Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    ichihaPcc

    @ichihaPcc
    桐刑まとめ置き場

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💫 💞 🎁 🌈
    POIPOI 25

    ichihaPcc

    ☆quiet follow

    10/10開催。桐刑WEBオンリー「ひとつきりの愛をささげる」展示用作品。

    桐刑ほのぼの全年齢向け。穏やかな時間。

    ##桐刑

    andante「どうしたんだい?帰ってくるには幾分早い気がするが」

     律儀なノック音、開けた扉の先に見慣れた……もといこの部屋へと足を運ぶ人物はほぼ一人だけのようなもので桐ケ谷が慣れた動きで扉を閉め、また刑部も当たり前のように鍵を掛けた。

     挙動の速さにわざとらしく顔を覗いてみるも察した刑部は溜め息混じりで呆れつつベッドの縁へと腰掛ける。特に気にした様子もなく桐ケ谷も隣へと腰を下ろせば刑部が読みかけていた本がシーツに突っ伏し挟んだ栞の飾りが窓からの風になびいていた。

    「昼食済ませたの?」
    「あぁ、さっき軽くね。そういうお前はどうした?皆と食事に出掛けた筈だが」

     およそ1時間ほど前に赤羽の提案で昼食は皆で食べに行かないかと桐ケ谷を含め殆どのオケのメンバーが参加した。刑部自体皆と一緒に過ごすのは嫌いではなかったが昼食は一人で済ませることの方が多く例に漏れずに今回も参加はしていない。
     寮内が静かな様子を見るに桐ケ谷は一人で帰ってきたようだ。疑問に思う前にオケメンバーがいない時を狙ってだろう自室へ来た桐ケ谷に心が浮き立つ。単純だ、本当に。顔までもにやけそうになるのを何とか耐えて眼鏡を押さえて平然を装う。今、此方が喜んだら相手の思う壺、それも嫌いではないがもう少し駆け引きを楽しみたい。

    「赤羽のオススメのラーメン食ってきた。うまかったから今度一緒に行こうぜ」
    「そうかい、それは楽しみだね」
    「だろ?サービスに俺の煮卵お前にやるよ」
    「おい」

     けらけら笑う姿に刑部も呆れつつも笑う。肩を寄せてスマホの画面に映し出されたラーメンは確かに美味しそうだ、煮卵の話をしていたのに問題の物が見当たらないのは誰かにあげたのだろうか?一ノ瀬先生あたりなら喜んで貰いそうだ。それはそれで面白くないので後で問い詰めてみようか。

    「なーに笑ってんの?」
    「いや、別に。楽しそうで何よりだと思ってね」
    「拗ねんなって、次は二人きりで行こうって言ってんだから」

     何気無しに出した声は思った以上に含みを持たせてしまっていたようで駆け引きを楽しむ以前に負けは此方か、最初から結果は分かっていたようなものではあるのだが。


    「皆はどうした?」

     ふと桐ケ谷が帰宅してから他のメンバーが来ないことを改めて問う。現地解散で桐ケ谷だけ戻ってきたのだろうか?それにしても一人だけというのは少々引っ掛かりがあり刑部は首を傾げる。

    「飯食ったあとそのまま遊びに行った」
    「お前は誘われなかったのか?」
    「ん、お前いねぇし断った」
    「……そうか」

     単純な自分は桐ケ谷の言葉ひとつで簡単に浮かれてしまう。一瞬瞳を弧に描いた桐ケ谷にはおそらく悟られている。けれど揶揄う訳でもなく無邪気に笑うだけだった。
     オケのメンバーは中華街まで遊びに行ったらしい。そっちも今度一緒に行こうとスマホをスクロールする画面には中華街の光景が広がっていた。デートの誘いに照れる歳でもないのだが嬉しいことに変わりはなくて無意識の内に頬が熱くなっていく。

    「皆んなに内緒でこっそり行こうぜ。昼間じゃバレちまうから夜に行くのもいいかもな」
    「そうだね、楽しみだ」
    「おっ、夜に出掛けるなんて〜とか言わないんだ?」
    「何を今更。皆には話せないような所へ何度もしけ込んでいるのに?」

     それもそうだと桐ケ谷は納得した。夜出歩くのは慣れたものだが地元から離れた土地というだけで年甲斐もなくわくわくしてしまう。元来好奇心旺盛な刑部は名所の写真を見ただけで想像が膨らむのが止められないでいた。

    (あ、楽しい時の斉士の顔)

     トランペット吹いてる時もこういう顔するんだよな。普段は細めてる瞳がガキの頃のように大きく広がって大好きな金色が惜しげもなく晒される。昔は俺だけの特権だったのか今では他大勢の前でも晒されてしまうようになったのがちょっとだけ寂しかったりする。
     けれどこいつと何の障害もなく音を合わせて大観衆のステージで演奏できる今が夢みたいに幸せだ。           


     そして何よりもこいつのトランペットの腕前が認められる環境が眩しくて、心の底から俺は嬉しかった。


    「晃」
    「ん?」
    「どうしたニヤついて」

     思っていたよりも顔に出てしまっていた。別に隠すつもりもないし、指摘してきた刑部も嬉しそうだし。
     
    「そんなにニヤついてる?」
    「あぁ、それはもうだらしない位に」
    「ふはっ、マジか。ヤベェな、お前とのデート楽しみ過ぎるのかも」
    「まったく、まだ計画も出来てないというのに気が早いな」
    「お前だって一緒のくせに」

     うりうりと肩を寄せて桐ケ谷はおどける。ふっと気の抜けた笑いが空気に溶けて刑部は桐ケ谷の肩に頭を寄せて目を閉じた。 
     日に当たった肩口からぽかぽかお日様の香り、ランドセルを背負っていた頃から変わらない大好きな桐ケ谷の香りに安心して不可抗力とも言うべきか瞳が重くなるのを感じた。それに気がついた桐ケ谷が刑部から眼鏡を抜き去り二人一緒に暖かなベッドへと沈み込む。ぼふっと音を立てて空気が震えて何処か懐かしい香りが部屋中を立ち込める。

     秋晴れの日差しと桐ケ谷の体温がじんわり伝わって微睡みに欠伸をひとつ。

    「あきら」
    「ん、皆んな来るまでちょっと昼寝すっか」

     あぁ、でもせっかくの二人きりなのにちょっともったいないな、もっと晃と触れ合いたいのに、戯れたいのに。そんな子供みたいな言い分を頭の片隅でぼんやりと思うけど背中をとんとん、心地のよいリズムが俺をどうしようもなく安心させて何もかも曝け出させて駄目にしてしまう。




     開けた窓から吹き込む甘く優しい仄かな香り、懐かしい日々を思い起こさせる懐かしい香り。ランドセルが身体よりも大きく感じていた頃、刑部と出会ったばかりの頃、本当の刑部斉士を知った頃、斉士と親友になった頃、それから───。
     思い起こすのは全部こいつとのぱちぱちきらきらした思い出ばかり。血の気の多いこいつに似合わない形容に我ながら苦笑しつつも本当のことだから仕方がない。腕の中の癖のある柔らかな深緑を思いっきり吸い込む、やっぱりガキの頃から変わらない斉士の香りがした。放られて迷子になっていた手を取って絡め唇を寄せる。閉じかけの金色が愛おしそうにそれを眺めていた。




    「おやすみ、斉士」
    「おやすみ……あきら」

     夢の中でもきっと君だけど手をつないで。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    ✨✨✨💗💗💗💗✨✨✨💞💞💞💞💞💞💞💞💞💞💕💕💕❤❤❤💖💖💖💖😭😭👏👏💖💖💖💖💖💖
    Let's send reactions!
    Replies from the creator