※台詞のみ「はぁ……」
(普段はほとんど気にならないのに、今日は雨の音がやけに響く。誰もいないとウチの共有ルームも静かなもんだな。こんな天気だってのに、ロックもどこかに遊びに行ってるみたいだし誰も……。……)
「意志のない役者、か……」
「はー、急に降ってくるから濡れたぁー。ただい……うわ。なーんかすげー暗いやつがいんだけどー?」
「ああ、玲司か。お帰り」
「おん……てかいや、どうしたのよ。なんかあった系?」
「なんかあった系。やー、ちょうどいいとこに帰って来てくれた」
「あ?」
「飯、作らせてくれない?」
「飯作ってくれるのは全然いいんだけど、なーんで俺の部屋なわけ? お前の部屋のが、道具も調味料も揃ってんだろ」
「ンー……今はちょっとばかし顔を合わせたくない人がいるから、かな」
「ふぅん? まいいや。そんで?」
「え?」
「え? じゃねーのよ。なんかあった系なんだろ」
「……話、聞いてくれんの?」
「野郎のそういう面倒くさい返しは求めてないの。会いたくない奴がいるのにわざわざ共有ルームにいるって、そういうことだろ」
「玲司は優しくて甘い割に、時々鋭くて厳しいよな。……うん、話すよ。――舞台の稽古があったんだ」
「あー、今『演出の鬼』んとこでやってんじゃなかったっけ。来月開幕の時代劇」
「そうそれ。今日から立ち稽古だったんだ。セリフや出ハケなんかも頭に入ってたし……悪くない出来だと思ってたんだよ、自分では」
「大黒もう台本外してく?」
「はい。相棒に付き合ってもらって読み合わせもしてきたんで。仮に止まっちゃってもプロンプさんがいますし、覚悟は見せていきたいなって」
「やる気あるなぁ」
「俺、円城さんの前で至らないとこ見せる勇気まだないかも」
「ではシーン三から」
(劇中劇 略)
「止めてくれ」
「っ、……まだシーンの序盤なのに?」
「流れは、間違ってなかったよな……?」
「一体どういう意図があって、その場に立ってその体でそのセリフを口にするんだ?」
「ッ、」
「意志のない役者は必要ない。去れ!」
「って……」
「うーわ、それは俺でもヘコむやつだわ」
「だよな。世界の天羽がヘコむくらいなら、俺が落ち込んでも仕方ないよなぁ?」
「岳。無理に茶化さなくていい」
「……。玲司さあ、やっぱ最近歩に似てきたよ」
「は? なんでそこで歩が出てくんの?」
「うんうん、仲良きことは美しきかな」
「はァ? マジで何?」
「……動きが良くないとかセリフが滑ってるとか、演出意図に合ってないならわかるんだ。でも、……意志がない、かあ。俺の演技は空っぽってこと?」
「……空っぽとは、ちょっと違う気がするけどな。岳って、あんまり自分が無いじゃん?」
「自分が……」
「いや、それ自体が悪いって言いたいわけじゃなくて。ありすぎても意見曲げらんなくて他人と上手くやれなかったり、理想と食い違って自分で苦しんだりするから、時と場合だと思うけど……。我を張らないし、ガツガツ主張してこないし、どっちかっていえば他人に気ィ遣って期待に応えたり世話焼いたりするだろ」
「まあ……うん」
「それはお前のいいとこだし、本当にすげーとこだよ。でも、もしかしたら円城さんにはそれが物足りなく見えてたのかもな」
「……飯、できたから、続きは食いながらでもいい?」