pink cloud薄暗い寝室、目が冴えてしまったオレは眠気が来るまでの戯れに、腕の中で寝息を立てているマクワの頭を撫でていた。
サラサラの髪が手に心地良い。
くすぐったかったのか、小さく声を上げて身動ぎしたマクワに、起こしてしまったかと思ったが、また穏やかな寝息を立て始めたからほっとした。
「……ん」
そんな風にしばらく触っていたら、今度はもぞりと動いたマクワがオレの胸に頭をぐりぐりと押し付けてきた。
どうやら無意識のうちに甘えてるらしい。
なんだこれ可愛いな!?
「んふふ、かーわいいなぁもう……」
額に軽くキスをしてやると何やらムニュムニュ寝言を言っているようだが、まだ夢の中にいるようだ。
こんな無防備な姿を見せてもらえるくらいには信頼されているようで、とても嬉しい。
そんな幸せを噛み締めているうちにうとうとしてきて、オレはまた眠りについた。
「ん......?」
眠った筈のオレは大した時間も掛からずに再度目覚めて......いや、景色が妙だ。
以前一度だけ、閉店間際にマクワと一緒に入った事のあるナックルシティのバーガーショップ。
そこの客席のテーブルにオレは突っ伏して寝ていたようだ。
テーブルの向かいにはオレと同じ様に寝ているマクワがいた、まだ目は覚まさない様子だ。
店内は普通だがオレ達以外に誰もいない。
外の地面がピンク色の雲になっていて、
そこにたくさんのポケモン達がいて、楽しげに飛び跳ねたり遊んでいたりしていた。
ここは夢の中なのか?……それにしても、マクワと2人きりの夢とは珍しい。
いつもならダンデとかネズ辺りがゲストみたいに出てくる事が多いのだが……。
恋人が夢に出るなんて初めてかもしれない。
とにかく、フェアリーの世界みたいな外の風景の謎を明かす必要がある。
「マクワ」
ぽんぽんとまだ寝ているマクワの肩を叩いて起こす。
すると、目を擦りながらゆっくりと起き上がった。
「キバナさ……なんですかここ」
「わからん。起きたらここにいたんだよな」
マクワはキョロキョロ周りを見て不思議そうにしている。
オレさまだってよくわからないけど、これは夢......つまりここにいるマクワもオレが生み出した夢の一部だろう。
恋人の出てくる夢を見るのは悪くないもんだ。
「なんだかポケモンばかりいますね」
「そうだな、おーいオマエら!」
呼び掛けると皆一斉にこっちを見た。
そしてこちらへ寄ってきて何か期待するような目で見つめてきた。
「えーっと、何やってんだ?」
『わたし達、元々あなた達と同じ人間だったのよ』
「へ?」
『あなた達はどんなポケモンになるの?』
『一緒に遺跡に冒険に行きましょう』
「ちょっ、ちょっと待ってくれ!いきなりそんな事言われても困るって!!」
『大丈夫、怖くなんか無いわ!』
『私達みんな同じだったもの!』
「だから待てって!!話が急すぎるぞ!?」
突然訳の分からない事を言って詰めよられ、いやしかし夢ならノっちゃった方がいいのか?とも考える。そうこうしているうちに、周りのピンクの雲がどんどん集まってきて、1匹の大きな鳥のような姿になった。
その背中には人間の女の子が乗っている。
よく知っているような気がするのに名前が思い出せないのは夢だからか?
「あれ、は……」
「彼女だけ人の姿ですね」
「こんにちは、二人とも」
『この子は私達のリーダーなの』
「リーダー……ねぇ」
「......なんだか、ポケモンなのに、皆さん見覚えのある顔に見えませんか?」
マクワがオレにこっそり耳打ちした。
確かに、他の奴らもどこか見覚えがあるような気がする。
と、一匹がマクワに近づき何やら話している。
「どうした?」
「ええ......どうやら僕たちもポケモンの姿になれるらしいです」
「そんな……ってうわぁぁぁ!」
マクワの頭からぴょこりと、イワンコのような耳が生えて、腰からは尻尾が生えた。
おおー、かわいい。
じゃなくて。
「え〜マクワもかー。オレさまはどうだろなージュラルドンとか?」
「やっぱりドラゴンタイプに興味があるのですね。……あ、キバナさん、見て下さい」
マクワが指差す方を見ると、ムシャーナがふわふわと浮遊している。
アイツ、もしかしてこの夢を見せている張本人なのか?
「ムシャーナは夢を操ると言われているんです。もしかすると、あの子の仕業かもしれませんね」
「オレも同感……おっ、オレらの番が来たっぽいぜ?」
オレたちの身体は光に包まれた。
眩しくて思わず目を瞑ったがすぐに光が収まり、マクワは完全にイワンコの姿になっていた。
「あ、キバナさんは......ええっ!?」
マクワが驚くので窓ガラスに写る自分を見ると、オレはなんとムゲンダイナの姿に変わっていたのだ。
いやいやいやいや。
「いくらなんでもデカすぎだろ!?」
「でもかっこいいですよ、ドラゴンですし」
「そっかぁ?へへへへ、カッコイイカッコイー」
「……」
「あれ、オレさま今呆れられてる?」
「いえ別に」
『さあ、行きましょう!!』
ポケモン達の探検隊(?)の後をついていき、オレはマクワを乗せて雲の上の空を優雅に飛び回る。
「ははは、気持ち良いなー」
「そうですね、こんな体験なかなか出来ませんよ。……あ、あそこが目的地みたいですね」
「ん?あそこって……まさか」
「冠の雪原の辺りにある遺跡に似てますね」
「ああ、どうりで見覚えがあると思った」
オレ達一行は遺跡の前に降り立つ。
入口には見張り役のシャンデラがいて、中に入るには許可証が必要だと言われた。
『はいこれ、許可証よ』
探検隊の一匹がオレとマクワの腕......前脚?にバンドを巻いた。
よくあるシリコン製のリストバンドだが、一部何か入っているような硬い感触がする。
ダイマックスバンドみたいに、ねがいぼしでも入っているのだろうか。
よく見ると他の全員もつけている。
『許可証の所持者は速やかにお入り下さい』
そう言われて入り口をくぐると広い空間に出た。
奥の方へ進むと、大きな石碑があり、そこに刻まれた文字を読んでみると、どうやらここは古代の城だったようだ。
許可制度なんてあるくらいだからおそらくここには管理者もいるのだろう。
「ここで一体何をすればいいんだ……?」
『ここに眠る宝物を護るポケモンから出された問いをみんなで考えるの。謎解きに成功したら、素敵なプレゼントがもらえるわ!』
「ほう、面白そうだな!」
「頑張りましょうね、キバナさん」
それから、オレ達は次々に出題された謎を解き明かしていった。
しかし、この夢は何なんだろう?
先程のムシャーナはオレ達の後をつかず離れず着いてきているのだが……。
そしてついに、オレ達の出番がやってきた。
目の前の台座には、王冠を被ったポケモンが鎮座している。
『お前達が此度の挑戦者か』
「ああ、よろしく頼むぜ」
『お前に問おう。ここへ来るまで、多くの仲間達に出会ったはずだ。彼らとお前、果たしてどちらが強いと思う?』
「そうだな......オレだけではここに辿り着けていなかった。それが答えさ!」
オレが答えると、周りの皆が嬉しそうに鳴いたり喜んだりした。
『なるほど、皆の力を信じているという事だな。ならば見せてもらおう!』
そのポケモンが立ち上がると、地響きと共に全身が真っ黒に染まった。
「うわっ!?」
『我を倒してみせよ!……我が名はデスバーン!』
デスバーンは、その巨体からは想像出来ないスピードで動き回りながらこちらへ向かってくる。
「で、デスバーンってこんなデカかったか!?」
「ここは特殊なパワースポットだからキョダイマックスのさらに上を行く強化がされているのよ!」
リーダーの女の子が叫ぶ。
マジかよ。
デスバーンは巨大な腕を振り回し、強烈な一撃がオレ達を襲う。
だが、オレは咄嵯にマクワを乗せて飛び上がり攻撃をかわす。
マクワはオレの背中にしがみついている。
お姫様抱っこと洒落込みたかったが今のオレはムゲンダイナ、マクワはイワンコだからそうもいかない。
仕方ないからこのまま戦うかーと思っていたら、オレの身体に変化が起きた。
みるみるうちに大きくなり、デスバーンに匹敵する大きさになったのだ。
おお、これがムゲンダイナノチカラ!! なんて言ってる場合じゃないな。
とにかくコイツを倒してしまえばいいんだろ? デスバーンを捕まえて急降下し、そのまま地面に叩きつける。
どうだ? しかし、ダメージはあまり無いようで、デスバーンはこちらを試すような視線をオレに投げかけてくる。
他の面子は物陰に避難してこちらを見守っていた、マクワも避難組に合流している。
『がんばれー!』
『カッコいいぞ!』
応援の声が聞こえてきた。
なんだか力が湧いてきて、どんどん身体が熱くなる。
なるほど、これが皆の力か!
オレの身体はまるで炎に包まれているようだった。
未知の感覚だけど心地良い。
オレはデスバーンに突進していく。
相手は避ける素振りを見せたがオレは構わず突っ込んでいく。
激しい攻防の末、オレは遂にデスバーンの脅威を乗り越えたのだ。
「見事。認めてやるとしよう」
デスバーンの声が空に響き渡る。
すると、オレの身体が光に包まれて、元の人間の姿に戻った。
元の姿に戻っても、側にあった水たまりに映るオレはムゲンダイナの姿のままだ。
これはどういうことなんだろうか? 答えを求めるように後ろを振り返るとオレがもう一人いた。
オレが二人になって、周りも驚いている。
なんとなく思いつきで、オレは自分に向かって問いかけた。
「オマエ、さっきからついてきていたムシャーナか?」
もう一人のオレはニヤリとした笑みを浮かべると煙のように消えてしまった。
すると、その煙に包まれるように視界はピンク色に染まり......
「はっ!」
気がつけば、オレは自宅の寝室のベッドの上。
マクワは相変わらず隣ですうすう寝息をたてている。
夢の中での出来事だったはずなのに、マクワとオレの手首にバンドが巻き付いていた。
あのムシャーナはオレ達の夢の中に入り込んでいたのか? だとしたら、オレの中に入ったアイツは何をしたんだろう? まあいいや。
まあいいのか......?だってこのバンドなんだよ。
あれか?ムシャーナが夢を食べたお代として置いて行ったのか?なんか釈然としないなぁ……。
でもせっかくだし貰っとくか。
マクワとお揃いだ。
ふと、時計を見ると朝の五時を指し示していた。
まだ起きるには早い時間だけど目が冴えちまったな……。
などと考えていたらマクワが目を覚ました。
「えっ、あれ......!?この腕のは......」
この反応はひょっとしたら。
「マクワ」
「キバナさん......」
「オマエ、自分がイワンコになった夢見た?」
マクワが驚いた顔をする。
「なるほどなぁ」
「ど、どういう事なんですか?」
「夢の最初にバーガーショップにいたよなぁ」
「え、ええ......」
「今日の昼、あの店にバーガー食いに行くか」
「ええっ?」
その日の昼、オレとマクワはあのハンバーガー屋を訪れた。
夢と同じ席に座り、注文した品が届くのを待つ。
その時、オレ達の前をムシャーナが横切って、ふわふわ飛んでいったのだ。
「アイツ、多分オレ達の夢食って、お代にこのバンドを置いて行ったムシャーナだぜ」
「本当かなぁ」
マクワは半信半疑だった。
けどまあ面白い夢だったし、たまにはこんな不思議な事があってもいいだろう。
程なくして店員がテーブルにバーガーセットを並べていった。
オレ達は早速バーガーを頬張った。
うん、美味い。
おわり。