜けていった。
オレ達は手を振ってしばらく見送り続けた。
......今回はここまでにしておこう。
抜けるような青空を見ていると、アイツも案外早くにひょっこりと戻ってきそうな気がした。
それじゃあ、またな。