Recent Search
    Sign in to register your favorite tags
    Sign Up, Sign In

    mlt_sk8

    @mlt_sk8

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 2

    mlt_sk8

    ☆quiet follow

    ジョチェWEBオンリー開催おめでとうございます!!!!
    ジュの着物を着たジョチェ。
    祭りに出かけたふたりのお話です。あまりかっこつかないやきもちをやく虎がいます。
    着物をお互いに脱がせ合うえろシーンまで書きたかったのですが時間切れなので続きのえろはどこかで書きたいです…
    ちなみにこのお話では薫は着物の下に下着身に着けていません。

    お前だけ、「林檎飴」
     ぽつり。呟く声に虎次郎は喧騒の中、振り返る。
     祭り囃子とはしゃぐ声に埋もれた小さなその声は、人の波から頭一つ分飛び出た虎次郎でなければ聞き逃していたかもしれない。
     立ち止まる声の主を見つめた。人と人との間に佇む姿は薄緑の着物に身を包んで、桜色の髪を肩口で纏めている。立ち姿は凛としていて、人が過ぎ行く中でただ立っているだけなのに絵になった。その視線は、とあるひとつの灯りの元に釘付けになっている。
     夜を点々と照らす屋台の灯りの中、艶めく宝石のような赤色。
     いくつも均等に並んだそれを、店の前で目を輝かせた小さな女の子がしきりにねだっていた。傍にいた温和そうな父親がその愛らしいお願いに負けて「ひとつください」と眉尻を下げる。
     その子は手にした自分だけの宝石を自慢げに掲げて、空いた方の手を父親に握られながらまた喧騒の中に消えていった。そのうれしそうな横顔を見送りながらつられて笑うと、ぐい、と裾を引かれる。
     裾の引かれた方を見ると恋人は、少女よりも幾分か可愛げなく、ねだった。
    「あれが食いたい」
     虎次郎には見向きもせず、視線は並ぶ赤を見つめている。こうなると買ってやるまできっと梃子でも動かない。仕方なしに虎次郎が「これひとつ」と店主に声をかける。ほとんど同時に、並んだ中で一際艶めいた赤を手にした薫をちらりと横目で見れば、こっそりと満足そうに笑っていた。そんな些細な表情のひとつで可愛げないおねだりだって虎次郎からは可愛く見えてしまうのだから困ったものだ。
     先ほどの少女に似合いのつやつやした赤は、大人びた着物姿にはわずかばかり不釣り合いに見えたが、そんなことはお構いなしだとでも言うように、手にした飴のつるりと丸い表面に薄い唇が押し付けられる。
     そして離れた唇が、言う。
    「……林檎飴なんて久しぶりに食った」
     ひとりごとのように呟かれた言葉は喧騒に消えていった。
    「昔はよく食ってたよな」
    「……甘い」
    「だろうなぁ」
     ちろ、と覗いた舌が艶やかな表面をそっとなぞっていく。思い出の中とは随分と違う仕草に虎次郎は思わず眉根を寄せた。
    「なにちまちま食ってんだよ」
    「ん?」
    「中の林檎だけ残るだろ、噛んじまえよ」
    「あのなぁ、こんな往来で大口あけて頬張れると思うか」
    「往来で遠慮せず大口あけて食ってたのはどこのどいつだよ」
    「……今はイメージってものがある」
    「そんなに気になるんなら何で買ったんだよ」
    「なんとなくだ」
     人の流れに逆らわないよう、ゆっくりと合間を縫いながら石畳を進む。自分の恵まれた身長であれば、はぐれてしまうことはない。どこにいても目立つ虎次郎にはどこにいても視線が集まりがちだ。今日とて例外ではなかった。
     だが、ちらちらと寄せられる色めいた視線に虎次郎は気付かないふりをしていた。恋人とのデートを満喫しているのだから、応えるのは無粋だ。女の子に優しくというのはモットーだがそれよりも恋人にはもっと、うんと優しくしたいのが虎次郎だ。
     優しくしたいし甘やかしたいのに、恋人はなかなか一筋縄ではいかないところがある。だが、まぁ、それもひっくるめて好きなので仕方ない。
     林檎飴を手にした恋人は機嫌がいいようだ。ふたり分、下駄の鳴る音は喧騒と混じり合ってその場に溶けていく。綿菓子の甘ったるい匂いと、焼きそばのソースの匂いと。音と匂と、灯りと。色んなものが混じり合って、その場を宵に鮮やかに浮き立たせた。
     祭りの夜。虎次郎の脳裏に浮かぶのは、そこに訪れた幼い頃の思い出だった。


     虎次郎と薫が昔よく訪れた近所の祭りに久方振りに出かけようと決めたのは、ちょうど先週、薫がいつものように我が物顔で虎次郎の店のカウンターに居座る閉店後のことだった。
     その日の薫の商談相手がたまたま古くからその神社の近くに住んでいたたそうで、毎年ある祭りの屋台の話で盛り上がって、懐かしくなった、と。そう言われてしまうと虎次郎も懐かしくて、薫が水みたいにするすると飲んで空けたワインの空き瓶を下げて、店のワインだぞなんてちくちく文句を言いながらも、薫の話に耳を傾けた。
     そもそもこのワインは開けてから三日は経ってしまっていたのでどちらにしろ虎次郎が家で飲むか、と思っていたものだった。普段はグラスのために開けたりしない銘柄。それでも常連さんが飲みたいといえば、採算は度外視だ。薫には馬鹿なのかと言われるが、そういう店でいい。案の定、折角なのでいかがですかとワインを勧めようにも飲まない客ばかりが続いた結果それきり出ずにワインはほとんど残っていて、そろそろ店から下げないとなんて思っているときに、そういうのをわかったように目敏く薫が飲みに来た。
     こうもタイミングがいいと、虎次郎の店のセラーには薫の監視が付いているのかとすら思う。
     大人になってからというもの忙しさにかまけて、祭りとか、そういうイベントごとから疎遠になっていた。なにせ薫も虎次郎も、それなりに仕事人間だ。
     折角なので休みを合わせて一緒に行かないかというめずらしい誘いに、虎次郎はたまにはそういうのもいいかと、店の予約を一通り確認してから、頷いた。

     約束の日にランチタイムを終えて店を閉めた虎次郎の元に薫がわざわざ出向いて、持ってきた着物に着替えろと遠慮もなく服を剥かれたのには面食らったが、薫が予告もなく虎次郎の元を訪れては好き勝手するのは珍しいことでもない。文字通りされるがままでいた。
     図体がでかくて着付けしづらいと文句を言いながらもてきぱきと手を動かす薫が腰に抱きつくようにして腕を回すと見慣れた、それでいて何度見ても形の整った顔が下肢のすぐそばにある。おのずと周辺、腰回りに意識がいく。
     この光景には覚えがある、と。
     思考した虎次郎は、その場にはそぐわない記憶が頭を過って喉を鳴らした。薄く淡い色の睫毛をかすかに震わせながら、鼻にかかったくぐもった声を漏らす。虎次郎の熱が、薫の口腔内のあたたかさに包まれて――そこまで記憶を辿って、虎次郎は大袈裟に身体を強張らせた。
     勝手に、心臓が早鐘を打つ。咄嗟に気を張っていなければ、あらぬ状態になっていたかもしれないとその場でしばらく固まった。
     その日に都合を合わせるためにそれなりにふたりして忙しくしていたので、長らく恋人と触れ合っていなかったのは確かだった。
     誤魔化すように負けじと文句を言いながらやっとの思いで着物に身を包んで律儀に用意された桐下駄を履く。玄関先でかたい地面を蹴った下駄が、からん、と気持ちのいい音を立てた。
     少し離れたところ、全体を下から上へと品定めでもするようにじっくり眺めた薫が自分の見立てに狂いはないと満足げに笑う。それを見ればこの男の趣味に付き合って着せ替え人形になるのも悪くないと思えてしまうのだから、我ながら単純なものだ。

     それなりに悪くない、なんて思ってはいたが、気慣れない着物は虎次郎にとって窮屈だった。下駄を鳴らして行く祭りへの道すがら、隣を見れば恋人は涼しい顔をして歩いている。高校生の時にはこんなふうになるなんて、微塵も思わなかった。当たり前だ。ピアスだらけのヤンキーがこうなるなんて誰も想像しないだろう。
     しっかり着付けられた窮屈な襟の合わせをこっそり割ってみたら、目敏く気が付いた小姑のような薫に「帯が崩れるだろうが」とお小言を浴びたが、晒した胸元を見せびらかしながらこういう着こなしも似合ってるだろと微笑めば、何も言えず喉を詰まらせたように押し黙ってしまった。どうやら満更でもないらしい。
     しばらく行くと、視線の先に同じように祭りに向かう恋人同士が寄り添いながら、仲睦まじく指を絡めあっていた。ちらりと様子をうかがいながら虎次郎が自然に薫の手を取って指を絡めようとしたら、いつ取り出したのか懐から取り出した扇子で制するように手の甲を強く打たれて声にならず痛がっていると、ふん、と鼻を鳴らされる。
     繊細な料理の味付けのように、薫に対しての匙加減というのは様々な条件によって変えていかなければならない。むずかしい。だからこそ、その薫を蕩かすことにシェフとして手を掛けることが好きな虎次郎が、それなりの喜びを感じていることは内緒だ。


     神社へ続く通りには、屋台が所狭しと並んでいた。平日の夜だというのに賑わっていた。懐かしくなって視線を巡らせながら歩くと、色とりどりの屋台が視界に飛び込んでくる。虎次郎が、懐かしいな、と口を開いて思い出をなぞる。そうすると、互いの口から溢れ出る思い出話は止まらなかった。
     射的で勝負をしたときの勝敗。はじめての射的では、何をやってもそれなりに器用にこなす虎次郎がすぐにコツを掴んで勝ったのだが、薫はなかなか負けを認めず来年こそ勝つと悔しそうに再選を挑んできた。そうやって先の約束を当たり前のように交わしながら、負けず嫌いの薫が翌年の勝ちを掴んで、何年も何年も拮抗を保ちながら勝った負けたを繰り返した。
     持ってきた小遣いが足りなくて、ふたりで半分こして焼きそばを食べたこともあった。半分この焼きそばだけじゃ、食べ盛りの胃袋には到底足りなくて、結局腹減ったなんて文句を言いながら滑って家まで帰った。滑っているうちに空腹なんて忘れて寄り道に寄り道を繰り返して速さを競ったりしながら家まで帰って、別れ際、盛大に腹の虫が鳴って笑い合ったことだって覚えている。
     虎次郎の家で焼きそばが出るたび、母親のつくった焼きそばは美味いのに、どうして思い出されるのは薫と一緒に食べた焼きそばの味ばかりなのだろうかと、幼い頃は不思議に思っていた。その理由に気が付くまで随分と時間がかかってしまったな、と思う。
     よくこっそりおまけをしてくれた気のいい屋台の焼きそば屋の店主は、薫のことも虎次郎のことも可愛がってくれた。気のいい、親戚のおじさんみたいな人だった。だが、そこにその姿はもうない。無理もなかった。十年以上も前の記憶だ。
     ひとつひとつ、屋台を見て視線を先へ先へと進めていけば、焼きそば屋の奥にいつもあった金魚すくいの店も、そこにはなかった。別の屋台が当たり前のように、そこにある。金魚すくいだって、よく競い合った。勿論、薫とだ。けれど今そこには、虎次郎のよく知らないキャラクターグッズが並ぶくじ引きの店がある。
     思い出と同じ景色は、ところどころ、そこにはない。あの時と同じものはない。そう思えば、ほんの一握り、哀愁のようなものに胸をつつかれる。でも、あの時と変わらないものもあった。隣では、見慣れた桜色の髪が揺れている。

     しばらく歩くと境内に行きあたって、屋台はそこで途切れる。その先は入口の提灯わずかに照らしていて、奥に行けば行くほど暗く静かだ。人が点々とまばらに、薄暗い宵に浮かび上がっている。
     からん、ころん。
     静かな境内では、下駄の音がよく響いた。薫が先を行くのでその背を追うと、建物の影、ほとんど灯りの届かない暗がりで、影がぴたりと立ち止まる。
    「なぁ。覚えてるか、高校の時」
    「ん?」
    「ここの祭りに、愛抱夢を連れてきてやった時のこと」
    「ああ、」
     覚えていた。懐かしいさに目を細める。幼い頃の思い出より、少しばかり最近の引き出しに入った思い出のひとつ。
     いつものように滑っていたら、提灯と屋台が神社を照らすのが遠くぼんやりと見えて、物珍しそうにする愛抱夢を連れて訪れた。いつも自分たちを先導する愛抱夢が、逆に自分たちについてくるのは新鮮で悪くなかった。
     そこで薫は、祭りがはじめてなのだという愛抱夢に何でも好きなものを奢るなんて豪語した。
     確かに、祭りを見て目を輝かせる愛抱夢には、そうさせたくなるような何かがあった。いつも滑るとき以外は感情をなかなか出さない愛抱夢が「すごいね」と浮き立つ姿を見たら、誰だって何かしてやりたくなるだろう。
     愛抱夢はいつも、何かを隠したり抑え込んだり、心の奥底に何か他の人には知り得ないものを抱えているように見えていた。あくまで虎次郎から見て、だ。それが、ずっと、胸につかえていた。けれど、薫は別にそんなこと気にしていなかった。何でも隠さないお前と違って愛抱夢には隠したいことの一つや二つあるんだろ、なんて。
     その言葉に虎次郎は、ひっそりと、苦々しい思いを抱いていた。薫に何でも隠さないなんて、そんなのは小学生とかせいぜい中学生までだったし、高校に入って幼馴染の距離感を少し考えるようになって、変わっていた。だから、何も隠さないなんてそんなことはなかった。なのに、薫は虎次郎のことで自分が知らないことなんてないと、自信満々に言う。
     そのときの虎次郎には一丁前に、薫には言えない隠しごとなんてものがあった。きっとこれから先、ずっと言うことはないと思っていた。幼馴染は呆れるほどに虎次郎という人間を真っ直ぐに信じてくれていた。薫は、そういうやつだった。だからこそその時は、隠し通すことを選んだ。

     愛抱夢を連れて灯りへ向かって行けば徐々に祭囃子が近づいて、灯りに頬を照らされた。その場に足を踏み入れて振り返ると、愛抱夢は少し驚いたような面持ちで立ち尽くしていた。
     そこにはいつもの先導者のような。カリスマとして自分たちを導く少年はいなかった。
     ただ同世代の少しばかり世間知らずな。自分たちの知る世間一般というのを知らない、流行りに幾分か疎い少年がそこにいた。

     物珍しそうに祭りの屋台を見る愛抱夢に林檎飴を買ってやっていた薫のことを、虎次郎が忘れるはずがなかった。だってあの薫が、だ。虎次郎は奢らされたことはあれど、薫に何かを賭け事以外に勝った以外に奢られたことなんて記憶にない。
     いつものように、俺にも奢れよとつまらない言い合いをしたが、虎次郎は何とも言えない感情が自分の中に渦巻くのを感じていた。薫が自分ではない誰かに思いを寄せる素振りを見せているこに焦燥を抱いていて、それが顕著になった瞬間のように思えた。
     口を開けばコジローコジローと自分の名前ばかりを呼んでいたのが、愛抱夢という名前ばかり出るようになったことで、違和感のようなしこりがずっと心に残った。付き合った女の子たち相手には感じたことなんてない。じりじりと、腹の内が焼け焦げるような感覚だった。けれど、あの頃はそれが何なのかわからなかった。
     全部、覚えている。自分の中にあった青い嫉妬を。
    「あいつ、林檎飴なんて見たことないって驚いてただろ」
     屋台の中の射的でも金魚すくいでもなく、焼きそばでもわたあめでもなく、愛抱夢が興味を示したのは林檎飴だった。何が好きだとか嫌いだとかなんて聞いたことはなかったのだが、ぽつりと、林檎が好きなんだと言っていた。
    「……薫が自分の分遠慮なくがりがり食ってたら、飴は噛むものじゃないだろうなんて面食らってたな」
    「あいつ、ほんとお上品だったもんな」
     いつもの貼り付けたようなメディアで見る笑顔ではなく、子供みたいに笑いながら、薫が口元に寄せた林檎飴を舐める。表面を舌先が滑ると、小さく濡れた音がした。離れた唇と覗いた舌は、すっかりその色を移されて、赤く色づいてる。暗がりでもそれがよくわかった。そのくらい薫の近くにいた。
     近くにいるのは自分でも、薫の口からこぼれるのは愛抱夢の話だ。
     気が付けば虎次郎は、逃げられないようにと小さなその顎を捉えて、薄い唇に噛みついていた。
     ぬるりと無遠慮に舌を押し当てると、唇の表面が少しべたついていて甘い。表面にうっすらと残る味を自分の唾液に溶かしながら、中に舌を割り入れて口の中にも残る甘さを追いかける。粘膜の凹凸をゆったりと舐めまわして、味わう。掻き混ぜた唾液に溶けていく甘さを呑み込んで、ちゅ、と音を立てて唇を離す。
     呼吸の触れる距離で目を合わせると、薫の目尻がかすかに赤い。
    「おい、……見られたらどうする」
    「嫌がらなかったくせに」
    「急すぎるだろうが」
    「俺の背中で誰からも見えてねぇよ、ここなら。暗いし」
     そう言ってもう一度口づけようとすると、唇ではなく何かべたついたものが押し付けられて虎次郎は思わずくぐもった声をあげた。
    「口がさみしいんならこれでも食ってろ」
    「お前なぁ……」
     押し当てられた飴を取り上げた。ほんの少し舐められたところが溶けているが、まだほとんど綺麗なまま残っている。
    「飽きたのか?」
    「別に。……やる」
    「……飽きたら俺に食わせんのやめろよな……」
    「物欲しそうな目で見てたからだ」
     そう見えていたのなら視線の先にあったのは林檎飴なんかではなく薫だ。気付いているのだろうか、自分に向けられる感情にこの男はひどく鈍感だ。一筋縄ではいかない。
     はぁ、と溜息を吐いてから手にしたそれに歯を立てて、赤く艶めいた表面に食い込ませて力を込める。割れたそこから瑞々しい林檎の断面が覗いて、音を立てながら虎次郎は、口の中の甘さと果実の酸っぱさを噛み締めた。
    「で、なんで急にあいつの話なんだよ」
    「ん?」
    「愛抱夢」
    「ああ、」
    「林檎飴見たら思い出したんだよ。あの時の愛抱夢、子供みたいだったな」
    「飴ひとつでうれしそうにしてたしな。まぁ、薫は……俺には奢ろうともしなかったけど」
    「特別だからな。あいつは」
     そう暗がりに向かって呟いた薫は、すぐそばにいる虎次郎ではなく遠くを見つめていた。見ているのは思い出の中にいる愛抱夢だ。口の中から、飴が溶けて消えていくまで口にするかどうか悩んで、口を開く。
    「……恋人といるときに、他の男の話すんなよな」
     すると、視線がゆったりとこちらへ向いて、目が合う。
    「なんだ虎次郎。嫉妬か? 愛抱夢に?」
    「…………そーだよ」
     がり、と。大口で林檎飴を齧って頬張る。急に腹立たしくなってきた。薫が買った林檎飴なんていうのは自分の中に記憶がない。けれど、愛抱夢だけそれを知っている。そう思えば、嫉妬のひとつやふたつ出るだろう。恋人なんだから。
     自分の中にはまだ青い嫉妬が渦を巻いているようだった。随分と狭量だと思う。それを留められず口にしてしまった気まずさを誤魔化すように、また林檎飴を齧る。
     あとひとくち、というところで薫の手が飴を手にした虎次郎の手に重なって引き寄せられた。あ、と。大きく口を開けた薫が、最後のほんのひとくちだけ、残った林檎飴を齧り取る。
     飴を砕く音だけがふたりの間に響いた。
     ほどなくして、ぺろりと唇を舐めた薫が、口を開く。
    「……お前、馬鹿だな」
    「言うなよ……恋してるときって誰でも馬鹿になるだろ」
     呆れたような声音にいたたまれず視線を逸らすと、胸倉を掴んで引き戻された。
    「おい薫。あんま引っ張んなって……着崩れるって、お前が……」
    「なぁ、知ってたか? 虎次郎」
     目の前、月と同じ色をした瞳がこちらを見下ろしていた。赤く色づいた唇の端が重なった三日月と同じように持ち上がって弧を描く。
    「俺は、誰かに物を買ってやったことなんて、五万とある。でも、こうやって誰かと何かを分け合うなんてのはな」
     ――お前だけだ。
     そうささやいた唇が、ちゅ、と虎次郎の唇に触れて離れていく。突然の言葉は耳に流れ込んでいても、意味を理解するまでには、少しばかり時間を要した。

     お前だけ、

     反芻しながら何度か瞬きをして呆けていると、もう一度わからせるように唇が重ねられる。舌先が入り込んできて、唾液ごとくちゅくちゅと絡める。
     どちらともなく口の中に広がっていく、分け合った林檎飴の味は、思い出の中よりももっと、ずっと甘かった。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    🍎🍬🍎🌰💞💘💖🍎🍎🍎🍎🍎💖🍎🍏👏🍎💕💕💕💕💕💖💖💖😭🙏💖💴💖💖💖🍎🍬🍎🍎🍎💖💘💞💕❤😍😍😍😍😍💒💕💕💕🇪Ⓜ⭕ℹ❤🍎🍎🍎
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works