Recent Search
    Sign in to register your favorite tags
    Sign Up, Sign In

    さしみ

    さしみ

    ☆quiet follow Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 2

    さしみ

    ☆quiet follow

    アレクくんの最初の日の話

    サラオスを臨む昔から、大きな生き物に心惹かれる性質だった。

     子供の頃に父親に『サラオスの亡骸』を見に連れて行ってもらったことがある。
    『サラオスの亡骸』というのは、高地ラノシアにある巨大生物の亡骸のことで、『サラオス』というのは、神話において海神リムレーンに命じられて海を作ったとかいう、巨大な海蛇のことらしい。その巨大生物の亡骸は、神話にあやかって名付けた別物だという話だが、本物かどうかはどうでもよかった。とにかく子供の頃の俺は、世界にはこんな生き物が存在するのかと、未知の巨大生物の骨を見ていたく感動したものだ。

    「これな、実は俺が倒したんだよ」

     『サラオス』を眺めながら、父親がそう言った。この時の俺は十歳にもなろうかという頃で、大人の言うことを疑いもなく信じる年頃はもうとっくに過ぎていた。 父親は、若い頃には冒険者として各地を飛び回っていたようだが、この時すでに、夜は酒場を営みながら、昼は近隣のギルドで小さい依頼を受けて畑を荒らしたり、旅人を脅かす魔物の討伐などを請け負うのが基本の生活になっていて、どう考えてもこの人にそんな気概があるとは思えなかった。
     父の仕事について訊かれたら「冒険者です」というより「猟師らしいです」と答えた方がしっくりくる気さえする。「またまたぁ」と薄く返すと、父親は片眉を上げ、少し驚いたような顔をしたことを覚えている。

    「まあとにかく結論から言えば、大人になってやりたいこと、考えとけよって話がしたかったんだ」

     話の腰を折られたせいで、父親は少し歯切れ悪くそう続けた。おそらく話の道筋を色々考えていたのだろうが、気の毒なことに最短ルートを通らざるを得なくなったようだった。
     
    「とりあえず、父さんみたいに旅には出たいかな」

     本心半分、父親に喜んで欲しい打算半分。俺の回答に満足した父親の大きな手が、わしゃわしゃと俺の髪を撫でた。少しだけ、罪悪感が残った。

     ーーそれから約十年、今日は俺の二十歳の誕生日だ。だというのに、俺は真っ暗な林の中でゆらゆらと揺れる焚き火の炎を一人で眺めている。荷物は少しばかりのギルと、三日分程度の食料、それと、父親が昔使っていたという双剣だけだ。
    ……いったいどうしてこんなことになったのか?数時間前までは、家族で食卓を囲んで、母親の作ってくれたご馳走を囲んで、初めてお酒を飲んで……ありふれた誕生日を過ごしていたはずだったのだ。それがーー……

    「まさか、追い出されるとは……」

     思わず声に出してそう呟く。呟いたところで聞こえるのは虫の声と焚き火の跳ねる音ぐらいで、嘆息は虚しく闇に溶けて行った。

     遡ること2時間前、ご馳走をたくさん食べてお腹いっぱい、あとは寝るだけ。そんな幸せな気分に浸りながら可愛い弟妹、それと猫と居間でのんびり過ごしていた。

     ……そこに突然、祖父と父が荷物を抱えて俺の目の前に立ちはだかったのだ。

     ハイランダーである祖父はとても大柄で、道場を運営している格闘家でもある。カーペットでだらけている前に立たれるとそのまま踏み潰されるのではないかという迫力すら感じるほどに大きい。

    「やりたいことは決まったか?」
    「え」

     かつてないほど快活な笑みを見せた父親が、俺にそう問うてきた。手に持った荷物を見て、さては誕生日プレゼントを渡し忘れていたのかな。結構大きいけどなんだろう。など考えていた俺は、些か能天気が過ぎたらしい。

     呆然としていてうまく返事ができない俺を祖父はまるで丸太か何かのように担ぎ上げると、ドアの方に運んで行き玄関先に文字通り放り出した。幸いにも、祖父に幼少期から叩き込まれた受け身によって大した怪我はしなかったものの、依然として状況は掴めないままだ。地面に座り込んだままの俺の真横に、普段履いている靴が乱雑に放り投げられる。

     混乱する俺を見下ろす形で、祖父と父は玄関ドアの前に並んで依然仁王立ちしている。2人の間から、ドアから心配そうに見守る可愛い弟妹が見えた。

    「えっ、なに、どういうこと?」
    「今日からお前も冒険者だ、アレク」
    「は?」

     弟妹が、母によって部屋に引っ張られて行く。俺も助けてください……そう思って目配せすると、母がウィンクして手を振って中に入って行った。どうやら母も抱き込まれているらしい。観念して父に視線を戻すと、父は持っていた鞄を俺に押し付けて、なおも朗らかに笑って見せた。

    「……一月経ったら顔見せに来い」

     今まで無言を貫いていた祖父がようやく口を開く。その目は祖父としての眼差しではなく、道場の師範として、弟子に課題を突きつけるような厳しい眼差しだ。
     「じゃあ元気でな!」手を振りドアを閉めようとする父。何とかして抵抗するものの、父と祖父の馬鹿力によって、目の前で大きな音と共に勢いよく閉じてしまった。がちゃんと鍵の掛かる音が響く。夜風が俺を慰めるかのように頬を擽った。

     ーーかくして俺は、誕生日の夜にもかかわらず夜の闇の中を一人ぼっちで彷徨う羽目になったのであった。

     振り返ってみても、意味がわからない。どうしてこうなったのか全く理解が及ばない。あの日あの時、父への打算半分で「旅に出てみようかな」などと答えた幼き日の自分に恨みすら覚えた。このような形で出立する羽目になるとは一ミリも思っていなかった。日頃からいいかげんな父親だとは薄々感じていたがこれほどまでにいい加減だったとは。自分の誕生日がまだ暖かい季節でよかったな、と思う。これが冬生まれだったらきっとのたれ死んでいた。

     とはいえ、父と祖父が「そう」と決めた以上、きっと家に帰ったところでまた追い出されるのは目に見えている。納得がいかないが、この機会に旅を始めるしか選択肢は残されていないように思えた。

     「やりたいこと」の具体的な内容は、いまだにはっきりとはしていない。漠然と「旅に出たい」とは思っていたものの、旅に出て何をしたいとまではまだまだ考えも及んでいなかった。ひとまずの目標を定める。俺が旅の中でやりたいこと、みたいもの、頭に思い浮かんだのは、いい加減の権化のような父と見た、あの『サラオスの亡骸』だった。

    「とりあえず、見たことないものを探しに行くかなぁ」

     そうと決まれば冒険者登録からだ。

     重い腰を上げ、父親の双剣を身につけ、リムサ・ロミンサに足を向けた。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    さしみ

    DONEアレクくんの最初の日の話
    サラオスを臨む昔から、大きな生き物に心惹かれる性質だった。

     子供の頃に父親に『サラオスの亡骸』を見に連れて行ってもらったことがある。
    『サラオスの亡骸』というのは、高地ラノシアにある巨大生物の亡骸のことで、『サラオス』というのは、神話において海神リムレーンに命じられて海を作ったとかいう、巨大な海蛇のことらしい。その巨大生物の亡骸は、神話にあやかって名付けた別物だという話だが、本物かどうかはどうでもよかった。とにかく子供の頃の俺は、世界にはこんな生き物が存在するのかと、未知の巨大生物の骨を見ていたく感動したものだ。

    「これな、実は俺が倒したんだよ」

     『サラオス』を眺めながら、父親がそう言った。この時の俺は十歳にもなろうかという頃で、大人の言うことを疑いもなく信じる年頃はもうとっくに過ぎていた。 父親は、若い頃には冒険者として各地を飛び回っていたようだが、この時すでに、夜は酒場を営みながら、昼は近隣のギルドで小さい依頼を受けて畑を荒らしたり、旅人を脅かす魔物の討伐などを請け負うのが基本の生活になっていて、どう考えてもこの人にそんな気概があるとは思えなかった。
    2624

    recommended works