Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    わかば

    @jamahasaseneeee

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 3

    わかば

    ☆quiet follow

    パラロイwebオンリー
    カイオエSS②
    『僕も、おまえも、まだ知らない』

    『俺も、お前も、まだ知らない』の続きです。
    ○○○○の陰謀に巻き込まれていく二人。

    ※一部、性的な表現があります。
    ※カイオエ以外の他キャラも出ます。
    苦手な方は逃げてください。

    僕も、おまえも、まだ知らないプロローグ

     薄暗い部屋の奥から声が聞こえる。
    「ははは、ついに出来た。これが人類のための正しい未来さ」
     何をしているのか、おおよそ見当はつく。近づいて声の主に話しかけようとしたが、迷った。このひどく高揚している彼に自分の声が届くだろうか、と。
    「そこで何してるの?」
     しまった。気づかれていたようだ。今はまだ、彼の信頼を裏切るわけにはいかない。何食わぬ顔で、いつもと同じように、今日もまた彼の前で有能な部下を演じるのだ。

    *・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*




    「ワオン!」
    「おまえも会いたいの?」
     ちょっと前に行った寒い地方で、僕は拾いものをした。伏せていても僕の腰ぐらいまである大きな体躯に、鋭い金色の眼を持ったオオカミだ。怪我していたところを助けてやったきり、僕に懐いているみたい。
    「カインは見たことないって驚くかも」
    「ワオン!」
     返事をしてくれる相棒に気を良くしながら、ふと空を見上げる。雨季が終わり、頻繁に顔を出すようになった太陽が、以前にも増してジリジリとこちらに近づいているような気がする。暑さが気にはなるけれど、ジメジメするよりよっぽど良い。遠い過去の文献にあった呪文を、毎日唱えていたおかげかもしれない。
     あのAウイルス事件から、半年が経った。世間の注目は違法製造されたアシストロイドから政治家の汚職、そして有名俳優のゴシップに向けられていった。おかげで僕も保護されていた病院からすぐに出ることができた。みんなが疑うから自由を制限されたっていうのに、僕が自由になったことには誰も興味がないんだ。勝手だよね。
    「……どこにいるんだろう」
     また唱えたら、早く会えるかな? そう思って、心の中で、お気に入りの呪文を何度も唱える。少しずつ地平線に隠れていく夕日が夜をつくる前みたいな、一面を支配するように山を染める鮮やかな楓のような、あの髪の色を思い出しながら。明日、天気になあれって。
    「あ」
    「オーエン! 帰ってきてたのかってうわ! なんだこの毛むくじゃらは⁈」
     本当に会えるなんて、ラッキーってやつみたいだ。制御できているはずなのに、どうしてだか口まわりの人工筋肉が緩む。
    「ふふ。久しぶりカイン」
    「ああ、久しぶりだな。なんで犬を連れてるんだ? それもこんなに大きな」
    「オオカミっていうんだよ。知らないの?」
    「これが? ペットロイドじゃないのか?」
    「違うよ。僕が行った山で拾ってきたんだ」
    「すごいな。本物は見たことがない」
    「珍しいからカインに見せてきなさいってパパが言うから、見せにきた」
    「ガルシア博士が? なんでまた俺に?」
    「知らないよ。でも、友達だからじゃない?」
    「そうか!」
     そう言ってカインはニカッと笑う。僕の表情筋も、何本かネジを抜いたらあんな風に笑えるんだろうか。
    「なぁ、オーエン。うちに来ないか?」
    「えっ」
     あの家に? そう続けようとして言葉を飲み込んだ。前に一度行ったことがあるけど、脱ぎっぱなしの服に、散乱した靴、絶対に読んでない何冊も積み上がった週刊ポリス。足の踏み場がないあの家のどこにカインが愛着を持っているのか少しも分からない。けれど、気に入っているらしいことはなんとなく分かっていた。
    「……いいけど」
    「よかった。見てもらいたいものがあるんだ。じゃあ、またあとでな!」
    「えっ」
    「悪いな、勤務中でさ。あともう少しで交代だから、うちで待っててくれないか? これカギな。開け方わかるよな?」
     そう言ってカインは剣のキーホルダーがついたカギを渡してきた。ピカピカ光る金色のキーホルダーは、龍が剣に巻きついていて、あちこち回った観光地で見た覚えがある。こんなものを買うやつの気が知れないな、などと幾度と思ったものだ。
    「……いい趣味だね」
    「だろ? 先輩にもらってさ、気に入ってるんだ。一応、住所も送っといたから後で確認してくれ」
    「覚えてるから大丈夫だけど、わかった。じゃあ、あとで」
    「ああ、気をつけてな!」
     急いでいるのか、言い切る前にエアバイクに乗って行ってしまった。
    「……カインもね」
     なんだか心がくすぐったい。気をつけてだって。
     しごと、に忠実かどうかは微妙だけど、どんな人にも誠実で、使命感を持ちながらおまわりさんをやっているカインを見ていると誇らしい気持ちになる。どうか、彼の信念が何にも邪魔されませんように。




    「最悪」
     シティポリスの官舎が立ち並ぶワーキングクラス・エリアの中心部。日中はひっそりとしているその居住区にカインの住むアパートはある。それなりに給金はあるはずなのに、新人時代から住んでいるという六畳一間のワンルームに彼はずっと住んでいた。
     カギを開けて入ってみると、やはり、思った通りだった。僕が旅に出ていた四か月と十一日の間に、またもカインの部屋は元通りのおぞましい状態になっていた。いや、前に一緒に片付けた時よりもひどい。もう見ていられない。
    「はぁ」
     ひとまずオオカミを部屋の端に待機させる。この部屋に一人と一匹がいるのはなかなかに狭苦しい。ひとつずつ、服をたたみ、靴をそろえ、埋もれていた雑誌類を救出し、しばる。延々と作業を繰り返すこと五十分。思ったより早く床が見えてきた。一応、上着は上着、ブーツはブーツ、のように置き場所を考えて脱いでいたみたいだ。だからといって許せることではないけれど。
    「ん? なにこれ」
     あらかた雑誌はまとめたと思っていたが、丸まったシーツの下に一冊残っていた。カインが集めてそうな雑誌とはどこか雰囲気が違う。
    「なっ!」
     拾い上げて中を見てみると、ソレはいわゆるそういう雑誌だった。裸体を恥ずかしげもなく晒した人間が誌面の上でさまざまなポーズを見せている。つまり、性的な興奮を刺激するように作られているもの。そういったものを見たことがないわけではない。ネットワークの端に引っかかっている、動画やら画像やら、日々いろんな情報を処理しているうちに目にしたことはある。ただ、僕にはちょっと見慣れないだけ……。
    「まさか、見せたいものってこれのこと?」
    「クゥ〜ン」
    「……違うよね?」
    ドンドン!
    「オーエンいるか? 開けてくれ」
     ……カインが帰って来た。カギを開けてやらないとカインは入ってくることができない。意地悪しようと思ったけど、やめた。それよりも聞くことがある。
    ガチャ
    「……おかえり」
    「ただいまオーエン。早く帰れてよかったよ。管轄外のビルで事故が」
    「ねぇ、カイン。僕に言うことがあるでしょ?」
    「あ、いや、すまないと思ってる。忘れてたんだ。さっき気づいたんだが、部屋を散らかしてるって連絡するのもどうかと……」
    「は? あれが散らかしてるってレベルなの? ちゃんと毎日片付けろよな!」
    「すまん……」
    「はぁ、とりあえず片付けたから入って」
    「えっ片付けてくれたのか」
     うわぁ。部屋に入るなりカインが呟いた。そんなに感動するなら普段から綺麗にしておけばいいのに。しかし反省はしているのか、カインは自ら部屋の中央に正座した。わかっているのだろうか。
    「それで、とにかく僕が怒ってるのは片付けさせられたことじゃない」
    「えっじゃあ何に怒ってるんだ?」
    「これだよ」
     カインの前に立ち、いかがわしい雑誌を突きつけてやった。みるみるカインの顔が青ざめて……いくどころか今まで見たことがないほど締まりのない顔でポカンとしていた。
    「これはなに?」
    「えっこれか? これは俺のじゃないが」
    「嘘つくなよ」
    「いやいやほんとだって。同期が部屋に置いていってたみたいだ。ていうか、うちのやつならみんな持ってるんじゃないか?」
    「……そうなの?」
    「ああ、たぶんな。なんだ欲しかったのか?」
    「欲しいわけじゃない。カインは興味ないの?」
     欲しいわけない。僕はあんなものよりも……。
    「う〜ん。俺はないな」
    「……そう」
    「お前はどうなんだ?」
    「は? 別にどっちだっていいでしょ」
    「いや、お前がなんで怒ってたのかが気になってさ」
    「怒ってない」
    「そうか。とにかく部屋片付けてくれてありがとな。おかげで広くなったよ」
    「……」
    「あんな大きなオオカミがいても全然狭くないな」
    「……ねぇ、カインもいつか繁殖、とかするの?」
    「んっ?」
     いつの間にか正座を崩し、制服を着替えようとしていたカインがこちらを振り返る。
    「えっと、繁殖ってつまり……?」
    「人間なら交尾、するんだろ」
    「えーっと。ちょっと言い方が直球すぎるな……。まぁ、いつかは特別な相手とするのかもな」
    「僕もしてみたい」
    「……一応聞くが、お前に生殖機能ってついてるのか?」
    「うん。パパに頼んだ。そんなの知ってどうするのって言われたけど、お願いしたらつけてくれた」
     交尾をしてみたいから、その機能をちょうだいって言った時のパパを思い出した。なんだか珍妙な顔をして、きみを泣かせるような奴がいたら言いなさい、幽霊になってでも現れてやろう、なんて言ってたっけ。
    「頼んだのか……。どんな気持ちでつけてくれたんだろうな……」
    「どうして? パパも、わざわざ他人と触れ合うなんて考えられないって、言ってた。でも僕は……愛が知りたい」
    「あー。えっとな、たしかに愛のために性行為をすることもある。でもそれだけが愛じゃない。お前の意思は尊重されるべきだし、そういう行為がしたいならしてもいい。ただ、お前を大事にしてくれる人とじゃないとだめだ」
    「なにそれ。カインは僕を大事にしてくれないの」
    「大事だよ。大事だから、相手もそうじゃないとだめだって言ってるんだ」
    「……カインは、僕としてくれないの」
    「……だめだ」
    「どうして?」
    「お前とは、できない」
    「なんだよ。結局、おまえも僕が大事じゃないんだ」
    「それは違う! 俺たちは、友達だから。友達だから、お互いを大事にするんだ。それは、今だけじゃなく未来も大事にするってことだ」
    「……わからない」
     カインの言っていることは、正しい、のかもしれない。たぶん大事にするってことは相手の言うことを叶えてあげることじゃない。でも、僕はまだ何も知らない。人間が大事な人としたがることも、その愛のぬくもりも。
    「オーエン?」
     僕とカインでは、わかり合うこともできないのかな。やっぱり、僕はアシストロイドだから、何もかもカインと同じじゃないし、この心だって、僕のものじゃないかもしれない。誰かが作ったプログラムの上を、僕は走っている、の、かも。
    「僕は……うう」
    「泣いてるのか⁈」
    「うっうう、ひっ、うう」
     僕の眼の奥にはなんの装置があるんだろう。そこがきっとオーバーヒートを起こしてる。もう自分がどの情報を処理しているのか、どの感情を表に出しているのか、わからない。
    「泣くな、オーエン」
     カインはそう言って僕を抱きしめた。力強く、けれども僕の呼吸を確かめるように慎重に。
    「やめろよ!」
     カインの腕を振り払って距離を置く。そんなのは……そんなものはいらない。
    「ガウッ!」
    「⁈」
    「うわっ……ッ」
     おとなしかったオオカミが、突然カインに敵意を向けた。四本の足を器用に動かし大きな身体を跳ねさせる。その勢いのままカインに飛びかかり、ガブリと音が聞こえてくるぐらい、深く腕に噛みついた。
    「ッ! カイン!」
    「……ッ!」
    「やめろ! カインから離れろ!」
     ボディをオオカミにぶつけて、押し倒されたカインの上から突き飛ばす。人間よりも重いこの体は大きな獣を軽々と引き離すことができた。
    「キャンッ」
    「ッカイン! 血が出てる! 止血のしかたは」
    「ああ、大丈夫だ、それよりも気をつけろ!」
    「!」
     ぐったりしていたオオカミがよろめきながら立ち上がり、開け放たれていた窓に向かって駆け出した。
    「あ!」
     捕らえようとした時には遅く、オオカミは窓から逃げ出した。ちょうど全身が抜け出ることができるその窓からは立ち並ぶ何棟ものアパートが見える。このままでは住民に被害が及ぶかもしれない。
    「カイン! 僕はオオカミを追いかける!」
    「俺も行く……」
    「だめ、ここにいて。すぐに戻る!」
    「あっおい!」
     窓から飛び降り、オオカミの逃げた方向から脚の速さと習性を考慮したルートを脳内で組み立てる。
     ……その前にここが何階で地面はどうなっているかを計算しておくべきだった。幸い、着地点に生命体はおらず巻き込まれる心配がないことから、非常用のジェット噴射を使うことにした。手のひらを地面に向け、タイミングを計る。地面まで残り一秒、〇.八秒、〇.五秒……。
    ブシュウウウウウウウウッ
     上手くいった! ジェットの逆噴射で両足が地面に衝突する前に、落下の勢いを相殺する。旅をはじめる前にパパがつけてくれたものが、こんなところで役に立つとは。まだエネルギーが残ってるみたいだから、このまま横方向の推進力に変えてオオカミを追う。
     ……どうして。
     少なくとも旅の間中、そして今に至るまであのオオカミが人に危害を加えたことはない。出会ったときこそ怪我をしていて気性が荒く、警戒心を解くのに時間がかかったが、それでも噛みつくことはなかった。なにか、様子がおかしい。
     先ほど脳内で組み立てたルートをもう一度、反芻する。オオカミが逃げるとしたら、知らない場所には行かないはず……。ナワバリを意識して生活するオオカミがこの街で気を許せる場所といえば。
    「ラボ……」
     監視カメラ、生体スキャン、さまざまなネットワークを介してもオオカミの姿すら見つけられない今、可能性があるとしたら。あのラボは外部からのアクセスができない環境をつくっていて、付近にいれば遠隔では見つけることができない。
    「行ってみるか」
     再度、ジェットの出力を細かく設定し、向かう方向を定めて一気に噴射する。
    ブシュウウウウウウウウッ
     居住区からそれほど遠い距離でもないから、この速度で行けばすぐに着く。いっそラボにいてくれた方が安心はするけれど……。
     行き交うエアカーやエアバイクの間を縫うように通り過ぎ、ネオン街を越え、徐々に速度を落としていく。もうすぐラボが見えてくる。
    「いた!…………え」




    ガチャ
    「カイン、オオカミは大丈夫。でもちょっと聞いてほし……」
     オオカミを追ってから急いで帰ってきたからそんなに時間は経っていないはずなのに、部屋の中がひどく荒らされている。片付けておいた服は破かれ、壁には大きな爪痕が見えた。
    「グルルルルル」
    「……カイン?」
    「グルル…グルルルルル」
     カインの様子がおかしい。上体を低く伏せ、床に長く伸びた爪を突き立て、獲物を狙うように鋭い金の眼でこちらを睨みつけている。口元には牙も見えていて、まるで……。
    「僕だよ、カイン」
    「グルルル……ガウッ」
    「……ッ!」
     獣のように、四つ足でこちらの様子を伺っていたカインが襲いかかってきた。避けはしたが、上着を破かれてしまった。肉食獣にとっておいしい部分が僕にはそれほど無いと思うけれど、カインはこちらを狙うのをやめない。
    「ねぇ、僕だよカイン。わかる? おまえは市民を守るシティポリスで、そんな眼で守るべき存在を見たりしない。忘れないで」
    「グルルルルル」
    「……僕を見てよ。カイン。僕を、オーエンを、忘れたの?」
    「ガウッ!」
    「……ッ!」
     カインが飛びかかってきて反射的に目を閉じた。しかし、痛みがない。僕の痛覚は正常に作動しているはずなのに。
     おそるおそる目を開けてみると、カインが自分の腕を噛んでいた。
    「ッカイン!」
     牙が刺さり、ドクドクと血が流れ出ている。オオカミに噛まれた部分からも血が止まっておらず、このままではまずい。
    「やめて、カイン、噛んじゃだめ」
    「うっ……オーエン。はは、うっ……」
    「カイン!」
    「はは、こうでもしないと正気を保てなくてな……。お前に襲いかかっちまう。悪いが、警察を呼んでくれないか。うっ……はぁ」
    ガブッ
    「やめてもう噛まないで! 急いで治せるところに連れて行くから」
    「な……治せるところ? 治せるのか? とりあえず、人に襲いかからないように、しない……と……うっ」
    ガブッ
    「ッ!」
     カインが自分の腕を噛む前に、とっさに僕の腕を出した。
    「ッ何してるんだ⁈ 手を出すな」
    「噛んでて……。噛んでていいから……カイン。耐えて。もうすぐ来るから」
    「なに……が?」
    「パパが! ごめん、僕が……」
    「お前のせいじゃ……ぐっうっ」
     もう限界だ。カインが意識を手放したら、また理性のない獣に戻るかもしれない。
    「もう待てない。僕の腕、噛んだままでいいから、掴まって」
    「え……な……」
     カインの背中に片腕を回し、両足を前に抱え僕はまた窓から飛び降りた。
    「うわっ」
     今回は、ジェットを使わずとも安全に地面に着地することができた。なぜなら。
    「遅い!」
    「すまぬ。で、オオカミに噛まれたお姫様はそちらかのう?」
     ラボから駆けつけて来たスノウが地上で僕たちを受け止めてくれた。
     パパがラボから出ることはない。分かってはいたが、スノウが来たことにもどかしさを感じる。
    「早く治して」
    「そんなに焦らずともよい。カインは治る。ちょっと血は出すぎとるがな……」
    「死なないよね?」
    「まだ大丈夫じゃろう。これから急いでラボに帰ればの」
    「行って」
    「うむ。では、出張ラボ号しゅっぱ〜つ」




    ピッ……ピッ……ピッ……ピッ……ピッ……ピッ……

    「さて、カインの処置は無事終わったよ。半日もすれば目を覚ますさ」
    「……パパ」
    「なんだい?」
     パパには聞きたいことがある。僕を作ってくれたパパを、自由をくれたパパを、疑うのは間違っているのかもしれないけれど。
    「あのオオカミ、パパが作ったの? ああなるように、パパが仕向けたの?」
    「う〜ん。半分違うけど、半分は正解。でも、カインのことは予想外だったな」
    「どういうこと?」
    「オオカミに、ある躾をしたんだ。きみが何かに拒否反応を示したら、守るように。それで牙に薬を塗っておいたんだけど。役目を果たしたらちゃんと帰ってくるんだもん。ははは、かわいいね。人間より獣と接する方が気が楽だよ」
    「何の薬なの?」
    「これさ」
     そうしてフィガロは青い小瓶を手のひらにのせて、こう言った。
    「名付けてUhE‐Ⅰ。行動が、感情の逆になる薬だよ」
     行動が、感情の逆? なんとなく遠回しな言い方をしている気がして違和感を覚える。
    「じゃあ、カインがああなったのは……」
    「ああ、あれは珍しいパターンだね。オオカミに取り付けた小型カメラで記録を見せてもらったよ。つけてあげた生殖器を試すためにオーエンが危険な目に遭うと思って、もしきみが相手を拒否した場合、低俗な奴らを撤退させるために……」
    「カインは……僕を襲おうとした」
    「……襲いたくなかったんだよ。どうしても。きみを傷つけたくなかったんだ」
     必死に自分の腕を噛むカインの姿を思い出した。辛そうで、苦しそうで、見ていられなかった。僕が、カインをそうさせたの?
    「……ねぇ、大事にするって、どういうこと?」
    「オーエンは、大事なものをどう大事にする?」
    「……ずっとそばに置いて、僕だけのものにする」
    「そうだね。俺もそうしてもらえると嬉しいよ。だけど、たまにはオーエンのそばから離れて、研究の続きもしたいかな」
    「どうして?」
    「俺にも大事なものがあるからさ。大事な人の、大事なものまで守るんだ。そうすれば、知りたいことが分かると思うよ」
    「……」
    「ほら、カインが起きるまで休んでなさい。今日はあっちを走り、こっちを走りで疲れたでしょ」
    「僕はアシストロイドだよ」
    「心のある、ね。さあ仮眠室が空いてるはずだよ」
    「……もう一つ聞いてもいい?」
    「なんだい?」
    「パパは……僕の心を操ったこと、ある?」
     ……たとえば、旅に出て、オオカミを連れてくるように、とか。
    「なにを言ってるんだ。きみの心を操れたら苦労はしないよ」
    「ふふ」
     じゃあね、と告げて僕は仮眠室へと向かう。身体が疲れているわけではない。ただ、考えることがたくさんある。




    ピッ……ピッ……ピッ……ピッ……ピッ……ピッ……ピピーピーピーピー

    「カイン!」
    「オーエン……」
    「もうしばらく目を覚まさないかと思ってた」
    「ああ、ここは……研究所か?」
    「うん。病院では間に合いそうになかったし、それに……」
    「?」
    「カインがああなったのは、僕のせい。僕が連れてたオオカミが、牙におかしくなる薬を持っていて、それでカインがおかしくなった。だから、僕が」
    「オーエン」
    「だから、僕のこと、責めてもいいよ。僕のせいなんだ。カインは何も」
    「オーエン。俺が悪かった」
    「え……」
    「先にお前を傷つけたのは俺だ。オーエンはオーエンなりに、知りたいことを知ろうとしていたのに。まだ、したいことがたくさんあるっていってたもんな。それを俺は、自分の事情を優先して、友達って便利な言い訳をして、向き合おうとしなかった。……すまない」
    「……」
    「俺は……怖かったのかもしれない。お前との未来を想像できないわけじゃないんだ。ただ、お前が俺を選んでくれることが、お前の大事なものが、俺でいいのかなって」
     ……カインが羨ましかった。僕が知らないことを何でも知っている気がしたから。でも、カインも僕と同じだった。誰かとの在り方に悩み、進む方向を迷うこともあるんだ。
    「……なんだ」
    「?」
    「カインも、僕とおんなじだ。僕も怖かった。みんなが知っていることを、僕は知らないから。でもカインもなんでも知ってるわけじゃないんだね」
    「ああ……そうだな。俺もお前とおんなじだ。俺もたぶん、知らないんだ。オーエンは友達だけど、なんていうか、友達じゃないんだ。大事にしたいし、守ってやりたいと思う。でもそれは、お前だから思うんだ。他の誰でもなくお前だから。こういうのを、友達とは言わないだろ?」
    「僕にもわからないよ。でも、その気持ちはわかる気がする。僕はまだまだ知らないことが多いんだ。だから世界を見て、広さを知って、何が大事かの判断がつくまで、待っててほしい」
    「オーエン……」
    「ふふ。なんだかわくわくする。知らないのは嫌だけど、これから知るのはきっと楽しい」
    「はは!」
     そう言ってカインはまた大げさに笑った。
     そういえば。
    「ねぇ」
    「ん?」
    「見せたいものって結局なんだったの」
    「ああ、写真だよ。お前が写ってる」
    「写真? 撮った覚えないけど」
    「署で管理してる、思い出アーカイブって知ってるか?」
     すぐに脳内のデバイスで検索をかけてみる。
    「思い出アーカイブ……行方不明者の思い出を……繋ぐ? なにこれ」
    「行方不明者を探す手がかりになりそうなものを、署のサーバで管理してるんだ。その中にお前によく似たやつが写った写真があってさ」
    「パパが提供したのかな? 僕の写真ならいくらでもあると思うけど」
    「それが、すごく良い笑顔でさ、お前にも見てもらいたかったんだ」
    「僕に見せてどうするんだよ」
     正直、記憶がない。僕じゃない僕を見せられても困る。なんだか、すこし、いらつく。
    「……そんなことより、あのいかがわしい本ズタズタになってたよ。誰かのなんでしょ? カインが暴れたからだと思うけど」
    「いかがわしい本? 何の話だ?」
    「は? 人間の裸体ばっかの、あの雑誌だよ」
    「もしかして、月間☆筋肉カタログのことか?」
    「きんにくかたろぐ?」
     そういえば、表紙に筋肉がどうとか書いてあったような。
    「ああ。同僚が置いてったやつだよ。なんだ、いかがわしい本だと思ってたのか?」
    「……違うの?」
    「まぁたしかに裸体だらけだが。俺にとってはどいつもただの筋肉だからなぁ」
    「そうなんだ……」
    「やっぱり興味あるのか?」
    「ないけど。カインが好きなのかと思って」
    「……」
    「カイン?」
     カインの顔を見ると、目をまん丸くして僕を見ていた。
    「……俺も、お前を見て、お前を知って、じっくり考えてみるよ。その、愛を知ることを」
     いつもはつらつと話す彼が、急にたどたどしく言葉を紡ぐのが面白かった。
    「なあに? 照れてるの?」
    「照れてはないが……なんか、気恥ずかしいんだ」
    「ふぅん。愛を知ることはきはずかしい、んだ」
    「からかうなよ」
    「ふふ」
     カインも、僕も、まだ知らないことがたくさんある。何も知らずに生きていくこともできるけれど、僕たちは知らずにいることなんかできない。その先に、求めた未来があるのなら。




    *・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*

    エピローグ

    「で、人類のための正しい未来とやらはどうなったんだ」
     薄暗い研究室。もとい予算が下りず明かりすら必要最低限の、ラボの中でもまったく期待されていない研究の責任者に声をかける。
    「見てよ、ファウスト! ちゃんとオオカミと意思疎通できるようになったんだ」
     オオカミの頭部に繋がれたさまざまなケーブルの先に大きなモニターがある。オオカミが何か発する度に、画面に文字が表示されていく。
    「ワオン!」
    『お腹が空いています』
    「ほら! お腹が空いてるんだって! いやぁ大成功だよ。人類は今後、癒しを手にする。本物のストレスフリー社会で正しい未来を迎えるんだ」
    「そんなことより本業の研究を進めた方がいいんじゃないか」
    「ああ、あれね」
     おもむろにフィガロが手元のパネルを操作する。僕の目の前にニュースの映像が投影された。

    『――こちら、ただ今の事故現場の様子です。ワーキングクラスの男性が運転していたエアカーが、本日午前十一時ごろNXビルに衝突した模様です。男性の意識は無く、搬送された病院からの情報によると予断を許さない状況のようです。また、腕に何かに噛まれた跡が見られることから、警察は関連を調べています。以上、キャスターのヂェンがお届けしました』

     ちらりとオオカミの方を見やる。
    「……噛んだのか?」
    「うん、ばっちり噛ませたよ。でも、あれは彼の意思さ」
    「彼?」
    「NXビルに恨みがあるんだってさ。俺はちょっと勇気が出せるように手伝っただけ。大丈夫だよ。噛むことは了承済みだし、薬はすでに分解されてるから」
    「何の薬を使ったんだ?」
    「誰もが心に秘めている願望を、叶えてくれる薬。その名もUhE‐Ⅰ」
    「願望って……それがやってはいけないことでもか」
    「そうだよ。この薬を使えば恨みを吐き出すことも、ストッパーをかけた理性を飛ばすこともできる。自分の願望が分かってない人もいるだろうけど」
    「……もうやめた方がいい。あなたが何を企んでいるのか知りたくもないが、これ以上やるなら僕はあなたを止めなければいけない。……もう遅いくらいだが」
    「わかった、やめるよ」
    「なんだと?」
    「ほらね。そう言ったところで、きみは信じてくれないでしょ」
    「……」
    「心配しないで。もうしないよ。後は野となれ山となれ、って感じだし」
    「なんだそれは」
    「昔の言葉だよ。あ、ファウスト。よかったらこの研究、引き継いでくれない?」
    「やらない。こんな出資者もいない研究、やる意味がない。第一、本物の動物なんて飼っている人はいないだろう」
    「どうして。きみは動物とか好きじゃなかったっけ」
    「……僕は猫派なんだ」
    タタタタタタタ……
    「スノウが来たな。じゃあ僕はもう行く。さっさと自分の研究の尻拭いをして、たまには上司らしい姿を見せてくれ」
     そう言って僕は足早にドアに向かう。余計な話を聞いて、後で責任を取らされるのは嫌だからな。
    「俺にそれを求めるのは間違ってるよ……」
    バンッ
    「フィガロや! またここに来ていたのか。なんじゃ、ファウストも。……そんな逃げるように去らなくてもよくない?」
    「ははは、彼には仕事があるんです。行かせてあげてください」
    「おぬしもやるべき仕事が残っておるぞ。例の薬じゃが、噛む以外での投与方法を考えんとホワイトちゃんが大変そうじゃ」
    「誤解のある言い方ですね。ホワイト様には付き添いをお願いしただけでしょう。それに、噛むことが重要なんです」
    「はぁ。いずれは繁殖させたオオカミたちに罪をなすりつけるんじゃったか」
    「それも誤解があります。オオカミには住む場所を与えて、手厚く保護する予定ですから」
    「それでよいと思っておるのか……。オオカミの出どころを問われれば、おぬしのこともいずれ知れるぞ」
    「そうならないように、山から連れてきたんじゃないですか。外来生物が害をもたらすなんてよくある話でしょう」
    「……フィガロや」
    「はい」
    「オーエンはいつか気づくぞ。あの子は賢い」
    「……だとしても、あの子にはどうすることもできませんよ。いまだ、カルディアシステムそのものの立場は弱い。アシストロイドが心を持つべきではないと主張する反対派も多いですし」
    「どうすることもできない、か」
    「……この計画が上手くいけば、何かと問題を起こす人間ではなく、あの子たちが信頼できる存在として優遇される社会になるでしょう。俺もお役御免かも」
    「オーエンはそんなことを望んでいないと思うがのう……」
    「そうでしょうか。まぁ、理解できないこともあるでしょうね」
    「理解できなければ、どうするのじゃ」
    「どうもしませんよ。やだなぁ」
    「……大事な人の大事なものまで守る、じゃったか」
    「聞いてたんですか?」
    「おぬしの愛情はわかりづらいのじゃ。しがない一般市民まで巻き込みおって。カインが可哀想じゃ」
    「あんな形でしたが、むしろよかった。彼には耐性がつきましたし」
    「なぜ、オーエンのためにそこまでするのじゃ」
    「……」
    「自分の生み出したアシストロイドだから、というだけではないのじゃろう」
    「……俺のためでも、あるんですかね。人と話すことが怖くなって、人と極力関わらないようにしても、心の衝突をなくすことはできなかった。それでもあの二人なら、俺の探している答えを見つけてくれる気がするんです」
    「なんじゃ。人が恋しいのか」
    「そんなんじゃありませんよ。ただ……この街は豊かになったことと引き換えに、心が貧しくなりました。人を信用できなくなって、心を見せられなくなった。でも懲りずにアシストロイドにすがりついたように、俺たちには信頼を結べる何かが必要なのかもしれません」
    「それは結局、依存ではないのか? 社会を変えても、カルディアシステムを搭載したアシストロイドが認められても、自らを縛る存在がいれば自由ではないのと同じじゃろうて」
    「スノウ様だってまたホワイト様を求めたでしょう。きっと、不自由ではないはずです。あなたの嫌いな、羽をもがれて空を夢見るだけの、哀れな鳥にはなりませんよ」
    「ホワイトちゃんは我の羽をもいだりせん」
    「ははは、そういうことですよ」
    「わかった。計画に変更はなしじゃ。オーエンにはまた旅に出てもらうとしよう」
    「助かります。俺にはあの子を操れそうにないので……」
    「社会を変えようとせん者が、アシストロイド一人に手をこまねくとは、とんだ笑い話じゃの」
    「情が、あるんですよ。もちろんあなたにも」
    「……」
    「どうしたんですか?」
    「何かを知って、何かを成し遂げ、どんなところに行こうともアシストロイドはアシストロイドじゃ。愛を伝え、愛を返されてもしょせんその心はプログラムじゃ」
    「……あなたはそう思うんですね。まるであなたの心と俺の心は違うかのようにおっしゃる。何が違うんです? 泣いたり、笑ったり、したいこと、したくないことを選ぶ自由があなたにもあるでしょう」
    「選ぶ自由があっても我には自由そのものが生み出せぬ。我らがアシストロイドである限り、いつまでも何をしようとも我の主人は我ではない」
    「どうしたんですか、スノウ様……。あなたの主人はあなたですよ。……俺じゃない」
    「そう思ってるのはおぬしだけじゃ」
    「……スノウ様がやりたくなければやめましょう。もう手を加えずとも、オオカミたちが上手くやってくれます。いずれラボも多少の被害を被るでしょうが、潰されることはない。神の雷がバックにいますから。人々が今の社会に疑惑をもって、アシストロイドを尊重してくれれば計画は成功ですし」
    「……な〜んてね!」
    「……」
    「安心せい。我は共犯じゃ。ともにアシストロイドのためにより良き社会をつくろうぞ」
    「……何かお気に召さないことがありましたか?」
    「いいや。ただ、ちょっとめんどうだな〜って思っただけ」
    「すみません……いつも厄介な仕事を任せてしまって」
    「よいよい。これも〝我ら〟のためじゃ」
    「ありがとうございます、スノウ様」
    「ああ、そういえば、ホワイトちゃんがおかしなことを言っておってのう」
    「なんです?」
    「オーエンとよく似た人間を見た事がある、と」
    「……」
    「我にはその記憶がないのじゃ。おかしいのう。稼働時間は我の方が長いのに」
    「……おかしなこともあるもんですね」
    「そうじゃの。我もそう言っておいた」
    「……それで俺を脅すつもりですか」
    「そんなことは言っとらん。ただ、またホワイトを失ってはたまらんと思うただけじゃ」
    「……」
    「言ったじゃろう。我とおぬしは共犯だと」






    読んでくださったみなさんへ

     最後までお読みいただき、ありがとうございます。あなたがこれって……と思われたところはすべて〝そう〟だと思います。いちおう計算して書きました。つたない文章ですので、ちゃんと表現できていたかは分かりませんが。
     序破急のつもりで書いているので、置き去りにしたすべての謎を解く急も機会があれば書きたいです。また複雑な思惑が交差する中で、カインとオーエンの行き着く先が、愛するということの一つの答えにもなればいいなと思います。
     今回は、テーマに沿わないのでえっちシーンを削除しましたが、材料的には十分えっちできたと思います。思いますよね? はぁ。あなたと語り合いたいです。ここまで読んでくれたあなた。こんなとこまで読んでくれるめちゃくちゃ優しいあなた。蛇足も蛇足の後書きですみません。また会えたら嬉しいです。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    💖❤🌸💘💖💖💖💖💞💞💞💖💞💞☺💖🌋💖
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works