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    しんや

    @4ny1crd

    らくがき、ログ、まとめます

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    しんや

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    篠唯/『翻る花びらのように』の幕間、篠森先生視点の話。

    篠森先生と過去作のとあるキャラとの対話が主で、唯ちゃんは登場しないようなものです。一貫性がなかった篠森先生の発言の補足をしたかった。

    ※篠森先生SRカードスト、ホームボイス、他イベスト等のネタバレ、そこから読み取り考えた独自の妄想設定などを多く含みます。

    #スタオケ
    #篠唯
    ##篠唯(小説)

    恋の音色を鳴らせ 卒業式の日。高校生活の最後の時を惜しむ生徒たちに帰路を促し、別れを告げ、教員としての業務を終えた後。私は木蓮館の事務室に赴いた。スターライトオーケストラのステージマネージャーとしての仕事で、特に急ぎのものがあった訳ではない。
     式の前にも、後にも。あの生徒……朝日奈唯と、顔を合わせることが一切なかった。それが気がかりだったからだ。
     彼女は、受け持ちのティンパニ専攻の生徒でもなければ、そもそも音楽科ですらなかった。普通科、楽器はヴァイオリン。そんな朝日奈と関わる機会など、彼女がコンミスを務めることとなりスタオケの活動が始まってからの二年間しかなかった。
     オケの音楽監督が体調不良で使い物にならなくなった際、一時的な代役として彼女に指導を行ったこともあったが、その回数は両手で数えて指が余る程度だった。その数少ない機会でさえ、優しくした覚えなど全くない。
     生徒たちに鬼教師と噂され恐れられていることは周知のことで、私自身も自覚がある。むしろそう思われるようあえて振舞っていた。生徒たちを指導するにあたり、教員に畏怖を抱かせていた方が、何かと都合がいいからだ。
     ――初めてレッスンをした日。最初は余裕そうに笑っていた顔が、みるみるうちに苦悶の表情に変わっていったな。
     他の生徒と同じように、朝日奈も当初は私に対して畏怖を抱いていたはずだ。それなのに、彼女は次第に私に懐くようになった。
     オケと音楽のことだけを考えていればいいものを、何故かことあるごとに私を気にして、声をかけてきて。何度あしらっても、真っ直ぐにわかりやすい好意の眼差しを、隠すこともなく向けてきた。
     教員になって数年。女子生徒にそういった眼差しを向けられることは珍しくもなく、対応の仕方など慣れたものだった。
     大概が近場にいる大人の異性に憧れを感じ、その感情を恋と勘違いして、熱病に浮かされてしまう、思春期特有の風邪のようなもの。
     教師と生徒の間には壁があることを示して、距離を置いて、他の同世代の異性に目を向けるよう促してやれば、時間の経過とともにそちらへ気持ちが移っていく。
     しぶとく熱を持ち続ける生徒が現れることもあるが、そういった場合にも、想いをこぼした瞬間に切り捨ててやれば早々に諦めがつきやすく、問題もなく処理できた。卒業式の日はそういった生徒が想いを告げに来やすい。『最後だから話がしたい』と。
     朝日奈は前者ではなかった。壁がつくられていることや距離を置いていることを理解した上で、それでも好意を向けることをやめなかった。
     だが、一度たりとも言葉にはしてこなかった。告げられるとすれば、今日しかない。
     もし彼女が私を探して会いに来ることがあれば、告白をしたとしたら。これまでの生徒たち同様に、いつも以上に、冷たく、容赦なく。切り捨ててやればいい。
     ――それが、彼女のためになる。
     予想していた通り、彼女は木蓮館の扉を開けてやって来た。何かを告げようとする、その言葉を言わせる間も与えず、聞くつもりも受け入れるつもりも一切ないと切り捨てて。私は彼女の恋心を砕いたのだ。


    ***


    「……はぁ。――これでいい」
     扉の向こうから漏れ聞こえていた、すすり泣くような微かな声と気配が消えた後。しん、と静かになった室内に、呟いた言葉が落ちた。
    「いいわけがないのだ〜〜っ!!」
     彼女を帰した後、独り言として吐き出したはずの言葉に、まさか返事があるとは思いもしなかった。
     突如として響き渡った、拗ねた幼子のような高い声に、思わず目を見開く。この声には聞き覚えがある。
     この学院に教員としてではなく、まだ生徒として通っていた頃。学内音楽コンクールが開催されていた、ほんの一時的な期間のみではあるが、嫌になるほどに聞いた声。
     だが、今はもう二度と聴くことなどできないと思っていた、昔馴染みの声だ。
    「っ、……まさか、」
     視線だけでなく首を動かして、部屋の中、机の上、天井、床、あらゆる場所に目をやるが、その姿を捉えることはできない。やはりもう、見ることはできないのだろう。
     学院の創立者の一族ではないのだから当然のことだ。もう何年も勤めているが、吉羅理事長にその場に居ることを告げられても、姿を見ることはおろか、声を聴くことすら叶わなかったのだから。
     ――だが、ではどうして。今になって奴の声が聞こえた?
    「お前の声を聞くのは、何年ぶりだろうな……。見ていたのか?」
     懐かしさを噛み締めながら、文句のように叫ばれた言葉に対して疑問をぶつける。あれが幻聴でないのなら、すぐに声が返ってくるはずだ。その考えは間違いではなかったらしい。
    「ああ。我輩ずーっと見ていたぞ! 朝日奈唯は、お前に想いを伝えに来たのだろう? それをあんなふうに容赦なく追い返してしまうなんて! ひどい奴なのだ〜!」
     顔や姿どころか光の粒さえ見えはしないというのに、むすっと不機嫌そうな感情ののった声色で、奴がどんな顔で不満を訴えているのかが記憶の中から掘り出され、同時に腕を振り回している様が脳裏に蘇る。
     音楽の妖精。人外らしく、学院の創立者と出会った頃から見た目がずっと変わらないらしい奴のことだ。おそらくは身振り手振りのうるささも、今も変わらないのだろう。
    「はぁ……久しぶりに直接、言葉を交わせたと思えば。私への文句しか出てこないのか?」
    「お前がどうしようもない冷徹男なのがいけないのだ! どうして何も言わせずに帰してしまったのだ!?」
    「どうしてだと? そんなこと聞かずともわかるだろう」
    「我輩にはわからない! わかるのはお前がひどい奴だということだけなのだ、篠森和真!」
    「ハ。知ったように言うが――……」
     相変わらずの口調だ。まるであの頃に戻ったように負けじと言い返していることにはたと気が付き、口を噤んだ。
     今の私はもう子どもではない。自分の立場は嫌になるほどに理解している。
     ――私は教師なのだから。
     心を落ち着かせるために息を吸い込み、目を伏せる。眉をひそめて思い出すのは、学院を巣立っていく一生徒の、最後に見た後ろ姿。吸い込んだ息を吐き出しながら、ゆっくりと言葉を紡いだ。
    「……彼女の未来に、私はもう必要ない。だから、容赦なく突き放した。きっぱり諦めさせて送り出してやることが、教師としての務めだ」
    「だが、あいつは泣いている!」
     こちらの言い分など聞いていないのか。返された内容に微かに眉を震わせるが、すぐに「そうか」と平坦な声をつくって返した。
    「――だから、どうした。わざわざ姿隠しの魔法をゆるめて声を届けてまで私に何が言いたい?」
    「追いかけなくていいのか!?」
    「必要ない」
     投げかけられるだろうと予想していた言葉そのままを問いかけられ、即答で否定をすると、「むう。だが……」と、奴が不服そうに唇をとがらせたのがわかる。
     先ほどまでぎゃんぎゃんと騒ぎ立てるように喚いていた声が、急に小さく、弱くなった。
    「このままでは、朝日奈唯の音楽が、壊れてしまうかもしれないのだ」
    「それは……」
     告げた声が悲しげに揺れている。音楽の妖精の中でも最高位に近い奴が言うのなら、そうなってしまう最悪の未来の可能性もあるのだろう。
     彼女はまだ若い。プレッシャーや負の感情に振り回されて演奏がひどく変わってしまうほどに未熟だった。けれど、何度だって気持ちを取り戻して、朝日奈はこれまで成長を重ねてきた。私はそんな姿を見守ってきただろう。
     恋心を砕かれたからといって、愛する音楽さえも壊してしまうとは思わない。もし沈むとしても、それは一時的な落ち込みにすぎないはずだ。彼女ならばむしろそんな出来事さえ、いずれは糧として昇華して、羽ばたいていけるだろう。
     ――そうして巣立っていけばいい。私の手の届かないところまで、飛んで行ってしまえばいい。
    「……彼女は強い。根性もある。お前が言うように今は泣いていているかもしれないが、そのうちまた、新しい相手でもできて、元気を取り戻していくだろう。だから、」
    「今! 未来の誰かでなく、お前が追いかけてやればいい話なのだ!」
     大丈夫だ、と。言い聞かせるように続けようとした言葉を奴の声が遮った。続けられる言葉は相変わらずこちらの意見などお構いなしに、追いかけろの一点張り。
    「必要ない。時間が解決する話だ」
    「まったく、お前は本っっ当に昔から変わらず、頑固でわからず屋だな!」
     どう返しても意見を変える気はないらしい。声を聞けたことを嬉しく懐かしく思ったことを後悔したくなるほど、無駄な問答が何度か続いた後。
    「もういいっ。こうしてやるのだ〜!」
    「何を――」
     する気だと。問いかけるより早く。パァンと何かが弾けるような高らかな音とともに、突然、周囲の情景がガラリと変わった。


    ***


     どこを見ても真っ白な世界。空間の広ささえわからない。妙な魔法でも使ったのかと理解したすぐ後に、その白の中に見覚えのある色を見つける。
     茶色、の、髪。その姿が誰であるかなど考える必要もないほど、一瞬で理解する。制服姿ではない、だが、見覚えのある私服姿だ。おそらくは私の記憶の中から引き出して、幻覚を見せているんだろう。
     傍らには男がいた。後ろ姿で顔まで捉えることができないが、背格好で見知った人物であることがわかる。彼女と同世代の――その男に、彼女が笑いかけている。
     この世界が私に何を見せようとしているのかを察し、眉間にしわを寄せた。
    「……はぁ。悪趣味だな」
     呟いて目を背けようとするが、視線を動かした瞬間に彼らは掻き消え、また視界の中に移る。まるで、しっかり見ろ、目を背けるな、と言われているようだ。
     彼女の姿は変わらなかったが、男は次から次へと別の人物に切り替わっていった。
     スタオケに所属していたメンバー、ライバルとして競い合ったグランツの面々。ステージマネージャーとして雑務をこなしながら、教員として、学院の生徒やそれに関わる人物の動向はなるべく把握するようにしていた。どの人物もそれぞれ彼女と縁と絆を築いていたことを、私は知っていた。
     だからこそ、彼らのうちの誰かが……と考えなかった訳ではない。むしろ同世代の男子の誰かとそうなることこそが正しい道だろうと、何度も考えたことだ。彼女自身にもそれを促してきた。
     ――だから今更、こんなものを見せられたところで。
     何ともない、と。考えたところで、また男の姿が別の人物へと変わる。次は誰が……と、私と同い年の男の姿を捉えた途端、ぴくりと頬がひくついた。途端に、苛立ちが募っていく。おそらくはこれが奴の狙いだろうことも早々に予想がつくからこそ、忌々しい。
     だが可能性としては有り得る話だ。いいだろう、これも目を背けずに見てやろう、と鼻を鳴らし睨みをきかせていたが、その後は一向に男の姿は切り替わらなかった。
    「……おい、もういいだろう。こんなことをしても私が意見を変えることなどない。時間の無駄だ」
     しびれを切らして言葉を投げかけるが、この世界へ誘った妖精は答えない。そういえば、この白い世界に変わってから声が聞こえなくなった。まるで見えるものに集中しろというように、自分が話す声以外の、一切の音が聞こえない世界。
     そう気がついた間に、彼女の傍らにいる相手は、また違う男に切り替わっていた。今までの彼らとは違い、それは見知らぬ姿。フードのついた白い服の男。
     それまでの連中は振り返らなかったが、なぜかその男はこちらを一瞥して、猫のように目を細めてにやりと笑った。そして彼女へと向き直る。
    「なに、を……」
     疑問を口にするより早く。幸せそうに微笑む彼女が目を閉じて、そいつの首に手を回した。ゆっくりと、二人の顔が近づいていくのが見える。
     途端に、どろりと、どす黒い感情が渦を巻く。
     私が口にした、他の男との未来。可能性の提示。当然そういったこともするだろう。それが傷ついた彼女を癒すことに繋がる。よくある話だ。頭ではそう理解している、というのに。
    「っ――やめろ! もう充分だ!」
     浅はかな、愚かな罠にかかっていると自覚しながらも、叫んでしまう。これ以上はいくら虚像であっても許されるべきではない。
    「わかっている。これで最後なのだっ」
     先ほどまでは黙りを決めていた妖精が、罠にかかった人の心を弄ぶようにそう告げて。彼らの姿が掻き消えた――と思えば。
    「なっ……!?」

     ――悪夢だ、これは。いたずらな妖精が見せる、ありえない幻覚。そう、わかっているのに。

    「篠森先生……私、先生のことが」
     突然、目の前に現れた朝日奈の、幻。
     ぎゅう、と抱きついてくる華奢な身体。シャツ越しに感じる、温かく柔らかな感触。ジャケットごと掴むように背中に食い込むしなやかな指先。頬を赤く染めて、涙の粒を流しながら見上げてくる、ほのかに金の色が差した潤んだ瞳。
     奴の言う『最後』とは私自身のことかと自覚して。どうあっても意識せざるを得ない状況に、ぞくりと腹に溜まる感情に己を嫌悪する。
     身を引こうとするが、なぜか足が動かない。おそらくはこれも奴の魔法の仕業なのだろう。
     見上げてくる瞳を見続けることもできず、目蓋を固く閉じて、ぐ、と口を歪めた。それでも幻であるはずの感触は消えない。
    「……駄目だ」
     これまで、生徒であった彼女とはこんなふうに過度な接触をすることを避けてきた。
     朝、寝ぼけて歩いていた彼女にぶつかられてしまった際にもすぐに離れて注意をしていたし、いい演奏ができたからといって、上手くできなかったからといって、一ノ瀬のように褒めたり慰めたりする際に、その頭を撫でてやることもなかった。
     路上ライブが成功して、褒め言葉を準備しているかと勝ち誇ったように鳴らして見せる鼻をつまんで、調子に乗るなとあしらう、些細ないたずらさえしなかった。
     かがんでくれと背を伸ばして近付かれても、花びらがついていたと笑顔で言われても、何事もない態度で「言えば自分でとったものを」などと口にして、その場を終わらせていただろう。

     ――離さなければ。

     いくら幻覚だろうと赦されない。赦してはならない。抑え込むべきだ。今胸に湧き上がっている、彼女を抱き締め返したい、などという、馬鹿な衝動は。
     彼女が流す涙を拭うのは私ではない。笑顔にさせるのは、他の誰かの役割だ――。
     けれど、そう考える頭とは裏腹に、引き離そうと彼女の肩に触れた瞬間、先ほどまで見せられていた悪趣味な映像が脳裏をよぎる。胸の中の黒い渦が、より強くうごめいた。

     こんなふうに彼女に触れられる――そんな立場を、誰に任せようと?

     クリスマスパーティには参加しないことを告げた後、がっかりと落としていた肩に。
     バレンタインにチョコを受け取ろうとしない私に、不満そうにムスッとふくらませた頬に。
     レッスン後に疲れたから生クリームが飲みたいなどと、妙な願望と愚痴をこぼして尖らせる唇に。
     彼女の姿はどれも鮮明に思い出される。それを、誰かに。

     触れた指先をなだらかな肩のラインに添わせて彼女の背へと滑らせた瞬間。ふっとその感触が消えた。目蓋を開けて視線を動かしても、もうそこに見上げてくる瞳はない。
     所詮は幻覚。それでも衝動を抑えなければと、そう考えていたというのに。
     ――私は何をしようとした?
     視界の端にうつる自らの手のひらを、ぐっと握りしめる。周囲はもう白い世界ではなく、元いた木蓮館の事務室へと戻っていた。
     ちらりと時計を見れば、彼女が去ってからそう時間も経っていないことがわかる。おそらく朝日奈は、まだ校舎のどこかにいるだろう。瞬時に、そう考えてしまったところで。
    「ちっ……」
     ――ああまったく、本当に悪趣味だな。こんなふうに実感させるとは。
     未だに黒く渦巻く感情が残る胸中に眉をしかめて、喉の奥から深く息を絞り出すと、くるりと踵を返す。向かうのは、先ほど彼女を追い出した扉。ドアノブを掴み、振り向くことなく告げる。
    「私に昔と変わらないと言ったが」
    「ん?」
    「お前も……余計な世話を焼きたがるお節介なところは変わらないな。リリ」
     むうっ、余計な世話とは何なのだ〜! だいたい、お前がだな〜!? と、ぷんぷんと効果音まで聞こえそうなほどに抑揚の激しい叱責の声を背に受けながら、やはり相変わらずだと、懐かしさに笑みが浮かぶ。
     疎ましそうにいつも眉間にしわを寄せて対応している、学院の創立者の血を引く上司の姿を思えば、毎日のようにこの声を聞かされるのはごめんだ。
     悪夢を見せられた苛立ちも、この先ずっと忘れることはないだろう。
     ――だが、おかげで気付かされたことがある。礼を言いはしないが、その代わりに、お前が一番求めているものをくれてやろう。
    「安心しろ。朝日奈唯の音楽は壊れない」
     扉を開けて一歩を踏み出し、駆け出す直前。
    「お前にも……音楽の祝福を、なのだ! 篠森和真!」
     昔馴染みの妖精が、にんまりと満足げに笑う気配がした。
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