最高の友達ライオスとカブルーはかなり親しい友人関係である。
どのぐらいかと言われればキスすることも憚らないほどに仲が良い。
大人となった今でも飴の置き場は互いの口内だし、付け過ぎたリップを分け合う。
しかしそれ以上の線は越えていない。お互いに彼女がいたこともあれば会わないことも連絡を取らない時期が長くあったりもする。それにお互いに話さないこともあったり。
だから友達と思っている。
「あれ、ライオス」
下着一枚でライオス宅を闊歩してたカブルーがふと口紅を見つけて手に取る。
「彼女いるんだ?」
取り出してみてみれば淡い色。
「いるけど……あぁそれか」
ひょいっとカブルーから取り上げてスマホをいじる。
「彼女に?」
「無くしたと言ってたんだよ」
ぺぺぺと連絡取るライオスを無視してベッドに乗り、その後ろにある収納から自身の服を取り出した。
「俺の服を彼女に着せたりしてないよね?」
「あー、たぶん?」
「いい加減だな〜」
特に気にはしてないためにぱっぱと着たカブルーにライオスは笑う。
「会ってみる?」
「めんどくさいかな」
「そうか」
はははと笑う。そのライオスにベッドの上から肩に寄りかかり甘える。
ライオスは見る目がない。
彼女をカブルーに紹介するとカブルーを好きになることが多い。
紹介された女性でカブルーに惚れないのはファリンとマルシルぐらい。
その2人がなぜ惚れないかといえば冒頭で述べた“飴の置き場”を目撃したからである。
他の彼女に見せてやったらとも思うが違う意味で振られることだろう。
「ライオス〜もう俺に彼女紹介しなくていいよ?別れたいならいいけど」
「うーん」癖っ毛を撫でながら「友達に紹介するの嫌いじゃないんだけどな〜」
大きな手は暖かく安心感がある。
「俺はもう寝るから、明日7時に起こして」
「仕事?」
「うん。ちょっとしたね」
ライオスから離れてこてっとベッドに転がる。
「自分の家で寝ればいいのに」
呆れた顔のライオスはそっと寒くないよう綿毛布をかける。
「今日はこっちの気分だから」
貰った綿毛布にくるりとまるまるとライオスは電気を消してくれた。
「転々としてる野良猫のようだ」
「ライオスも寝る?」
見上げると月明かりに照らされ首をふる。
「ファミレス行ってくる。ゆっくり寝てて」
「えーじゃあ一緒に行く」
体を起こすと笑いながら「じゃあ一緒に寝ようか」とライオスは自身と一緒にカブルーを寝かせた。
三日ほど連絡取らない期間を経て、偶然ライオスと彼女とデート中に遭遇した。
「ライオス、彼女さん?」
「そう、紹介しよう」
彼女さんはにこりと笑うから人好きな顔で笑い返した。
それからなんとなく一緒に行動して、ライオスの友達なら連絡先知っておきたいなと言うので交換した。
それから一週間後ぐらいに歯を磨いていると彼女さんから着信をもらう。
すすいでも鳴り続けているから出てみたら「ライオスにプレゼント送りたいんだけど何がいいのかわからなくて」と言われるから「ライオスと買いに行ったら喜ぶんじゃないですか?デートも兼ねてできますし」と言うんだが「サプライズ」だの「驚かしたい」だの「ライオスの友達だし知ってるでしょ」など。
めんどくさい。
電話を離してため息をついてから、ライオスの彼女だしと声色だけ明るく振る舞う。
「わかりました、では都合のいい日をメッセージで送ってください」
「カブルー、これをもらったんだが」
困った顔で見せられたのはまだ箱に入ったままのスカーフだった。
紺色で白い模様のシンプルなもの。
渡したんだ
「いいじゃんオシャレで」
「いや使い方分からないんだよ」
困った顔にクスッと笑い箱から取り出す。
「ネクタイみたいに巻いてもいいし」
ライオスの首に引っ掛け軽く引き寄せる。
「普通に巻いてもいいし」
きゅっと固結びをして
「こうして……」
指でシャツを伸ばして鎖骨に触れて
「ちらっと見せるだけでもオシャレ」
ぱっと手を開いて見せて不格好だが綺麗なスカーフが見えるライオスの出来上がり。
「うーん」
納得できないとスカーフを撫でるライオスを押して鏡の前に立たせる。
「ほら、綺麗な色」
「どうせなら明るい色のほうがよくなかった?」
「明るい色だと避けるでしょ」
腰に腕を回して密着する。
「まずはそのぐらいから、ね?」
肩に頬を乗せて甘えるカブルーにそうかな〜とスカーフを取り出す。
「どっちにしてもスカーフを巻くことはないだろうな」
「彼女からでしょ?今度のデートで巻いて行ってきては?」
そう言われてそうか……と渋々納得する。
「じゃあこれに合う服を選んでくれないか?」
「喜んで」
もう一度ライオスを押して夜のファッションショーを始めた。
彼女さんはスカートを翻して、カブルーを見つけると輝いて新色の口紅を塗った唇を笑わせる。
腕は組まない、でも歩いていると振れそうな距離。
他愛ない話にそれなりに相槌を打つ。
ライオスのプレゼントというのに、石鹸だの御香だの見当違いもありすぎて今すぐ帰りたい。
「この匂い好きなんだ」
知らねぇよ
「俺はこっちのほうが好きですね」
でもライオスの彼女だから
「食べ物もいいよね?買って食べてみよう!」
彼女さんが背中を見せたタイミングで呆れてため息をつく。
「それより違うのにしましょうか、ライオスはもっと実用的なものが好きです」
すっと指差してそっかぁと渋々歩きだすも「ここの服好きな感じ!」と入っていく。
どう見てもライオスには……っと、やっぱりライオスと付き合うぐらいだし似合いそうなのを知ってるか。
「いいですね、ライオスあまり自分で服買いませんし」
「そうなんだよねーもうちょっと気を使えばいいのに!」
不満げに言う彼女さんが信じられない。それが楽しいのに!
「ライオスを連れてくれば良かったですね、何を着せたらいいか選べましたし今ある服とか確かめたいですし」
そんな事しなくても把握してるけど。
じゃないとライオスは同じ服しか着てこない。
「でも、やっぱり内緒で選びたいから」
バカの一つ覚えみたいに言っちゃって
「ならアクセサリーみたいなのにしましょうか」
アクセサリーなんかつけないけどな
「うーん、わからないな。カブルーくんこれ似合いそう!」
めんどくさい
「そうですか?俺の好みじゃないですね」
「そうなんだ〜どういうのが好きなの?」
「なんでしょうね?そうだ、ライオスはスカーフとか持ってないんですよ」
見てる棚の裏にあるのが見えてそちらに移動する。
「こういうのはどうでしょう」
きちんとすればかっこいいし、スカーフ巻いてみてもいいかも。
明るい色が好きかな、と見ていれば彼女さんがうーんと首をひねる。
「ライオスこういうの好きかなぁ」
「さぁ?でもほら」
派手なスカーフを彼女さんに当ててみる。
「あなたには似合う」
にこりとすればまんざらでもない顔で笑い出す。
「そっか!ならいいかも」
「ライオスには何色がいいですかね」
自宅で真っ暗にしてただぼんやりしているとメッセージが鳴り出す。
見ればライオスが少し不満げにスカーフを巻いたファッションショーで一番かっこよく見えた服装を写真で送ってくる。
『これでいいんだよな?』
の文も付け加えて。
クスッと笑い『かっこいいですよ』と送れば『ありがとうございます』と帰ってきた。
つまり明日デートかぁ
ソファに身を寝かせてぼんやりと天井を見上げる。
「……」
不満気だけどかっこいいライオスの写真を見つめて保存しておいた。
今日のデート、音沙汰なしだな〜
歯を磨いているとメッセージを受け取ったとスマホが揺れる。
磨いたまま手に取ればメッセージの主は彼女さんだった。
『この前は付き合ってくれてありがとう(花の絵文字)ライオス、スカーフ巻いてきてくれてかっこよくしてくれてた!(驚きの人の顔)すごくかっこよくて自分で選んだのか聞いたらカブルーくんだって言うからカブルーくんの見立ては確かだね(ハート)(キラキラ)
今度お礼したいから都合のいい日を教えてください(頭を下げる絵文字)(キラキラ)』
なんとこの絵文字、動くんです。
歯ブラシを咥えたままメッセージを送る。
『本当ですか!嬉しいです。
ライオスは黙っていればかっこいいので何着ても似合うんですよね、選ぶの楽しかったですよ
お礼は特に大丈夫なんで気にしないでください』
送信
シャコシャコ動かしてぺっと吐けばまたスマホが震えだす。
『ほんとにね!(驚きの顔)(驚きの顔)ふだんから気にかけてくれればいいのに……(ため息顔)
お礼は私の気持ちだから(びっくり)(手を挙げる人)
あとデートの話も聞いてほしいな(ハート)(ハート)』
口を濯ぎつつ読んで吐き出してから返事を打ち込む。
『そうですか?でしたらライオスが行きたがっていた場所に行きましょうか。食べ放題のところなので好きなものがあると思います』
スマホを持って歩けばまた震える。
『ライオスにはまだ内緒にしてるんだ!(困った顔)(汗)だからふたりでがいいんだけど……
だめかな…?』
クロ確定
「カブルー」
呼びかけられ目線を上げると心配そうにソファからリンシャがこちらを見ている。
「何かトラブル?」
「いや?」ニコッと笑い「ちょっと面倒だなって思っただけ。問題はないよ」
スイスイと指が動く。
『友達を裏切る気はないです。このままブロックしますので今後のやり取りはしないでください。』
送った直後にブロックし、ため息ついてリンシャの隣に座りぽいっとスマホを投げる。
「どーしてみんな僕に惚れるのかな」
「あったま来る言い方」
眉間にシワを寄せるリンシャに笑ってしまう。
「惚れられる身にもなって欲しいね、めんどうすぎて嫌になる」
「それを楽しんでた人が言うことじゃない」
はんっとそっぽを向いてワインを口にするリンシャにクラッカーチーズを差し出す。
「今はもういいんだ。友達がいれば満足だから」
カブルーの言葉を不満気な信用してなさそうな顔で見つめたあとクラッカーを手に取る。
「あ、そ。その友達はあんたのこと友達だと思ってる?」
「もちろん!」
最高の笑顔を浮かべて。
「彼は俺を最高の友達と思ってくれてるよ」
後日ライオスに誘われ現地集合する。場所はライオスが行きたがってた食べ放題。
のんびりゆっくり歩いていけばライオスとトシローが入り口前で話していた。
「遅れてすみません」
人懐っこい笑顔を浮かべればライオスはいつもの笑顔で迎え入れてくれて、トシローもいつもの真顔で迎えてくれる。
いつもの、真顔のはず。
トシローがじいっとカブルーを見つめるので何か言いたいのかとにらめっこを始めるがトシローの視線は静かにズレる。
「ここにいてもどうしようもない」
「そうだな、行こう」
入ってしまえば普段通りで、ライオスの奇行にトシローがソワソワしてカブルーがそれをフォローする。
そんなこんなで時間いっぱい楽しんだあと店を出る。
「あの組み合わせは美味しくなかったな」
最後に食べた創作料理が気に食わなかったのかライオスはため息をつく。
「自業自得だ」
トシローがそう言うからカブルーはにこにこと笑う。
「口直しにまた何か食べる?」
ライオスの提案にいつもならトシローが「さっきまで食べていただろ!」と言うのに。
「では映画館ではどうだ?少しにしてゆっくり食べればいい」
普段ならもう帰りたいって雰囲気を出すのに珍しく次の行き場を提案したのに違和感を感じているカブルーだがライオスはにこりと笑う。
「いいね、カブルーはなにか見たい映画ある?」
「最近情報も集めてないですね」
困り眉で言えばそうだよな〜とライオスも同意する。
「じゃあ劇場で選ぶということで!」
「一番近いのは?」
「今調べます」
ぺぺぺとカブルーが調べた劇場へと3人で向かう。
ほとんど無言で歩き、ふと思い出したのか「冷蔵庫にミイラの人参が……」とぼやくライオスに「捨ててしまえ」とトシローが言う。
トシローの口数がいつもより多い。
劇場でもライオスが見たいものをトシローが聞いて、3人でそれをみる。時間になるまでゲームセンターにより、ライオスが取ったでかいぬいぐるみを抱えたままチェロスを三人買って、映画を見て、感想を言い合って。
「じゃあまた!」
ライオスがぬいぐるみを抱えたまま手を振り去ろうとする。
それにトシロー控えめに手を振り返し微笑む。
カブルーも手を振ったあと、トシローに声をかけた。
「彼女と別れたんですか?」
聞けばトシローは真顔でカブルーを見下ろす。
「知らなかったのか」
おっと、これは皮肉だな。
「僕が原因なんですね?すみません」
「謝ることはない」
どうでもいいと切り捨てられ立ち去ろうとするトシローの腕を掴んでしまう。
「それ、ライオスから聞いたんですか?」
「他に知る由もない」
そっと腕を振り払われる。
カブルーには別れたことを言ってないライオス。トシローは考えて言うべきではないがつい口が滑った。
「あいつは見る目がない」
しっかりとカブルーを見つめて。
「……でも友達の見る目はあります」にこりと
「でしょう?」
トシローの目をしっかり見つめて。
「だといいがな」
それを言い残してトシローも帰ってしまった。
そんな事言われたって、俺はライオスの彼女だから優しくしてやったのに。
ひとり歩いてライオスの家へと向かってしまう。
玄関に立ち、呼び鈴を鳴らさないで電話を鳴らすと何回かコールしてから「もしもし?」と出てくれる。
「ライオス、彼女と別れたんですか」
『あぁ、聞いた?そうなんだよ』
「この間までデートしたりしてたじゃないですか。原因は?」
『さぁね?俺は人の要望に答えるのが苦手だからさ』
「ライオス、彼女のこと好きだった?」
『そう言われると悩むよなぁ……別れたってさほど悲しみはないんだからそうでもなかったかも』
玄関の前。明かりが付いてるから中にいるはず。
「ライオスって恋人といると楽しかった?」
『恋人ってなんだろうな?どうしたら恋人なのかわからない。だからフラれるのかもな』
乾いた笑いを聞いて、キッチンのところに人影を確認する。
「俺と居るのは楽しいですか」
「そりゃ楽しいよ」
少し開けた窓から直接の声が聞こえる。
「ライオス……」
小声で外にいるとバレないようその場にしゃがんで
「俺もライオスといると楽しいですよ」
しばらく無言、聞き取りづらかったのかな。
「カブルー?今どこにいる?」
「実はライオスの家の近くに」
「そうか!なら来る?」
「はい、行きます。だから、浴槽洗っててください。お湯張って一緒に入りましょう?」
「ユニットバスで一緒に入るわけないだろ……まぁお湯は張っておくけど」
キッチンの人影が動いたのを見て立ち上がる。
「ちょうどそのぐらいに行きます。なにか買いますか?」
『君の飲みたいものを買ってきて』
「わかりました。ではまた」
ライオスの家は2階建てのボロいアパートの端。
吹きさらしの廊下の錆びた柵に足をかけ柱を伝って下に降りる。
「ライオスの好きなのも買ってこよう。」
静かに走り出して一番近くのコンビニに向かう。
酒も買って、チーズケーキも買って玄関前に立つ。
今度は呼び鈴を鳴らして。
「やぁおかえり」
笑うライオスに笑い返す。
「ただいま」
買ってきたものを見せて上がる。
これは恋人ではない。
恋人になりたいわけじゃない。
別れてもさほど痛手にならないなら友達のままがいい。
今のままがいい。
「俺が誰か紹介しましょうか?」
「いいよ、しばらくは」
カシュッと缶の酒を開く。
「そうですね、しばらくはいらないですね」
これは恋でも愛でもなんでもない
ただの友達になりたい執着の醜い成れの果て。