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    ネタバレとからくがきとか

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    11月の始春のはなし
    以前、始春Webアンソロ(http://13hjhrdays.web.fc2.com/)に書かせていただいたものです

    雪待ちの日は微熱を懐いて「……にも関わらずペアルックだもんなあ」
     待ち合わせ場所になっていた共有ルームに現れた始を見、思わず肩を竦めた。
     上から下まで目でなぞる、記憶にも残るダークグレーのチェスターコート。落ち着いた色味、大人っぽいシルエットが始によく似合うなと思ったのを覚えている。次いで自らの着ているものに目を落とす。髪色や雰囲気に合わせて選んでもらった明るめのキャメルコート、形は……始が着ているのとまったく同じもの。
     話は前日の夜に遡る。
     久々のオフを前に浮かれていたんだなと思う。いつまでもふたり寝ようとはせず、ベッドでキスをしたり指を絡めたりしながら睦み合っていた。
    「そうだ。九月に撮影で着たコートあったでしょ。そろそろ寒くなってきたから明日からおろそうかと思ってて。お揃いは嫌かもだから、一応報告しとくね」
     霜月も終わりに差し掛かり、風も冷たさを増してきた。現場にも風邪引きが増えてきたことだし、俺たちも用心しないとね、なんて話と共にそんなことを言っておいたのだ。それにも関わらずだ。
    「別に、嫌だなんて言ってないだろう。知り合いの前で晒すのが気に食わないってだけだ」
     始が心外とばかり鼻を鳴らす。それを世の人は嫌だって言うんだけど、とか、屁理屈言わないでよ、とか色々な思いが巡って、結局どれも言葉には行き着かず溜め息になる。噛み付いたところで無駄なのは長い付き合いでよくよくわかっているのだ。同年代の誰より大人びた風格を纏うくせ、変なところで子どもっぽいのも昔から変わらない。まあ、そんなところが好きだからいいんだけどねと思いつつ、やんわりと諌めてみる。
    「百八十超の大男が二人してお揃いのコート着てたら目立つでしょ。伊達眼鏡も形が近いしさあ」
    「サイズがでかいんだから、デザインがかぶることがあっても珍しいことじゃないだろ。他のアイテムはかぶってないから大丈夫じゃないか」
     始はハット、俺はニットのストールを合わせているから、パッと見は似通って見えない。確かに言う通りかもしれないが、天下のアイドル睦月始さまは、なんていうか、自分がひどく人目を惹く人種だという自覚が足りないと思う。
     そして段々とこの人は寧ろ俺とペアルックしたいのではないか、満更でもないのではないかという気持ちになってくる。本人に訊ねたところで「いやそんなことはない」と至極真面目な顔で、なんなら眉間に皺を寄せてそう返されるのに違いないが、ここまで引き下がられると邪推の一つもしたくなるではないか。
    「で、そろそろ出掛けないと時間なくなるぞ」
     終戦宣言はそんな呆気ない言葉だった。満更でもなかったのは俺の方だったか。わかったよ、といとも容易く折れて、コートを翻したのだった。

     ◇ ◇ ◇

     揃いのコートであてもなく街を行く。行く先は決まってないけれど、始と出掛けること自体が目的だからいいのだ。
     本格的な冬がすぐそこに迫っているだけあって、行き交う人々も厚手のコートを纏い、マフラーとマスクで冷たい風を凌いでいる。中旬くらいまでは小春日和が続いていたけれど、最近一気に寒くなった。今日もめっきり冷え込んで、このタイミングでおろしてきたのは正解だったかもしれない。
    「いいコートだな」
     デザインだけでなく防寒性にも優れている、温かいなと、恐らくはそういう意味なんだろうけど絶妙に言葉が足らない。俺ならそれでも十分わかると思っているんだろう、勿論わかりますけど。そうだね、と答える代わりに笑みを返した。
     チェーンの喫茶店の前に行きかかる。開いた自動ドアの間から、コーヒーの香りとキャラメルの甘い香り。混んでいるみたいだし寄り道はしないけれども、心惹かれて足を止める。壁に貼られた赤いポスターに目が吸い寄せられた。
    「へぇ。十二月から新作が出るんだって」
    「じゃあ今度飲みに来るか、ふたりで」
     何気ない君の一言、ああ、マスクをしてきて良かった。ひとりで来ることだって勿論できるのに、楽しむのならふたり一緒と、至極当然のように言う始に口元が緩んでしまう。その隣を、誰より近くを許されて随分が経った今でも、こんな些細なしあわせがくすぐったい。いつまでも浮かれているといえばそれまで、でも大切にされているのだと思うから浮かれてしまうのだ。
     小さな約束を携えて更に行く。周囲を見渡せば、少しずつ赤や緑の飾りが増えてきたなと思う。木々を彩るイルミネーションもこれから一月の間にますます増えていくことだろう。人々も身を寄せ合い、しあわせそうに笑う。冬は愛の深まる季節だ。
    「お祭りだね」
    「俺はこれくらい落ち着いている方が好きだけどな」
     人混みの苦手な始らしい発言だ。それでもクリスマスの気配を色濃くしていく街にも君は繰り出してくれるのだろう、……俺と一緒なら。自惚れているなと思うけれど、来月もこうしてふたり並んで歩いている自信があるのだ。始だけでなく俺もまた、隣に、一番近くに君を求めている。
     ねえ始、と胸につかえる愛しさを白い息と吐き出そうとした矢先、聞き慣れた電子音に遮られた。俺は設定をいじってしまっているから多分と思っていると、やはり始のスマホの通知だったらしい。
     一言断わってから画面をタップする指先は、息を吹きかけて温めてやりたくなるような、少し痛々しい赤。首筋がごわつくのが嫌だからとマフラーを嫌がるのと同様、手袋も億劫がるんだから。
    「誰から?」
    「恋から。明日の連絡だった」
     俺に対しては既読無視を決め込むけれど、下の子たちにはきちんと読了報告をするのもなんだか始らしい。しかし、かじかんだ指では上手に打てないようで、しばらく苦戦した後でようやく短い返信を終えた。
     スマホをしまい込んでポケットから出てきた手を捕まえる。その左手はひんやりと冷たくて、決して温かいとはいえない俺の手にも暖を求める。
    「……こら。見られたらどうする」
    「そう思うなら手袋くらいしようね?」
     文句を言いつつも、この手が振りほどかれることはない。そう、寒さからだけではなく俺たちは互いを求め合って、絡められる指先、じわじわと溶け出す体温が境を失くしていく。始の手を包んで温め得る、この大きな手が誇らしく思えた。
     帰ったら一緒に温かい紅茶を飲もうね。コーヒーでもいい。喫茶店の味には敵わないけれど、きっと君を温めるよ。
     でも今は始まりゆく冬を歩いて行こう。満更でもないペアルックのコートで、浮かれた足取りで、クリスマスカラーに染まりゆく街を、終わりに向かっていく年を。風に吹かれようと、雨や雪に降られようと、君と熱を分け合えばどこまでも行けるような気がしてしまうんだ。



    (雪待ちの日は微熱を懐いて)
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