冀望の園①『冀望教会』について
彼らは“青の色素を生まれ持つ者”が人類を救うために使わされたと信仰する宗教である。
神から与えられた聖典を守り忠実に仕える者だけが、死後神の暮らす“冀望の園”にいくことができると信じている。
古くから伝わる神話が元になっているが、現在の宗教団体は約50年ほど前に生まれた新興宗教である。
当初は神の使いの“奇跡”や”神からの神託”が信仰の対象であった。
その後、巫女が“冀望の園”へ旅立ってからは”神託”の内容をまとめた本を聖典と呼び、その教えを学び知らせることが信仰の対象となる。
しかし戦後である数年前から“生き神”と呼ばれる神が人間の姿となってこの世界にやってきたと教え始め、植民地という不安定な情勢の中、信者を増やしている。
“生き神”が住む本部のことを教団は“冀望の園”と呼び、多くの信者と共に共同生活を営んでいる。
この作品はフィクションです。実在の宗教や人物、団体とはなんの関係ありません。
【要素】
・軍パロ
・オカルト要素
・死ネタ
・後味の悪い終わり
・架空の宗教団体
・兄弟設定
壁に掛けられた一丁の蝋燭が部屋を照らしていた。
薄暗いその部屋は質素な劇場のようであった。
舞台と椅子の並ぶ客席。
そして舞台の上には豪華な椅子が一脚だけ置かれていた。
ゆらゆらと揺れる炎に照らされながら、客席に人が満ちていく。
とある人は疑いに満ちた目で、とある人は敵意に満ちた目で、とある人は縋り付くような目で、とある人は希望に満ちた目で、舞台の椅子を見つめていた。
突然、室内を頼りなく照らしていた蝋燭の火が突然消える。
直後、ざわめく人々の頭上のシャンデリアに火が灯る。
そして舞台の椅子の上、青年が静かに座していた。
とある人は『目線を逸らしている間に移動したのだろうと思った』と話し、とある人は『明るい光で目を眩ませたと思っていた』と話した。
しかしとある人は目撃していた、青年が椅子の上に霞と共に出てきたのを。
夜空のような瞳を光らせて、青年は声を紡ぐ。
異郷の国の歌、意味も、込められた想いも。
なにもわからない、理解できない、不可思議な歌。
しかしその歌を聴いた者の脳裏には見たことも想像したこともないほど美しい園が広がる。
その歌を聞いたものはいる者は皆、悟る。
目の前にいる青年は“神”なのだと。
冀望の園
賑わう街から国の辺境の地へと車を走らせる。
段々と木々や畑が増え、そして荒れ果てた土地が増えてゆく。
畑で働いているのは老人と女子供。
廃墟の家には戦争の爪痕である銃痕が残っている。
数年前の戦争で我が祖国に負けたこの国はまだ傷を癒せないままだ。
隣で車を運転するショッピは先の戦争で幾つもの勲章を貰った優秀な軍人である。
前線で戦っていたという彼は任務の内容について話すことはない。
本当の事はわからない、けれど彼はこの近くで沢山の人を、あの痩せた女の夫や子供の家族を殺したのだろう。
戦場に行ったことのないチーノは彼の心情を想像できない。
彼はいつもと変わらない無表情のままだ。
今回の任務は宗教団体『冀望教会』の潜入調査。
教団の薬物密造の証拠を見つけ本部へ持ち帰るまでが任務。
とはいえ実戦経験の乏しいチーノにとっては初めての実戦の任務。
武器や連絡用の端末も持ち込めない、持っていけるのは文字盤を特定の回数押し込めば本部に緊急連絡を届ける腕時計のみ。
その上ツーマンセルを組んだ相手は何を考えているか全くわからない相手。
心の中で何度目かわからないため息をつく。
任務が失敗しようがどうでもいい。自分さえ無事に生きて帰れればそれでいい。
そう心の中で願いを唱える。
そうこうしているうちに車は目的地に近づく。
木々の隙間を抜けた視界の先に、谷間の教会の全貌が見える。
信者が男女に分かれて住んでいる大きな家が二つに、白のゆったりとしたガウンを着た信者が働く畑、畑側の小屋。
そして、神の住まうとされる神殿。
元々市街地にあった本部である教会は戦争で崩壊したそうで、この教会は元々あった廃村を元に作られたものらしい。
とりあえず叩き込んだ資料は端から端まで覚えている。
門へと車は近づいていく。
深呼吸をして下を向く、そして前を向く。
園への扉が開かれる。