バトテニ第1回目 戦闘実験第七十六番プログラム参加者名簿
1 葵 剣太郎(六角)
2 赤澤 吉朗 (聖ルドルフ)
3 芥川 慈郎 (氷帝)
4 亜久津 仁(山吹)
5 跡部 景吾 (氷帝)
6 天根 ヒカル (六角)
7 石田 鉄 (不動峰)
8 泉 智也 (玉林)
9 乾 貞治 (青学)
10 伊武 深司 (不動峰)
11 内村 京介 (不動峰)
12 越前 リョーマ (青学)
13 大石 秀一郎 (青学)
14 鳳 長太郎 (氷帝)
15 小坂田 朋香 (青学)
16 忍足 侑士 (氷帝)
17 海堂 薫 (青学)
18 金田 一郎 (聖ルドルフ)
19 樺地 宗弘 (氷帝)
20 神尾 アキラ (不動峰)
21 河村 隆 (青学)※
22 菊丸 英二(青学)
23 木更津 淳(聖ルドルフ)
24 木更津 亮 (六角)
25 喜多 一馬 (山吹)
26 樹 希彦 (六角)※
27 季楽 靖幸 (緑山)
28 切原 赤也 (立海)
29 九鬼 貴一 (柿ノ木)
30 黒羽 春風 (六角)
31 佐伯 虎次郎(六角)
32 桜井 雅也 (不動峰)
33 真田 弦一郎(立海)
34 宍戸 亮 (氷帝)
35 ジャッカル 桑原(立海)
36 首藤 聡 (六角)
37 千石 清純(山吹)
38 滝 萩之介(氷帝)
39 橘 杏 (不動峰)
40 壇 太一 (山吹)
41 手塚 国光(青学)
42 仁王 雅治(立海)
43 錦織 翼 (山吹)
44 新渡米 稲吉(山吹)
45 野村 拓也(聖ルドルフ)
46 東方 雅美(山吹)※
47 日吉 若(氷帝)※
48 布川 公義(玉林)
49 福士 ミチル (銀華)
50 不二 周助(青学)
51 不二 裕太(青学)
52 丸井 ブン太(立海)
53 観月 はじめ(聖ルドルフ)
54 南 健太郎 (山吹)
55 向日 岳人(氷帝)
56 室町 十次(山吹)
57 桃城 武(青学)
58 森 辰徳(不動峰)※
59 柳生 比呂士(立海)
60 柳沢 慎也(聖ルドルフ)
61 柳 蓮二(立海)
62 幸村 精市(立海)
63 竜崎 桜乃 (青学)
1.「思い出せる君たちへ」(オールキャラ)
え?なに?今回の合宿について?
そりゃあマジマジ楽しみだCー!こんなつえぇヤツらが集まるんだからテンション上がるっしょ!
青学の不二くんと立海の丸井くんも来るC、それに……あ、あと滝も参加するって!!
みんなが協力して滝を励まそうって……ごめん!今のナイショ!ナシナシ!聞かなかったことにしてっ!……ふぅ、あぶねー。
……今日は眠くないんですかって?
なんか……そう言われたら眠くなってきた……あ〜、ねみ〜……。
✳︎✳︎✳︎
「あはは、そうでしたね!その後タカさんがー……って、聞いてんのかぁ越前?」
「えっ?」
「その顔は全然聞いてないって顔だにゃー、おチビ」
「うわっ、ちょっと、菊丸センパイ!」
「こらこら英二。越前が困ってるだろ」
ここは関東のテニス部の名門校や強豪校を乗せたバスの中。行き先は静岡にある国営アスリート育成施設だ。政府が多額の金を投資しての国内外問わず優秀なコーチ、学者、医者を呼び最新の科学やマシンが導入されている。彼らテニス部員たちはモニターとして政府から招待状を貰って集められた。モニターとして合宿するのは4日間だが最終日は生徒同士の親睦会がメインであった。
座席の前方を割り当てられている青学メンバーはお菓子をつまみながら賑やかにおしゃべりをしている最中、越前があくびを噛み殺し窓の外を眺めてるのに気づいたのが隣に座る桃城だった。後ろの席の菊丸が越前にちょっかいを出し、大石が軽く宥める。
手塚が何かを言いかけたが不二か「いいじゃないか」と遮った。河村も同意して頷く。
乾と海堂は会話にかかわらず、ノートを開いて新たなトレーニングメニューについて語っている。……よく見るありふれた光景だった。
いつもなら顧問の竜崎もいるが、顧問やコーチたちは国からの指導で別の移動手段で施設に向かっている。
そんな青学を憧憬の眼差しで見つめるのが銀華中の福士。
「はぁ〜〜〜ッッ!!今日も輝いてらっしゃる越前様ァ〜ッ!部長の手塚様も神々しいっ!ほらほらっ、アンタもそう思うだろ!?」
「あ、あぁ……」
「あーッ!不二様もお美しいッ!!後で握手してもらおーっと。そんで田代と堂本たちに自慢してやるか〜」
「……」
隣の柿ノ木中九鬼は顔をしかめて「なんだコイツ……」と福士に聞えない程度のため息をついた。
緑山の季楽はイヤホンをつけてスマホをいじり会話に参加しないと意思表示する。
青学らはレギュラー陣全員に招待状が送られて来たが、この3校は代表を決めて1人だけ参加することとなっていた。
福士は憧れの越前様と楽しい合宿ライフを送るため、壮絶なジャンケン大会の末代表の座を掴み取り、九鬼はエースとして自ら参加を申しでた。異論を唱える者はいない。季楽だけコーチであり父である泰造に指示されてやって来た。本人の意思は比較的薄い。
(知らないヤツらと一緒にいるの疲れるんだよな……みんなパパのことばっか聞いてくるから……。こいつは青学に夢中だから助かった)
季楽はミーハーそうな福士の興味がよそに向いて安堵する。
(もっとミーハーそうなのが向こうにいるけど……)
季楽が視線をやったのは青学の小坂田。竜崎と橘杏の女子3人で楽しげにいわゆるガールズトークをしているが一際声が大きく身振り手振りが大きいのが小坂田だった。
この合宿は主にテニス部に所属している男子生徒が参加しているが、中学テニス界を盛り上げるために、関東在住の中学生なら誰でも応募可能な特別枠が設けられた。抽選の結果選ばれたのがこの3人。
「見て見て。最新マッサージマシーン完備だって。あっ、エステティシャンもいるみたい!みんなで一緒に行きましょ!超ナイスバディになってリョーマ様にアタックよ!」
「と、朋ちゃん!そんなことできないよ……」
「何言ってるのよ桜乃!ここはオンナを見せる時よ!小顔にしてもらって、ウエストは絞って、胸はボイーンって大きくして……」
「声が大きいよ朋ちゃんっ!」
「あはは、おもしろ〜い2人ともっ」
漫才でも見てるかのように笑う杏。女子生徒はまとまって後部座席に割り当てられたため、不動峰の男子生徒とは別のバスになった。
「あっ、声が大きいと言えばウチのお兄ちゃんもなんだけど、昨日さぁ」
「……」
「……」
同じくらいに賑やかなのが千葉の六角。葵は夏の太陽に負けない程の笑顔を浮かべ再び海堂との試合を心待ちにしている。
「あー楽しみだなぁー!早く着かないかなー!海堂さんと連絡先交換したいなぁ……仲良くなりたいなぁ……じゃなくてっ!海堂さんに勝ったら女の子にモテモテかも!」
「カッカッカッ、誤魔化さなくていいじゃねぇか。聞いて来いよ!」
「ゴマをごまかす……ぷっ」
「てめぇバスの中でも飛び蹴りくらいてぇか!?」
「おいおい暴れんなよー!ジュースこぼれたじゃねぇか!」
しかし1人だけつまらなさそうに毛先をいじっているのが木更津亮だった。
「そんなに落ち込むなよ」
「そうなのね、もうすぐ会えますよ」
「別に落ち込んでないしー……」
「はは、そうかそうか」
双子の弟、淳と同じバスになれずいじけているので佐伯と樹が慰める。亮も本気で拗ねてるわけではないのでしばらくすると調子で会話に加わる。団結力がある六角と正反対に何処かまとまりがないのが山吹だった。
新渡米と喜多は何やら2人にしかわからない会話を繰り広げて肩を揺すって笑っている。室町は昔ブログを通じて知り合った大阪の友人に『ビューティ・グラファ—』という大東亜共和国で流行っているSNSのDMを送っていた。その人物も中学2年生でテニスをしているという。移動中の暇つぶしのはずが、いつの間にか話題は変わり真剣に悩み相談をしている。その悩みというのは恋愛関係のもので……。
【意地はったりクールぶったりするのはやめて 素直にならなあかんよ】
【分かった ありがとう】
【応援してるで なんか進展あったらおしえて】
【うん】
室町はそこでスマホを閉じて、他の部員の会話に耳を傾けた。
「さっきから行ったり来たりして落ち着きがないぞ、千石!危ないからじっとしてろ!」
「えーん、南がいじめるよー。助けて東方ぁー」
「南の言う通りだぞ。そんな目で俺に助けを求めるなよ……全く……あっ、ほら危ない!」
「おっと!メンゴメンゴ!」
千石は室町の隣に座っていたが飽きたのか、亜久津の所へ行ったり南と東方の所へ行ったりと落ち着きがない。ブレーキがかかったのと同時に立ち上がってせいでよろめいて東方にぶつかりそうになる。
そんな千石に亜久津は「うざってぇ」と舌打ちをして堂々と悪態をつく。錦織は何かトラブルが起こりそうでハラハラするが、壇はのほほんとお茶を飲む。
「別に怒ってるわけじゃないです!あれがいつもの亜久津先輩です!」
「そうなの?さっき壇も怒鳴られてたみたいだけど……?」
「よく言われるけど、本当に怒られてるわけじゃないです。怒った亜久津センパイはもっと怖いです!」
「あはは、そうかも。あ、これ食べる?」
「わーい!ありがとうございます!」
本来壇は亜久津の隣に割り振られていたが、邪魔だと言われたため1人で座っていた錦織の隣に移動して来たのだ。可愛い後輩が邪険にされるのは心が痛む。
(うーん……可哀想だけど俺なんかが亜久津に意見できる立場じゃないし……)
複雑な思いを抱えつつ、壇にお菓子を差し出した。
素直な笑顔で喜ぶ壇の耳にはピアスの痕があり、髪も黒染めしたせいで不自然に黒い。この違和感に気づいているのは亜久津と室町、データマンの乾だけだった……。
他に気づいているものは別のバスに乗っている同じくデータマンの観月。
「赤澤〜〜ッ!!あなたって人はどうしてそんなにガサツなんですか!全くもう信じられませんねっ」
「そんなに怒らなくていいだろう。後で剃るって言ってるだろ」
「そういう問題じゃありません。大体あなたこの前も〜……」
観月の神経質な声に裕太と柳沢は肩をすくめて顔を見合わせる。
原因は赤澤がヒゲを剃らずやって来たことだった。
「校則にもヒゲは剃るように書いてるのに、よりによって他校の生徒の前でみっともない」と怒る観月と「忘れたからしょうがない。生えてくるのもしょうがない。人間だから」と主張する赤澤。
金田が 「部長、カミソリ持って来てるから貸しますよ……。次のサービスエリアで止まった時剃りましょう」と言ったにもかかわらず、観月の怒りは収らない。『他校の前で恥をかいた』という事実には変わりないからだ。
淳は意に介さずで読書しているし、野村もスマホのゲームに夢中だった。
「って、聞いてます!?あなた!」
「えっ、あぁ、聞いてるぞ。うん」
「絶対聞いてないでしょう!それに、」
「っいやったぁあああああ—ッ!!URのカードだぁあああっ!!2万使った甲斐があったよ—っ」
「うるさいですよ野村くんッ!」
「はひっ!ごめん観月っ!」
「観月が一番うるさいと思うけど……いや、何でもないや。クスクス……」
何だか騒がしいルドルフとは真反対に立海は静かだった。
数日前から真田が車内でも気を緩めるなと注意していたからだ。
「ルドルフのヤツらめ……たるんどる」
「いいじゃないか、真田。賑やかで……ウチはウチ、ヨソはヨソだよ」
「確かにそうだが……」
幸村がフッと微笑んでさりげなく真田を制する。余計なトラブルは避けたい。
厳格な家庭で育った真田はルドルフという学校そのものにどこか苦手意識があるのかもしれない。ルドルフは一見いわゆる『キリスト主教義学校』のように見えるが、実際は宗教の自由というガス抜きを与えるために大東亜共和国が作り出した『キリスト風』の新興宗教だ。
『合衆国』で崇拝されている野蛮な宗教とは違うとわかっているが、脳のどこかが受け付けない。真田自身自分の考えは古いとわかっているが……。
「えっ、ジャッカルってインスタやってんの!?すげー」
「向こうじゃコレが主流だぜ?」
「へぇー、そうなんだぁ。おっ、これは?」
「アメリカのケーキ」
「向こうじゃケーキが虹色なのか……うげ、マズソー」
ジャッカルにピッタリくっついてスマホを興味深く覗き込む丸井。ジャッカルは海外にルーツがあるため立海の生徒の中でいち早く異文化に触れていた。かつては『退廃音楽』として禁止されていたロックも聴いているようだ。(国が許可した曲だけだが)
切原は英語が苦手でロックを毛嫌いしているし、あまり合衆国の文化を好んではいない。
「あんなのの何がイイんスかね—。ねっ、柳さん!」とジャッカルたちを横目に唇を尖らせるが柳はあまり気に留めず、自ら収集したデータをまとめたノートを読んでいる。
切原は退屈がって柳の気を引こうとするが反応は薄い。ますます唇を尖らせる切原であった。
「しかしこれだけの人数を無料で招待とは国も太っ腹じゃのう」と感嘆のため息混じりにつぶやいたのが仁王。
「新しい施設ですから、利益より生の声が欲しかったのでしょう。ここを利用した学校が目覚ましい活躍をすればいい宣伝にもなりますし。あぁ、マスコミも取材に来るそうですよ」
「へぇ、そういうモンか」
柳生の言葉に仁王は1つ頷いた。
不動峰の部員たちは騒ぐこともなく、かと言って緊張で張り詰めることもなく和気藹々と過ごしていた。
「お、これいいじゃん。こーゆーの好きかも」
「だろっ!?そう言えばこの歌手、橘さんに似てないか?」
「……あ、うん。似てる……かも?」
神尾を桜井はイヤホンを片方ずつ装着しスマホで流行りの曲を聴いている。
伊武と石田は同じクラスのもの同士、授業中の笑い話や担任教師の愚痴を語り合っていた。
「アイツ自分はバーコードみたいな髪型にしてハゲ隠してるくせに俺には学生らしい爽やかな髪にしてこいとか言ってメンドクサいんだよね。鏡見てから言って欲しいんだけど。それに……」
「あっはっはっ、その通りだな〜」
「そう言えばあの時だって……」
「そんなことあったな。橘さんも言ってたな」
「だとしても俺は……それに……だったから。それに、」
「あ〜なるほど。だそうですよ橘さーん!」
ボソボソ喋り続ける伊武に石田は慣れた様子で相槌を打ち、橘に話題をパスした。あしらうのも慣れっこだ。
内村はモジモジしている森を肘で突き何かを促している。
「あのー……やっぱいいです……」
「ほらっ、早く言えよっ。橘さんが待ってるだろ!」
「公式戦じゃないから橘さんとダブルス組んで試合に出たいんだろっ!」
「先に言うなよ!」
そんな不動峰をじっと見つめているのが氷帝の樺地だ。信号待ちでバスが止まるのと同時に樺地に抱きつくようにして眠っていた芥川が目を覚ましたのと同時に、ある事に気づく。
「ん〜樺ちゃんどうしたの〜?そんなに向こう見つめちゃって……って、あ、指痛そー。大丈夫?」
「ウス」
「ウスじゃないっしょー!ねぇー!誰か絆創膏持ってないー?」
樺地の手は荒れていて、指先にささくれがあり、血が滲んでいる箇所もあった。
芥川が振り返って呼びかけると、真っ先に反応したのが跡部だ。
「萩之介」と一言だけ言って隣の滝に手当てするよう指示した。滝は嫌な顔1つせず、補助席を出して樺地の横に腰掛けた。
「うわぁ、痛たそうだ」
「いえ、大したことありません」
「まぁいいや。手、出して」
「ウス」
滝は膝にティッシュを敷いて、その上に手を置くよう促す。ハンドクリームや小さなハサミを使いあっという間にささくれを処理し、絆創膏を貼った。
「ハイ、終わり」
「ありがとうございました」
「うわ〜やっぱ滝って器用だよな〜」と感嘆の声を上げたのが通路を挟んだ隣の向日。「ついでにやって貰えばええんとちゃう?」と忍足。
「こんなんほっといても治るって。大げさだな、侑士は」
「がっくん最近イライラしたら爪かじるやろ」
「え、そうだったか?」
「無自覚かいな。クセになると爪生えて来なくなるで。だから今のうちにケアしてもらったらどうや。ついでにマニキュアも塗ってー……」
「男がマニキュア!?誰がそんなキモいことするかよ!オカマみてーじゃん!」
ゲラゲラ笑う向日
に宍戸もつられて「想像できねー」と大笑いした。
見かねた滝がため息をついて「勝手に話進めるなよ。樺地の方が器用だから樺地に頼んだら?」と言って席に戻った。
芥川、向日、宍戸は差別意識があるわけではないが、「男が化粧したりアクセサリーをつけるのはオカシイ」という考えだった。
そんな彼らをハラハラした目で見るのが鳳だ。他校の生徒で今の会話を聞いて傷つくものがいないか心配してしまう。
逆にとても厳格な家庭で育った日吉は滝がバラが描かれラメがついている容器のハンドクリームを持ち歩いているのが少し信じられなかった。
氷帝たちの後ろで身を縮こまらせていたのが玉林の泉と布川だ。
「俺たち超場違いじゃね……?」
「うん、だよな……」
「やっぱ来なきゃ良かったかな〜?」
「今さらそんなこと言うなよ〜っ!」
顔を見合わせひそひそと会話する。2人も特別枠として参加している。
泉が勝手に布川の分も応募したところ当選したのである。テニス部のみんなに自慢したが「えー、青学も来てるんだろ?怖っ……やめとけよ」「あの立海のキリハラってヤツ要注意人物らしいぜ。ボコボコにされたりして……」「怪我しないようにな」とイマイチな反応だった。
「越前と桃城に会いに行くだけだし〜」と2人とも浮かれていたが、このメンツにすっかり萎縮している。
そんな2人の悲鳴は誰にも届かずバスは進む。
小さな異変に気づいたのは誰だろうかー……。
「あはは、見ろ侑士!ジローのヤツすげーヨダレ垂らしてる」
「ほんまや。よう寝るなぁ。うちの眠り姫は……ってあれ?岳人?」
「……」
いつからか妙にバスが静かだ。忍足は辺りを見回そうとするが意識が朦朧とする。さっきまで笑っていた向日もコクンコクンと揺れて夢うつつだ。
「おかしい」と気づいた時にはもう意識はない。
同じく異変に気づいたのは観月だ。口元にハンカチを当て必死に頭を回転させる。
(みんなほぼ同時に眠っているー……外で毒ガスでも発生したのか?ここはどこだ?)
裕太を揺さぶりつつ窓の景色を確認しようとするが、体が動かない……。観月が最後に見たのはバックミラーに映るガスマスクをした運転手だった。
「弦一郎、これはおそらく『プログラム』だーッ……!このバスを止めろッ!」
「なんだとッ!?」
柳は初めからこの合宿に小さな違和感を感じていた。「ありえない」「気のせい」と自分に言い聞かせていたが生徒が次々眠る姿を見て確信した。
これはかつて政府が考案し、20年前に廃止された68番プログラムすなわち殺し合いゲームだと……。
真田がスポーツバッグを振り回して突撃しようとしたのと同時にプシューとガスが噴出され車内が真っ白になる。さらに強力な催眠ガスが発射されたのだ。
さすがの真田もなす術なく、柳と共に倒れた。
青学たちが乗っているバスも同じ光景が広がっていた。
「ん……ここは……?」
「首藤!おい、首藤が目を覚ましたぞ!」
「良かった……!はぁ……っ」
誰かに揺さぶられ目を覚した首藤。飛び込んできたのは黒羽と天根と見知らぬ天井……。
視線を動かすと佐伯は涙ぐむ葵を抱きしめ、樹はぐったりと横たわった亮をタオルで扇いでいた。
「え、な、なんだ!?」
理解できないシチュエーションに困惑して飛び起きるがさらに異様な光景が広がっていた。
寂れた薄暗い体育館としか言いようのない場所で、合宿に参加した生徒たちが学校ごとに集まってざわめていた。
青学の大石はまだ眠っている菊丸を必死の形相で揺さぶり、竜崎は「怖いよ」「ここはどこなの?」泣きじゃくって越前と小坂田に背中をさすられていた。
1人で参加している福士、九鬼は会話することもなく呆然と立ち尽くし、季楽は誰かに連絡しようとスマホをいじっているが、しばらくして「クソッ」と低く唸ってスマホを投げ捨てた。電波は通じてないらしい。
立海、氷帝、山吹は恐怖で硬直する者、パニックになる者、それを宥める者などがいた。
1人声を荒げていたのが切原だった。「どうなってるんスか!?なんか言ってくださいよ!」と先輩の柳に詰め寄るが、柳は黙って何かを考えていた。
「ってかさ……ソレ、なんだよ?」
首藤が指差したのは黒羽、いや、全員についている首輪。
「お前にもついてるぜ」
「えっ!?」
首を触るとヒヤリとした硬い感触……。
(ってことは、アイツにも?)
振り返ると後ろにルドルフの生徒がいた。
かつてのチームメイトであり友である淳は具合が悪そうにしゃがみこみ、パートナーの柳沢がなんとかドリンクを飲ませようとしている。他のメンバーは観月を強張った顔で取り囲み指示を待っていた。しかし観月は口を閉ざしているので沈黙が広がっている。
同じく沈黙しているのは不動峰。彼らは恐怖も困惑もしていない……ただどこかを睨みつけていた。近寄ることすらできないオーラを放っている。
その横で神尾、桃城、海堂、布川、泉の5人で体当たりしてどうにか扉を開けようとしていた。
ふいに、山吹の方から大声が上がる。壇がようやく目を覚ましたようだ。
「壇くん!大丈夫かい!?」
「太一ッ!」
「あれ、皆さん……どうしたんですか……?」
「それが……俺たちも何が何だか全くわからなくて……」
うなだれる南に対して誰かが呟く。
「ー……プログラム。いわゆるBR法」
声の主は観月。
「えっ!?BR法って昔に廃止されてるだろ……!」
「ってか中3のクラスから選ばれるやつじゃん!」
喜多と新渡米が声を揃え反論するが、同じくデータテニスをする柳と乾が頷き真田が悔しげに低く唸るので全員が息を呑む。
騒がしい体育館が一瞬にして静寂に包まれた。
それを見計らったかのように勢いよく扉がいたのと同時に銃を構えた兵士たちがゾロゾロとなだれ込んでくる。扉を開けようとしていた5人は悲鳴を上げて尻餅をついた。
「なに!?なになに!?もうッなんなんだよーーーッ!!」
福士の絶叫は兵士の足音にかき消される。
生徒はあっという間に兵士らに包囲され、後から大量のバッグを積んだ台車を押す兵士たちが入ってくる。
「おいッ!まさか本当にプログラムってわけじゃあねえだろうな!?」
海堂が兵士に噛み付くが答えは帰ってこない。しかし……。
「その『まさか』だ」
今度現れたのは氷帝の顧問の榊。
「か、監督ッー!」
「どういうことですか!?」
「嘘ですよね!?」
氷帝の生徒たちが榊の元へ駆け寄るが兵士に銃を向けられ凍りつく。跡部と樺地だけがじっと榊を見据え、心の中を読もうとしていた。さすがはキング跡部景吾と言ったところか。
続いて現れたのは山吹の伴田、緑山の特別コーチ季楽泰造だった。
「パパっ!プログラムってなに?!答えてよっ、ねぇってば!!」
「…………」
「パパーッ……!!」
「…………」
「ねぇ……無視しないでよ……あっ……」
季楽は必死に父に向かって叫ぶが返事はない。胸ぐらを掴んで問い詰めようとしたがサングラスの奥の瞳が潤んでいることに気づき、立ちすくんだ。泰造は榊の後に続き壇上に上がった。
榊は校内行事の式辞でもするよう一礼し、マイクを使って語り出す。
「今からお前たちに殺し合いをしてもらう。お前たちはモニターとして合宿に参加したわけではない、この大東亜共和国でかつて行われていた戦闘実験第六十八番プログラムをさらに改良した第七十六番プログラムに選ばれたのだ」
誰もが夢であってくれと願った。しかし現実は非情だった。
「お前たち63人の内、優勝、すなわち生き残ることができるのは1人。辛く厳しい戦いになると思うが優勝者にはこれ以上にない地位と名誉が与えられる。その他の者も国のために若く美しいまま散るのだ。
この老いぼれたちのようにならず光栄だと思うように」
榊がなにやら兵士に合図をするとバッグが積まれた台車を運んできた兵士2人が動き出す。他のバッグよりも明らかに大きいバッグを2つ台車から引きずり下ろし、生徒の前まで運ぶ。
生徒数名が明らかな異臭に顔をしかめたのも束の間。兵士は勢いよくバッグのファスナーを開け、その『中身』を放り出した。
「いやああぁああああっ!!おばあちゃんーーーっ!!」
体育館に響き渡る竜崎のつんざくような悲鳴。出てきたのは血に塗れピクリともしない竜崎スミレの遺体だ。他の青学の生徒は声もなく崩れ落ちた。
そしてもう1つのバッグの『中身』はー……六角の顧問オジイの顔に大穴が開いた遺体だ。
「オジイ!うわあぁああああッ!」
「オジイッ!どうしてーっ!?」
「見るな剣太郎!」
「う、うぇッー……」
佐伯と天根が目を塞ぐが手遅れで、残酷なリアルとむせかえる血の臭いに葵は口を抑えた。他校の生徒にも波紋のように悲鳴が上がっていく。
「静かにしろッ!!」
榊の怒号で水を打ったように静まり返る。
「この者たちは教師や顧問でありながら崇高なプログラムと大東亜国を非難した。粛清されるのは当然のこと。決して同情などしないように。さてルールの説明をしよう」
榊が移動するとプロジェクタースクリーンが降りてきて映像が映し出される。
「みんなー私たちチョコレーツでーす!まずはプログラムに選ばれておめでとうございま〜す!とーっても名誉なことだから喜ぼうね!
私たちはみんなが快適に殺し合えるようにルールを説明しまーす。
みんながいる場所は鹿児島県の江星島という小さな離島で、ここ、出発地点は旧江星島中学校です。住民の皆さんには『ご協力していただいて』今は無人島状態で〜す。感謝しましょうね〜!」
人気アイドルグループチョコレーツが笑顔でルール説明をする。教科書にも書かれているのでわざわざ教わらなくても知っている。まさか復活して自分達が参加するとは思いもしなかっただけー……。
映像が終わると再び榊が語り出す。
「以上がルールだ。何か質問があるものはいるか?」
授業中の教師が生徒に向かって言うようなセリフだ。その白々しさに大抵の者が黙り込むが山吹の錦織が「はい」と芯の通った声をあげ、真っ直ぐに挙手した。
全員の視線が錦織に注がれ、山吹の生徒たちは余計なことを言って撃たれるのではないかと気がきでない。あの千石すら険しい顔をして「ちょっと、おい!」と止めるが錦織は手を下ろさない。亜久津だけが「フン……」と鼻を鳴らし感心していた。
「なんだ。発言を許可しよう」
「はい。ありがとうございます。山吹中3年錦織と言います。ルールについての質問はありません。ただ……なぜプログラムが復活して、どうして僕たちが選ばれたんでしょうか。……お願いです。なんとか……中止にできませんか?家に……返してくださいっ……」
「ー……そうだ。殺し合いなんてしたくないっ!」
「なんで俺たちなんだよ!」
「ふざけんじゃねー!」
「私たちがなにしたって言うのよ!」
錦織の言葉をきっかけに怒りや悲しみが波紋のように広がっていく。
我を忘れた桃城と海堂が大人たちに殴りかかろうとしたのと同時に榊が「黙れッ」と怒鳴り再び静寂が訪れる。
「山吹の錦織くん。君の学生らしい態度に免じて答えよう。第六十八番プログラムが廃止になったのは我が国と同盟を組んでいる××国の将軍様が『飽きた』と仰ったからだ。プログラムは実験でもあるが大東亜共和国を代表するイベントで外交の架け橋かつ膨大な利益を生み出すショーだった。それなのに飽きられたら終わりだろう?
代わりに世に公表されていないが様々なイベントが行わってきた。
なぜ復活したかと言うと、××国の将軍様の座を継いだご子息様が『かつて父が熱狂したプログラムを見てみたい』とのご要望があったのだ。
そして総統は氷帝学園の卒業生で地区大会から試合をご覧になっていた。今年は地区大会からレベルが高いと大変喜ばれており、その縁で君たちが選ばれた。説明は以上だ」
「そ、そんな理由で……」
錦織はがっくりと膝をついてうなだれた。
「錦織くん……もし……このプログラムを中止する方法があるとしたらどうする?」
「えっ!?それは……一体なんですか!?教えてくださいっ」
榊の発言に全員がハッとする。錦織が頭を下げて懇願するがすぐに絶望の底に叩き落とされた。
「ここに遅効性の猛毒があるとして……錦織くんがソレを飲み、激痛でうち回ってゆっくりと死ぬ様子を世界に配信しても良いと言うなら、このプログラムは中止しよう。さぁ、できるか?」
「そんなの無理に決まってるだろっ!」
「この人でなしっ!」
あまりにも無情な選択にざわめきが巻き起こるが、錦織は全てを飲み込んで覚悟を決める。
「…………それで、みんなが助かるなら、構いません」
「錦織!」
「やめろっ!バカなこと言うな!」
「……」
仲間に止められても決意は揺るがないと言わんばかりに榊を見据える錦織。
榊が掴み所のない表情で「わかった」と言うと体育館にピ、ピ、ピーと電子音が鳴り響く。
「えっ、な、なに?なんなの?!」
「なんの音だ!?」
「あ、あ、あー……!」
音の出所は錦織の首輪で、誰もが爆発へのカウントダウンと知っている。
「そのような仲良しこよしの腑抜けた精神の持ち主は大東亜共和国には必要ないしプログラムの妨げになる。この場で消えてもらおう。お前の命1つじゃなにも解決できない、誰も助けることもできない。跡部財閥の息子でも、天才でも、神の子でも、幸運の持ち主でも……お前たちは無力な中学生。ただの子供だ。全員覚えておくように」
「そ、そんな!イヤだ!!どうか、みんなを、助け」
「錦織ーーーッ!!」
ピ、ピ、ピー……。ついに電子音が止まり、爆発音が鳴り響いた。
頭を失った錦織がドサリと倒れ、鮮血が床に広がっていく。吹っ飛んだ頭部が足下に転がってきた九鬼は狂ったように悲鳴をあげ大きく転倒した。
「ぎゃああああぁッ!」
「ひっー……!」
「うわぁああーッ!!に、にしきおりさ、あ。あ。あぁあ……」
「見るな太一ッ!」
亜久津は壇を抱きしめ視界を遮る。
突如仲間を失った山吹の生徒はただただ混乱するばかりで凍りついたように動けない。誰も現実を受け入れることができなかった……。
その心の痛みを分かち合ったかのように動き出したのが樺地だった。のそりのそりと歩き出し、頭部にタオルと千切れた首にジャージの上着をかけた。
震える声で千石が「ありがとう……樺地くん……」と礼をするより先に「勝手なことをするな」と跡部が樺地を呼び戻す。
「アクシデントで1人減ってしまったがしょうがない。名前を呼ばれたものは返事をして支給品受け取れ。五十音順だ。では1番、葵剣太郎」
「……」
「葵剣太郎!ボサっとするな!前に出ろ」
「ひっ、は、はい!」
我に返った葵は飛び上がって返事をして、慌ててバッグを受け取りに行く。兵士がわざとぶつけるようにバッグを投げた。
たまらず佐伯が「おいっ、乱暴するなっ!」と兵士に凄むが反応はない。
葵は目に涙を溜めて体育館を走り去った。
「2番、赤澤吉朗。3番、芥川慈郎。4番、亜久津仁」
亜久津の名前が呼ばれたと同時に雰囲気がより一層凍り付く。亜久津と言えば絵に描いたような不良で、体格もよくケンカ慣れしている。『ゲームに乗る』のではないかと不安を抱く者が多数いるのも頷ける。
「4番亜久津!返事をしろ!」
「オメー誰に指図してんの?」
「フッ……まぁいい。通常ならこの場で爆殺か射殺だが『期待されている』生徒を死なせるわけにはいかない。さっさと武器を受け取れ」
「……けっ」
「あ、亜久津センパイっ……」
「あばよ、太一」
亜久津はずっと抱きしめていた壇から離れ、気だるげに歩き出す。
「5番、跡部景吾!」
「はい。監督……まさかあなたほどの人がが政府の犬だったとはね。俺たちはそんなヤツの下でテニスをしていたかと思えばがっかりしますよ」
「私も君のお父様がゲームの出資者だったとは思っていなかったよ」
「なに!?それは……」
「おっと。口が滑ったな。さっさと行け」
跡部は榊に嫌味を言ったつもりが衝撃の事実を告げられてしまう。跡部の背中に冷ややかな視線が突き刺さる。それに気づかないふりをするしかなかった。
次々に呼ばれていく者たち。
「13番、大石秀一郎」
「はい……」
大石は暗い顔をしてゆっくり立ち上がった……かと思えば支給されたたバッグを兵士に叩きつけて投げ返した。
「大石ッ!なにしてるんだよッ!!」と菊丸が悲鳴をあげた。
「俺にはこんなもの必要ない!絶対に殺し合いなんてしない!ふざけるなよ!菊丸……待ってるからな……」
「うぅ……おおいしっ……!大石ーッ!!」
菊丸の悲痛な絶叫が響く。大石は相棒の悲鳴を聞きながら震える足で外へ向かう。もっと悲惨だったのは小坂田の時だった。
「15番、小坂田朋香」
「は、はい」
「いやーっ!!朋ちゃん!行かないで!お願い、ひとりにしないでーッ!!」
「桜乃、落ち着いて!」
「ヤダよ、いや!!置いて行かないでッ!!」
「桜乃!!」
「はっ、ご、ごめんともちゃん……」
「先に行くから……待ってるから……!」
座り込み抱き合って震えていたように見えた2人だが、実際は小坂田が気丈に竜崎を宥めていた。小坂田の腕を引っ張って武器を受け取りに行くのを阻止する竜崎だが、一喝される。
「私たち一生友達だよね……!」
「っ、当たり前じゃない!」
「小坂田!早くしろ!」
「はいっ」
榊に急かされ駆け出す小坂田の瞳には覚悟の色が滲んでいた。すすり泣く竜崎に何か声をかけようとした手塚だが、目を合わせてもらえない。河村と不二が「そっとしてあげよう」と囁いた。
「23番、木更津淳」
「はい」
「淳ッ!淳ーッ!!」
「……」
極限の状態で頼るのは出会ったばかりのチームメイトではなく血を分けた兄と幼い頃からの仲間だと信じていたのに、淳に見向きもされなかった亮。淳は相棒の柳沢や体格のいい赤澤にもたれるフリをして亮から……六角から隠れていた。
亮は「観月に言いくるめられたのか」「利用されるだけだ」……そんな言葉を飲み込んで必死に名前を叫び続ける。……最後かもしれないから。
しかし思いは届かず、淳は足早に去っていく。
「あつ……し……なんで……?」
「亮!しっかりしろ!」
「うう……」
ショックで崩れ落ちた亮だが、すぐに名前を呼ばれる。走って淳を追いかけると思いきや重い足取りでトボトボと歩き出す。もう亮の心は死んでしまったのだ。
「27番、季楽靖幸」と呼ばれた季楽は榊や兵士に見向きもしないで父・泰造を見つめた。大きな瞳には怒りや恨み憎しみはなく、悲しみすら感じられない。季楽は息子として父の心の中を必死に読み取ろうとしていた。
「パパは……こうなるってわかってたの……?」
「あぁ……。すまない靖幸。こうするしかなかったんだ……」
「そう……」
「お前は……どうか……いや、なんでもない……。早く行きなさい……」
「……バイバイ、パパ」
季楽は何かを悟ったのか短い別れの挨拶を済ませ歩き出す。
息子が去った後、泰造が一線を超えたように声を上げて泣き出した。大の大人が、しかもあの季楽泰造が涙や鼻水を垂れ流し慟哭する姿に絶句するのと同時に『まとも』な大人がいることに安堵する生徒もいた。
「うっ……うぅ……すまない、すまない靖幸ッ……パパを許してくれ……」
「季楽さん、生徒の前でみっともないですよ」
「ぐうぅう……うぅ……」
「さて、気を取り直して……39番、橘杏」
彼女も特別枠という運命のいたずらで理不尽な殺人ゲームに巻き込まれた。不動峰の生徒たちは圧倒的リーダー性を持つ部長・橘桔平の影響により精神を乱すものはいなかった。
「行ってくるね。お兄ちゃん、森くん」と小悪魔的な笑顔すら浮かべていた。森は尊敬の念を込めて橘兄妹を見送るのだった。
「40番、壇太一」
「はい」
「だ、壇……」
「気をつけろよ……」
体が小さくいかにも非力なので狙われるのではないかと心配した南と東方が声をかけるが、壇は振り向きもせずスタスタ歩き出した。
「大丈夫かな……心配だ」
「壇はきっと亜久津が守ってくれるだろう」
「そうだといいが……」
そんな南と東方の会話を聞いて室町は内心舌打ちをする。
(アイツはそんなか弱いヤツじゃないっすよ……)
「42番、仁王雅治」
「……プリ」
彼もまた『期待』されている生徒だった。詐欺師の名に相応しい活躍をしてくれるに違いないと……。しかし歩くのがやっとという感じで、兵士から投げつけられたバッグを受け取るのに失敗して大きくよろめいた。なんとかバランスを保って転ばずに済んだかと思いきや1人の兵士に激突する。
「何するんだお前!」
「すまんな……足が震えてるんじゃ。勘弁してくれ……」
「フン、詐欺師なんて呼ばれてるが所詮はガキだな。とっとと行けッ!」
次々に名前を呼ばれ地獄へ歩き出す生徒たち。
「62番、竜崎桜乃。63番幸村精市ー……」
最後に呼ばれたのは『神の子』幸村。
そして体育館に残ったのは監督と兵士と3人の遺体ー……。
伴田は錦織の遺体の傍にしゃがみ「すみませんねぇ」とだけ呟いた。何かへの嫌味や皮肉なのか本心なのかー……。
✳︎✳︎✳︎
死亡 錦織 翼(山吹)
【残り 62人】
「ガラクタダイヤモンド」2 (喜多・新渡米)
期待しすぎるといいことってないですよね。え、別に、深い意味はないですよ?
ただ最近そういうことがあって……。がっかりするのがイヤってよりは勝手に期待して傷つく自分がイヤってカンジで……。
部活の後輩より彼女の方が大事って……当たり前ですよね。ハイ。わかってます。
「その日は親戚が来るからごめん」じゃなくて「実は彼女ができて、その日はデートなんだ」って正直に言ってほしかった。
え?なんの話かって?……教えるわけないじゃん!
✳︎✳︎✳︎
「この狂ったゲームに参加するヤツなんていない」ー……そう思った生徒が大半だろう。しかし現実は非常だった。
「新渡米先輩っ!」
「喜多くんっ!会いたかった……!」
暗闇の中、2人が熱い抱擁を交わす。場所は小さな商店街の一角にある米屋。
2人とも言葉を交わさずともお互いここに来るだろうと思っていたし、山吹のメンバーと団体行動しようとはしなかった。
亜久津仁……あの男は危険だ。そして壇。普段は可愛い後輩だが……。命がかかった状況でみんなで仲良く協力しようという気にならなかったのだ。
「どうしてこんなことに……?」
「さぁ……なんでだろうね……」
「……」
「……」
重く長い沈黙。答えは出ない。
「と、とりあえず今日は寝て休もう。体力回復しないと……」
「こんな状況で眠れませんよ」
「ちゃんと見張ってるから安心して。何かあったらコレで……」
新渡米の手にはトンカチ。立派な凶器だ。
「そっちは?」
「それがこんなんですよ、もう!」
「ちょっと、静かに」
「あっ、すみません……」
喜多のバッグから出てきたのは象を模した緑のじょうろ。喜多は怒鳴り声をあげて床にじょうろを叩きつけた。すっかり取り乱している。
新渡米は喜多の背中をさすって2回まで連れていく。1階が米屋で2階が住居だった。生活感が生々しく残っていて居間には飲みかけのコーヒーがテーブルにあった。
喜多は寝室で布団に横たわっても落ち着かない様子だ。
「このゲームに乗るヤツがいると思いたくないけど……何かあったらあの窓から逃げるんだよ」
「はい……」
「じゃあね」
頷く喜多を後にして1階に戻る。新渡米は大切な後輩を守るためトンカチを握り締めドアの影に隠れるが1分が1時間に感じて気が狂いそうになる。会話してた方が気が紛れただろう。
そう思っていると階段を降りる足音が聞こえ、背後から近づいてくる気配がした。
(ー……喜多くんも同じかな?)
顔はよく見えないがとにかく喜多を励まそうと口を開いた時だった。
「うっ!?」
背中に痛みが走る。新渡米は状況を理解できず血を吐いて疼くまる。
見上げた先にはわずかに差している月の光に照らされ包丁を持った喜多。この家の台所から持ってきたのだ。
「な、んで……?」
「先輩が悪いんですよ。僕がいながら彼女なんか作って……。嘘つき。嘘つき!!中学生の間は僕が一番大切だって言ったくせに!」
「まって、なんのこと……かはッ」
「しらばっくれないでください!この前駅の雑貨屋さんで女の子にネックレス買ってあげてた……!うちの生徒じゃない知らない女の子……痩せてて小さくて、肌も白くて、すごく可愛い子……。先輩は見たことないくらい幸せそうな顔してた」
「それはちがっ」
「言い訳は聞きたくない!結局女の子の方が大切なんだ。僕なんて部活の後輩でしかない。先輩が卒業したら、どっちかがテニスやめたら他人なんだ。そんな先輩もういらない!死ねばいい……!」
喜多は再び包丁を振り下ろす。
「うぐぁあああっ!誤解だよ、きたくん」
「命乞いする気ですか!?見損ないましたよ」
「ちがう……あの子は……いとこで……まだ小5で……静岡から1人で泊まりにきたんだ……おとなっぽいよね……」
「っ、でも!!関係ない!!プレゼントしてたし、」
「家族と友達へのお土産買いすぎて、おこづかいのこってないから……じぶんがほしいものがまんしたって……かわいそうだったから……買ってあげたんだ……」
「そ、そんな」
「どれもおなじに見えた、けど。ハンドメイド、の、一点ものなんだって、さ……だから間違うといけないから、一緒に行ったんだ……みてたんだね……」
「あ、あ、あああ……!!」
我に返った喜多は自分のしたことに悲鳴をあげた。全ては自分の思い込みのせい。醜い嫉妬のせい。膝から崩れ落ち、包丁を投げ捨てて息絶え絶えの新渡米に縋りついた。
「ごめんなさい!やだ!死なないで先輩!先輩ーーーっ!」
「はぁ……はぁ……泣くなよ……君に殺されるなら悪くない、かも」
思いがけない言葉に喜多は目を見開いた。
「他のくるったヤツに殺されるか……くびわが爆発するか……どっちもごめんだし、ひとを殺してまでいきのびたくはない……臆病者だ、から、喜多くんが助けてくれたんだ……」
「っーーー!」
「ごはっ!!」
「新渡米さん!!」
「でも……」
「でも?」
大量に吐血する新渡米だが言葉を紡ぎ続け、喜多も必死になって聞き取ろうとする。
「1人でしぬのはさみしい……喜多くんもすぐに……こっちにきてくれる……?」
「はい……っ」
「いい後輩をもった」……それが新渡米の最期の言葉だった。それを見届けた喜多はなんのためらいもなく自分の腹に包丁を突き刺し、喜多の傍に倒れた。
「ぐふっ……!う、う、あははっ……」
喜多は激しい痛みの中、永遠の幸福に包まれていた……。
✳︎✳︎✳︎
死亡 新渡米 稲吉(山吹)
喜多 一馬(山吹)
【残り 60人】
3.「抱きしめられてみたい」(観月・裕太・赤澤・金田)
真面目そうとか、大人しいとかよく言われるけど、違うんです。
本当は……汚くて、ドロドロしてて、嫉妬深くて……嫌なヤツです。
俺だって……そこらへんの男なんですよ……。ごめんなさい。
✳︎✳︎✳︎
このゲームは統率が取れた学校とバラバラになった学校に別れた。
前者は不動峰と六角。混乱の最中、ひっそり言葉を交わしたりメモを回したりして集合場所を決め、部員全員がそこへ向かった。
ルドルフもそうなるはずだったが……。
「どういうことだっ!裏切ったな!」
観月はヒステリックに声を荒らげ、壁を殴りつけた。
観月はルドルフの部員全員に教会に集まるようメモで指示していた。全国から選ばれたエリートたちが力を合わせれば、イカれたゲームの抜け穴をついて7人で生き残れる可能性があると信じていたから……。
しかし集まったのは観月、赤澤、金田、裕太の4人。木更津、柳沢、野村はついに現れなかった。
「落ち着け観月!来ないんじゃなくて来れないんじゃないのか?途中、誰かに襲われたり……クソッ」
「部長の言う通りですよ!さ、探しに行きましょう!」
赤澤ははっきり意志を持って観月に意見したが、金田は赤澤に同調してるだけに見えた。裕太は険悪な雰囲気に耐えきれず会話に参加しなかった。
「僕のシナリオに逆らうなんて……馬鹿な真似を。でもヤツらが裏切る可能性は12%ほどあった。フッー……ハハハ……」
爪を噛みブツブツ呟く観月は明らかに正気ではなかった。金田の全身にぞわりと鳥肌が立つ。
(この人の思い描くシナリオは……本当に正しいのかな?今の観月さん、フツーじゃないぞ……)
金田は視線で赤澤に訴えるが目を逸らされ胸が痛む。赤澤の視線の先にはやはり観月がいた。
「お前ならあいつら抜きのシナリオを考えてただろう」
「んふ。まぁそうですね」
「試合のように俺たちを勝利に導いてくれよ」
「わかりました。でも少し時間をください」
「あまり思い詰めるなよ」
「……」
観月は赤澤の優しい言葉を無視して奥の小部屋に引っ込んだ。
「今の態度、あんまりですよ……!」
「ショックを受けてるんだ。しょうがない。ほっといてやれ……あぁ、ったく……」
奥からガンガンと何かを打ち付ける音が聞こえてくる。きっとまた壁を打っているのだろう。見かねた赤澤はため息をついて観月の元へ行った。
金田と裕太の2人きりになってしまった。
「裕太はどうして来たんだ?」
「え!?どうしてって……そりゃ来るだろ」
「兄貴に会いたくないの?」
「会いたい……けど。俺を、俺たちを導いてくれるのは観月さんしかいないよ」
「本当にそれでいいのか」
「……わからない」
裕太の瞳は戸惑いで揺れていた。でもわからないことを正直に言える強さが羨ましい。
(俺はただ……部長が……赤澤さんがいたらいいんです……)
汚れて曇ったステンドグラスを眺めてため息をつく。また自分のことが嫌いになっていく。それよりももっと嫌いなのは。
ギィ、と音を立ててドアが開いて2人が戻ってきた。神経質そうに整った眉をひそめ、優美なカールを巻いた毛先をスラリとした指でいじる観月を守るように寄り添う赤澤。とても美しい光景だった。ため息が出るほどに。
金田は無意識に支給された70式拳銃の銃口を観月に向けていた。
「なッ、金田くん何を!?」
「オレ、ずっとあなたが嫌いでした。綺麗で強くて賢いから」
「やめろッー!!」
パァンー……。
けたたましい銃声が響くが観月は尻餅をついただけで、怪我1つしていない。金田の放った銃弾は明後日の方向に飛んでいき無意味に窓ガラスを割っただけだった。
3人は失敗したのではなく意図的にやったと瞬時に理解したが、言葉らしい言葉が出てこない。
「嫌いだけど……やっぱり殺せないです。すみませんでした。さようなら……」
金田はそう言い残して教会を走り去った。背後で赤澤が何かを叫んでいたが、聞こえないふりをしてー……。
4.「根も葉もない①」(壇・森)
「根も葉もない」①
あ、ウチの壇のコトですか。ハイ。なんか色々あったみたいスね。
急にルドルフの部長とノムラって人が来て伴爺に話したいことがあるとか相談したいことがあるとかって……。ね。気になりますよね。
だから盗み聞きしてたんです。
そしたら「壇くんが良くない人たちと連んでるのを見たって」……。
野村サンってアイドルオタクで……言い方悪いですけどオタクって金持ってて弱そうじゃないスか。だから握手会に行く途中、チンピラみたいな連中にカツアゲされそうになって、その中に壇がいたんですって。
人違いだと思ったけど、気になって観月さんに相談したら本人だって……あの人、テニスだけじゃなくて私生活のデータも集めてるじゃないですか。だから。
それで、ウチには関係ないからほっとけって言われたけど無視できなくてわざわざ出向いて来たんですって。
動向をチェックするってことで話は終わりました。
オレも最近、いや、亜久津さんが部に姿を見せなくなってから様子がおかしいとは思ってたんスよ。
例えば?えーっと、髪染めたりピアスしたり……ウチの校則ユルいからそこまで気にしてなかったけど、こんなことになってたとは……。
……でもいいなぁ。可愛いとみんなに気にかけてもらえて。
え?オレ?全然可愛くないですよ。見た目も性格も……。
千石さんは「逆パンダでカワイイー」って言うけど……リアクションに困るんですよね。
ほぼ同時刻に銃声が響いたのは雑木林の中。
ぱらららー…ぱらららー…と壇とマイクロウージーが吠え続けていた。
「死にたくない!死にたくない!いやだっ、ハァハァー…!!」
必死に足を引きずって道なき道を走るのは不動峰の森だった。不動峰の中で一番最後に出発した森は集合地へ近道するために雑木林を通ることにしたが、そこにゲーム屈指の当たり武器を支給された壇が待ち構えていたのだ。
(あんな小さくて優しそうな子だったのに……まさかゲームに乗る側だったなんて!ちくしょう!)
壇と出会った時、怯えて1人で隠れていたと思い込んだ自分が憎らしい。人気のない場所に逃げ込んできた者を始末するために暗闇に潜んでいたのだ。
その証拠に言葉を交わすこともなく問答無用で撃たれ、足をやられてしまった。凄まじい激痛が走るが止まるわけにはいかない。
森は自分を奮い立たせるため呪文のように「たちばなさん、橘さんー…!」と部長の名を読んだ。
すぐ後ろで「さっきから何言ってるんですか?助けてくれる人はいませんよ?」と壇が嘲笑う。
必死に走るたび、大量に血が失われていく。夜のはずなのに、目の前が白くなっていくと感じた時、森は力無く転倒した。もう体が言うことを聞かない。指先すら動かなかった。
後ろから足音が迫るたび森の絶望が深まっていく……。ついに壇が森の正面に回り込んできた。
「あっ!あ、ああああー……!」
「はぁ、やっと追いついたです!森さんに恨みはないけど…死んでもらいますね!」
「やめ、て、」
ぱらららー……。無慈悲に銃声が響く。森は全身に銃弾を浴びた。
「1人やっつけるのにちょっと時間がかかりすぎかなぁ……次はもっと効率良くやるです!亜久津センパイに褒めてもらえるようにがんばるです!」
壇は意気揚々と歩き出した。
死亡 森 辰徳(不動峰)
【残り 59人】
5.「片道の世代」(オールキャラ)
森は仲間と会えずに命を落としたが、出会えた者もいた。
「桜乃ッ!」
「朋ちゃん!会いたかったよ……うう……怖かったよ……」
「よしよし、もう泣かないの!」
「ご、ごめん……でも……ぐすっ……どうしてこんなことに……おばあちゃん……う、うわぁああん」
「アンタが泣いたら……私も泣きたくなるじゃない……」
序盤の方に出発した小坂田と最後から2番目に出発した竜崎は涙を流しながら抱き合った。
場所は出発した学校からほど近い役場。病院や薬局、食料がありそうな施設には人が集まる可能性が高く、あまり遠いと迷ったり途中で誰かと遭遇する危険があると小坂田は考え、泣いてる竜崎を慰めるフリをして待ち合わせ場所を耳打ちした。
学校付近で後から出発した生徒を襲撃する者や同じ考えの者がいる可能性は十分あったが、2人とも誰にも会わず再会を果たすことができた。
「私たち……これからどうしよう?」
「ずっとここにいるわけにはいかないしね。ちょっと寝てから移動しよう」
「で、でも……寝てる間に誰か来たらどうしよう」
「バカね!交代で寝ればいいのよ!それに……何かあったらコレやっつけちゃうんだから!どんな男の子でも一撃よ!」
小坂田が支給されたのはフランキ・スパス12。銃床を伸ばせば全長1メートルを超える大きさで重量もある。従来の狩猟用や競技用の散弾銃ではなく完全な戦闘用の物。さっきまでごく普通の女子生徒であった友達が凶器を持っている現実に竜崎はまた涙をこぼした。
自分を励ますために大げさな態度をとってると理解しているが悲しみを堪えきれない。そして浮かんでくるのは片思いしている少年の顔。
「リョーマくん……どうしてるかな」
「無事かなぁ……」
「私……最後かもしれないのに……頭がいっぱいになっちゃって……何も言えなかった。いつリョーマくんがいなくなったかも覚えてないの。私の気持ちなんてこの程度なんだなって……」
切ない沈黙が広がる。2人とも愛の形は違うが越前のことが大好きだったのに、竜崎は混乱と絶望の底にいて、小坂田はそんな竜崎を慰め指示を出すのに精一杯で別れの挨拶どころか顔を見ることもできなかった。
「ヨシ!決めた!リョーマ様に会いに行くわよ!」
「え!?」
「とりあえず今は休んで、明るくなってから探しに行こう。それで……言いたいこと言わなきゃ……!」
「……うん!」
いつもは引っ込み思案の竜崎だが、今ばかりは大きく頷いた。
✳︎✳︎✳︎
「待ってください乾先輩!」
「……」
「先輩ッ!」
海堂の悲痛な叫び声が辺りに響くが、乾は聞く耳を持たず歩みを止めない。
遡ることほんの数分前。海堂は最も信頼できる人物、乾を探すため暗闇を走り回っていた。走ることで現実を忘れたかったのかもしれない。
林の中もがむしゃらに走っていると木の根に足を取られ大きく転倒してしまった。月明かりでもわかるほどの大量の出血と激痛……それでも乾を探すため海堂は走った。
そしてついに出会えたと言うのに、乾は感情が薄い声色で真っ先に支給された武器を尋ねた。木製のブーメランと答えたと同時に乾は海堂に背を向け歩き出したのだ。
「先輩!!」と再び海堂が叫ぶと乾はようやく足を止め気だるげに振り向いた。
「静かにした方がいいぞ海堂。人が来る。そんな武器じゃ太刀打ちできないだろう」
「そんな……」
「そんな顔をするなよ。まさか守ってほしかったのか?お前と組んで生き残る可能性は0%。悪いが一緒に行動できない」
乾が手にしているナイフで守ってほしかったわけではない。しかし極限の状態で冷酷に突き放された海堂の心はついに折れ、崩れ落ちた……。
乾はそれすら無視して再び歩き出す。
(すまない海堂。……だがこうするしかないんだ……)
遠ざかっていく海堂の気配を感じながら乾は唇を噛む。
(残念ながら全員生存するのは不可能……できる限り多くの人を救うため多少の犠牲は仕方がないことなんだ。
性格上、お前は人を傷つけることができないし、その足と武器では戦力にならない。説明しても傷つけるだけ……なら恨まれた方がいい。
許してくれとは言わない。俺は罪を背負ってでも果たさなければいけない使命がある……)
乾は大切な1人の後輩を守るか、より多くの生徒を助けるかというトロッコ問題に直面し後者を選んだ。海堂が他の信頼できる仲間と出会えることを祈るしかない。
振り向きたい気持ちを抑えて旧友、柳の元へ向かった。
***
室町は気が狂いそうになりながら行く宛てもなく集落を走った。彼もまた新渡米と喜多と同じ理由で単独行動を選んだ。
「群れてるだけじゃ生き残れない」と覚悟したのに1人になるとどうしようもなく怖かった。気を紛らわすように走り続け、疲れ果てた室町はとある民家の前で立ち止まる。とにかく屋根がある場所で休みたい。
鍵がかかっていない窓があればそこから侵入するつもりだったが、鍵が開いていた。
「ラッキー……」
どこかの誰かのような独り言を呟きながら家に入る。内側から鍵をかけて一安心するが我に返る。
(開いてるってことは誰かいるかも……)
室町はバッグにしまっていた懐中電灯とナタを取り出し、震える手で構えた。
(こんなモノ使いたくねーが……話し合いでダメだったり襲われた場合は……でも……うう……)
「だ、誰かいないか……?」
懐中電灯で照らしながら部屋の隅々まで見て回る。1階に人気はないので2階に上がり最初に目についた部屋を開ける。
「ひっ!」
「あっ!」
学習机や大きなクマのぬいぐるみがる可愛らしい子供部屋の隅で氷帝の芥川が膝を抱え震えていた。手にはボウガンの矢ー……。
それを見た瞬間、室町は全身の毛が逆立つのを感じた。「殺したくない」と思っていたはずなのに自然と体が動いてしまった。
「な、待って!!やめて!!お願い!!戦う気とか、ないから、だから」
「うわぁああああああッ!!」
「痛い!やめ、なんで!?おれまだ死にたくな、」
「オレだって!!死にたくないんだよッ!!」
ボウガンを投げ捨て必死に懇願する芥川に無我夢中で何度もナタを振り下ろす室町。
気がつけば血の海が広がっていて、芥川がぐったりと横たわって身動きひとつしない。
「あ、あ、あ……俺はなんてことを……!」
凶器である血まみれのナタを放り捨てたが自分の体にもべったり血がついているのに眩暈がした。室町はユニフォームを脱ぎ捨てパジャマとして持ってきたTシャツに着替え凄惨な現場から逃げ出した。
どれほど遠くに逃げても「やめて」「死にたくない」芥川の悲鳴が聞こえてくる。
「チクショーッ!」
薄闇の中、室町の悲鳴が虚しくこだました。
***
時刻は12時を迎えた。ゲームが開始してから初めての放送だ。島に悲しげなクラシックが流れた後榊の冷酷な声が響き渡る。
「今から死亡者の発表をする。錦織翼、新渡米稲吉、喜多一馬、森辰徳、芥川慈郎の5名だ。次は禁止エリアの発表だ。よく聞いて無駄死にを避けるように」
淡々とされる放送を聞いて千石は大きな木にもたれ1人うなだれた。
(山吹がもう3人も死んでしまった……。どうして!?なんでだよ!?
新渡米と喜多クンは仲良かったから2人で行動してたんだろう。そこを襲われたのかー……誰がこんな酷いことをー……あぁ……俺はどうすればいい?どうしたら3人を、みんなを助けられたんだ?)
後悔に唇を噛み締める千石。いつものどこか軽薄な雰囲気は後影もない。
ふいに背後から人の気配と草木が揺れる音がした。ビクッと肩を震わせ振り向くとそこにいたのは亜久津だった。薄闇の中、白い肌と髪がよく目立つ。
「ッ、誰だ!!って、亜久津かぁ……」
「大声出すんじゃねぇ。どこに誰が潜んでるか分かりやしねぇ。殺されたくなかったら静かにしろ」
「メンゴメンゴ!あのさ、その言い方からすると……ゲームに『乗ってない』ってことだよね?」
仲間に出会えた安堵感に胸を撫で下ろす千石だが、不安は完全に消えない。恐る恐る尋ねると亜久津が鼻を鳴らした。
「誰が乗るかよ。こんなクソゲーム。俺は誰の指図も受けねえ」
「あはは〜さすが亜久津〜そう言うと思った!で、何してたの?」
「太一を探してた。やっぱり放っておけねぇ」
「なるほどねぇ……俺も心配してたんだよ。あの子真っ先に狙われそうで……。一緒に探しに行こう。その代わり……」
「あ?」
「俺のこと、守ってね……な〜んて嘘嘘!自分の身は自分で守るさ。だから……」
「ごちゃごちゃ言ってねぇで行くぞ」
亜久津は千石の言葉を待たずズカズカと歩き出す。狂ったゲームの中、いつもと変わらない背中を見ると安心する。
「亜久津と出会えるなんて俺ってやっぱラッキーかも」
「ウルセェ」
✳︎✳︎✳︎
「ジローが……」
「そんな……うう……」
宍戸と鳳は仲間の死亡を知らされ呆然とする。目を閉じれば天真爛漫な笑顔が浮かんでくる。鳳は肩を震わせ顔を覆って泣き出すが宍戸が檄を飛ばした。
「泣くんじゃねぇ!泣いたら……大人の思うツボだ」
「はい……でも、でもッ……!」
「泣くなよ……俺まで……泣きたくなるから……」
「宍戸さんー……」
鳳はなんとか頷いて涙を拭う。
泣いている暇はない。地獄は始まったばかりだからー……。
死亡 芥川慈郎(氷帝)
【残り 58人】
つづく~🙃