rugosa rose貴方の恋愛対象じゃなくてもいいの。
「スペードの残党討伐、ですか?」
「そうなんだ。粗方倒したと思っていたんだけど…まだ厄介なのが残っていたらしいんだ」
エンはフォルトゥーナに資料を渡す。
「バシリス……あー、そういや国境警備の人達から聞いたことありますよ。とんでもなく強いって」
「そう。その彼女が国境付近に現れて暴れてるらしいから増援部隊として行かなくちゃならないんだ…」
途端に表情を曇らせるエン。
「どうしたんです?」
「……危険だから、君を連れてきたくないなと思って」
「心配してくれてるんですか!?マジ嬉しいです!大丈夫ですよ!だって、あたしのクジ魔法は最強ですから!」
明るく返して、フォルトゥーナは準備の為に部屋に戻っていく。
その背中をエンは不安そうに見つめていた。
国境付近の前線基地に着くと、怪我人が所々に横たわり、無事な者はその手当に追われていた。
「散々じゃねぇの」
「折角スペードの悪魔を倒して平和になったと思ったのにね」
共に編成されていたガナンとギャズが言う。
「あー!待ってたよ!」
「ラクテウスさん!」
基地に属するいくつかの隊の総隊長であるラクテウスが増援部隊を出迎えた。
「戦況は、どうなんですか…?」
「バシリスとその部下であるギムレットが暴れていたんだけどね、ギムレットだけはカサブランカ君とフォシル君が倒したよ……ただ、それに逆上したバシリスから逃げる時に、フォシル君が死んでしまったんだ」
「カサブランカは?」
「彼女は………フォシル君の無惨な死に様がショックだったようでね、戦場に立てなくなってしまった」
「絶望的、っすね」
暗い雰囲気になる現場に、見張りの魔法騎士が慌てて駆け込んできた。
「バシリスです!!バシリスが、やってき…」
飛んできた紙の刃が見張りの頭を斬った。
「まだこんなに、生きていたのか…」
欠けた両腕から無数の紙の手を生やして侵入してきた淡い紫髪の女。
その顔の右側は複数の眼がついており、生やしている白い手達は赤黒く染まっている。味方を方無理続けた証拠だ。
「バシリス、もう君の好きにはさせないよ」
ラクテウスは魔導書を構える。
「俺たちがいるからな!」
「化け物には帰ってもらおう」
ガナンとギャズもそれぞれ構え、エンも魔導書を開きつつ、フォルトゥーナを後ろに下がらせる。
「エンさん、あたし…!」
「君のクジ魔法はリスクが高いけど、一発逆転の可能性もある…機を見て使うんだ」
「…了解です。でも一応開いときます」
フォルトゥーナが魔導書を開けば、紫色の耳の長い生き物…Mr.ディールが現れた。
「呼ばれて飛び出て……という雰囲気ではなさそうですな。フォルトゥーナ嬢」
「うん。めちゃくちゃ強い奴来てるからね」
ラクテウスが一歩前に出た。
「行くよ……星座魔法、白羊の…っ!?」
しかし、魔法を発動する前に両手首から先を失った。
「鈍いな」
「ラクテウスさん!」
「問題、ないよ………っ、ギャズ君、ガスは!?」
「もう既に撒いているから、貴方は下がっていたまえ。指揮は僕が引き継ごう」
「喋っている暇があるのか?」
「なっ…」
瞬時に伸びてきた紙の手はギャズの喉を貫き、そのまま伸び続けて、上に飛び上がって奇襲しようとしていたガナンの胴を斬った。背骨でギリギリ繋がる程度に。
「嘘、だろ……っ」
「増援にしては弱いな」
その場から動かずに、紙の手だけを使って、増援や逃げ損ねた怪我人を斬り裂いていくバシリス。
『そこまでだ!!』
突然肩に生えたキノコの発した大声で、バシリスは一瞬怯む。
その隙をついてエンは次の魔法を使おうとしたが、首を絞められ、体を持ち上げられる。
「少々、驚いた」
「エンさん!!」
ひとり、生き残っていたフォルトゥーナはページの端を持つ。
「Mr.ディール。コストなんぼでいける?」
「……20でしょうかな」
「OK。じゃあコストを20払うわ!」
そう宣言してからページを千切った。
「クジ魔法!首斬りシュトローナス!」
大鎌を持った竜人が現れ、すぐさまバシリスとの距離を詰める。
理解できない現象を理解しようとしている合間に、バシリスは首を斬られた。
「やった!倒した!!」
「ですが、80歳までしか生きられませんぞ?」
「倒せりゃいーの!さ、早く皆の治療を…てか、エンさん大丈夫ですか!?」
解放されたエンの元に駆け寄ると、咳き込みながらも起き上がっていた。
「ありがとう、フォルトゥーナ君……」
「いえ。大したことじゃ……」
顔を赤らめたが、その赤色はすぐ引くことになった。
目の前で想い人が紙の刃に腹を貫かれて倒れたのだから。
「え、嘘……倒したのに……」
禍々しい魔を感じて振り向くと、首が無いのにバシリスが立っていたからだ。
背から生やした二対の翼から放たれる刃が周りにいる者達を屠っていく。
「なんで、なんで傷つけるの…!?」
返事はない。
逃げなきゃ、と思った。
だが、皆を…エンを残して行きたくなかった。
それに、今ここで逃げれば被害が増えるかもしれない。
「やるよ、Mr.ディール」
「何を言ってるのですか!?逃げましょう!フォルトゥーナ嬢!」
「駄目。絶対逃げない。あたしがここで頑張れば皆もエンさんも助かる。だとしたら、あたしは好きな人の為に死ぬわ」
震える手先で魔導書を閉じた。
やったことがないのに、何故かやり方が分かっていたかのように、コストの宣言をする。
「……全部の寿命を払うわ」
眩い輝きを放つ魔導書。
「本当によろしいのですな」
「うん。今までありがとね。じゃあ最後のコールお願い」
魔導書は天に上がり、四対の翼と六対の腕を持つ天使になった。
「運命を祝福する者 フォルトゥーナ!!!」
天使が振りまいた光は、傷ついた味方全てを癒していき、襲いかかろうとしたバシリスを光の咆哮で跡形もなく消し飛ばした。
感じていた痛みが無くなって、うっすらと目を開けると、光の中にフォルトゥーナがいた。
「フォルトゥーナ君……?」
「エンさん……」
彼女は儚げに微笑んだ。
「幸せになってくださいね」
開きかけた目を再び閉じたとき、フォルトゥーナは空に消えた。
これは終始意識があったラクテウスさんから事だ。
彼女は、死んだ。
恐らく寿命を全て使って、私達を救い、バシリスを倒したから。
君は出会った時からずっと、私に好きだと言ってくれていた。
だけど、君をそういう目では見れなかった。
なのに君は、最後まで尽くしてくれた。
何も返せなかった私に、幸せになる資格などあるのだろうか。