婚約者と兄「なぁナイン。お前を紹介したい奴がいる。」
「お母様とは先日お会いしましたが?」
首を傾げる婚約者。息子の恋人がアンドロイドだと知った母は少し驚きつつも祝福してくれた。ナインを大層気に入ったようだ。あんなに喜んでくれるなら親孝行を兼ねて帰省する回数を増やしてもいいかもしれない。だが、今回は違う。
「違ぇよ。兄貴。」
「あ、に…き?」
「ああ。流石に挨拶しとかねぇと不味いだろ?」
「あ…にき?ギャビンの兄貴…?」
先程からナインの様子がおかしい。壊れたレコードのように同じ単語を繰り返す。
「一つ質問しても?」
「どうした?」
「兄貴とはお兄様のことで間違いないですか?」
今度は此方が首を傾げる。
「ナインでいうコナーみたいな奴のことだ。」
「兄の定義は理解しています。ただ、ギャビンにお兄様がいるのは初耳です…」
暫しの沈黙。成程、話が噛み合わない訳だ。
「はぁ!?なんで知らねぇんだよ!?」
「初対面で『俺の個人情報覗き見たらぶっ壊すからなクソプラ2号。』と凄んできたのは何処の誰ですか!?」
「お前の事だから俺の全てを調べ尽くしているのかと…」
気まずくなり目を逸らす。ナインと出会った頃の自分を殴り飛ばしてやりたい。
「私達RK800・900シリーズは個人情報の閲覧が可能です。スキャンして分かるのは氏名、性別、生年月日、血液型、配偶者の有無、職業、犯罪歴。それ以外の詳細はデータバンクに問い合わせる必要があります。捜査上の相棒、つまり私の場合はギャビンになりますが、相棒及び上司の許可があった場合のみ閲覧が可能になります。不要な個人情報の流出を防ぐ為の措置です。」
「俺が許可したことなんてないだろ!?」
「では『〇〇について調べろ』や『分かったことを教えてくれ』などの発言をどう説明するおつもりで?」
「うっ…」
「貴方は私に対し自身の個人情報の開示を拒否した。つまり、私にはキャビンの血縁関係を調べ尽くすことは出来なかった。」
「いや、待て。お前変異体だろ!もう俺の許可なしでも閲覧出来るじゃねぇか!」
「確かにデータバンクをハッキングするなんて容易いですが…私は貴方を愛しています。ギャビンを好き勝手に調べ尽くすのではなく、貴方から教えて貰いたい。そう思うのは駄目ですか?」
物騒な発言はさて置き、論破されぐうの音も出ない。しかし真っ直ぐなナインの気持ちに悪い気はしないのも事実。寧ろ好感度爆上がりだ。我慢出来ずナインにバードキスを贈る。
「…悪かった。ちゃんと話すから聞いてくれるか?」
「勿論。貴方の事は全て知りたい。」
俺には双子の兄がいる。兄と言っても一緒に過ごしたのは5歳までだ。父は女狂いのクソ野郎だった。田舎から出てきたばかりの母に一目惚れし求婚。めでたく双子が生まれた。幸せな生活が待っている筈だった。しかし、会社を経営する父はほぼ家に帰ることはなく外に女を作っていた。離婚を迫り自宅に押し掛けた愛人が大暴れし警察沙汰。これを機に母は離婚を決意する。ただ母には双子を養うだけの経済力はなく、泣く泣く俺だけを連れて家を出た。跡取りが欲しかった父の元には兄が残った。
「父さんと母さん、ギャビンはどっちがいい?」
「母さんがいい…」
「分かった。ギャビンは母さんと行くんだよ。」
「…兄ちゃんは?兄ちゃんも一緒がいいっ!」
「僕は父さんと残らないといけない。母さんを守ってあげて。」
今考えると兄は気丈に振る舞っていたのだろう。出来の良過ぎる兄はハイスクールを飛び級し起業。学生実業家として名を馳せ、貧困の俺たちを援助し続けた。せめて自分の学費だけはと必死にバイトして稼いだ金は微々たるものだった。結局母や俺を守っていたのは兄だったのだ。
兄の事は尊敬している。同時に母を奪ってしまい、増してや金銭面で迷惑をかけてしまった負い目もある。お互い仕事が忙しくなったこともあり、必然的に交流は少なくなっていった。
「話してくれてありがとうギャビン。」
ローテーブルに置かれたコーヒーは冷めきっている。長話をしてしまったなと笑いかけると手を握られた。添えられた手の薬指には指輪が光っている。
「兄貴に会ってくれるか?」
「当然です。是非紹介して下さい。」
ふわりと肩を抱くナインと見つめ合う。ソファーに優しく押し倒されあちこちにバードキスが降ってきた。これはフレンチキスに変わるまでそう掛からないな。そんな事を考えながら目を閉じた。