2025-04-02
「マリー、少しいいかな」
仕事の落ち着いた午後の宿、カウンターで拭き掃除をしていたマリーに軍主が声をかけた。ひそめた声、毛羽だった布を大事そうに抱えた姿はまるで悪いことをしているかのようだ。
幸いなことに客はおらず、窓から初秋の穏やかな光が入るばかり。兵のざわめきが時折外から聞こえることを、セキアは少し怖がっているように見えた。
「はいはい。どうしたんだい」
ひとりで宿に来るのは本当に珍しい。マクドールのお坊ちゃんと呼ばれていた頃から知っているが、その時もいつだって誰かと連れ立っていた。今はもう亡い金色の髪の従者が、いつだってそばに居て、なんくれとなく世話を焼く。それがずっと続くと、マリーとて信じていた。
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