夢の残り香「あなたにとっての天下って、なんですか」
稲葉江の歓迎会の終わり際のことである。
主役が曖昧になった頃を見計い、大広間の隅に逃げてひとり酒を煽っていた稲葉江のもとへ、主が真っ赤な顔を隠しもせずに近づいてきた。
稲葉江の新たな主は最近やっと成人を迎えたような若い娘である。第一印象は気弱そう、ただそれだけであった。とても天下を欲するような人間には見えない。
そんな主がどすどすと大股でやってきたかと思うと、開口一番そう尋ねてきたのだからすっかり面食らってしまった。よく見れば目がとろけそうなほど潤んでいる。主を追いかけてきた歌仙兼定が困ったように微笑んでいるから、どうやら彼女はすこぶる酔っているようだった。
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