アダリスの夏休み私には母がいない。気づいたらいなかった。
父はいる。でもハンターだから家にはほとんど居ない。
「親無しアダリスー!」
「可哀想なやつー!」
別にそれが辛いとは思わない。
いないものはいない。それを求めたって意味が無い。
「おい、無視すんな」
「邪魔。殴るよ」
「やってみろよ」
「いいの?」
私が睨むだけでいじめっ子達は逃げていく。
目力が強いとかじゃない。
威圧するだけで逃げてく。多分本能が殺気を感じているんだと思う。
なんで中学生なのにそんなこと分かるかって?
知らない。
気づいたら分かってた。
リスタル叔父さんはそれを『念』って呼んでた。
叔父さん曰く私は天才らしい。
……どうでもいい。
天才になったところで私の欲しいものは手に入らないんだから。
友達とか特に。
潮風薫るバルコニー付きの家に帰ると、叔父さんの家から派遣されてるメイドさんがおやつを用意して待っていた。
「アダリスお嬢様、おかえりなさいませ」
「ただいま。今日はもう帰っていいよ。明日から夏休みだし家のことは一人で出来るから」
「かしこまりました。何かあればお電話を…それと、先程お父様から御連絡が。今日は帰ってこれるそうです」
「わかった。いつもありがとう」
おやつのマドレーヌを食べながら宿題をしていると、ドアの開く音がした。
「ただいま、アダリス」
「おかえり、父さん」
私の父さんはUMAハンター。しかも一ツ星。
本だって出してる。凄い人。
でもそれを鼻にかけたりしない、寧ろ謙虚すぎる。
「今回はいつまでいるの?」
「一週間後にはハンター試験の試験官として出立しなければならないな……折角の夏休みだと言うのに、済まない」
「ううん。お金も沢山あるから適当にゲーム買って遊ぶよ」
「そうか……」
アダリスは笑わない。そして、何も望まない。
親としてこれがどんなに辛いことか。
ラキを亡くしてからこの子の世話を、彼女の家の方に任せていたせいだろうか。
かと言って今更どう接していいか分からない。
だからせめて、この一週間は……。
携帯が鳴った。
「もしもし……はい、ええ、わかりました」
電話を切った時、父さんが酷く悲しそうな顔をした。
「仕事?」
「……出立が明日になった。試験官の一人が事故で死んだからその埋め合わせを決める会議が入った」
「そ、わかった。頑張ってね」
薄情な返事かもしれない。だって私は分からない。普通の子供がすべき反応が。
というか、無駄に引き止めて今バレたら怒られると思ったから。
……ハンター試験、受けること。
朝起きると既に父さんはいなかった。
いつも通り朝ごはんを食べて、着替えると、父さんの部屋に入った。
必要最低限のものしかない、生活感のない部屋。
それなのに、ベッドだけはやたらと大きい。
これもバレたら困ること。そのベッドの下に隠した刀を回収する。
灯台もと暗し。ってやつ、父さんは私の事気にかける暇なんてないと思うから気づいてないはず。
次に部屋に行ってリュックサックと、叔父さんを上手いこと説得して書いてもらった申込書片手に私は港に向かった。
船内にはアダリスよりも体格のいい男たちしか居ない。
だが、そんなことで引け目を感じるような女ではなかった。
堂々とした態度で、ハンモックに揺られながら携帯を弄る。
そこに翠の髪の少女が声をかけてきた。歳は自分より少し上か。
「ねぇねぇ」
「何?」
「あなたの刀カッコイイね。見せてよ」
「やだ」
「アタシの見せてあげるから、ね?」
「…それならいいけど」
少女と刀を交換すると、この世のものとは思えない程の軽さに目を丸くする。
「凄い軽い…どこで買ったの?」
「秘密。ねぇ、あなた名前は?アタシはキラ」
「…アダリス・マクマホン」
「いい名前ね!そうだ!一緒に行こ?」
「別に、いいけど」
何故か、少女の提案を断れなかった。
嵐を乗り越え、港に着いた時点で残っていたのはアダリスとキラだけだった。
「探すよ、会場」
「わかった!」
褪せた紫の髪を潮風に靡かせて歩くアダリスについて行くキラの顔は、どこか慈愛に満ちていた。
「アダリスは家族いるの?」
高層ビルの最上階にあった会場を無事探し出すことが出来た二人は、大半が大人達で溢れたホールの中で雑談をしていた。
「…母さんは二歳の時に死んだけど、父さんはいる。でも家に帰ってくるのは年に数回。ハンターだから」
「寂しくない?」
「別に。小さい頃からそうだったし、もう慣れたわ。それに、ハンターしてる時の父さんが好きだから」
「仕事してるとこ見たことあるんだ」
「一回ね。五歳の夏に。次は私が訊く番…」
すると、メガホンを通した大声が会場中に響いた。
「よく来たな受験生共!」
用意されたステージにいつの間にか立っていた、白地のスーツを着たヤクザみたいな男。
アダリスはその男を知っていた。
「あ、ナックルおじさんだ」
「知り合い?」
「父さんの友達」
「俺は一次試験の担当を務めるナックルだ!今から一次試験を行う!何、簡単な事だ。一時間以内にこのビルの一番下に行け。ただし、出れるのは526人中200人ちょっとってとこだな」
人数制限を言ったのには訳があった。制限を設ければ焦って争いが始まるからだ。
それに飲まれることなく試験を突破する冷静さを持つものを見極めるのが一次試験。
「それでは…始めェ!!」
瞬間、殴り合いが始まった。
「(あーあ、阿鼻叫喚だなこりゃ。案外そういう馬鹿が多かったってことだ)……ん?」
硝子が割れたような音がして、ナックルがそちらを向くと、割れた窓ガラスの傍に見知った顔が。
「アダリスじゃねぇか…!いつかは受けると思ってたけど早すぎねぇか??」
「飛ぶの?大丈夫なの?」
「問題ない。一緒に来たいなら掴まってて」
「う、うん…」
乱闘の音を背に、アダリスはビルから飛び降りた。地上までは500メートル、普通だったら無事では済まないのだが……。
「(足元にオーラを集中させてクッションにすれば…)」
ふわり、と優雅に降り立つと、ビルの中に戻っていく。
「なんで戻っちゃうの?」
「一番下…地下もありえる」
「なるほど!」
地下に向かう道を探しながらアダリスは思った。
「(……軽すぎる、この子何者なの…?)」
非常階段を見つけ、降り続けて行くと、扉が見えそれを開けば広間に着いた。
そこでは、ナックルが待っていた。
「お前が一番乗りか、アダリス」
「余裕よあれくらい。裏の方は合格してるようなもんだし」
「だからって気は抜くなよ?そこの扉から出てちょっと進めば二次試験だ」
「わかった。……父さんには言ってないよね?」
「言ってねぇよ」
「そっか」
刀片手に去っていくその後ろ姿、昔を思い起こさせた。
「やっぱアイツらの子だな…」
二次試験の会場はやけに暗かった。
「照明切れてるのかな」
「さぁ?」
等と話しているうちに一次試験の合格者が集まってきた。
ある程度集まったところで、青いスポットライトが会場の中央に現れ、その下に艶やかな黒髪の女が立っていた。額の水晶が目を引く。
「526人から183人…まぁまぁってとこかしら。あたしはパーム…この二次試験の試験官を務めるわ。」
「アダリスちゃん、あの人も知り合い?」
「まぁ、ね」
「二次試験の内容は、暗闇になったこの会場から外に出ること。でも気をつけてね獣とか放してあるから」
パームは伝えることだけ伝えると、スポットライトが消えると共にどこかに行ってしまった。
その後、会場をぼんやりと照らしていた明かりが全て消えてしまい、周りがざわつく。
その中で、アダリスだけは迷わずにドアを見つけて進んでいた。
「凄いね、見えるの?」
「一応」
目にオーラを集中させて、アダリスは追っていた。パームのオーラを。
その後にキラが続く。
ある程度進んでいると、アダリスは立ち止まった。
「どうしたの?」
「なにか来る…」
気配を感じて、刀を構えるアダリス。
瞬間、闇の中に光る一対の黄色い瞳。それが襲いかかってくると同時に刀を縦に振れば、肉を裂く感触が。
「ほんとに獣がいる…モタモタしてたら駄目ね、行くよ」
「わかった!」
暗闇を歩く中、キラは話しかける。
「アダリスは友達いるの?」
「いない。親無しってからかわれてるし、そもそも母さんの方の実家が金持ちだからそれで嫌われてるし。まぁ、母さんの事顔すら知らないんだけど」
「親なし、か…」
「キラ、私も聞いていい?」
「なぁに?」
「何者なのあなた」
「………もう少ししたら分かるかもね。あ!出口!」
差し込む光に向かって走り出す横顔は明るくも意味深に笑っていて、アダリスの疑念は深まった。
久しぶりに浴びた光は暮れかかった橙の太陽の光。
森を背に立っていたのは父だった。
「アダリス!?」
「そんな驚いた顔しないでよ。いつかはそうなる気してたでしょう?」
「それもそうだが……だが、早すぎる」
「何で?念も使えるんだけど。過去には私より若い子も合格してるんでしょ?」
シュートはアダリスから目を逸らして言った。
「帰るんだ。せめて、高校を卒業してからにしろ」
その言い草に、アダリスの眉間に皺が寄った。
「いつも居ないくせに、心配はできるのね」
「………!」
「それが出来るなら、なんで傍にいてくれないの?母さんのことを教えてくれないの?
………本当は、私の事愛してないんでしょ」
アダリスは最後の一文を吐き捨てるように言って、次々と後ろの建物から出てきた合格者達の中に消えた。
「いいの?あんなこと言って」
三次試験は森の中でプレートの奪い合い。三枚奪ったら合格。
適当な拠点を探しながら、二人は歩く。
「………キラには関係ない」
「そっか。で?どうするの?目星は付けてるの?」
「全員」
「え?」
「全員分奪って父さんに見せつけるの、私は強いって。……だから悪いけど、あなたのも」
振り向いたが、キラの体のどこにもナンバープレートは付いていなかった。
「取られた、の…?」
「ううん、最初から持ってないよ。だってアタシ、あなたにしか見えないの」
「馬鹿言ってんじゃないわよ…」
「ホントだよ。ほら、そこの湖で二人並べばわかるよ」
恐る恐る湖の傍に来て、水面を覗き込むとそこに立っていたのはアダリス一人だけであった。
「……納得いったわ。軽いのも。あなた、幽霊なのね」
「そう!アダリスが願ってくれたからやっと来れたんだよ」
「それってどういう意味?」
キラはアダリスの胸にそっと左手を伸ばす。
「五歳の夏の事、思い出してみて」
父さんに連れられて、生物調査の仕事を見届けた後…そうだ、お祭りがあったから行ったんだ。
願いを込めて川に自分で作った草舟を流すやつ。
確か……
「母さんに、会いたい……」
いつの間にか俯かせていた顔を上げて、キラの方を見ると、右目を眼帯で覆ったお淑やかそうな美女が目の前に立っていた。
「キラ……?」
「それは偽名。ホントの名前はラキ。あなたの…お母さんよ」
普通だったら信じられないだろう。
だが、自然と信じる気になれた。
自分と同じ萩色の目を見ていると。
「これだけは叶えたいっていう願いを叶える…それがあなたの能力」
「そう、なの…?」
「ええ。でも気をつけて、これは後二回しか使えないの」
「わかった……」
アダリスはその時、閃き、そして強く願った。
「じゃああと一回今使うわ。あの時は自覚してなかったから幽霊として出てきざるを得なかった…しかも、時間かかったし」
「アダリス……?」
「自分の能力を自覚した今なら出来ると思う……答えて、私の能力…」
『願い星の一生(ミーティア)』!!!
「母さんを生き返らせて…!私は…家族三人で、暮らしたいの…!!」
衝動で握った母の手に質感と温もりを感じ始める。
「嘘……ほんとに、アタシ……」
「母さん……!」
横目で水面を見ると、ラキの姿がそこにあって、思わず抱きしめた。
「母さん……っ、ずっと、会いたかった……」
「凄い子ね、アダリスは…流石アタシとシュート君の子供だね…」
やっと触れれた我が子の温かさを、しかと確かめると離れるラキ。
「さ、頑張るのよアダリス。あなたなら皆のプレート取れるわよ!だってあなたは最高のハンターから生まれたのよ!」
ニカッと笑ったその顔につられて、アダリスは人生で初めて心から笑った。
言いすぎただろうか…。
シュートはすっかり暗くなった空を見上げながら思う。
「ラキ、お前ならどうしてた…?」
「笑ってたんじゃない?」
後ろから声をかけられて思わず振り向くと、95人分のプレートを持ったアダリスが立っていた。
所々かすり傷やら何やらあるが元気そうだ。
「アダリス…!お前、一人で全員を……?」
「そう。だって私…最高のハンターの子供だよ?」
先程とは違って明るい雰囲気になったアダリスに疑問を覚えながら、シュートは訊いた。
「そう言われたら親らしい事をしないとな……母さんのこと…死んだ時の事を知りたいか?」
「うん」
「分かった。本当は大人になってから話そうと思ってたが、俺が思ったよりお前は成長していたんだな…」
母さんは、明るくて強くて…日陰にいるような俺には勿体ない人だ。
お前が二歳の時、母さんは依頼で辺境の村に行った。
そこで疫病にかかってな…それを聞いて俺が病院に駆けつけた時には…隔離された病室で事切れていたんだ…。
「彼女の最後を看取れなかった、きっと言い残したいことが沢山あったはずなのに……!」
悔やむ様に俯いたシュートの右手を優しく包み込む一回り小さな手。
アダリスだろうかと横を向いたら、驚きで思わず尻もちをついたシュート。
「ラキ!??お、お前は死んだ、はず…」
「なーんと、生き返っちゃったの!アダリスのおかげでね」
「え…?…いや、まさか、固有能力まで身につけていたのか…!?」
パニクりまくっているシュートにアダリスは説明した。
「……成程、な?」
「まだ信じられない?」
「ああ、あまりにも突拍子すぎるからな…しかし、念能力はまだ謎が多い…こうなっても不思議ではないのか」
「まぁ難しく考えずに…というかアダリス、ハンター試験合格じゃない!?ほら、上に報告報告!!そうだ!ごちそう考えなきゃ!!」
一人でキャッキャとはしゃぎだすラキを見て、夫と娘は夢を見ているような気になる。
「良かったね、本当に…」
「お前がいたからさ、アダリス」
優しい手つきで、同じ色の髪を撫でた。
試験から帰った後は、家でパーティ。
泣きまくるリスタル叔父さんと、ナックルおじさんの顔がちょっと笑えた。
それから、残りの夏休みは家族水入らずで旅行したり、買い物行ったり…人生で一番楽しい夏休みになった。
きっと、これからはもっと楽しくなると思う。
だって『親無し』アダリスじゃないから。
私は、最高のハンターの子供、アダリスだ。