お前だけ、「林檎飴」
ぽつり。呟く声に虎次郎は喧騒の中、振り返る。
祭り囃子とはしゃぐ声に埋もれた小さなその声は、人の波から頭一つ分飛び出た虎次郎でなければ聞き逃していたかもしれない。
立ち止まる声の主を見つめた。人と人との間に佇む姿は薄緑の着物に身を包んで、桜色の髪を肩口で纏めている。立ち姿は凛としていて、人が過ぎ行く中でただ立っているだけなのに絵になった。その視線は、とあるひとつの灯りの元に釘付けになっている。
夜を点々と照らす屋台の灯りの中、艶めく宝石のような赤色。
いくつも均等に並んだそれを、店の前で目を輝かせた小さな女の子がしきりにねだっていた。傍にいた温和そうな父親がその愛らしいお願いに負けて「ひとつください」と眉尻を下げる。
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