2025-07-23
自分の部隊を副官に任せてぼんやりと出撃していく軍を眺めるなんて贅沢の極みだ。その贅沢に、フリックまで付き合ってくれるとは思ってもみなかった。人も増えたし、もう俺たちがいないと回らないなんてレベルの大きさの軍じゃない。
勇ましい兵士たちの姿を見つめるフリックは、兵を見ているようでどこにも焦点があっていない。薄い唇から、ため息ともつかぬ声が漏れた。
「いつまで続くんだろうなこの戦争は」
グリンヒルを奪還し、すぐさまミューズを攻める。一つの戦いが次の戦いを呼び込み、それが永久に続くよう。ルカを倒せば終わると思っていたのに。ナナミがいつかそう言っていたが、自分たちにだってどこかそう言う気持ちがあった。
悪の狂皇子を殺せば、世界はまるっと元通り。
そんなはずもあるまいに。
ティントを仲間に引き入れた。じゃあ次は奪われた土地を取り返せ。当然の願いだ。
同じぐらい、ルカの死で一度糸が切れた感覚がある。終わるはずだったと思って裏切られた感覚だ。
もうこんな戦いは終わって、どこか他所の気持ちのいいところを旅でもしている方が本当なのでは、とほんの少しだけ思っている。
まるで意識しないままこぼれた声に、俺は小さく笑って見せた。
「飽きてきたか」
自分たちにとって、戦いなんて日常だ。飯を食って、寝て、剣を握る。
飽きるとしたら戦う事そのものではなくて、この閉塞感だ。ここにいるのが間違っているという感覚。それを理性で押さえつけ、今はこの軍に属しているのだから彼らのために戦うのだと言い聞かせているこの状況。
俺を見もせずフリックは、皮肉気に唇の端を上げて見せた。
「さあな。まだもうすこし見たいものがある」
タイラギの行く末だ。
この戦争に俺たちが引きずり込んだ子供を、今度こそ最後まで見届けないといけない。飽きた、もっと別の場所へ行きたいとうずく心を押さえつける程度の責任感はお互いに持ち合わせていた。
「まあそりゃそうだ。あとはそれぐらいだしな」
ミューズを取り戻して、マチルダをどうにかする。ハイランドに攻め込むかどうかは、もっとお偉いさんが決めるだろう。俺たちはただ従うだけだ。
「なあ」
フリックがこちらを向いたのは、そろそろ自分の部隊に帰らないと怒られそうだな、という程度には時間がたったころだ。まだ兵士たちの行進は続いているとはいえ、部隊長が二人で後詰のようにぼんやりし続けるわけにもいかない。
「そろそろもどるか」
頷き、歩き出す背中を追いかける。隣に追いついたところで、フリックはもう一度俺を呼んだ。
「俺が飽きた、って言ったらお前どうするつもりだったんだ」
否定される事を予想しての問いかけではあったが、もし肯定されたとしても返事は決まっている。
「じゃあどこに行くか、って聞いたかな」
タイラギ達の行く末よりも、彼らに対する責任感よりも、ここに居たくはないとこいつが心底望むんなら、別に全部放り出したって俺は構やしないがね。そんなことは絶対にないとしても、だ。
「……有り得ねえだろ」
「有り得ねえよ」
有り得ない、もしもの話だ。もう終わったと勝手に区切りをつけて、旅に出るというんなら俺はタイラギよりもこの男を取る、というだけの話だ。