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    しんや

    @4ny1crd

    らくがき、ログ、まとめます

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    しんや

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    篠唯/卒業式の後、言動に一貫性がない篠森先生に泣かされてしまう唯ちゃんの話。

    『スタオケ版フリーライト』企画に投稿されていたイラストから創作させていただいたSSを少し修正して再掲。

    ↓元のツイート、画像版
    https://twitter.com/4ny1crd/status/1433401549309444107

    #スタオケ
    #篠唯
    ##篠唯(小説)

    翻る花びらのように「――朝日奈!」
     突然、鋭く響く低い声に名前を呼ばれて、びくりとして思わず後ろを振り返る。聞き慣れていたはずのその声が敬称もつけずに呼び捨てたことにも、それまで聞いたこともないほどに焦りと熱を宿していることにも驚いたし、息を切らせながら早足につかつかと近づいてくる彼のしかめた顔に汗が滲んでいることに気づいて、赤くなった目を見開いてしまう。
     どうして、と疑問を口にする前に手首を掴まれ、気がつけば私は篠森先生の腕の中にいた。
     持っていた卒業証書の入った筒は、引き寄せられ抱き締められた衝撃で指を離れて、ことんと軽い音を鳴らして床に落ちる。それが転がっていく先を確かめることも出来ず、私は温かな熱に心臓を跳ねさせた。
    「篠森、せんせ……?」
     今、自分の身に起きていることが理解できない。信じられない。これは夢なのかと、ノノが最後にと甘い幻想を見せてくれているのかと、急激に熱くなっていく頬をつねって確かめたくなる。けれど私の腕ごと強く抱き締めてくる先生がそれを許してくれないし、夢や幻想と言いきってしまうには、布越しに感じる体温や心臓の鼓動は、あまりにリアルだ。
     ふわりと香るのは先生がつけている香水か何かだろうか。柔らかい良い匂いはとても心地いいのに、それが篠森先生に抱きしめられているから味わえているものなのだと自覚すると、どくどくと脈打って身体中に血が巡って、わけがわからなくなる。
     
     どうして、と、ほんの少し前の記憶が蘇る。
     
     式を終えた後、別れを惜しんで仲間たちと校舎や妖精の像を背に写真を撮って、落ち着いたらまた会おうねと約束をして。そうして名残惜しみながらも学院を去っていくみんなに手を振って別れた後、私の足は木蓮館へと向かっていた。
     二年生の春。あの場所から全てが始まった。スタオケのコンミスになった。篠森先生に出会った。スパルタに近い指導を受けたのも、先生への恋心を自覚したのも、いつもこの場所で。
     ただ卒業式の今日も篠森先生がそこにいるとは限らない。もしかしたら教員室か、あるいは先生が密かに気に入っている屋上か、それとも別の場所にいるかもしれない。
     そんなふうに思いながらも、あの事務室の扉を開けば、いつものように先生に会えるんじゃないかと淡い期待をして。
     もし居たら、その時は――。
    「いた……」
     中にいた先生とぱちりと目が合った。ほっとして、小さく呟きながら中に足を踏み入れて、扉を閉じる。ノックも挨拶もなしに訪れた私に、先生は冷ややかな視線をくれた。
    「……朝日奈さん。木蓮館に何の用だ?」
    「篠森先生に会いたくて、来ちゃいました」
     ふざけたことを言っている訳ではないのだけど、はっ、と小さく鼻で笑われてしまう。でもその一瞬の笑みには優しさなんて全くなくて、すぐさま厳しい目がこちらを見つめた。
    「先生に会いたかったんです」
     私の言葉なんて何も響いていなさそうな無表情な顔を見て、少しだけ怖気づきそうになりながら、念を押すように、微笑んで伝える。
    「君は、もう卒業した身だろう。卒業生がこんなところまで来るべきではないな」
    「最後に別れを惜しむくらい、いいじゃないですか」
    「式からは随分と時間が経っている。もう充分に、惜しむ時間はあったと思うが」
    「でも先生とは会えてませんでしたから。最後に、先生と話がしたいんです」
     今にも帰されてしまいそうな雰囲気に、どうにか留まろうと言葉を返せば、ぴくりと眉が動いた気がした。はぁ、と呆れたようなため息が零される。
    「……そうしていつまでも居られると迷惑だ。はっきり言われなければわからないか」
     迷惑。それは一番恐れていた言葉だった。込み上げる切ない気持ちをぐっとこらえる。
    「他の生徒たちは皆、下校している。君も早く帰りたまえ」
    「じゃあ最後にひとつだけ聞いてください。伝えたら帰りますから」
     きっと私の恋は叶わない。そう思っていたけど。でも伝えるだけはしたくて、ここまで来たんだから。
    「私は篠森先生が、」
    「聞こえなかったのか? もう帰れと言っている」
     意を決して息を吸い込んで言い返そうとしたけれど、先生は変わらず冷たい表情で、低く吐き捨てるような声で私の言葉を遮った。そして私に近づいたかと思えば真横を通り過ぎて、先ほど入ってきた扉を再びガチャリと開けると、
    「さようなら」
     と、無感情に告げる。それは明らかな拒絶だった。コンミスとステージマネージャーとして、他の生徒とは違った距離感にいるような心地でいた。だからといって想いが通じるとまでは思っていなかったけれど。
     私は最後に想いを伝えることさえさせて貰えないんだ。告白を聞く気もなければ、受け入れる可能性なんてものも微塵もないって、とことん思い知らされたんだ。
     目が熱くなって、悔しくて視界が歪む。みっともなく涙が流れ落ちる前にと、泣きついて喚いてしまう前にと、私は足早に事務室を出た。
    「……卒業おめでとう」
     扉が閉められる直前、そう告げる先生の声が背後から聞こえた。冷たい目をしていたくせに、迷惑だと言ったくせに、なのにその一言だけは優しく聞こえて。振り返ってその顔を見ようと思うけれど、その前に扉は無情にも閉じられてしまう。
     ――どこが、なにがめでたいっていうの? 明日からはもう、会えなくなっちゃうのに。なにも伝えられなかったのに。ほんとに、最後だったのに。
    「っ、ふぇ……っ」
     ぼろぼろと流れるしょっぱい涙は、指先やで手のひらや甲で拭ってもぬぐっても、次々と溢れ出て、噛み締めるように閉じた口の端からも声が漏れてしまう。
     泣いている声が扉の向こうの先生に聞こえてしまわないように、すぐに木蓮館を後にしたけれど。少し離れたところで我慢できずに途中で走り出してしまったけれど。それでも学院からは離れがたくて、どこにいっても気持ちが落ち着くはずもなくて。あてもなくふらふらと歩き回ってしまった。
     確かに先生が言っていた通り、学校にはもう誰も残っていないようだった。私がすすり泣く以外の音がない、がらんとした校舎の中は寂しい気持ちを増幅させて、言われた通りすぐ帰っておけばよかったな、と少しだけ後悔していたところ、――篠森先生が現れた。
     どのくらい時間が経っていたのかは分からないけど、その間もずっと涙が乾かないで流れ続けていたから、そう長くはなかったと思う。それなのに。
     
     ――その間に、篠森先生に何があったんだろう。
     
     ぎゅう、と抱きしめられる感覚で意識を今の先生に戻した。離れてその表情が見たい、何を考えているのか知りたい、と思うのに、少し身じろぎしただけで腕の力が強まってしまう。
     どうしてと問いかけても先生は答えてくれない。代わりに返された言葉といえば、
    「……今の君はまだ何も知らない。ただ近くにいた大人に憧れを抱いて、それを恋だと思い込んでいるだけだ」
     なんて、私の想いを否定する内容だったから、余計にわけがわからない。
    「これから君は学院を出て、もっと広い世界を知ることになる。いろんな相手とも出会うだろう。私より、心惹かれる男も現れる」
     勝手なことばかり言って、とカチンときて口を挟もうとするのに、それをさせない低い声が矢継ぎ早に告げていく。
    「そうすれば実感する、高校時代の教師に抱いていた感情など取るに足らないものだったと。だから、君は……私から巣立っていくべきなんだ」
     そう言って、優しい手つきで髪を撫でられて、湧き上がっていた怒りが一瞬で緩んでしまう。代わりにじわりと焼けるような熱をもった嬉しさが胸の中を占めていく。
    「言ってることとやってることが真逆じゃないですか……」
     こんなふうに、まるで愛しい恋人にでもするように触れて、強く抱き締めて。巣立っていくべきだと言うくせに、まるで羽を押さえつけて飛び立てないようにしているみたいだ。
    「あのままお別れしてくれてたら、ちゃんと諦められたのに」
     すぐには無理だったかもしれない。きっと何ヶ月も何年も想いを抱えていたかもしれない。それでも、いつかは諦められたんじゃないかと思う。悔しいけど、先生が言うように広い世界を知って、いろんな人と出会って、新しい恋を見つけて――そんな未来があったかもしれない。
     なのに、こんなふうにされたら台無しだ。期待してしまう。諦めきれなくなる。また追いかけてしまう。どうしてくれるの。
    「教師としては、諦めさせるべきだと思っていた。君が大人しく去った後も、これでいいと。だが……」
     言い淀むように息まじりの沈黙が訪れる。しばらくして、篠森先生が、はぁ、と深いため息を吐いた。
    「――私が、諦めきれないと悟った。君を手離したくない。他の男が君にこうして触れる未来など、全てかき消してしまいたいと思うほどに」
     耳もとで、熱い息とともに吐き出すように告げられた低い声が鼓膜を響かせる。その甘い毒のような言葉が、私の思考を麻痺させていく。
    「……先生、おかしなこと言ってます」
    「ああ、矛盾しているな。頭でどれだけ考えていても、心はままならないものだ。君が相手だと、私はおかしくなるらしい。……泣かせてすまない」
    「っ……せんせ、」
     さんざん泣いて目が痛くてたまらないくらいなのに、また涙が出てきてしまう。すん、と鼻をすする。それでも嬉しさを込めて、笑みを浮かべて、
    「わたし、篠森先生のことが好きです」
     さっきは言わせて貰えなかった言葉を告げた。
     涙とともにぽろぽろと「すき、だいすき」と何度も繰り返すと、その度に「ああ」と短く返事があって。
     そして抱きしめられていた腕の力が弱まって、ようやく先生を見上げることができた。そこには愛おしげに目を細めて微笑む美しい人がいて。撫でていた指先が目尻に添えられて、優しく涙を拭われるけれど、ひとつ、どうしても聞きたいことがある。
    「ねえ、先生は……?」
     そっと先生の胸元に手を添えて、問いかけてみる。
    「……私が思っていることは先程、伝えたが」
    「はっきり言ってくれないと、わからないです」
     言い返せば少し目を丸くして、は、と鼻で笑われる。その笑い方は、さっきはとても冷たく感じたのに、今はとても温かい。
    「君と同じように告白しろと?」
     優しい声の問いにこくんと頷いてみせると、篠森先生は困ったように眉を下げて目を伏せ、甘く掠れた声で、「……君が好きだ」と告げてくれた。
     とくんと心臓がはねた瞬間、同時に風が吹いて、どこからか桜の花びらが舞い込んだ。
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