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    harusakiriku

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    【SNS投稿SS再録】
    現パロ:サーファー×バイト
    2本あり もだもだ

    【海の家にて】  ①スウェル――うねり――②タイド――潮の満ち引き―― ①スウェル――うねり――




     湘南の波は、やわらかい。相模湾奥に位置する関係で独特の遠浅の地形となっており、大きな波のうねりが届きにくい状態だ。そのため海水浴には向いていて、穏やかに海と戯れることができる。
     とはいえ、ポイントにもよるが小波のコンディションもよく、通年サーフィンを楽しめる場所でもある。
     激しい大波へのライドを試みるなら千葉のほうを選ぶのもありだろうが、冨岡義勇にはこの湘南が好ましかった。大学時代、先輩連中に連れられたり、合宿などでしょっちゅう訪れた場所、そしてとあるサーフィン大会で初優勝を飾り、結果としてプロサーファーを目指す道を決めた思い出の場所でもある。
     日本プロサーフィン連盟(JPSA)のテスト――合格率二パーセントと言われる狭き門をくぐり抜けた正式のプロであり、各地での大会でそこそこの成績をおさめてはいる。けれど、プロサーファーといっても、それだけで食べて行けるのは一部のトッププロ、もしくはスポンサーがつくなりタレント業もいそしめるなりの、幸運な一握りのみ。
     義勇も、大半のサーファーがそうであるように、仲間たちと営むサーフィンショップの店員や、サーフィンスクールのコーチなどのいくつかの副業をこなしつつ、いい波を待つ日々を送っている。
     義勇としては、サーフィンだけで食べて行けずともかまわない。波にさえ乗れれば、糊口をしのぐのは、なにかしらの労働をすればいいのだから、望みは叶ったも同然だ。このスポーツに上限はなく、一般社団法人日本サーフィン連盟(NSA)マスタークラスなどは五十代以上の参加者も多い。師匠の鱗滝も調子がいい日は波に乗る。つまり、怪我さえなければ一生を通じて波と絡んでいられる。
     義勇の年齢は二十六。まだまだ若輩、その心は大抵、晴れた日の相模湾のように凪いでいる。
     この夏も、例年におなじくサーフィン初心者に指導をし、ショップが出店する海の家での労働をこなして波に乗る、いつもどおりの夏になるはずだった。
    「――いらっしゃいませ! 焼きそば大盛りとホットドッグ、コーラと麦茶ですね! 少々お待ちくださいませ!」
     ちいさな身体におおきな声の、額に特徴的な痣のある男子大学生、竈門炭治郎が、海の家へのアルバイトに訪れさえしなければ。
    「わあすごいな、プロのサーファーさんなんですね! かっこいいなあ!」
     明るい声と邪気のない笑顔に、胸を打ち抜かれさえしなければ。
     プロサーファー、冨岡義勇。年齢二十六。凪いでいた心は、大型台風の訪れた沖波のごとく、荒れまくりの乱されまくりだ。
     皮肉にも、真夏の太陽よりもぴかぴかの、一点の曇りもない笑顔によって。


          *    *    *



    ②タイド――潮の満ち引き――



    「冨岡さんって、日焼けしないんですか?」
     ふと疑問に思った炭治郎が話しかけた相手は、ちょうど焼きそばを大きくひとくち、頬張ったところだった。もぐもぐもぐもぐ、よく噛んでごくん。端整な顔をした年上の男のひと、冨岡義勇は、食事をしながら、というか口にモノをいれたまま話すことを絶対にしない。所作もきれいで行儀がいい。育ちがいいのだなと思う。
    「しない……ということも、ないが」
     返事があったのは、彼が口の中のものを飲みこみ、おおぶりのジョッキグラスになみなみと注がれていた麦茶を半分ほど飲み干してからだった。
     プロサーファーという職業に、大変失礼ながら炭治郎は、偏見を持っていたのだと義勇を見て気づかされた。といってもしかたがない、年中真っ黒だし、アロハだし、ウェイウェイしていそうだし、ヤカラっぽいひとが多い印象があった。
     じっさい、義勇の勤め先であるサーフショップの店長、宇髄は、それはもうドハデにドハデだし、チーフという煉獄も、押し出しがものすごい。スタッフの不死川に至ってはそれこそ反社的な組織の方ですか、と訊きたくなるが、これで炭治郎の大学での友人、玄弥の兄であるから、怖いのは見た目と態度と口調だけで、案外まじめなのは知っている。
     というか、こたびのバイトはその玄弥から頼まれたものだった。
     ――兄ちゃんの会社で海の家出すんだけど、人手不足らしいんだ。炭治郎、料理できたよな?
     そんな感じでかりだされた湘南の海の家。炭治郎はいわゆるフード班だが、サーフィンショップの出店ということで浮き輪やボードをレンタルしたり、素人相手のサーフィン講座受付も行っている。これはふだんのショップでやっている業務の出張版だ。
     そして義勇は、サーフィン関連の担当者だった。
     UBY産屋敷サーフショップ湘南店のメインメンバーは、宇髄、煉獄、不死川、女性スタッフかつ、こちらもプロサーファーの甘露寺蜜璃はグラビアアイドルの仕事も兼ねているという。
     義勇は、そんな美男美女だらけの派手ばでしい顔ぶれのなかにいると、髪色もごくふつうで、長髪である以外はいっそ地味なくらいだ。たたずまいも静かなので、目立たないといえば目立たない。しかし、ひとたびその顔かたちと、ウエットスーツに包まれた長い手足に整ったスタイルに目が行けば「なんでこんなイケメンに気づかなかった?」と驚く羽目になる。
     炭治郎は、驚いた。そりゃあもう、もんげーとばかりに目が飛び出そうになった。そしてなんだかんだシフトがかぶることもあり、コーチャーがメインの義勇とフードと接客がメインの炭治郎とで、静かにじわじわと交流が深まっている。
     かっこいい年上のサーファーと知り合えて、ちょっと鼻が高い。そんな程度の意識であるが、こっそり優越感を感じてまんざらではない。
     ちなみに、現在の炭治郎はシフトあがりで、義勇と同じテーブルにつき、義勇とおなじく焼きそばを食べている最中だ。こちらは、熱々の焼きそばをはふはふしながらでも話しかけられる。
    「しなくはないけど? なんです?」
    「赤くはなるけれど、すぐに引く。色が定着しないんだ」
    「色白ですよね、たしかに」
     ウエットスーツにはほぼ全身を覆うタイプもあるが、いま義勇が身につけているのは夏場とあってショートスリーブ、いわゆる半袖とハーフパンツのものだ。全身にぴったり添うそれは、彼の無駄のない筋肉や脚の長さをこれでもかと見せつける。
    「海水って髪の毛痛みそうですよね。お勧めのシャンプーとかってあります? お肌とかも手入れ大変じゃないですか?」
     こちらも休憩になったらしく、ともにバイトにはいっている妹の禰豆子が、ホットサンドのトレイを手に興味津々の顔で身を乗り出した。そういえばこの妹は「冨岡さんあれだけ毎日海にもぐってるのにお肌きれい……」とぶつぶつ言っていて、今日こそはお手入れ方法を伝授してほしい、と言っていたのだ。
     しかし、現実は無情である。
    「手入れ……とかはべつに、とくに」
    「え?」
    「リンスインの……なんかそういうので、適当に。ドラッグストアの安売りとかのを使っている」
    「……え?」
     え、を繰り返すたび、禰豆子の声が低くなり、目が据わっていく。兄ちゃんちょっと怖いぞ、と思いながらも、「えっと」と炭治郎は言葉をつないだ。
    「日やけしないってその、いい日やけ止めとかお使いなんですかね? おれ、ここ数日でめちゃくちゃ焼けて痛いので、なにか――」
    「……すまない、それも詳しくない。というか、どうせ海にはいると落ちるから、なにも」
    「じゃ、じゃあ海からあがったあとの、その、化粧品とか乳液とか……」
     折悪しく、義勇はまたも焼きそばを頬張ったところだった。上品なお顔なのに食べるときは意外とワイルドにぐわっと行く。そしてなにかを考えるように、意外と大きな切れ長の目を、きろりと右上にやって考えこむから咀嚼に時間がかかる。もぐもぐもぐもぐ……ごくん。
    「うちの洗面所にあるものを思いだしてみたんだが、マウスウォッシュと、アフターシェーブローションくらいしかなかった」
     あ、髭剃るんだ。ていうか、生えるんだ。つるっとして見えるのに。そしてさすがに剃刀負けはするんだな。炭治郎は隣の妹が怖くて見られないまま、そんなことを思った。
     そして禰豆子は諦め悪く、半身を乗り出して質問を続ける。
    「あの、宇髄店長さんに、冨岡さんっておねえさんいるって聞いたんですよ。その、おねえさんって冨岡さんに似てらっしゃるとかって。長い髪がきれいなひとだって」
    「いるな。姉は……うん、美人だと思う。似ている……かは、わからないが」
    「じゃ、じゃあ、おねえさんの化粧品とかシャンプーとか、教えてもらっ」
    「いや……姉もおれと同じようなものなんだが……」
     がーん、と音がつきそうなほどに禰豆子がショックを受けていた。炭治郎は苦笑して言葉を引き取る。
    「えっとつまり、冨岡家ではむかしから、シャンプーにもこだわらず……?」
    「そのときスーパーやドラッグストアに売ってたやつだった。買い物を任されたとき大体『適当に安いの』としか注文されたことがない」
    「それじゃうちと同じじゃんんん!」
     禰豆子はイッとなったまま、ばしばしとテーブルを叩いた。やめなさい、と手を掴めば、恨めしそうに睨まれる。
    「お兄ちゃんはいいんだよ! お母さんに似て肌も髪も強靱だから、特売のリンスインシャンプーでも荒れないし、石鹸で顔洗って平気だし! わたしはお父さんに似たから、そういうのだと髪きっしきしになるし、肌荒れするの! だから知りたかったの!」
    「ご、ごめんって……」
     年頃になってから、この手の話題になると「遺伝子恨めしい」と禰豆子が拗ねるのはいつものことだ。おろおろしながら妹を宥めていれば、義勇はふと首をかしげる。
    「うちのスタッフに女性サーファーがいるんだが……タレント業もやっている。たしかコスメの企業案件も受けていて、グラビア撮影などもやるから、おそらく詳しいはずだと」
    「紹介してください!」
     秒で食いついた禰豆子の真剣な目に、義勇が顎を引く。瞬きが多いので、ちょっと困惑しているのだろうなと、炭治郎はやんわり、ふんすふんすしている妹の肩に手をかけた。
    「禰豆子、冨岡さんが引いてる。落ち着け」
    「う、ごめんなさい」
    「いや、大丈夫だ。甘露寺は今回海の家のシフトはないが、たしか……ああ、明日のイベントには参加するらしい」
     防水バッグからスマホを取り出して義勇が確認する。炭治郎は、壁に貼ってあるイベントチラシに目をやった。
    「あ、ビーチフラッグ大会?」
    「たぶん優勝を狙ってくると思う……一等が、この海の家の、今月いっぱいのフード無料チケットだから」
    「へえ、そうなんですね」
     にこにこと受け答えをすれば、義勇がふっと眉をひそめた。
    「笑い事じゃないと思うぞ」
    「えっ?」
    「炭治郎はフード担当だったな? 甘露寺は、おれの五倍は軽く食べる」
    「え、女性ですよね? またまたぁ」
     このひとも冗談言うんだな、と笑い飛ばそうとした炭治郎はしかし、まったく真顔の義勇を見て、しぱしぱと瞬きをした。
    「……え、冗談じゃなく……? だって義勇さんの大盛りってふつうのひとの三倍ですよ」
    「うん」
     こく、とうなずく。きれいで迫力のあるイケメンなのに、たまに仕種と言葉使いがかわいい感じになるのは、弟だと知ったからだろうか。けれど首肯されてしまった内容は、ちっともかわいいものではない。
    「えっ、常人の胃ではない……?」
    「タレント業と言っただろう。プロサーファーより、大食いグラドルのほうで有名なんだ。甘露寺蜜璃、聞いたことはないか」
     これだ、とサーフショップのスタッフ全員で写っている写真をスマホに表示した義勇に、竈門兄妹は息を呑んだ。
    「あっ 動画サイトで見たことある! 爆食ミツリさん」
    「おれは名前までは……でもたしかに、SNSで回ってきたから見覚えはある」
     ピンクとグリーンのカラフルな髪色が非情に奇抜で、けれどかわいらしい顔には似合っていて、インパクトがつよかった。しかもこの細身の身体のどこにはいる、という勢いで食べ尽くすのだ。食べ方もきれいで幸せそうだから、大食い系がちょっと苦手な――見ているだけで胃もたれしてくるので――炭治郎でも、最後まで動画を見てしまった。
    「すごいな~有名人だ……」
    「……いや、のんきなことを言っている場合ではないと、だから」
    「え?」
    「言っただろう。この店の、フードすべて、無料チケットだ」
    「……え?」
    「そして甘露寺は、ビーチフラッグには参加するが、それ以外の時間は、オフだ」
     しぱしぱしぱ、と炭治郎は瞬きをした。一瞬で、この店のフードメニューすべての品目が頭をよぎる。そしてそれの量が、義勇の五倍。つまり常人からすると十五倍。
    「だだだだ誰が作るのって、あの時間のシフトっておれ……おれですよねおれかー!」
    「お、お兄ちゃん落ち着いて……」
     今日もとても忙しかった。割と本当に心が折れそうなこともある。楽しいけれどひたすら暑いし疲れるし、だからこの涼やかなひとと一緒にご飯食べたら癒やされるかなとか、そんなふうに思ったのに。
    「うわあ……きっついなあ……頑張るけど……っ」
    「……かってやろうか?」
     ぽつん、と義勇が言う。涙目になっていた炭治郎は、目の前の男をぼんやり見あげた。
    「え、なにか買ってくれるんですか……?」
     ご褒美? 慰め? なんとなく子どもが「アイス買ってやるから」とかそういう感じに機嫌をとられたイメージだ。けれどそれでも悪くないかな、と思ってふにゃり、笑いそうになったとき。
    「そうじゃなくて、要するに優勝させなければいいんだろう。おまえが困るなら、おれが勝ってやる」
    「えっ……」
     じっと、真顔の義勇に見据えられて、なんでかどきっとした。そして顔が赤くなる。え、なんで。おれのためってこと? なんで?
    「その代わり、おれのために無料券ぶん、フードを作らないといけないが」
    「はっ! 常人の三倍 ……いやでも十五倍よりは……」
    「冗談だ。甘露寺はフード全制覇だろうけど、おれはせいぜいシフト後の焼きそばでいい」
    「そ、それなら……いままでと変わらないから」
     助かります。ほっと息をついて胸をなで下ろした炭治郎に、またこくん、と義勇がうなずいた。
    「ごちそうさま。そろそろ行く」
    「あっはい、頑張ってください! お皿下げとくのでそのまま――」
     立ちあがった義勇が、ロングボードを手に店を出て行く。そのついでに、炭治郎の頭をぽんと、軽く撫でて。
     ハイビスカスが揺れる。この海の家の店員は、全員髪に花を挿すのだと宇髄に言われて挿したのに、そんなことしているのは大半が女子だった。例外は炭治郎と、まだ高校生の時透無一郎というJKかと見まごう美少年のみ。
     時透くんは似合うけど、おれはネタ班かな。そんなふうに苦笑しつつ、言われたからにはユニフォームと割切って、毎日新しい生花を髪に飾っていた。
     その花を、長くて、しろくて、ちっとも日やけしない、けれどごつごつした大人の男のひとの指が、揺らした。
    「またな」
    「……いってらっしゃい」
     顔が赤い。振り返らない義勇は気づいていないけれど、痛いくらい赤い。どうして、と頬を両手で冷やそうとすれば、長い足で去って行ったサーファーの背中を眺めた妹が「ふはあ」とため息をつく。
    「すごいなあ天然のイケメン。頭ぽんなんて、あのレベルじゃないと許されない」
    「……禰豆子も不死川さんに頭ぽんされてたじゃん……」
    「あれはねえ、ときめくよ? 大人のちょっとぶっきらぼうな男の頭ぽん! まあ、わたしの場合はお子ちゃまガンバレのぽんだったし、おっとワイルドイケメンのやさしげ笑顔拝めてラッキー、で終わる話だけども!」
     バイト初日、こき使われてくたくたの禰豆子に「お疲れさん」とやった不死川は、そのあとアイスキャンデーをおごってくれたらしい。顔に似合わず気遣いのひとなのは、玄弥の兄であることからも想像に難くない。
    「お兄ちゃんのそれ、果たしてラッキーで終わりますかね」
    「……なんのことかな」
    「毎日、シフトの休憩時間あわせてるの、知ってるんですが?」
     うりうりうり、と妹が肘でいじってくる。よしなさい、と顔を背けて炭治郎は逃げる。
    「おれも休憩終わりだから!」
    「あっ逃げた」
     火照って真っ赤になった顔も、厨房にはいれば誰にもバレない。だって全員が真っ赤だし。鉄板でじゅうじゅうやられる焼きそばもお好み焼きもイカ焼きも、いまはすべてが慕わしい。
    「おし炭治郎、ガンガン焼いてけ!」
    「了解!」
     すこし先に厨房に戻っていた玄弥と並びながら、がすがすざかざか、野菜を炒める。無心で作業をすれば少しは物思いも消えると思った、のだけれど。
    (あした、冨岡さん、勝つのかなあ)
     そう思った瞬間手元のソースをひっくり返して「なにやってんだ!」と玄弥に怒鳴られた。
    「明日、甘露寺さんが勝ったらこんなもんじゃすまねえんだぞ!」
    「……そ、そうだね。ごめん」
     あたふたしながら炭治郎は謝る。でもたぶんきっと、明日勝つのって、あのひとなんじゃないかなって思う。十五倍が三倍になって、きっと大変なのは大変で、でも、……でも。
    (すっごい、どきどきするの、なんでかな)
     髪に挿した花が、ふふっと咲ったような気がした。
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