どれもこれも屑! 高架下。鮮やかなグラフティアートの前でアマテとシュウジは屯していた。
「……シュウジはさ、どうしてここに来たの?」
アマテは視線を迷わせながら、尋ねた。
シュウジはそばの壁面に迷いなくグラフティを描く。アマテは己の質問が聞き流されたのかと思って、不貞腐れてしゃがみ込んだ。
無言のまま何度か塗料を噴霧した後、シュウジはマイペースにアマテに振り返る。
「マチュはどうして僕の前に現れたの? どうして?」
遠大な疑問だ。
「わ、わかんないよ、そんなの……。シュウジもわかんないの?」
「わからない。ガンダムも何も言わない。わくわくするね」
渦中の少年は塗料の飛沫が飛んだ腕をぷらぷらさせながら、鼻歌を歌っていた。
マチュは彼の速度について行けるだろうか?
……ついて行けるはずだ。私ならできる、とアマテは自分に言い聞かせる。
「私とマヴをやってくれる?」
「うん」
頼りない生返事だった。それでも、その答えは甘い響きを伴ってアマテを高揚させた。
「よろしくね、シュウジ」
恋だ。執着なのも、そう。マチュはまだ『その他』の気持ちが骨の隙間に挟まっている気がした。心が湧き立ち、感情が入れ替わり立ち替わり現れては消える日々だ。一時の感情にいちいち名前をつけていられない。ただ、目まぐるしい状況に置いてかれないように駆けている。
アマテ・ユズリハをパイロットのマチュに変身させたシュウジ。次はマチュをどこに連れていくだろうか。きっと、シュウジが連れて行く向こうにキラキラや求めてやまない自由が、『本物』があるはずだ。
「……わかった。私が何でシュウジの前に現れたのか」
「え?」
シュウジはぱちぱちと目を瞬かせた。
「わかるの?」
「私が暇だったから」
「今も暇だからここにいるの?」
「他に予定ないもん」
シュウジは眉を下げてアマテを見つめた。
「走ってるうちに意味なんて勝手にできるよ。ねえ、シュウジ……次のクランバトル、勝とうね」
シュウジは頷く。アマテは興奮で呼吸が苦しくなった。
「マチュ。君が現れたのは、意味があるよ。どんな意味かまだわからないけど」
「わかんなくたっていいじゃん。他の人にとっては重要だろうけど、私たちに影響ないよ」
シュウジは眉尻を下げて足元のラッカーを片付け始めた。
「何でも良くないし、わかりたいよ」
失望したように肩を落とすシュウジを尻目に、アマテは運河と通路を隔てるガードフェンスに飛び乗った。
少女は2本の足を器用に使って錆びた鉄棒の上を渡る。ほんの少しでもバランスを失ったら、不潔な運河に真っ逆様に落ちるのは明白だ。そんなことも知らない顔で、アマテは赤い髪を風に遊ばせる。
「大した理由がない方が運命的だよ」
「マチュ」
シュウジの咎めるような呼びかけも、アマテには聞こえていない。
「ねえ、どこまでも行こうね。全部めちゃくちゃにしちゃっても知らないで」
「怖くないの?」
「怖がってらんないよ。どんどん変わっていくのは一緒でしょ」
アマテ・ユズリハは人間だ。今のマチュという人格が外圧で形を変え、しなやかさを失うなら、死ぬのと変わりがない気がした。10年後の自分なんて、居ても居なくてもいい人間に違いない。
それまでに、そうなる前に、宇宙を飛ばないと。高く、高く、高く! あの『キラキラ』に触れた時から、出どころのわからない焦燥がアマテを焼いている。
「……」
シュウジは眉を寄せて、上機嫌で危険行為に走るアマテの背中を見た。
彼女は海のないコロニーの中で溺れるように、あるいは、飛翔を待つ雛鳥のようにも見える。シュウジは彼女を計りかねていた。
ひとまずは、ふらふら揺れる背中が運河側に落ちそうになったら、彼女の腕を通路側に引っ張ってやらないと……。