はじめてのホットケーキ「菓子を作ってみたい」
エンの部屋で二人、穏やかに過ごしていると、思い立ったようにキルシュが呟いた。
「作ったことない…よね。王族だから…」
「あぁ。だからこそだ」
「じゃあ、一緒に作ろうか」
二人で、翠緑の蟷螂の本拠地の台所に向かった。
「それで?何を作るのかな?」
蟷螂のプリントが妙に可愛らしいエプロンを着ながら尋ねる。
「ホットケーキを作ろうと思うんだ」
「君がよく作ってくれるね。ふわふわで甘くて…私もあれは好きだ」
「ふふ…嬉しいよ。じゃあまずは手を洗ってね」
「わかっているさ」
手を洗い終わると、ボウルが用意されていた。
「まずは粉を入れてね」
渡された小袋一つをボウルにそーっと入れると、次は卵を一つ渡された。
「割ればいいのだろう?」
「そうだよ」
慎重に流しの縁に殻を当てたが、慎重過ぎて割れない。
「もう少しか…?」
もう一度やると、少しひび割れてボウルの上に持ってくると指を入れるようにして殻を割る。
殻一つ入ることなく卵は粉の上に落ちた。
「キルシュ君はやっぱり器用だね」
「そうでもないさ」
「あ、もう一個あったんだ…」
エンは卵を手に取ると、躊躇わずに額で割った。
「(蟷螂団なんだな、彼も…)」
関係ないと思うのだが。
「次は牛乳を入れようか。上から二つ目の目盛りくらいまで」
計量カップと牛乳を渡されると、ちょっと多くなったがそれをボウルに入れた。
「あとは混ぜるだけだよ」
「簡単じゃないか!」
そう張り切って泡立て器で思い切り混ぜると、粉が舞って噎せた。二人で。
エプロンを真っ白にして混ぜ終わると、フライパンにバターをしいて、少しダマの残る生地をお玉で掬って流し込んでいく。
「円形にならなかった…」
「そういうものだよ」
「君のは綺麗じゃないか」
「慣れ、かなぁ…あっ、焦げちゃうよ!」
「何!?」
慌ててひっくり返すと、まだ柔らかい生地が飛び散って歪さが増した。
全て作り終わり皿に盛る。
焦げて、形も歪で美しくないホットケーキ。
隣の皿の、エンが作ったものは完璧な円形で色も良い。お手本通りの美しいホットケーキ。
「……」
落ち込むキルシュの背を撫でながらエンは言う。
「誰だって最初はこんなものだよ」
キルシュの焼いたものを一枚手に取って一口、二口。
「うん、美味しいよ」
それが形だけの賛辞だとしても、嬉しくてキルシュは思わずエンを抱きしめた。
いつも完璧な君が見せるちょっと不器用なとこ。
そこがとても可愛らしくて、抱きしめられながら微笑んだ。