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    harusakiriku

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    【SNS投稿SS再録】
    原作軸・決戦後のふたり

    原作軸「創傷」創傷創傷
     春の木漏れ日のように笑うひとだったのだと、知り合って何年も経ってはじめて覚えた。
     血も雪も吹雪く、薄墨で描いたような色あせた山奥での出会いから、陰惨な木立のなかで怜悧な男は文字通り、おそろしくうつくしく、だが激した声と表情に、なんて厳しくも冷たいひとだと思ったものだった。
     その後も、なにくれと助けられたり、様子を見に来られたりと顔をあわせる際にも、その薄いくちびるが弧を描くことはついぞなく。紆余曲折、柱稽古をとおしてやっとわずかに心を開いてくれたようだったが、長らく表情を(おそらくは情動そのものを)動かすことのなかった彼のそれは、笑みと言うにはあまりに不器用で、いささか滑稽じみたへたくそな顔だった。
     それが、爛漫の春だ。澄みきって青みがかったまなこが完全にかくれ、長い睫毛をそよがせながらあわさった瞼、唇は薄いながらも、きれいな歯列が覗くほどに口を開けば案外と、成人男性らしく大きかったのだとわかる。
    「――ははは!」
     書生姿で、短くなった髪と、なくした側の腕にまつわる袖を揺らして、爽やかな春風のようにあかるくあかるく義勇が笑う。なにがそんなに楽しかったのだったろうか。おそらくは自分の発した言葉に笑ったと思うのだけれども、以前と違って義勇の笑いの沸点がびっくりするほど低いものだから、こちらはたびたび戸惑ってしまう。
    「どうした、炭治郎」
     まだ笑いの残ったやわらかな表情で、軽く首をかしげて覗きこんでくる。心を開くまでには身体いくつかぶんは距離をとっているのが癖だったこのおひとは、ひとたび開けばいっそ、炭治郎よりもずっと近い。
     いまだって、長いまつげのそよぐ風が当たりそうなほどに近くて、だから火照った頬をごまかすように、炭治郎は目を泳がせてしまう。
    「いえ、なんでも、ありません」
    「ふふふ。妙なやつだ」
     くすくす、くすくすと笑う義勇に、あなたがあんまりきれいで、屈託なく笑っていて、それが眩しくて思考が飛んだ、などと言えるわけもない。どきどきと胸が爆ぜているのはこちらばかりで、そういう意味での鈍さばかりは、てんで変わっていないらしい。
    (そう、本当に、鈍いおひとだ)
     ふたりがいまいるのは、街中の茶屋だ。軒下にある縁台に並んで腰掛け、団子とお茶で一息いれているところ。
    「……この団子は、甘露寺が好きだったな」
    「お供えに、買ってまいりましょうか」
    「たくさんあれば喜ぶだろうな」
    「帰りには、お寺の皆さんにお渡しすれば、めしあがってくださいますものね」
     目的は、かつての仲間への墓参りだ。炭治郎はだいぶ体力が落ちてしまっているので、山にある竈門家からこの日の目的地――蜜璃の遺骨は鬼殺隊士の集合墓地ではなく、甘露寺家の菩提寺に、伊黒とともに納められてている――まで歩いてきただけで、息が切れた。見かねた義勇が、「おれが疲れた」から一服しようと告げたのだ。
    (やさしい)
     表情がほころんだだけでなく、気働きまでできるようになってしまって、どこまでやわくなるのだろうなと兄弟子を見あげる。そして、その整った貌に集まる、有象無象の色を含んだ視線のにおい、、、を感じて複雑になる。
     片腕がなかろうが、それはこのうつくしい男の価値を損ねるものではないらしい。どころか、お世話をしてさしあげたいと、押しかけるものも多いと聞いている。
     ――片腕では不便でしょうから、世話を焼くものもいるのでは?
     親切心からか、通いの雇い人ではなく、常からそばにいる家人をと、そう勧められているらしいと、宇髄から聞いた。
     しくり、胸が痛む。そうして義勇は以前と違い、すぐにそれに気づいてしまう。
    「どうした? やはり疲れたか。帰りは山に戻らず、うちに泊まるか?」
    「……そのつもりでおりましたけれども」
     やさしい、やさしい目をしてこちらを見る、その美貌はあの激しい闘いの最中に負った疵などまるで見当たらない。せいぜいが、利き腕ではないために髭を剃る際、たまに失敗して残る剃刀傷程度だと、最近は笑い話にするくらい。
     けれども、炭治郎は知っている。
     明るく爽やかな義勇の、しろくなめらかな貌から頚のそのさらにした、衣類に隠れた身体には、えぐれた肉が盛りあがり無理矢理につないだ縫合痕や、止まらぬ血を、肉を焼いて塞いだために引き連れたように赤黒いままの火傷の痕があること。そして失われた腕の切断部も、鋭利な刃物などではなく、無惨の肉鞭によってねじ切られたせいで、手当をする際に改めて切断しなければならなかったこと。
     炭治郎ほどではないにせよ、だいぶ筋肉の落ちた身体にはそれらがひどく疼いて、日によっては一晩中、痛みに呻くような羽目になること。
     それをあたため、睦みあう相手には自分をこそ選んでほしいと、切に希っていることは、果たしてあさましいのだろうか。
     きれいな顔だけを見てのぼせるような、そんな浅い心地でこのひとに近づいてほしくないとすら思う。だが同時に相反することも思う。
     もっとやわく、なめらかに彼を包んでしまえるような、なにも知らぬ相手のほうがいいのではないだろうか。
     同じ痛みを分かちあうのはたしかに、あの地獄を生き抜いた自分たちにしかできない。けれどそれがいつまでも、忘れられない痛みになりは、しないだろうか。
    「……炭治郎」
     一瞬で填まりこんだ物思いから、あまい声と握られた手のぬくもりが、救いあげてくれる。
    「おれは、おまえがいいよ」
     涙が出そうになって、とっさにうつむいた。もうずっと鈍くてわからずやだったくせに、ちかごろはどうしてそんなにお見通しですか。言葉にならない問いかけに、ふふふと義勇は笑う。
    「おまえとしか見られぬものを見て、いまさら、いまさら」
     うつくしく醜い地獄をともに駆けた。それ以上のつながりなど存在しないと、片腕どうしをしっかり結んで義勇はどこまでも、どこまでも爽やかに笑う。そのくせ指を絡ませ、夜の闇でしかしてはいけない動きで、こちらの掌をくすぐってくる。
    「……これ以上は、お墓参りにする顔ではなくなりますので、やめてください」
     真っ赤になって顔をうつむける炭治郎に、義勇はからからと笑ったあと、ちらりと流し目をする。
     疵だらけの身体をさらして、疵だらけの身体に覆い被さってくる、あのときの目をして、いじわるく、やさしく、あまく、笑う。

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